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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
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09 繰り引き

羽柴勢の撤退は最早誰の目にも明らかになっている。

羽柴勢全体が東の老ノ坂方面へ本格的に離脱する中、一番東寄りに布陣していた羽柴秀長隊と蜂須賀隊が戦場に踏みとどまり奮戦している。おそらく最初からその予定だったのだろうが、流石に羽柴勢でも最も練度が高いだけのことはある。


「敵は逃げ腰ぞ!、留守居が専門の秀長勢など、一気に突き崩せ!」


誰かは不明だが、味方の部隊長の一人だ。激しく兵を叱咤している。まあ確かに留守居を任される事が多い秀長勢だ。だがそれだけに、少数で多数を支え慣れている。それに加えて羽柴旗揚げ以来の古参の蜂須賀勢。一気に抜くのは無理だろうな。


「味方右翼の各隊に伝令だ。無理に一気に突き崩そうとするな。無駄に犠牲が出る。それより付かず離れずねっとりと秀長隊にまとわりつけ。どうせ彼らは半数も播磨に戻れはせぬ…」


此度の伝令も怪訝な目で俺を見ていたがすぐに走り出ていく。従来の光秀の物言いとはかなり異なっているのだろう。毛利元就や真田昌幸、あるいは本多正信や津軽為信に憑依していれば、さほど怪しまれることもなかっただろうが光秀ではキャラが変わりすぎなのか。

戦場に目をやると黒田隊を先頭に山内隊が続き、直後に秀吉本体が街道を走り出している。いやはや、信長もビックリの恥も外聞もない逃げっぷりだ。羽柴勢先手衆全体をまるで殿軍扱いにしている。過酷な退却になるのを誰よりも理解している動きだ。


挿絵(By みてみん)


「くっ、猿め、逃げ足の早いことよ…」


いつの間にか本陣まで戻ってきていた伊勢貞興が話しかけてくる。全軍が追撃態勢に入る中、功を焦らず本陣に動きを合わせて敵の左翼に圧力を掛けに加勢してきているようだ。街道に殺到したところですでに光春や松田政近隊で埋まっているからな。しっかり状況が見えている。


「信長公に学んでいるのでな、秀吉は。この窮地、生きて戻る事に価値があるのだ。たとえ大敗しようともな。」


「?負け戦に価値?」


「うむ。この戦の後、いずれ尾張か美濃で織田家の今後の方針を決める重臣会議になる。その時、敗戦とはいえ憎き光秀に一番槍を付け一旦は丹波まで押し込んだ…だが、おのおの方は何をなされていた?あの時、おのおの方の来援があれば光秀の首を墓前に供えられたものを…と一席ぶつという筋書きよ…」


「なんという悪知恵。勝っても負けても織田家内での発言力が増す算段だったとは。」


「ふふ。それもまあ、普通の敗戦で済めば…という話だ。ちょうど良い塩梅に秀長が殿を受け持っているようなので、あ奴を捕らえるぞ。秀長を失えば、羽柴勢など播磨一国の維持で手一杯になろう、但馬と生野銀山は奪取する。」


秀長は播磨の北に隣接する但馬を治め、その足元の生野銀山を支配下に置いている。秀長を捕らえる事は但馬を得る事に直結するのだ。


「! 但馬 !」


「うむ。この丹波と但馬は北西で隣接しており実は目と鼻の先だ。実際数年前、当時の黒井城主の赤井直正が但馬に侵入してしばらくの期間制圧している。そのひそみに習うというわけだ。」


挿絵(By みてみん)


「おお、生野銀山を得れば、まさに盤石ですな。」


「貞興、お主が来てくれたのもなにかの縁であろう、どうだ?但馬を任せてよいか?」


「但馬攻略をこの伊勢貞興に! ありがたく…」


但馬を攻略する大将になるということは、そのまま生野銀山も支配下に置くということに成る。当然、伊勢貞興にも余録がついてくるので”ありがたく…”になるわけだ。


「やってくれるか。では並河易家隊も連れて行け。両隊ともに中央が受け持ちで追撃に加わりにくい配置だ。そのまま西にでて黒井城を拠点に竹田城と出石城を抜けば但馬は平定できよう。平定後は竹田城には貞興が入れ。出石城は易家に預ける。」


「はっ。但馬は今は留守居の僅かな敵しか居りますまい。安んじてお任せあれ。」


伊勢貞興を送り出した後、並河易家に伝令を出しておく。貞興も直接伝えるだろうが俺の指示も有るほうが良いだろう。

戦場では羽柴殿軍の秀長隊と蜂須賀隊が、我が明智勢に6割方包囲されつつあった。秀長、蜂須賀両隊が交互に踏みとどまり、交代ですこしずつ篠山川を渡河、老ノ坂方面へじわじわ引いている。所謂いわゆる『繰り引き』というやつだ。潰走するよりは犠牲が減るが兵の体力を見誤ると全滅する。まして今回は退路が一つに限られている上に、追撃で猛進している我が左馬助光春隊と松田政近隊に先に街道筋を抑えられ秀吉など本隊と分断状態だ。夜まで耐えて、夜陰にまぎれて一気に逃げ出そうとでも考えていようが難しいだろう。


「お味方の包囲の環が閉じつつあり!」


お?完全包囲は迂闊にすると窮鼠に噛まれる恐れが出てくるので避けるものだが、今回は先の指示が効いたな。付かず離れずでじわじわ絞った結果、十二分な体力を残した隙きのない包囲陣が出来つつ有る…


挿絵(By みてみん)


「秀長勢と蜂須賀勢、合流する模様!」


ふむ。合流というか、削られて小さくなったので纏まってしまった…そういう感じだな。だがどうする?このままだと本当に全滅だぞ?こういう場合は一点突破で脱走するしか無かろうが、ふふ。行政も政近もすでに街道側に厚く備えているな。


「利三と庄兵衛に伝令だ。秀長は利用価値がまだあるので生け捕りにせよ。蜂須賀は仕留めて構わん。」


予想していたのか、今回の伝令は皆まで聞くまでもないと云う速さで飛び出していく。秀長にはさほどの武勇はない。犠牲を気にせず生け捕りも可能だろう。だが蜂須賀は猛将だ。無理に生け捕ろうとすれば無駄に被害が出る。こういうやからは射殺すに限る。


「羽柴勢殿軍、潰走します!」

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