20 再編成
紀州での外交を無事終えて堺で膨れ上がった部隊の再編成をする。各地で在地の土豪から数十人単位での合力があり、一度本格的に再編成と訓練、装備の支給が必要なのだ。光秀は堺の会合衆顔役の津田宗及とは連歌仲間でも有り昵懇の関係だ。さらに小西隆佐も得たことで堺の鉄砲弾薬、その他武器防具を抑えうる立場に立った。ここで雑多な集合体である明智勢を統一編成の強軍へ鍛え直さねばならない。
「光春、進捗状況はどうだ?」
「まあ、鉄砲も装備も有り余るほど、有るところには有るものですな。もうこれ以上は無理かと思うても念の為宗及殿に訊ねてみれば、厳しい厳しいと申されつつも数日後には手配されて居り申す。前右府が堺を真っ先に抑えられた訳ですな。」
「そうか。だが鉄砲は行き渡っただけでは戦力にならぬ。訓練をしっかり頼むぞ。」
「いかにも。では小勢の再編は利三殿にお願い申し上げますぞ。」
斎藤利三がやれやれと諦め顔だ。各地で参集してきたバラバラの人数をうまく調整して部隊分けせねばならず、なかなかに面倒な仕事なのだ。
「丹波からつれてきた者と戦勝後新規に加わった者を再編成した本軍が2万。但馬へ派遣中の別働隊が五千。膨れ上がった近江勢が八千。島殿の率いる大和勢が二千。ここまでは存じておるが、それ以外で堺に集まってきた小勢はいかほどであろうか、光春殿。」
「大きい所ではやはり池田輝政の四千五百ですな。さらに中川清秀が二千五百。高山右近が二千。これらはすでに1軍としてそのまま使えましょう。装備と訓練だけで十分かと。あと各地の雑軍から二千ほどが集まっており申す。」
「池田輝政が四千五百とは、ほぼ全力だな。様子はどうだ?」
「恐ろしく寡黙な男ですな。当初隠居させられる恒興や伊丹を明け渡さねばならぬ元助は激昂していたようです。したが、輝政が『池田のお家は微塵も減らされておらぬ。拒んでお家を潰されるか。』と重々しく脅したらしく…」
「なんと…父と兄を脅すとは。」
利三が驚いている。下剋上のこの時代であっても目上に逆らうのは勇気がいる。
「ところが、その一言で恒興も元助も黙ったようですぞ、利三殿。」
「池田輝政、相当に圧のある男のようだな、光春。」
「いかにも。声はださずとも其処に居るだけで存在感がありますなあ。」
「それで輝政が全軍を率いて参陣、恒興と元助はそれぞれの城で留守居か…」
「なんの、利三殿。そんな生ぬるい男ではござらぬ。恒興と元助は即日姫路へ立たせられたの由。」
「なっ!」
「なるほど。そこまでするかを為せる男というわけだ。確かに儂の出した条件では姫路への退去は自由と言い伝えてある。まさにその通りにした訳で、退路を断って明智への合力の旗幟を鮮明にさせたという事だな。」
まさか俺が羽柴と手打ちするとまで読んでいるはずも無かろうが…いや、戦略的思考ができるなら、読めなくもないが、まさかな。
「なるほどのう。結局、日向守様の思惑通り、近江勢は見事に摂津を纏めましたな。摂津衆が九千、その他二千。なんと四万六千の大軍ですぞ。その上、泉州と紀州からもまだまだ増えまする。ここぞの場面では長宗我部衆も。」
「ほう、紀州ということは、雑賀ですかな。利三殿。」
「なんの、雑賀のみならず、紀州丸ごとじゃ。光春殿。」
流石に光春も驚いている。元々予定外の幸運だったからな。
「では、摂津の3名と島左近に面会致すとしようか。」
「はっ、さればすでに座敷に待たせておりますれば。」
光春の案内で利三とともに座敷に入る。島清興四十歳、中川清秀四十一歳、高山右近三十一歳、池田輝政十九歳。一番若い池田輝政だが、どんより沈んだ空気を纏っており異彩を放っている。なるほど、父や兄を威圧できる訳だ。
座が定まり光春が順に名前を上げて紹介してゆく。
「日向守様、此度は破格の知遇を戴き恐れ入り申す。」
すでに顔見知りの島清興が最初に発言する。中川清秀と共に無骨を絵に描いたような男だ。単純だが信頼できる。
「うむ。先日の話の通り、貴殿の大和勢には本陣前衛の配置を予定している。止めの一撃を加える役目ゆえ速さが重要だが、騎馬はいかほどか?」
「は、騎馬三百、徒士千七百でござる。」
ごく普通の編成だ。おそらく鉄砲は百程度あれば良いほうだろう。
「三百か…よし、補充の手配や補給維持は我より為すゆえ、二千の総勢を騎乗士に鍛錬せよ。そしてただの騎馬武者としてではなく、二千全てに鉄砲も配備させる。騎乗して突撃し、馬上からの銃撃で口火を切り敵の最後の防御陣に穴を開けよ。一斉射後は通常の騎馬武者として突撃、敵主将の首を取るのだ。」
後の世の、伊達の鉄砲騎馬のパクリだ。総勢が騎馬では論功行賞の証拠に成る首の確保に難があるため全部隊を同じ編成にはできない。だが、止めの一撃で目標が敵主将であれば、討ち取った時点で勝敗が決まる。余裕を持って下馬し敵主将の首だけ持ち帰れば良いのでこの編成が成立する。
「…全てが騎馬で全員が鉄砲………有難き幸せ、ご期待を裏切らぬよう、鍛え上げまする。」
頷いて次の将に目を移し発言を促す。
「中川清秀でござる。一度は敵対したにもかかわらず、帰順をお許し頂き感謝に耐えませぬ。」
「相手があの羽柴ではな。その場の勢いに飲まれ致し方無かったのであろう。過去は問わぬ。この先励んでくれれば良い。」
「はっ。」
「して、二千五百のうち鉄砲はいかほどか?」
「は、百五十ほどにて。」
少ないようだが国人領主ではマシなほうだ。摂津だからまだこれだけ保有しているが、地方大名だと大名家全部かきあつめて百五十でもありえる事なのだ。
「うむ。中川勢にも鉄砲を補充しよう。六百二十程になるように手配致すのでしっかり調練せよ。」
「ろ、六百ですと…」
「そうだ。それでないと他の明智の部隊と格差が生まれてしまい弱点になるのでな。」
島清興以外の三名が目を剥いて冷や汗を流している。無視して次の高山右近に目を向ける。
「貴殿が高山右近殿であるな。高山勢二千にも鉄砲を補充して五百の鉄砲を配備致すが、その前に。」
「はっ。デウスの教えについては、九州よりガスパール・コエリョ準管区長様とルイス・デ・アルメイダ司祭を呼び寄せております。ヴァリニャーノ様がゴアへ旅立たれた後の、日ノ本での最高位の方々で有り申す。もう数日で到着かと。」
「うむ。よかろう。デウスの教えそのものについてはアルメイダ司祭の到着後でよい。だが、右近。そなた自身として、なにか申す事は無いか?」
「…はっ……」
右近が冷汗を流している。宣教師の九州での寺社破壊活動などの悪行は耳にしていようし、日本人を奴隷としてさらっている事も知っていよう。キリスト教が外国で起こしている様々な戦争も耳にしているかもしれない。心当たりが多すぎて俄に返答も出来ぬか…。
「儂は宗教が悪いとは言わぬ。大方の人は弱い。神や仏にすがりたく成る事もあろう。それに応えるのは良い。だが、心の弱い人の性に付け入って現世の政に嘴を挟むことは許さぬ。ましてや現世での悪事は蚊ほども許さぬ。そしてその悪事に加担する者も許さぬ。領主が悪事を知って見て見ぬ振りをするなら、それは同罪だ、そう思わぬか?右近よ。」
「…う、うぅ…右近は、…右近は弱き…もの…なれば…」
「ふむ。弱きゆえ神にすがらねば最早生きて行けぬ…そう申すか。たしかデウスの神は悔い改めるのであれば過去は問わぬ、そうでは無かったか?」
「はっ。その通りでございまする。」
「よかろう。此処ではこれ以上は問うまい。後日の司祭との問答を主もしかと聞くが良い。その上でそれでも神にすがるのが正しいかどうか、主のすがったキリスト教が何をなしてきたか、何をなそうとして遠路日ノ本までやって来たか、そして主の知らぬ他のキリスト教が在る事、さらにキリスト教以外の宗教でキリストの神と同じ神を信じる宗教が現に在る事を教えてやろう。」
これには四人のみならず光春や利三も驚いている。キリスト教と縁の薄い右近以外は俺の言った事の半分も理解できなかったやもしれん。右近は右近で俺とのあまりの情報量の差に放心状態だ。
かまわず最後の池田輝政に向き直る。
「池田輝政殿でござるな。此度は良いご決断をなされた。その潔さ誠に見事。勿論ご貴殿の率いる四千五百にも鉄砲を補充し千百二十か三十に致す。しっかり鍛え上げてもらいたい。」
「有り難く。播磨攻めには先鋒を。」
「うむ。その覚悟や良し。武士とは斯くありたいものよ。万が一、羽柴と手切れの折には先鋒を任せよう。が、そうはなるまい。」
「?」
「元々羽柴と明智が噛み合う必要など無いのだ。まあいずれ分かる。須磨あたりで羽柴と談合する事になろう。その繋ぎは輝政殿にお願い致す。」
姫路に池田恒興らを放逐した事がここでも生きてくる。光春、利三も舌を撒いている。
「仰せのままに…」
「高槻でのデウスの教えの吟味には皆も参集せよ。では利三、光春、鉄砲と馬、その他の武器弾薬食料の手配は手厚くな。」
「お任せあれ。」
俺が座を立って散会となる。利三と光春があとに続く。
「…初めて聞かされた時から不思議でござったが、殿は何処でデウス教の知識を…」
「うむ。天啓があった…と言いたいところだが儂なりに密かに調べていた。前右府が南蛮坊主に甘すぎると感じていたのでな。」
「左様でしたか。お側に居ながら全く気が付きませなんだ…。」
嘘だけどな。おそらくオリジナルの光秀は何も気がついていない。史実で娘の玉がキリスト教に嵌ってもとくに行動してない事でもそれが判る。キリスト教の危険性に最初に気がついたのは秀吉。やはり『さりとては』の者ではある。