ヒーロー、登場
「はぁ、はぁ」
僕はお爺さんに助けられたあと、沢山の人が悲鳴をあげながら化け物から逃げ惑う中、兄さんと一緒に化け物から逃げるために走っていた。
走りながらも僕は母さんの事が心配になって、息を切らしつつ兄さんに
「にぃ、さん、母さんも…無事、だよね…」
途切れ途切れであり、消え入りそうな声で尋ねる。でも、兄さんはちゃんと聞いてくれたみたいだ。
走ることは止めなくても、僕の方を振り向き
「大丈夫だ。きっと先に逃げて待っているに違いない。だから、今は一緒に逃げよう。」
僕を勇気づけるようにつないだ手を強く握り直し、しっかりとした声量で僕に話すと、兄さんは前を向く。そんな兄さんの言葉に僕は安心する。だけど、その安心が油断につながった。
何かに足の先が当たったと思ったら、地面にうつ伏せで倒れ込んだ。地面にぶつけた所が痛い。
痛みをこらえて、体を起こして、後ろを振り向くと、どうやら安心した瞬間に、道の石畳にあった僅かな段差に躓いたみたいだ。転ぶ瞬間に兄さんの手を無意識に離したから、兄さんまで巻き込まなくてすんだ。突然僕が手を離し、振り向けば僕が転んでいる状況に兄さんは慌てて駆け寄る。
「おい、レイン!大丈夫か?」
兄さんはそう言いながら、僕を立たせてくれる。だけど、僕は立とうとした瞬間に左足に鈍い痛みを感じる。僕が顔を下げて、左足を見ると、明らかに赤く腫れていた。多分、転んだときに捻挫をしたようだ。左足の痛みによろけた僕を兄さんはしっかり支えてくれる。そんな兄さんに僕は伝える。
「足、捻挫しちゃった。多分もう走れないから、兄さんだけでも先に逃げて。僕はあとから追いかけるから。」
今はまだ化け物に追いつかれていないから平気だけど、ゆっくり歩いてたら多分追いつかれる。それに兄さんを巻き込みたくなかったから。
そんな僕に兄さんは
「馬鹿な事を言うな!俺はレインの兄貴だ。見捨てるわけ無いだろ。」
そう言うと、おもむろに僕を背中におんぶして、小走りでその場をあとにする。そんな兄さんに甘える形で僕は背負われていた。
だけど、最初は走っていた兄さんも流石に体力の限界を迎えたのか、ついに走ることが出来なくなる。次第に僕達の周りからも人が逃げ終えて、ゆっくり進んでいる子供二人だけとなれば、当然化け物は僕達に狙いを定める。そしてついに、化け物に囲まれ、身動きが出来なくなった僕は兄さんだけでも助かってほしくて怒鳴る。
「このままじゃ駄目だ!僕が囮になるから兄さんだけでも逃げて!」
僕は兄さんの背中からむりやり降りると、左足を引きずりながら、兄さんの前に立つ。そんな僕に兄さんは
「お前は俺が絶対に守る!来いよ化け物、俺の弟には指一本触れさせやしない!」
叫んだあと、僕を地面に座らせ、僕と化け物の間に仁王立ちで立ちふさがる。だけど、現実はそう上手くいかない。
兄さんだけでも助かるはずだった1度のチャンスはなくなり、僕達は化け物に完全に包囲され、そのうちの一体がまるで僕達を嘲笑うようにゆっくりと近づいてくる。そして、兄さんが化け物に襲われる瞬間、僕は力の限り叫けぶ。
「誰か助けてー!!」
そう叫んだ時、僕と兄さんの正面、ちょうど兄さんを襲おうとした化け物の真後ろから突風が吹き付ける。あまりの強風に顔をそむけて、目をつぶる。少しして、強風が収まったことがわかると、僕は目を開けた。そこには兄さんを襲う直前の状態のまま、動かなくなっている化け物だ。その化け物の体が三つに分かれ、砂のように消え去った後に僕の眼に映ったのは、太陽に照らされる小麦畑のように金色に輝く長い髪とルビーのように赤く輝く瞳をした綺麗な女の人だ。手には銀色に光り輝く2本の剣を持っているその人は、唖然としている僕と兄さんにむかって
「間一髪ってところだな。無事か?」
その問いかけに対して、兄さんが
「あ、りがとう、ございます。」
途切れ途切れだけど、お礼を言ってくれる。僕は突然の出来事に、瞬きしかできない。
「でも、化け物の数が多すぎます…このままじゃ」
落ち着きを取り戻した兄さんが、助けてくれた女の人にそう言うと、周囲を見渡す。僕も兄さんの言葉につられて周りを見る。確かにその通りだ。僕達の周りには多分100匹を超える化け物がいる。実際、女の人が来たときに出来た空間も既に化け物に埋め尽くされている。そんな中、兄さんは信じられない言葉を続ける。
「自分が囮になりますので、この弟を抱えて逃げて下さい。」
その言葉に僕は腹がたった。もちろん、今の僕では満足に走ることが出来ない。だから、女の人に抱えてもらうというのは理解できる。だけど、兄さんが囮になることは許せない。僕は兄さんに対して、声を荒げる。
「馬鹿な事を言わないでよ!!」
「馬鹿な事を言ってんじゃあねーよ」
ふと言葉が重なり、声が聞こえた方を向く。すると、女の人が呆れた顔で喋ったようだ。僕はともかく、女の人からも否定されるとは思っていなかったであろう兄さんは驚いた顔をして、女の人に話しかける。
「しかし、足を痛めた弟が逃げ切るにはこれしか方法がありません。」
女の人は兄さんの言い分を聞いていたが、すぐさま反論する。
「ここの化け物を全部倒せばいいじゃねーか」
予想外な答えに僕はもちろん、兄さんもキョトンとしている。そんな僕達に対し、ニッコリと笑いながら
「大丈夫。私は無茶苦茶強いから。二人ともそこに座って動かないでくれよ?」
化け物達に向き直る。そして、さっきまでの優しそうな雰囲気とは反対に、凄く怖いけど、すごく頼もしい。そんな感じがする。そんな女の人を見て、兄さんは
「すごい魔導力だ…こんなの先生以上かもしれない。」
そう呟いた。
「魔導力?先生?兄さん、何言ってるの?」
僕は兄さんの言葉にすぐ反応して、聞いてみる。
「レインには言ってなかったな。俺が通ってる王都の学校てのは、魔導力とか魔導に関係する学校なんだよ。詳しくは後で説明してやる。」
兄さんは、女の人をただ見ながら答えてくれる。女の人は、兄さんの言う魔導力?を体に纏って、2本の剣を体の横に水平に並べた状態で腰を落とす。そして、右足を地面を強く踏みしめて怒鳴る。
「天地燿照流、二連風牙!」
そのままその場で二本の剣を振りながら、一回転する。僕はその後の現象を目の当たりにして驚く。二本の剣から二つの何かが、剣を振った通りに飛んでいく。それは、座り込んだ僕と兄さんの頭の上を通り過ぎて、周囲に蠢いていたすべての化け物を貫通しても消えることなく周囲の家の壁に二本の亀裂を作って、ようやく消える。周囲の化け物は少しして、体が三つに分かれると、その場から黒い煙を上げながら消えた。兄さんもこの光景に驚いているみたいだ。僕は
「ホントに全部倒しちゃった…」
かろうじて声に出すことができた。女の人は剣を腰の鞘にシャランと綺麗な音を立ててしまうと、僕たちのほうを振り向いて
「な、言った通りだったろう?」
まるで悪戯が成功した小さな子供みたいな笑顔で言ってくる。そのままその女の人は僕たちに近づくと、僕のことを背中に背負い
「さぁ、さっさとこの場から離れるぞ。もうそろそろ、王都からの迎えがつくころだ。」
それを聞き兄さんも我に返ると、立ち上がって、僕を背負った女の人の後を追いかけてくる形で町の出口へと走る。