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ロストアナザーワールド  作者: 洋稿史
第一章 【もう一つの世界】
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第一章19 アルカディシア「記憶追跡」

 地上への乗り換え口である地下ターミナルは轟音と爆風に包まれていた。

レールの行く手は天板が崩れてほとんど塞がれ、地上への階段も鉄くずが凪倒れ、数十段先の広場まで爆発の影響を受け半壊していた。鎧もろとも吹き飛び無残にも壁に打ち付けられた騎士たちの元へ救護に駆けつけた衛生兵が手当に駆けずり回る。


 それを横目に駆けるセルの影が瞬時に飛び交う。


 ――絵吏…………。


 絵吏と別れた後、地上への乗り換え口である地下ターミナルは轟音と爆風に包まれた後、半ば全壊していた。レールの行く手は天板が崩れてほとんど塞がれ、地上への階段も鉄くずが凪倒れ、数十段先の広場まで爆発の影響を受けていた。無残にも壁に打ち付けられている騎士たちの数は減っていた。鎧もろとも吹き飛んだのだ。セルは自身の身にまばらに残った鎧を剥ぎ取って階段の方へ素早く駆け出す。身には肩口に僅かな焦げ跡しかなく、秀麗な姿が僅かに笑みを浮かべる。


 ――上出来だ、ヴルペグラ。

 

 セルの脳内にレイヤードとヴルペグラと意見を交わす記憶が追憶される。


 鎧作成時、一定以上の衝撃が加わると効力を発揮し尋常ではない衝撃を放出する希爆石という石を鎧に組み込ませていた。希爆石は貴重な石で数個加えることしかできない。そうでなければこの石の持つ特性である。衝撃を受けた方向にしかエネルギーを放出しないという特性の範疇を超えて、鎧の内部に損傷が及ぶからだ。また、希爆石が各個で反応するのではなく、ヴルペグラの鍛冶によって反応が連帯を示すようにするのにも限度があった。連帯は反応をうまく反応を示し、外に逃れようとする凄まじい衝撃波が鎧から解き放たれたのだ。セルは希爆石の特性の方向が逆の色違いを向かってくる剣に投げ込んで、衝撃波を増幅させて鎧の希爆石を反応させた。爪ほどの色違いを剣先に忍ばせられたのはセルの技巧だ。


 水路を伝い、マンホールから抜け出したセルの姿に鎧はなく、今や露わになっている。だが瞬時に駆けだした本人にとって問題はない。足止めを食らわなければ目にも止まらぬ速さで進んでいる。時折、手のひらを翻せばそこから電流が迸り、建物の損傷は免れないものの、建物間の上空を飛び移っていく。

 

 銀嶺に散りばむ陽射の一つのように耳元のイアリングが輝く。それに触れようと僅かに指先が動くも、乳白色の佇む壁の四方の一つに瞬時に身を寄せる。銀嶺の髪が陰りによってそれと同化。瞬く間に足音も無く、道を横断して俊足を何度か石畳の上を通り過ぎていく。


 スカーレット色の屋根が晴れ模様に麗しく栄える隙間を目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった。

 セルが屋敷の隙間から覗く審議場の上方に視線を向ける。道を駆けていく刹那、セルが視線を後ろへ向けて警戒したまま帰Kテイク。


 セルが記憶を展開。その瞳に映し出す周囲一帯の構造は目の前にある景色と同化していた。

 道を抜ければ審議所正面大通りから少し離れたところの道に出る。両脇は高い壁に遮られ周囲からは見えない。それでも身体を認識できないように壁に飛び移りながら、影の中を縫っていく。


 セルが路地の終わりで足を止める。本来あるはずの審議場に続く大通りはそこには無い。数歩先に塀となる白い壁とそれを突き当りに左右に伸びる道。

 

 記憶では審議所のはず。と、セルは思考を巡らせる。

 瞬間目を見開いて後ろを振り返ると同時にサーベルの銀色が胸元に入り込んで脇を掠め、逃れようのない左胸にそのまま伸びてくる。セルの表情に僅かに焦りが宿った。

 

 刃とセルの間に衝撃が広がり二つを弾いた。


 セルは後方に吹き飛ばされ壁に打ち付けられるも大きな損傷はない。それよりもセルの胸元を穿つようにして反応した石が地面に砕けて散らばっている。セルは上着の胸元だけしか損傷していないのを確認しながら、体制を整えるべく、また相手との距離を維持するために、敵を睨み上げながら瞬時に立ち上がる。


「惜しいな。完全にその首取ったと思ったんだが、万障石か」

 

 路地の陰から白衣の男が陽の光に映し出されるようにして姿を現した。青色の髪をかき上げる。鋭くも厭らしさと妖艶さを含んだ瞳。それも嘲笑と見下しによって辺鄙な表情となりうる。


「リゲル……ダリウェル」

 

 更に警戒態勢を取るセル。リゲル・ダリウェルのサーベルが再び透明になっていく。


「光栄だな」

 

 白色の服に星の紋章、称号付き。セルは記憶を巡らせる――直接対峙したことは無い。


「どうやって逃げ出した? いや、私の感が正しければ、お前が本来のセル――だが、これから死ぬ人間には聞いても仕方がないか。丁度いい、殺せる手間が省けた」

 

 滑稽と言わんばかりの笑みを向けるリゲルを前に、セルは砕かれた万障石を見ていた。

 先ほどの記憶を思い出す――――――――――――――――――――――――――――――

「すまない、今万障石は三つしかない。二つは必要だ。一つは前報酬で、一つは後報酬にしてくれないか?」

「ああ、いいぜ、先に貰えるのはありがてえが、別に後でもいいぜ? 危険な山場なんだろ」

 

 ヴルペグラは片手で欠伸をすると、セルから万象石を受け取った。


「本来は先に差し出すところだ。大丈夫さ、信用に欠けるものほど危険じゃない。それに、俺は万象石がうまく反応しない」

「そりゃめでてえな、コレクターの異名を持つおめえが」

「ああ、反応したとしても効力(ウィルトゥス)がほとんどない、だから――」

「ええーっ、万障石ってあの万障石?」

 

 ちょうど獣の手が万象石を握ったところで絵吏が割って入って来る。


「なんだあっ?」

「私を助けてくれたやつでしょ? あげちゃうの?」

「元より鎧の報償だからな」

「持ってた方がよくない? 命の危機を防いでくれる石なんて持ってた方がいいよ。あたし好きだなーこの石、見た目はさえないけど、なんだか落ち着くっていうか」

 

 絵吏はポーチから万象石を取り出して眺めた。他の石と見分けが付くことにセルは驚いた。


「絵吏、お前が持っていろ。一つは報酬として支払う。鎧の代価は最低限――」

「え~いいじゃん、少ないより多い方がいいよ、それにブルもいいって言ってるんだしさ」

「……ブルってまさか俺のことじゃあねえよな?」

 

 ヴルペグラが肩眉を吊り上げて絵吏に顔を近付ける。絵吏は鼻をつまんで頷く。


「しかし……」

「ったく、いいじゃねえか、嬢ちゃんに免じて、万障石は後報酬ってことで。ま、無事に万象石が帰ってきたら安心じゃねえか」

「だって!」

 

 ヴルペグラから受けとった万象石を絵吏がセルに差し出す。笑顔でこちらを向く絵吏を見て、セルは渋々万障石を受け取った―――――――――――――――――――――――――――――――まさか、ここで助けられるとはな。元々絵璃には二つ万障石を持たせていた。後報酬になったことで余った一石が俺の元に……。しかも、この効力(ウィルトゥス)、絵吏の特性が宿ったまま俺では発揮できない効力(ウィルトゥス)をこの万象石は受け継いだのか。


「何を、…………笑っている」


 見紛うかのような自身の瞳が映し出すセルの姿に、リゲルは畏怖とも形容できる拒絶反応に僅かに手を震わせていた。


「いや、――ただ、お前のことを知っているのは、リゲルの紋章と家系であって、お前自身ではないということだ。昔塔で同行したのはお前の先代だったからな」

 

 怜悧玲瓏な表情を崩さない笑みを浮かべるセルに、リゲル・ダリウェルは嘲笑になりきらない苦笑を浮かべる。あからさまに自尊心を侮辱されたという表れが、力の入る拳に見て取れた。それも僅かな間で拳が透けて腕から首へと透明になっていく。

 

 セルはリゲルと呼ばれる紋章が示す力を過去の記憶を呼び起こしていた。


 ――無条件に周囲から星剣とそれに触れているモノ全ての存在を消す力。星剣の中でもある種特別で、リゲルの力はそのまま子孫に反映される。その為、姓自体が紋章と家計を現しているのは稀だ。ダリウェルの父に関する記憶には、リゲルの剣と星の力(ステラ)の情報が刻みこまれていた。透明になれば物理攻撃すら通じない。

 

 残された顔の半分が消えかかる瞬間、リゲル・ダリウェルの顔がにやりと歪んだ。そこには恐怖すら覚える狂気の笑みがあった。まるで自ら手を下すことに極上の愉悦を待ちきれないとばかりの。姿が完全に消え、セルは背後の壁に背中をくっつける。


 静寂があたりを包み込む。セルが体の向きを変えながら飛び上がった。先ほどまでセルの身体のあった空間から実体化した剣が空を切った。

 

 剣先を交わしたセルが柄まで姿を現したサーベルの上、体があるであろう空間に回し蹴りする。その衝撃に触れた青髪が火花が散ったように現れ、そこから透明だったリゲル・ダリウェルの身体が実体を現した。セルが壁から遠ざかるように距離を取った。


「さすがセル、気が付いているとは」

「この壁の能力、記憶干渉能力(メモリー)だな。何らかの記憶操作、或いは記憶反映」

「ならず者の長には能力の見分けに長けている。か」


 リゲルの背後の壁がぐにゃりと曲がり、頭上を覆い被さるようにして肥大化する。褐色になり、やがて黒みを帯びた歪な壁に変わる。


記憶干渉能力(メモリー)で周囲に危害が及んだら――」

「危害は及ばない、ここは今だれも立ち入れぬようになっている。万が一入り込んでも、王国の為に犠牲になったとあらばどうとでも示しがつく」

 

 嘲笑うリゲルの言葉を静かに見定めるセル。その瞳に宿るは鋭利な星光。


「次で最後だ」


 セルのその言葉を嘲笑うように背面の壁に潜るようにして透明になるリゲル。

セルが目を見開いた。顔以外のほとんどを星剣によって透明化したリゲルが消える瞬間だった。セルの片耳のイアリングが光を放ち弾け、そして砕け散った。


「光冥石――逆行(アトロフィー)


 リゲルは突然視力を失ったように膠着し、透明だった体が実体を成していく。

 周囲の景色が歪んでリゲルが壁から吐き出される――そこへ雷光を帯びて現れたセルがリゲルの首筋に蹴りを放った。


 真横に現れた本来の壁にリゲルが頭を打ち付け、その手から転がったサーベルにセルが歩み寄る。セルの手が星剣に触れようとした瞬間、地面に解けるように透明になった星剣が消えた。

 

 セルが即座にリゲルの方へ視線を向けたが、そこには人影は残っていなかった。

 立ち上がろうとしたセルの膝が地面に着くと、セルが自身の顔を右手で覆った。

 そこへ伸びてきた糸のように細い光の筋が真っ直ぐセルの指輪に繋がった。


「絵吏」


 セルは静かに立ち上がり、瞬時に地面を蹴る。本来の道が姿を現したことにより、道を抜けた先、セルの目の前に巨大な塔が現れた。


 開かれたままの塔の扉に入り込み。目に付いた兵士に一撃。衝撃音を聞きつけた兵士が横の扉から出て来る。低い体制から顎を蹴り上げる。階段から降りてくる兵士をセルが先制して飛び越えて後頭部へ回し蹴りを放つ。

 

 残りの兵士もまとめて倒したセルが記憶追跡(エネミーコード)の糸を辿る。部屋を通り過ぎた先、トイレの中へ入ると、衝撃により壁が割れ、粉砕された個室のドアらしきものの木くずが床に散らばっていた。


 記憶追跡(エネミーコード)は横たわる絵吏の鎧を指示していた。


 胸元のところが内側から大きく穴が空き、転がり落ちた割れた指輪の破片に繋がっていた記憶追跡(エネミーコード)線が消えた。


 セルがグローブを外して鎧に触れる。高熱に反応したように鎧から即座に手を離した。

 右手を握りしめ、人差し指に填められていた絵吏と同じ指輪を目元に翳すと、細い光の糸が現れる。それが指し示す先へ踵を返したセルが塔を駆け上っていく。


 光の道筋の先の部屋に入ると、開け放たれた窓から身を乗り出すようにして指輪を翳した。記憶追跡(エネミーコード)の糸が審議場の元へピンと張りつめる。


「何者だ」

 

 セルが背後に視線を送ると床から黒い影が蠢いた。オオカミのような黒い闇の毛を逆立てたクロウが上半身だけ姿を現した。


「――――」

「お前がここにいるということは、他のギルドメンバーは無事着いたんだな」

 

 クロウが無言で頷く。下半身を炎のように揺らめかせ、セルの側に寄った。


「クロウ、お前の力を貸してれ。塔を爆破する」


 クロウの眼光がギラリとセルに視線を向ける。かぎ爪を模した影の手が実体を成していく。漆黒の狼が勢いよく部屋を飛び出した。


「絵吏、無事で居てくれ」

 

 ピンっと張り詰める記憶追跡(エネミーコード)の糸の先、目の前の審議場へセルの視線が静かに見定めていた。


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