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ロストアナザーワールド  作者: 洋稿史
第一章 【もう一つの世界】
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第一章 アナザーワールド~アフターストーリー~

 目を開けた星汰は薄暗い視界から、自身がお湯に使っていることを認識する。電気が点くと、風呂の扉が開けられた。


「なんじゃ、星汰入っておったのか」

 

 老人の声が聞こえると、再び風呂の扉が閉められた。


「正、蔵――じいちゃん?」

 

 意識が遠いまま星汰は呟いた。起きあがろうと体に力を入れるも動かない。何かが体の上に乗っかっている。


「え?」


 星汰は意識がはっきりして思考が停止する。

「……ん、ここ、どこ?」


 星汰の上に乗っかっている少女が目を覚まして声を出す。やがて星汰と目が合った。


「星汰?」

 

 名前を呼ばれた星汰は目を泳がせて、見てはいけないものを見ないようにした。


「……ってことは、ここは、私の家の風呂場? じゃあ」

 

 声を大きくする絵吏、星汰は困惑する。


「私たち戻ったんだね!」


 顔を近づける絵吏から顔を逸らす星汰。顔を手の平で隠した。


「どうしたの?」

 

 嬉しそうな絵吏の問に星汰は答えない。


「……」

 

 沈黙から絵吏は顔を真っ赤にした。顔を覆った手の隙間から、星汰が絵吏を覗いて言う。


「あの、とにかく……」

 

 星汰の顔も真っ赤になっていた。


「ごめん、最初から、その、なぜか二人とも裸で……」

 

 絵吏の顔が更に紅潮して、体が吏汰の元から勢いよく離れた。


「みっ、見るなぁーっ!」


 痛々しい音が風呂の中に響きわたり、絵吏が浴槽から飛出る。


「見ちゃ駄目だからね! 絶対だめだから!」

「見ないよ見ない、見ないから」

 

 風呂の扉に手をかけて開ける絵吏、一瞬踏み出した足を止める。星汰は絵吏がそこに留まっていることを気配で感じた。


「ねえ、星汰」


 その言葉に星汰は驚く、声は扉の向こうを向いていてそのことから自分の方を向いていないことを察した。


「戻れて良かったね」


 絵吏の言葉が静かに響きわたる。


「うん」


 それから絵吏は何も言わずに風呂場から出た。


「着替え持ってくるから待ってて」

 

 星汰は返事をすると、風呂の中で一人、ついさっきまでそこにあった記憶を思い出した。確かに自分の居たもう一つの世界。そして、今までのこと。


「夢だったりし――……て」


 星汰が湯舟に浮かぶ石を掴んで、ゆっくりと震える手のひらを開けた――そこには確かに浮遊石と呼ばれる石があった。

 

 しばらく息をすることも、動くこともできなかった星汰が酸欠状態に陥る寸前で息を吸い込んだ。


「せ、星汰? 着替えもってきたよ」


 星汰は浴槽から身を乗り出した。タオルで体を拭き、鼠色の和服に袖を通す。風呂場から出ようと、扉を開けると、風呂場の電気が消えた。


「わっ」

 

 勢いよく星汰が押し倒された。星汰の胸元で絵吏が体を震わせて泣いていた。

 その左手首のブレスレッドを星汰がゆっくりと外す。


「何も言わないで……」

 夜の闇に少女の声が小さく響く。月明かりに変わって暗闇を照らし始める朝日が顔を出そうと準備を始めていた。

 

「ごめん」と、星汰は呟いた。絵吏の手がより強く星汰を抱きしめる。

 「うん」という絵吏の言葉は押し込まれた星汰の胸元で消えて無くなった。


「ありがとう」と、星汰が言った。

「うん」と、絵吏が小さく頷いた。

 

 星汰は絵吏を強く抱きしめた。確かにそれだけが星汰の記憶に刻まれていた。

 もう一つの世界で失わた星汰の記憶は、今もまだ向こうに置いてきたままだ。


     ***


 初夏の風が教室のカーテンを時折ひるがえし、早く目覚めすぎてしまった蝉が、耳を澄ませばどこがで鳴いていた。

 朝練から慌てて教室へと向かう男子の叫び声。遅刻から逃れようとする生徒達の急ぐ足音。

 

 窓際の席で、すっかり色付いた緑の葉を見つめる一人の少年。

 クラスにどこにでもいるような少年は、始業前に一人静かに肩肘を付き、手のひらに顎を乗せていた。


「絵吏ー! おはよー!!」


 教室の真ん中で友達と談笑していた絵吏が、中へ入ってきた女生徒に手を上げる。


「おはよー! あかねちゃん」

「絵吏っち、おはよー!」

「おはよー!!」

「ま、眩しい! 太陽かと思ったら有栖の笑顔」

「なにそれー、おはよー」


 教室に駆け込んできた生徒達が次々と絵吏と挨拶を交わしていく。


「朝から絵吏を口説いてんじゃねーよ!」

「そう言えば、今日転校生が来るらしいよ」

「え、まじ? うちらのクラス?」


 始業のチャイムが鳴り、教室に最後の生徒が駆け込んでくる。

 生徒達が自身の席に着き始めると、次第に喧騒は小さくなっていた。


 ちょうど真ん中の一番後ろの席で、絵吏が背筋をピンッと立てて着席する。

 クラスの中で少年だけが、ただじっと顔を左に向けたまま微動だにしていなかった。


 黒縁の眼鏡をかけた女性の教師が教室へと入り込んでくる。

 その瞬間教室中が騒めいた。


 「う、そ――」


 一人、そう漏らしたのは絵吏だった。


 教卓に両手を置く先生の隣で一人の少年が立ち止まり、生徒達と向き合う。


「はいー今日はなんと転校生紹介します。今日より2-Cに転向してきた――君です。自己紹介どうぞ」


 風が強く吹き付けて思わず顔を顰めた少年が窓を閉める。


 転校生が黒板へを自身の名をを連ねる。カツッ、カツッ、と音が響き渡ると、転校生が生徒達と向き直った。世


「は? 親戚?」

「え、ヨ? セ? なに人?」

「なんての? よる?」

「やばくない、超イケメン、ていうか似てない?」

「髪色やば、」

「地毛? 校則アウトでは」


 教室中の騒めきに溜息を吐いた少年が黒板の方へ顔を向け、


「この度転校してきた青芝世瑠(セル)です――」

 

 勢いよく立ち上がった少年の元に教室中の視線が集まる。


 少年は両目を見開いて立ったまま息を止め硬直していた。


「久しぶりだな――星汰」


 僅かに笑みを浮かべるその様子に、星汰の中で記憶が呼び起こされる。

 騒めく生徒達を先生が注意する中で、絵吏は胸元に手を当てて星汰を見つめていた。


「セル――」

 少年の白い髪が静かに風で靡いていた。

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