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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
19/72

18 和泉へ

小西隆佐を配下に組み込んだ後、堺へ向かい、元より顔見知りの津田宗及の手配りで会合衆と顔合わせを済ませ良好な取引関係を築いておく。明智は畿内一円の領内から挙がる税や生野銀山の運上金で富裕随一の大名になる予定だが、今は膨れ上がった軍勢を維持するために将来性を担保に借金だ。史実では秀吉を背後で支えていた大商人達が此度は明智を支える構図になっている。


「では光春、本陣五千以外の二万五千は預ける。すぐに合流する大和勢二千もな。しっかり調練をたのむ。弾薬は従来の倍以上、できれば三倍以上を買い付けておいてくれ。新兵器?でもないが、ちょっと考えもあるのでな。」


「ほう、あの塹壕だけでも十分に思えまするが、新兵器とは。これは北近江に行く楽しみが増えましたな。」


「ああ、期待してくれ。利三は我と共に和泉に来てもらう。」


「蜂屋頼隆殿ですな。」


「うむ。だが利三に来てもらうのは岸和田のさらに先、たんのに用があるからだ。」


「…淡輪…水軍衆…なるほど、いよいよ長宗我部と具体的に合力されるのですな。」


「うむ。最大の目的はそうだが、淡輪水軍それ自体も捨て置くには惜しい。小勢ではあるが一度引き受ければ違えたことがない者達だ。根来、雑賀を加えた後の目付役に自然と成るだろう。」


和泉国は律令で下国という残念な扱いだった。実際太閤検地でもわずか14万石。畿内で平地が多いにも係わらず長門や讃岐と同程度だ。その結果戦国期にもこれといった戦国大名は出ず、中央から北部は三好勢が ”ついで” で支配していた風情だった。泉南は結構支配者が交代したが、今の最大勢力は根来寺になっている。岸和田の蜂屋頼隆にしても組下の地元勢をキッチリ掌握したわけではなく、後ろ立てに信長が居たので「まあ、おとなしく蜂屋に従っておいてやるか…」程度の心もとない状況である。

そして紀伊との国境側には雑賀、根来といった癖の強い勢力が居る。これらは史実では秀吉政権に対抗する徳川に味方して秀吉の背後を長宗我部と共に脅かしている。

しかし、此度は長宗我部はむしろ昵懇の味方であるので徳川の息がかからぬ今のうちに根来、雑賀を取り込みたい。


挿絵(By みてみん)


殊に、泉南という点から見れば根来衆の取り込みは絶対条件だ。岸和田以南の過半を抑えているのは根来衆であり、淡輪のように独立出来ている勢力は希である。山城で泉州統治には不向きだが、根来衆が抑えている根福寺城は泉州最大規模であるし、西の土丸城、雨山城も根来の支配下にある。


「蜂屋頼隆はどう出ますかな?」


「どうかな。事実上いきなり寄り親が消えた状態だからな。岸和田城に詰めている組下の国人領主で信用できる者も少なかろう。動くに動けぬ…といったところか。」


蜂屋頼隆が岸和田城に赴任してから、まだ日が浅い。実質一年ほどだ。それでも反抗的な寺領を接収するなど頑張っては居る。


「殿、岸和田城より御使者が到着。」


「通せ。」


急ぎで造った陣幕に床机を据えて場を整える。程なくして一人の男がやってくる。


「…蜂屋殿、御自らが御使者とは…」


利三が驚いている。元亀4年の今堅田城攻めでは光秀と頼隆は同陣しており利三も顔見知りなのだろう。

歴戦の将らしい、落ち着いた物腰だ。


「頼隆殿、お久しゅうござるな。」


「いかにも。日向守殿はまた、大胆な事をなされましたな。」


「追い込まれましてな。止むに止まれぬ仕儀にて。」


「やはり噂は本当でござったか。」


信長が畿内一円の部下の領地を召し上げ、信長一族のみで支配する構想だった事を蜂屋頼隆は掴んでいたようだ。近江から領地替えさせられている頼隆なので敏感なのだろう。


「うむ。おそらくこの光秀の次は羽柴、丹羽などが領地召し上げになったであろうな。すでに遠国上野にとばされた滝川一益もその流れの一つだったのだろうの。まあ、娘婿の蒲生は安堵されようがな。」


近江日野城主の蒲生賢秀の三男、賦秀は信長の娘を娶って信長お気に入りの若手だ。実際それだけの能力もあり味方になりそうもない有能な男の一人であり、将来の問題の一つなのだ。


「…さもありなん…ですな。さて、それはそうとして、日向守様はこの泉南に何用でござろうや。」


お、日向守様…になっているな。脈有りのサインという訳か。


「そのことよ。無理やり天下取りに押し出されてしまった我が明智だが、羽柴を撃退したことで展望が大きく開かれた。すでに分国は丹波、近江、山城、大和に及んでいる。さらに但馬、河内、摂津、この和泉を攻略中だ。だが年明けすぐにも北陸の柴田と衝突するであろうし、濃尾伊勢の織田勢力も動きは鈍かろうが味方に成ることはない。その向こうの徳川もな。」


「?徳川は敵に回ると確定でござるか?…あと、羽柴の名がござらぬが?」


「羽柴とはもう戦う必要はなくなる…いや、無くす所存だ。構想もある。だが徳川は無理だな。あの御仁には腹の底に黒い野望が渦巻いておってな。今はじっとひたすら耐えて強敵が死にゆくのを待っておる。家康が自ら薬の調合まで致すのは聞き及んでおろうが、それもこれも長生きこそ己の得手と考えればこそよ。」


「ほう…あの律義者と評判の家康殿にそのような野望が…」


「まあ、家康のことは今は良い。つまり明智は今急拡大中なのだ。これなる利三をはじめ我が家中には幾多の勇将猛卒が居るが、まだまだ足りなくなる。歴戦の勇将、算術に長けた内政官がとにかく足らぬ。」


「なるほど。それで五千という、中途半端な軍勢で参られたと。」


「うむ。戦に来たのではないのでな。明智に与力いただけぬか?蜂屋殿。」


「この頼隆など、合力したところでせいぜい千五百の兵ですぞ。遠征となれば七百がやっと。たいした役にも立ちますまいに。」


「ご謙遜を。それは今頼隆殿が泉南で孤立されておる故。これから雑賀、根来との交渉が纏まれば岸和田周辺に敵は無く、遠征でも千五百は動かせましょう。それにこの日向守は兵力よりも蜂屋殿そのものが欲しいのでござれば。鉄砲も兵も当方より補充いたせば、鉄砲五百その他千五百は指揮して戴きたいと思うてござる。」


「…軍勢の二割五分が鉄砲衆…そんな軍など聞いたことがない…。まさか、今の明智勢は皆そのような?」


横の斎藤利三が頷く。


「うむ。あらかたはその配分で編成している。新しく加わる大和勢などにまだ行き渡っていないが、すでに手配済みだ。」


「鉄砲に秀でた日向守様なれば有りえぬことではないが…それで早くから日向守様は津田宗及殿と昵懇であったのか。連歌だの歌合せだのと、幕臣の方々はみやびな付き合いで結構なことよと正直侮っており申した。」


「侮っていただけるように、わざわざ口裏合わせしておりましたのでな。」


「…よくよく考えれば利に敏い商人が貴族遊びで惚けるはずもござらぬな…これは一本とられましたわ。あっ!なれば宮津の細川殿は!!」


「左様。誠、腹黒の裏切り者でござる。き奴には数十年単位でたばかられており申したわ。」


「…そうか、細川殿の真の主は禁裏、」


「頼隆殿、其れ以上は。口に出すは憚られまするゆえ。」


「…亡き義輝様はよい面の皮でござるな、おいたわしや。」


「誠に。したが、ような御仁はこの日向守の世には居てはならぬ者ゆえ、誅殺する所存。」


「…茨の路で御座るが、お覚悟は定まっておられるのですな。」


「すでに後戻りは出来申さぬゆえ。」


「わかり申した。此処まできょうきんを開きお話戴きながら断る言葉はこの頼隆、知り申さぬ。陣の片隅にでもお使いくだされ。」


「よくぞ、決断くだされた。以後は我が重臣の一人として軍議にも加わってくだされ。」


蜂屋頼隆が頷く。この後、利三の差配で岸和田勢にも新兵と鉄砲が補充され、二千の軍勢が整備されることになる。


「して、日向守様はこの後は根来でござるか?」


「いや、先ずは淡輪にと考えている。淡輪水軍衆に合力を頼み、長宗我部殿と緊密に連携を模索したい。」


「おお、長宗我部殿!。なるほど、それは良きご思案。某もなぜ前右府様はかねて同盟関係の長宗我部殿を切り捨て、長年敵であった三好の残党などを重用されるのか疑問でござった。」


「前右府は有能な味方が疎ましくなってきていたので御座ろうな。自らの御子の世には戦国の益荒男は無用との考えかと。」


「なるほど、ありそうな話でござるな。では淡輪へ我が手から先触れを出しておきましょう。雑賀へは我よりも淡輪衆のほうが昵懇でござれば、彼の地で手配りなさるが宜しいかと。」


「かたじけない。本来ならば岸和田城で積もる話もしとうござるが時が惜しゅうござれば。」


「いかにも。雪解けの北近江、越前へはこの頼隆、必ず駆けつけますぞ。」


大きく頷いて蜂屋頼隆と分かれ泉州南端、淡輪にむけて出立する。


「誠に良き武人でござるな。蜂屋頼隆殿。」


「うむ。前右府の気儘な手伝い戦ではよく頼隆殿と同陣したものよ。あの折も決して手抜きなどせず黙々と努めを果たしておられたわ。」


淡輪への道すがら、暫し思い出に浸る振りをする。実際、光秀の感情は残っているようで、なんとなく懐かしい男であったのだ。


「利三は淡輪衆とは顔見知りであったな。」


「は。長宗我部殿への往来では度々世話に。淡輪大和守良重殿は小勢ながら芯のしっかりした御仁。また淡輪衆そのものも鎌倉殿以来の御家人の家系で泉南にしかと根を下ろしてござれば、お味方いただければ心強きことかと。」


「そうだな。根来、雑賀、阿波の三好にはさまれた淡輪で独立してきた手腕は並大抵ではない。水軍衆としても雑賀とも上手く棲み分け出来ておるようだ。見事なものよ。」


顔見知りの淡輪が高く評価されて利三も嬉しそうだ。淡輪と雑賀を味方につければ紀淡海峡を制することが出来る。長宗我部と軍事同盟を結ぶ予定だから淡輪と雑賀は元よりおろそかには出来ない。


「泉州は池が多いな。」


「いかにも。泉州と讃岐は雨が少のうござれば、溜池だらけでござる。」


平地が多いにもかかわらず石高が小さい原因は少雨だからなのだろう。大和川もこの時代は河内から北に曲がって淀川に合流してしまうので大河川も遠い。


「惜しいな。儂の代では無理でも、大和川の水を泉州にも引き込む構想を光慶にしておくか。」


嫡男の明智光慶は数え年十四歳になる。そろそろまつりごとの話も聞かせねばならぬ頃合いだ。


「おお、それは良いご思案ですな。」


利三と雑談しながら淡輪へと進む。岸和田の先触れが届いていたようで、遠くに出迎えの人馬が見えてくる。


「わざわざのお出迎え、痛み入り申す、日向守光秀でござる。」


「よくぞ参られました。あるじ、大和守が淡輪城にてお待ち致しております。」


頷き返し、案内に従い淡輪城へ入城する。城と言っても小規模の平城で事実上の居館だ。すぐに会見場の座敷に入りそれぞれの座が決まる。


「淡輪の田舎にようこそ、日向守殿」


「突然お邪魔して申し訳ない。大和守殿。四国への往来ではいつもご助力忝ない。」


「いやいや、それが我らの仕事ですゆえ。で此度はどのような。」


「すでにお聞き及びで御座ろうが、われら明智は天下取りに押し出されてしまいましてな。まあ、其れは大和守殿には無関係ゆえ脇に置くとして、淡輪衆には全面的にわれらと協力関係をお願いしたく。仕事ごとの繋がりでなく、末永くの友好関係でござる。」


「?組下に入れというわけでは無いので?」


「鎌倉以来の名門淡輪殿はそうそう安易に組下には入れますまい。まずは緊密な協力関係からお願いしたい。そして我が明智のまつりごとを吟味いただき、納得の上で検討いただければ良きことかと。」


「…はてさて…寛大極まるお言葉なれど、なぜにそれほど優遇していただけるのか。我らのような小勢、今帯同されている五千だけで余裕で捻り潰せましょうに。」


「それでは水軍衆は働いてくれぬで御座ろう。この光秀もその昔越前では苦い思いをしましてな。鉄砲の技を見世物にされ申した。即座に逐電しましたわ。ははは。」


「…なるほど。技は船と鉄砲で違えど希な技能の持ち主同士、水軍衆の気持ちもしんしゃく戴いたのですな。」


「然り。水軍衆は海賊と云われ、鉄砲衆は卑怯者とさげずまれでござったな。したが、この光秀、水軍衆や鉄砲衆はもとより、河原者、山の民、穢多、忍び、鍛冶、皆が特殊技能の掛け替えのない者達と思って居り申す。」


河原者とは主に今で言う畜産加工業者だ。山の民は山窩で明治ごろまでは普通に里におりてきて交流もあった山岳民。穢多えたけがれをはらえる者というのが本来の認識で差別用語ではなかった。


「なるほど。明智領では河原者が住みやすいとは聞いていたが、そういうお考えだったとは。勿論我らに否やは有りませぬ。そういうことであれば、誠心誠意努めましょうぞ。」


「忝ない。」


「となれば、次は雑賀に向われるので御座いましょう。私からも文をもたせて先触れしておきますので、今宵はゆるりとなされませ。」


淡輪と雑賀は山一つ挟んで隣り合わせだ。しかも雑賀にも水軍が有る。こういった場合は運命共同体になるか、何れかが滅ぼされるかだが、淡輪と雑賀は前者の関係を構築していた。


「ありがたい。是非にお願い申す。」


一夜を淡輪でやっかいになり、早朝に雑賀へ出立する事にする。思えば山崎で光秀に憑依して以来、畿内を動き回り一息つく間も無かった。明日長宗我部に届けてもらう手紙を書き、就寝する。


「大和守殿、久々に昨夜は熟睡出来申した。ではこれより雑賀へ向かいますが、この手紙を長宗我部元親殿へ、お手配戴きたく。」


淡輪大和守が頷いて手紙を受け取る。

雑賀の荘へは孝子峠をこえてすぐだ。船ならもっと速いが五千を運べるような船は淡輪でも即座には揃わない。陸路で向うことになる。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史IF物として全体に硬派な文章で好感が持てます。 [気になる点] >河原者とは主に今で言う畜産加工業者だ。 河原者は芸能関係者では?畜産加工業者は穢多だったかと。 単純な記述ミスかもしれ…
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