14 摂津仕置
庄兵衛に伊賀の扱いを話しながら生駒山の西を南下する。
三々五々、羽柴勢への追撃を終えた近江勢も集まってくる。
「日向守様、残念ながら秀吉は取り逃がしました。が、羽柴勢はほぼ壊滅状態に追い込みましてこざる。ご指示通り側面から攻めましたので、お見方の損害は殆どありませぬ。」
近江勢を代表して阿閉貞征と小川祐忠が報告に来る。戦果はまあ、妥当な所だろう。元々の指示が正面から遮るなであったから狙い通りと言える。…囲師には必ず闕き、窮寇には迫ること勿れ(孫子)…というわけだ。
「貞征、祐忠。大義であった。大手柄を求めて無理しがちの場面、よく兵を纏めたは見事。これからもその手腕に期待する。おかげで次の手も無理なく打てるというものよ。」
「は。次の手は如何に?」
「うむ。明智本隊はこれより暗越で大和の筒井を帰順させる。近江勢はひきつづき貞征、祐忠が率いて摂津を威圧、中川、高山の切り崩しを頼みたい。」
摂津の現状を脳裏に思い浮かべる…
「注意点だが、まともに摂津衆とこちらから交渉してはならぬ。特に当方からは交渉せず、ジワジワ摂津国内を隊伍を組み練り歩くのだ。勿論地下人への乱暴狼藉は厳禁だ。練り歩きつつ治安維持に当たるが良い。さすれば地下人が自発的にご機嫌伺いにやって来よう。鷹揚に構えて慰撫せよ。条件は我が近江で示した条件と同じだ。」
「それでよろしいので?」
「うむ。一時敵対したとは言え中川も高山も時勢に押されて羽柴勢に組みするしか無かったのだ。ここで無理に心底羽柴に追いやる必要はないのでな。地下人達が次々我らにすり寄るのを見せつけられ、足元が崩れていけば嫌でも我らに靡いてくる。」
「…わかり申した。したが、池田は如何になされますか?」
「兵庫の池田恒興とその長男の元助は猿贔屓で我らに下るまい。だが次男の輝政は現実主義だ。今、この時から先しか見ておらず過去のしがらみなど気にはせぬ。よって、開城の条件に輝政を当主として伊丹を含む兵庫池田家を立てるのであれば本領安堵、明智組下の大名として遇すとせよ。恒興と元助は姫路へ退去を許可してよい。」
池田恒興と元助は、史実では後の小牧長久手の戦いで家康勢に討ち取られている。絶対的な兵数では勝っていたにもかかわらず奇襲されて壊滅しているので戦術能力にはかなりの疑問符が付く。無理に引き入れたい人材では無いのだ。だが次男の輝政はかなり変人であり、親兄弟の仇である家康に臣従したばかりか長年連れ添った正室(中川清秀の娘)糸姫をわざわざ離縁して徳川家康の次女の督姫を引き受けている。引き受ける…というのは督姫は先に北条氏直に嫁いでおりすでに二女を儲けていた。北条氏滅亡後の1594年に輝政に再婚したわけで、督姫生まれ年天正3年説を取ったとしても当時御年20歳である。15歳前後で嫁ぐ時代にあってはなかなかに薹が立っていよう。ホタル大名と異名のあった京極高次と良い勝負か。ただし高次とは異なり戦場ではなかなかの猛将ぶりで実績もある。癖の強い男だが使える人材なのだ。
「姫路への退去を許す…とは。日向守様もなかなかに手厳しゅうござる。」
「そうかの?秀吉に与して明智に牙を剥いたのだ。当主の恒興が事実上の隠居に追い込まれたとしても命が有るだけ優しかろう。ま、長男までもいきなり隠居は困惑するであろうがな。」
「…日向守様は池田家の内情までもご存知のご様子。われらは御下知に従うのみで良かろうて。」
小川祐忠が殊勝な物言いをする。やはりこの男、明智が優勢であれば裏切る事はない男のようだ。戦が弱い三成では荷が重かったか。
「では二人共、近江勢を頼んだぞ。北摂津の仕置がすめば南下して堺の会合衆に繋をつけ、そのまま竹内街道をとおり大和との国境へ移動するが良い。大和を縦断した本隊とは南河内で合流できよう。」
近江勢を摂津方面に送り出す。丹波決戦の勝利を受けて近江の日和見していた国人も次々彼らの元に参集しており、いまでは近江勢だけで七千五百に達する。70万石を超える近江全体からすればさらに一万は動員できるはずだが、日野の蒲生のような梃子でも動かぬ剛直な者も居る上、東近江は織田家の本貫地の美濃が近いため未だこの程度なのだ。だが丹波勢主体の本隊も各地の国人等の参集があり二万に膨れ上がっている。二万七千もの大軍に睨まれては後ろ盾を失った摂津の国人の取れる行動は最早一つしか無い。
「近江勢も安心して見て居れるようになりましたな。」
「利三か。一つ大戦を共に経験したのでな。練度を上げるには戦で勝つのが一番の早道よ。」
「されど、これだけ大所帯になると補給の維持が問題ですな。」
「なに、それは大した問題ではない。大戦に勝ったので商人達からすり寄ってくるのでな。我らは治安維持さえしっかりさせておけば、彼らが喜んで補給の手配をしてくれるわ。勿論対価は必要だが、それとていくらでも付けが効く。勝ってさえ居れば…だがな。」
「たしかに。されば近江勢で途中で加わった者や地侍も各部隊に編入しても問題ありませぬな。」
「そうだったな、よく気がついてくれた。早めに編入をすすめて戦力化してくれ。そのほうが彼らも先方衆として使い捨てで扱われるよりも良かろうし、譜代化も早まろう。島左近は最初から独立部隊として遇するつもりだが、これから参入してくる大和の地侍や摂津衆も随時適切な部隊に配分するか、独立部隊を編成してくれ。この件は斎藤利三に一任する。」
「ははっ!」
こういう、つい後回しになりがちな問題を指摘してくれる側近は有難い。利三にまかせておけば着実に正規軍に組み込んでゆくだろう。ただ、鉄砲は意識的に支給したほうが良いな。国人領主では高価な鉄砲や火薬はなかなか充足できない。それでは丹波勢と戦闘力の格差が大きすぎる。戦場で軽い部署ばかり充てがっていると軽んじられたと勘違いする連中も出てこよう。ある程度の要所を任せるためにも装備は儂自ら下げ渡すのがよかろう。