王の1手
時は少し遡り、レイン達が避難民の列に加わった時、王都のさらに南方、荒れ狂う海を越えた先にある島国から出発した二頭のワイバーンが、レイン達の住んでいる街をめざして空を飛んでいる。
それぞれの背に一人ずつ乗せながら。一人はグリーントルマリンを連想させるような瞳に、深い新緑の森のような髪を持つ若い男性。もう一人はガーネットを連想させる瞳に、赤々と燃え盛る暖炉の火のような激しさの中にも、どこか優しさを持った赤い髪を持つ若い女性だ。
男性と女性、赤と緑。正反対の二人であるが、共通している部分もある。それは二人とも少し耳がとがっており、魔導に長けたエルフであることだ。
「なぁ、テイル。あの話はホントなのか?」
赤いエルフの女性は緑の男性エルフに問いかける。トルネと呼ばれたそのエルフは赤い女性のエルフに答える。
「何を言い出すかと思えば、それですか。フレイ、我らが長の言葉とアース国王陛下の使い魔である白鷲を疑うのですか?」
やや呆れた顔でフレイの顔を見ながら、質問に答えるテイル。
「いや、そういうわけじゃないんだけどな。私達と同じように、聖霊と契約したご先祖様が、人間の中でも最強と名高い紫の英雄と、蒼の英雄の二人と一緒に封印した奴が目覚めるなんてあんまり信じられないっていうか…」
事実を理解できず、物事を疑っているフレイを前に、テイルは口を開く。
「確かに私も、話だけでは信じなかったでしょうね。しかし、目の前のこの状況を見るとそうも言ってられません。」
一度口を閉じると、テイルはフレイに晴れ渡った大空から一転して、真夜中が訪れたような黒き空を見るように視線で促す。
「さっきからこの黒い空は何なんだ?なんか嫌な感じがするんだけど。」
キョトンとした顔で黒い空を見ながら、そんな事を言い出すフレイに、テイルはあり得ないとでも言っているか如くの眼差しを向け、
「まさか…話を聞いていなかったのですか?」
一応確認のためにフレイに問いかける。その視線に気づいたフレイは
「じっちゃんの話か?全部流した!」
堂々と言い切る。そんなフレイを横目に、テイルはわざとらしく大きなため息をついて、フレイに説明を始める。
「この空はミッドナイトのあふれる魔導力で、日の光を遮るものです。日の光は天敵ですからね。あ、私の風魔導ではどうすることも出来ませんよ?」
フレイが返してくるであろう言葉を予測して、説明を始めるテイル。言おうとして口を開いたフレイは、先に答えられてしまったのでおとなしく話を聞くことにする。テイルの言葉をまとめると、
ミッドナイトが復活したことは紛れもない真実であること。ミッドナイトは自分を倒しうる力を持つ存在であり、宝石の力を引き出せる存在である子供たちを狙っていること。それを阻止するために煙水晶、紅玉の二人が、それぞれ王の勅命で動いていること。それに加えて、多種多様な種族の連合軍が結成されることなどを大まかに話す。
一通り説明が終わり、テイルは
「何か質問ありますか?」
フレイに問いかけ、フレイは答える。
「なんで私ら二人は先に来てるんだ?」
もう諦めているテイルは何も言うことなく、説明に補足をする。
「救出には煙水晶と紅玉しか行けてないそうです。その二人で子供たちも含めたすべての住人を守り切るのは不可能です。なので援軍として、この子達を扱える私たちが先に来ているのですよ。長達も遅れて王都に向かいます。」
ようやく説明の終わったテイルは、自らが乗っているワイバーンの背を優しくなでた後、鞄から水筒を取り出し、乾いた喉を潤す。ようやく事の重大さを理解したフレイは腕を組みながらうんうんと頷いている。そして、おもむろに口を開くと
「わかった!そんじゃ早く助けに行こうぜ。テイル、障壁頼むわ。」
そう言いながら、ワイバーンの背で立ち上がると、あろう事か飛び降りる為の準備運動をし始める。いくら滞空しているだけのワイバーンとはいえ、驚異の身体能力である。もちろん、それはフレイに限ったことではなく、テイルもいつの間にか同じように準備運動を始めている。身体能力と魔導力が優れたエルフという種族だからこそ出来る事である。
「自分でやったらどうです?出来るでしょ?」
テイルは肩をすくめ、フレイに問いかける。
「いやー、お前にやってもらったほうが確実なんだよ。俺、そういうの苦手だし!」
自信満々に言い切るフレイに対して、再びため息で返すテイル。しかし、いつも通りのやり取りになれているテイルはそれ以上何か言うこともなく、詠唱を始め、魔導の発動準備を行う。
「我、風の力を纏いて、悪しき力より身を守らん。風聖霊の羽衣」
終わると同時にテイル、フレイの両名がうっすらと緑色の風を纏う。この魔導でミッドナイトが作り出した黒い空を抜け、ミッドナイトの力の影響を受けずに、地上まで安全に降りようという考えだ。
何度か手を握ったり、開いたりして、感覚を掴んでいるフレイは満足そうに頷くと
「よし、いつでも行けるぜ!お前はかえっていいぞ。ありがとな。」
自分が乗ってきたワイバーンに労いの言葉をかけ、そのまま飛び降りる。ワイバーンは短く応えるように鳴くと、その場をあとにする。
「全く、あまり先行しないでいただきたい。貴方もお帰り。」
さっさと飛び降りてしまったフレイには当然、聞こえるわけないが、テイルは呟くと、同じようにフレイの後を追うべく飛び降りる。
レイン達が避難した時、街の出口と、ミッドナイトとスカーが対峙している場所の丁度中間に位置する大きな交差点では、逃げ遅れた住人が黒い化け物に襲われている。街の警護にあたっている騎士の3分の1は、今ごろ街の出口付近で、逃げられた住人の護衛にあたっており、残りの3分の2がこの場に残っていた。
始めのうちはもっと人数がいたが、化け物に倒され、今はどうにか化け物から逃れられた街の住民を囲うように、数人が盾を構えるだけだ。その周囲では、街の路地を含め、6方向から黒い化け物が迫ってきている。
「なぁ、俺たちどうなると思う?」
突然一人の騎士が隣の騎士にこっそり話しかける。
「噂では煙水晶様と紅玉様がこっちに向かっていると言う話だが、間に合わないかもな。」
答えた兵士は半ば諦めたように答える。それもそうである。いくら国王から宝石の二つ名を与えられている、国最強の二人であっても人間である限り、限界はある。この状況で助けに来られるとしても、今何も聞こえてすらこないから、自分たちが化け物に倒されたあとに来ればといった状況だ。
「おいおい、お前ら。弱音をはくなよ!それでも才能ある騎士か?」
突然、声があがる。その声の主が誰なのか話していた二人にはすぐわかった。たまたま休暇でこの街を訪れていた騎士団長のヴィシムだ。この国では、優れた存在に宝石の二つ名を授けることが当たり前となっている。
現在二つ名を持っているのは、国中に名を轟かせる天地燿照流師範代の煙水晶のスカー、現在そのスカーの弟子として、同じように天地燿照流の使い手である金剛のヘイール、紅玉のサニア、翠玉のルー。それに皇太子である琥珀のライト。さらに、公になってはいないが多種族の中にも、宝石の2つ名を与えられた人物が居る。
ヴィシムは2つ名を持つわけではないが、たゆまぬ努力によってスカーからの天地燿照流の教えを我がものとし、一介の騎士から実力で騎士団長まで登りつめた、一般騎士からしたらヒーローのような人物だ。何人もの騎士が化け物に倒され、圧倒的不利な状況にも関わらず、街の住人への被害が最小限で済んだのは、この人の存在が大きい。日々の厳しい訓練で鍛え上げられた肉体は鎧を着込んでいるかの如く、筋骨隆々である。その体格を活かした剣戟は力強く、紅玉や金剛とも渡り合えると噂されるほどに洗練されている。もうじき、次の二つ名を授与されるのは間違い無しの人物だと、騎士の間では噂になっている。
ヴィシムは声を上げたあと、まだ諦めの目をしている生き残りの兵士に対して、更に続ける。
「俺がこの国の騎士になるって決めたのは、俺が子供のときにある騎士に助けられたからだ。そして、俺はその人に憧れた。その人のように弱い者を守る存在になりたいとな。」
1度言葉を切り、周囲を、そして、自分たちが守るべき存在である街の住人を見渡す。そして、
「今ここには守らなきゃなんねーもんがある。最後の時まで、誰かを守る騎士であろうじゃねーか!」
言い終わると同時に剣を大上段に構えると、
「天地耀照流、照波!」
叫びながら振り下ろす。振り下ろされた剣から発生した衝撃波は、一筋の光の様に一直線に突き進む。そして、線上に群れていた化け物を消し飛ばしながら進む。その光景に希望を見出した他の兵士達は歓声を上げる。
「俺たちはまだ負けてない!そうだろ!」
さっきまで、現状に絶望していた兵士が声を上げる。
この問いかけに応えるように、彼方此方から雄叫びがあがる。先程、ヴィシムが開けた風穴は、次の化け物によって埋められたが、諦めることを諦めた兵士達は臆さない。住民からも応援の声があがる。そして、今にも突撃し、殲滅しようとした時、兵士達の前に緑色に耀く何かが2つ、空から降ってきて、大きな土埃を上げる。
「なんだ!敵の攻撃か」
騎士の一人が声を上げる。そう思うのも無理はない。
もう少し手前にずれていれば、自分たちが直撃を受けている。空から降ってきた衝撃で舞い上がっている土埃で、正体は判明しないが、地面がへこんでいるところを見ると、かなりの力であったことが伺える。土埃が消えはじめ、二人の人物のようなシルエットを写し出すと、騎士達は剣をそのシルエットに向けて構える。しかし、ただ一人、騎士団長のヴィシムは他の騎士とは逆に剣を鞘にしまう。そして、おもむろに口を開く。
「俺たちは助かったようだな。遅いぞ、我が息子よ」
ヴィシムが突然そのような事を言い出したので、周りの騎士達は困惑する。
「これでも限界まで急いだつもりですよ。義父さん」
年若い男性の声でそんな言葉が土埃の中から聞こえてくる。そのまま土埃がはれ、声の主の正体がわかる。そこに立っていたのは、長い深紅色の髪を持つ女性と、こちらを向いている深緑色の髪と瞳を持った男性だ。
「とりあえず、あいつ等片付けようぜ。話はそれからだ。」
突然、女性が声を発する。たしかにそうだ。黒い化け物は二人が降ってきたところで歩みを止めてはいない。
「目の前はやるから、周りのを頼むな。」
その女性はそそくさと前に進んでしまう。話しかけられていた男性は、軽くため息をつくと
「わかってます。それじゃあ義父さん、話は後で。」
それだけ話すと振り返り、2階建ての家の屋根に飛び乗る。そのまま女性を見て、二人は頷きあうと、口々に詠唱を始めたようだ。離れた場所でも分かるほどに、魔導力が二人の周囲から溢れ出ているのが感じ取れる。あまりの魔導力の強さに驚き、ヴィシム以外の騎士の中からどよめきが上がる。
「風聖霊の竜巻!」
「炎聖霊の煉獄!」
最後に叫ばれた、遠くにいても聞こえる力持つ言葉。それによって引き起こされた現象は、騎士だけでなく、避難してきた一般人の間にも驚きが広がる。準備が整ったであろう屋根に登った男性の手からは、5つ程の小さな緑色に輝く玉が、それぞれ、化け物達が密集している所に着地すると、その場を中心に化け物を含めた家や街頭、道に敷き詰められた石など、あらゆる物を巻き込みながら巨大な竜巻を形成し、空中へと持ち上げ、粉々に切り刻んでいる。
同じように、道に陣取った女性は、赤く輝く拳を地面に突き立てる。すると、そこから亀裂が広がり、正面の化け物の真下まで伸びる。そして、炎が噴き出す。その炎は一瞬にして化け物全てを消し炭にする。仕事を終え、こちらに近づいてくる女性と、屋根から飛び降りてきた男性を見て、騎士団長を除いた兵士と、街の住人たちはざわつく。それも当然だ。先程は二人の姿まで確認する余裕はなかったが、二人は荒れ狂う海を超えた先の島国にすむエルフだからだ。王都ならともかく、こんな辺境に住んでいては、まず目にすることのない存在だ。そして、一人の騎士が騎士団長に質問する。
「騎士団長様、こちらのお二人はエルフのようですが、ご存知なのですか?」
ヴィシムは全員に聞こえるように大声で話す。
「男性はテイル、女性はフレイ。俺の家族にして金緑の称号をアース国王陛下から授かった二人だ。」
まるで、自分の事の様に話すウイン。その言葉を聞き、周囲は更にざわつく。まず、騎士団長は間違いなく人間である。そして、今壮絶な魔導を扱った二人はエルフ。そもそも、種族からして全然違う。さらに国王が与えている称号もだ。噂程度にしか聞いていない、多種族の2つ名持ちが自分たちを助けに来た。とてもではないが、戦いの一段落した場で、処理できる情報ではない。そんな中、指摘がはいる。
「おい、おやっさん!あたしは家族じゃねーだろ。」
フレイはすかさず、ヴィシムにツッコミを入れる。それに対しヴィシムは
「フレイ、テイルの友達だろ?そんでもって、トルネは俺の義息。なら俺の家族でも間違っちゃいない。子供の友達はみな家族だ。」
そう言い切ると、ガハハと大声を上げて笑う。そんなことを言われたフレイはというと
「まじかよ。おやっさん…」
と、半ば呆れた顔でそうつぶやき、テイルを見る。テイルも
「義父さん、あんまり、次代のエルフ族長をからかわないで下さい。」
やれやれというように、肩をすくめながらそう言った。笑ってスッキリしたような表情のヴィシムは表情を切り替え、周りで未だにポカンとしている騎士と一般人たちに告げる。
「さぁ、すぐに出発だ。出口に王都からの迎えが来ている。」
周りの騎士達に指示を出し、住人を囲うように整列させると、自分は二人のエルフとともに、最後尾につき声をかける。そして、その場をあとにしようとする。ふと周囲をヴィシムがキョロキョロ見回していることに気づいた騎士が声をかける。
「騎士団長様、如何なさいました?」
その騎士の方を向き、首を左右に振りながら
「いや、なんでもない。出発しよう。」
そう答える。
(やはり、何も残っていないか…遺品があればと思ったが)
そのまま出発しようとした時、フレイが何かに気がつく。
「この魔導力、サニアだ!」
この先にサニアという、自分の大親友がいることを知り、いてもたってもいられなくなったフレイは
「テイル、おやっさん!あたしは先に行くぜ!」
そういうや否や、突然詠唱を始める。
「我、汝の力を足に纏い、あらゆるものを置き去りにする速さを求める。炎聖霊の加速!」
すると、赤色の魔導力がフレイの足に集まり、輝き出す。テイルとヴィシムは分かりきっていたのか、何も言うことは無い。そして、当のフレイは前方にいる騎士と街の住人を避けるため、民家の屋根に飛び乗る。
正直、魔導を使うのは魔導力の無駄遣いに加え、エルフの身体能力から考えれば、十分近い距離なのだが、そんな事はお構いなしとでも言うように、容赦なく魔導を使う。
「待っててね!サニア!」
そういうや否や飛び出していく。あっけにとられる他の騎士と街の住人達。同じように置いていかれたヴィシムはテイルに対して
「随分、破天荒な親友だな。我が息子よ。」
ニヤニヤと笑いかけながら問いかける。
トルネはそれに対して
「そこに惹かれたのですよ。義父さん。」
屈託のない笑顔で答える。
そして、フレイが去った後、当の集団はぞろぞろと出発し始める。