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Judgment of value

作者: 椎名里梨

***


「ねぇ、ユウキ。金貨と金塊、本当に価値があるのはどちらかしら?」

「……と申しますと?」

「どちらも漢字で表すならば《金》という一文字だし、古来より価値ある言葉として《きん》としても《かね》としても諺で使用されてきたじゃない」

「あぁ、確かにお嬢様の述べられる通り《雄弁は銀、沈黙は金》《時は金なり》どちらの使われ方でも価値のある意味として使用されていますね」

「というわけで、疑問に思ったの。ユウキ」


 そう言って、お嬢様はニヤリと不敵な笑みを浮かべられる。


「ユウキ的に真に価値があるのは《きん》なのか《かね》なのか。調査して欲しいの」


 相変わらず突拍子もない発言するお嬢様だと思いつつ、僕は苦笑しながらお嬢様に答弁を開始する。


「…………愚問は止してくださいませ、お嬢様」


 調査して欲しいと述べつつ、歴史を紐解き導かれる答えなどでは到底満足などされないお嬢様に対する最良の返答は一つしかないだろう。


「ということは、ユウキはもう答えが出たのね」

「答えというか、まぁ。一つの考え方といいますか……」

「是非聞かせて頂戴、ユウキ」


 正当で月並みな答えを欲していると見せかけ、その実態はどんでん返しが欲しいだけ。

 つまり、お嬢様が真に欲しているものは日常の中の非日常……ちょっとした知的好奇心を刺激する思考力であることを理解しているならば、答えは自ずと導かれるものだろう。


「えぇ、お嬢様の御眼鏡にかなえばよろしいのですが」


 知的好奇心を欲している人に対して、一つの鍵となるのはスピードだ。刺激を欲しているまさにその瞬間、タイムリーに与えることで最大限の効果を発揮する。

 言い換えれば、返答までに要する時間に比例して、聞き手のストライクゾーンは狭まってくるものだ。だからこそ、即答出来るなら即答する方が相手の満足度は高くなりやすい。時間を制する者こそ、返答も制す。まさに時は金なりと言えるだろう。


「ところでお嬢様、この話は大事だいじにしたいことですか? それとも大事おおごとにしたいことですか?」

「え!? 大事だいじにするほどのことでも、大事おおごとにするほどのことでもないでしょ?」


 確かにお嬢様の述べられる通り、慈しみ育む内容でもなければ、大勢の人に見せしめのように語る内容でもない。


「しかし、どちらかご指定して頂かなければ、私としても対応に困ります故……」


 とはいえ、お嬢様に最善の回答を述べるため、延いてはお嬢様にお仕えする身分として是が非でも確認しておきたい事柄でもある。


「……では、大事だいじにする方向で」

「承知いたしました。ならば、《きん》だと思いますね」

「あら、思いの外バッサリと即答なさるのね」


 お嬢様の返答を頂けなければ対応に困ると頭を抱えていた僕が一転、強気に即答したため、お嬢様は思いきり動揺なされている。と言っても、それは僕の自暴自棄を心配する方のウェイトが大きい動揺のようだが……。


「でも、どうしてかしら?」

「お嬢様、先ほど私がお尋ねしたことを覚えてますか?」

「ええ。この話を《大事だいじ》にするか、《大事おおごと》にするかと」

「では、それらの言葉とお嬢様がお尋ねされた《きん》と《かね》との共通点、何か思い浮かばれますか?」


 お嬢様はしばし考え込んだ後、想定通りの答えを返してくださる。


「どちらも同じ漢字を用いて表記するフレーズよね。…………って、まさか!?」

「はい、そのまさかです。《大事だいじ》を前提条件にして進めるならば、音読み同士ということで《きん》を。《大事おおごと》を前提条件にして進めるならば、訓読み同士の《かね》を答えるつもりでした」


 僕の答えを聞いたお嬢様は眉間にシワを寄せつつ、一つの疑問を投げかけてこられる。


「でも、どうして同じ括りであることと価値あることを並行に考えることにしたの?」

「確かに一見すると脈絡なさそうですよね。ですが、《大事だいじ》と取るか、《大事おおごと》と取るか。究極の二択を瞬時のうちに託したと解釈するならば、お嬢様が選ばれた《大事だいじ》と同じ音読みとなる《きん》に価値があると見いだすのは当然のことかと」

「ふふふっ、相変わらずユウキは面白い考え方をするわね」


 そう言って、屈託ない笑みを浮かべる姿を見ると年相応の年若いお嬢様そのものである。だが、一度笑い終えると年齢を感じさせない貫禄に瞬時に切り替えられる。

 お嬢様の素のお顔も外交のお顔もどちらも見ることができる僕の立場は、実に贅沢な立場であるとつくづく思う。


「有難う、ユウキ。あなたの多角的な見方を聞くだけで、今日もしがらみと制約に負けない気持ちになれるわ」

「滅相もございません。お嬢様が有能だから出来ることです、私は関係ございません」

「相変わらず、腰が低いこと」


 お嬢様は笑みをこぼしつつ、部屋のドアノブに手をかけられる。


「では、今日も行って参ります。いつも有難う、ユウキ」


 そう言って、颯爽と仕事に向かうお嬢様の凛とした姿を見送る日々はきっときんにも勝る時間であり、かねに代えられない時間でもある。そんなことを改めて感じつつ、僕はお嬢様に仕えることの価値をお嬢様を見おくりつつじっくりとかみしめていた。


【Fin.】

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