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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
18/72

17 合流

河内に入って程なく分派していた近江勢と合流する。


「貞征、祐忠、ご苦労だった。大所帯になったので統制が大変だっただろう。」


「全くでござる。山城の国人どもの手のひらの返し様はなんとも。尤も、それは東近江の連中も同様でござるが。」


史実では関ケ原で裏切る小川祐忠ですら呆れている。

近江勢は当初、西近江や北近江の国人領主で編成された四千程度だった。だが羽柴勢との決戦勝利を受けて東近江や山城の土豪達の西近江勢への参加が相次ぎ、すぐに七千五百に膨れ上がった。

そして摂津を巡る過程でも参集が有り、今では八千にまで成っている。


「したが、その圧力もあって見込み通りに中川清秀、高山南坊共に我らに帰順を申し入れてきております。」


こちらは史実でも最期まで明智勢として戦った阿閉貞征だ。面白いことにこの阿閉一族、秀吉とはどうしてもりが合わなかったようで人心掌握に長けた秀吉がついに取り込むことが出来なかった。非常に珍しい例だ。


「よくやってくれた。中川高山の両名の四千五百と島左近の二千が合流すれば、全軍ですでに三万五千ほどになる。柴田勝家が出てくるのは来年の雪解け以降だが、かなり余裕のある戦いが展開できよう。」


諸将も頷いている。勝ち目の高い、人数の多い側にはさらに人数が増えてゆく。勝ち馬に乗りたい心情は今も昔も変わらない。


「だが、中川は良いとして、高山には問いただすことが有る。後日高槻を通るときに直接右近に問いただすが、ゼウスの教えについてだ。京の公家も呼び民衆にも公開の上で問いただすゆえ、右近には信頼できる南蛮坊主やその取り巻きなど、呼び寄せて待機しておくように伝えてくれ。その場では応えられぬ、イスパニアに問いただすなどと云う事が無いように…と。」


「日向の守様が、直接吟味される…と。しかも公開で…。」


阿閉貞征はその異常さに気がついたようだ。公開で吟味すれば、是非にかかわらず後戻りはできない。宣教師やキリスト教に心服している高山右近にとっては乾坤一擲の見せ場にも成れば致命的敗北の場にもなりうる。それをわざわざ時の人である明智光秀が自ら執り行うと云うのだ。


「うむ。すでに皆には道々概要を説明してあるので光春にでも聞いておいてくれ。勿論、こちらの手の内は高山などには内密にな。」


内容が政治向きであるため、諸将も黙って聞いているだけで誰も話に入ってこない。だがその雰囲気から高山右近が相当に危険な立場である事を、阿閉貞征、小川祐忠両名は察したようだ。


「中川清秀と高山右近は領地も隣り合わせであり、縁戚関係ですが。」


「中川清秀は高山右近のようにデウスの教えに心服などしておらぬ。信者ですらない中川に類が及ぶ事は無い。」


阿閉貞征と小川祐忠の表情がやっと緩む。せっかく摂津衆を切り崩した功が無駄になるのでは…と思ったのかもしれん。


「とにかく、先ずは堺へ向う。丹波決戦以後に加わった者、大和衆もだが、鉄砲弾薬を支給して部隊の質を我々に近づけねばならぬのでな。これからの戦は火力戦が基本になり突撃戦は射撃戦での勝利を受けて戦果を拡大するために行う事になろう。近江衆にも新しく組下に人数を入れるので次の決戦に備えて鍛錬に励んでくれ。」


阿閉貞征と小川祐忠は少し驚いていたようだが異を唱える事無く頷く。自分の指揮する部隊を強化してもらえるのだ。不服のあろう筈もない。

三万を超える全軍を率いて竹内街道を堺へ進む。河内一隊にはすでに高札を建て住民を安堵してあるので大軍の行軍を農民がぼんやり見ている。


「大軍勢だが、我々に怯えてはおらぬようだな。見事な慰撫だが祐忠が手配りしたのか?」


「は、実は堺で小西隆佐なる商人と繋ができまして、助力の申し出があり申した。あらかたは隆佐の手腕にござります。自分はそういう方面はあまり得手ではありませぬゆえ。」


「そうか、それは良き分別であったな。優れた人材を上手く用いるのも大将の努め。見事である。」


面目を施した小川祐忠が黙って頭を下げる。なんだ、結構良い男じゃないか。関ヶ原で裏切られた石田三成はなにか、人間的に欠落するものがあったのだろうな。

しかし小西隆佐とは。こちらから接触する手間が省けたな。この時代の商人は先行きを見る目が殊に鋭い。誰に接近するかで商いそのものが変わってしまうからな。小西隆佐にこのような内政手腕が有るのなら取引相手のみならず、禄もあたええて家臣としての立場も兼ねるように誘ってみるか。


「して、小西隆佐は近江勢と共に居るのかな?」


「は、我が隊に帯同しておりますれば。お会いになられますか?」


「うむ。堺の会合衆とも合うつもりであったが、小西隆佐にはもともと会いたいと思っていた。会いに行くとしよう。」


軍勢全体の指揮を斎藤利三に任せて小川祐忠と共に軍列前方の近江勢の所へ出る。近江勢自体も分派した時より鉄砲が増えているようだ。阿閉貞征か小川祐忠か、何れかが自身の才覚で堺で調達したのだろう。


「以前より装備を充実させて居るな。」


「は、これも小西隆佐殿のはからいにて。格安で譲ってもらいました。」


「そうか、よき伝手を得たな。だが此度の代金も儂が受け持とう。なに、小西隆佐を得たのであれば安いものよ。」


「有り難く…」


格安で譲られたと言え、近江衆にとっては大金のはずだ。それだけ明智に賭けた訳で最早譜代扱いで良い時期だろう。


「小西殿。殿がそなたに会いたいと仰せですぞ。」


「日向守光秀でござる。此度は随分と合力頂いたとのこと、忝ない。」


「なんと、日向守様御みずから…恐れ入りまする。」


「堺衆とは元々談合したく思っていたのだ。このような形で会えるとは幸先が良い。これからもよしなに頼みますぞ。」


「有難きことでござります。」


「したが、あの疲弊した河内一帯の慰撫は見事でしたな。政の才もなかなかに。」


「いえ、摂津河内和泉はわが商圏でござります。顔見知りも多くござれば、落ち着かせるのはさほどの難事ではありませぬ。」


「それも今までの信用の積み重ね有ればこそ。そこで…どうだ、商人としての付き合いだけでなく、禄でこの日向守に仕えぬか?勿論、商人は今まで通り続けて良い。戦にも出なくて良い。明智領はこれからどんどん増える。だが、長い戦国でどこも疲弊している。商人であれば民が豊かでなければ利益もあがらぬ事を熟知していよう。明智新領の内政官としても働いてもらいたいのだ。商人としての隆佐殿にとっても悪い話では無いとおもうが、如何かな?」


小西隆佐本人だけでなく小川祐忠も驚いている。このような仕官の条件などこの時代には有りえぬ事だからな。


「ははっ。それほど驚くな。隆佐殿が最初ではないのだ。すでに羽柴秀長殿を三年契約で借り受けている。」


「!! は、羽柴秀長殿ですと !! ううむ。まさしく昨日の敵を味方に引き込むとは。三年契約?初耳でござります。日向の守様は噂とご本人とはまるで違いますな。まつりごとに力をいれる大名方は多うござれど、日向守様の知見は群を抜いておられるご様子。そういうお話であれば、勿論否やは有りませぬ。喜んでお仕えさせていただきましょう。」


「有難い、すぐに畿内以外でも働いてもらう事になろう。」


「つきましては一つお願いができました。」


「ほう、隆佐殿のご希望…ご子息の行長殿の事ではあるまいか?」


「いかにも。亡き宇喜多直家殿に見いだされ武士に取り立てていただいた次男でございますが、今は羽柴秀吉殿の元に居ます。商いよりも武勇に興味があり二足の草鞋で如何なものかと考えておりましたが日向守様であれば上手く使っていただけましょう。当分働き場のない羽柴殿の元では芽が出ますまい。秀長殿が三年とはいえご当家におわすのであれば、こちらに呼び寄せても障りはございますまい。」


濡れ手で粟とはこの事か。引き抜きに苦労するかと思った小西父子をまるごと得ることが出来るとは。これで我が明智新領の内政もまずは安心できよう。


「それは良いご思案。この光秀も秀吉殿宛に文を添えましょうぞ。なに、秀吉殿と争う気はもう有りませぬのでな。和泉摂津の仕置がすめば、播磨へ回って秀吉殿と膝詰めで談判してお見方頂くつもりであれば。」


これには小西隆佐、小川祐忠共に声もでない。そんな事が出来るはずがないと顔にかいてある。


「ふふ。出来るはずが無いと思われるであろうが出来るのだ。我は秀吉殿の本当の望みを知っておるのでな。」


「…羽柴様の?…本当の望み……?」


「いずれ判りましょう。では行長殿の到着を楽しみにしていますぞ。」

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