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ロストアナザーワールド  作者: 洋稿史
第一章 【もう一つの世界】
18/25

第一章18 アルカディシア「万象石」

 

 朝日が昇り始め、暗がりの紺色が一枚また一枚薄くなっていた。列車の通る大通りの方からと人々生活の音が聞こえる。


「助かった。確かに。いい出来だ」

 

 金属音の衝撃で絵吏は目を覚ます。カウンターの奥には人狼。そして手前には頑丈な鎧を着こんだセルが居た。


「特製の王国の鎧だ。奥にもう一つある」

 

 セルが指さしたカウンターの奥へと絵吏が入り込んでいく。しばらくして、鎧を身にまとっつた絵吏がセルと共に兜を手に歩いてきた。


「なにこれ⁉ すごく軽い。全然重くない」

「浮遊石という石を混ぜて造られている。軽いが丈夫さは折り紙付きだ」


 へー、と笑みを浮かべる絵吏が振り回した腕がカウンターの上に置いてあった工具を弾き飛ばした。それがちょうど椅子に座っていたヴルペグラのこめかみに直撃する。


「いってええ! 何しやがる小娘ェ!」

「ひいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさい!」

 

 こめかみを押さえる狼が、ぐるるるるるっ、と荒々しく喉を鳴らした。


「セル、何か飲み物ない? 喉が渇いちゃって」

「おいヴルペグラ、何かないか」

「ああっ? こちとら飲まず食わずでてめえらの鎧作ってやったってのに、ったく」


 ヴルペグラはカウンターの下に潜り込んで荒々しい物音を立てる。


「ほらよ、一つしかねーから分けて飲みな」

「俺はいい」と、セルが受けとったものを絵吏が受け取り、セルを見つめる「気にしなくていいのに」

 

 掌サイズの缶を受けとった絵吏は想像以上の重さに思わず目を見開く。一応に銀色ではあるが、そこにはラベルがなく、飲み物とは思えない重量に訝しい視線を送る。プルタブのようなものがついているので、恐る恐る開けてみた。プシュッと音がして、絵吏が鼻を近付けて匂いを嗅いでいく。


「これ、腐ってないわよね……」

「ああ? 腐るだー? なめてんのかてめえ」

「疲労回復の高エネルギー飲料だ。ポポルというバベルに生息する果物が入っている」

「ポポル……」と絵吏が半目で缶の中身を覗き込んだ。缶に口を付けて恐る恐る一口飲み込む。寒気に襲われたように絵吏が小刻みに震え、静電気が纏わりついたように髪の毛が逆立った。


「報奨金は後で必ず全て支払う。とりあえずはこれだけで間に合わせてくれ」

「いいんだよったく。それよかてめえ起爆の保証はできねえぜ、威力は確かだけどよ」

「保障というよりは予備としてだからな。お前の腕は信用している。成功したらそのときの記憶をお前に見せてやる」

 

 かっかっかと笑い声をあげたヴルペグラを、缶を置いた絵吏が訝し気に見る。その口元はぬるぬるとした何かで光沢を帯びていた。それを拭おうとした絵吏にセルがハンカチを差し出す。


「あの、もしかしてなんだけど……鎧を作ってくれた狼って」

「狼―?」

 

 ヴルペグラが片目をひんむいて口を開ける。目頭から鼻先まで白い毛並みが逆立ち、黒のかぎ爪がカウンターの木を彫る。耳と目線を同じくしたセルが口を開く。


「ああ、鎧を作ったのはここにいるヴルペグラだ。それと、こいつは狼じゃない」


 絵吏は二つの事実に目を見開いて驚く。一つは狼ではなかったこと。もう一つは、初めに見たときは食べられてしまいそうなほど大きかったのに、今ではセルの身長よりも低いことに。


「こいつは狐だ。夜の間は大きくなるが日が差すと貧弱になる」

「だぁあれが貧弱だ!」

 

 これでもかとばかりに目と口を開いてセルを飲み込もうとする狼。いや、狐の半獣は悲しいかな、今ではセルよりも背が低いため迫力は無いに等しい。


「そ、そうなんだ。ふっ、鎧、作ってくれて、ありがとね。ふふっ」

「てめえ、笑ってんじゃねえええ!」

 

 叫びながらも、しっかりと感謝の意を伝えた絵吏にヴルペグラが頭を掻きむしった。


「まあ気を付けてやれや、王国はどうでもいいがよ。この世界の記憶のためにゃ、お前らは死んじゃならねえ」

 

 ヴルペグラが絵吏に渡した缶の残りを口の中に放り込む。最後にぬるっとした固形物が口の中に入った。それをみた絵吏が鳥肌を立てた。セルは無言で頷くと、兜を被り出口へと歩く。


「ちょっと、今のなに?」

「すまん、少し扉を壊させて貰う」

「んあっ? あ? おい、ああああっ!」

 

 鎧を着て店の出口を破壊したセルがヴルペグラの罵倒を無視して歩いていく。それに続いた絵吏が深刻そうに頭を抱えて着いて行った。


     ***


 路地裏から大通りの道に出ると、早朝にも関わらず街中は忙しい様相を見せていた。

開かれる審議の為か、列車と馬車で城の方へ坂道を登っていく商人や兵士。それらにあやかろうと露店や通りのお店が早朝から集客を目論んでいた。


 巨大な噴水に並ぶ列車を目指す二人がいくつか既に商売を始めた露店エリアを横切っていく。

 セルから流れ込む情報を記憶する絵吏の耳に街の喧騒が聞こえる。


「安いよ! 大池で採れたダブフィッシュ!」

「そんなもんより今すぐ食えるシュトラオスの香草焼き!」

「へい、なんの香草使ってんだ?」

「聞いて驚くなよ? バベルに生息するマンドレイクさ」

「ああ? そんなもん食ってられるか! それより自分で調理した方がいいね、そこの王国騎士さん! この宮廷料理人の調理の記憶が入った記石! 一つ八百スピー!」

「べアウルフと天人キノコのバベルバターソテーとポポルの飛沫石を加工して作られた包丁のサラダと――」

「へい騎士様、安くするよ?」

 興味を惹かれ立ち止まった絵吏が露店の店主に声をかけられる。

「いや」


 鎧越しに発せられた絵吏の声は明らかに低く、誰が聞いても男性の声音をしていた。


 ――え、なにこの声……。

 ――兜に加工声石を埋め込んである。それなら性別を偽ることができる。

 

 いつの間にか記憶接続(ワールドコネクト)されていたセルの声が絵吏の脳内で響いた。

 

 立ち止まったままの絵吏に露店の獣人達が訝し気な視線を向ける。

 今度は極端に声を低くした絵吏が店主に掌を向けて頷き、腕を広げて大股で歩いていく。


 ――どう? あたし王国騎士っぽい? 威圧感あるかなあ?

 ――さっきのままでいい。


 程なくして噴水の手前に二人がさしかかる。忙しなく行き交う兵士や騎士。列車や馬車、商人と思しき者たちがとある一角で兵士を囲んでなにやら抗議をしている。


「なんで審議場に入れねえんだ!」

「せめて王国の占有地に入れてくれ!」

「入れる人数には限りがある。だからこうして抽選を――」

 

 ――どうしたのあれ?

 ――城壁に囲われた占有地には行事以外は立ち入ることが許されていない。街の人々は今回の件で一般開放されると思い込んでいたんだろう。公正を規す審議には民の入場も当然許されているからな。ただ、今回は事があまりにも大きいため王国側が制限したんだろう。


「おらレイヤード! てめえどこに停めてやがんだ! 危ねえだろ!」


 蛇頭の恐竜に鉱石を積んだ荷台を運ばせた商人が列車の車掌に向かって罵声を浴びせた。

見覚えのあるその列車は他の列車より一回り大きく黒い装甲が一際目立っていた。


「うっせえ! あー! もう泥酔した客のツケ払ってやんねーかんなー!」

「そ、そんなこと言うなよ~」

 

 罵声というよりは慣れた挨拶のようなものらしい。他にも行き交う人々から名前を叫ばれるたびにレイヤードと呼ばれる男が手を振りあしらっていく。青く綺麗に整えられた服は身分の高さを感じさせなくもない。ルバートよりも濃く短い金髪が荒々しい印象を与える。身長はルバートと同じくらい高く、一際行き交う人々の視線を集めていた。

 

 歩み寄っていくセルを横目にしたレイヤードがふかしていた葉巻を腰元に降ろした。


「ん、なんだ?」

 

 肩眉をぐっと上げて再び葉巻を吸おうとする。鎧を纏った巨躯なセルを前に怖気づく様子はまるでない。むしろ一歩前に出てくる。あくまで冷静な瞳でこちらを見下ろす。


「レイ、待たせた。すぐに出るぞ」

「あ? って……その声もしかして、セ!」


 慌てて口を噤んだレイヤードが声をかけた商人に手を振る


「レイヤードまた喧嘩かあ? 王国騎士様を怒らすなよ!」

「あ、ああ! ってお前もしかして成りすましか? いや、間違いねえ。って待てよ……すぐに出る?」

「ああ、聞いてないのか? 占領地内に潜入する」

「あ? いや、まあ、いいそれで、その鎧ってことは爆――」

「ああ、あの作戦を実行する。」

「本気か? 準備はできてるが。それで、そっちの……女?」

 

 レイヤードに覗き込まれた絵吏が慌てて後退った。


「間違いねえ。女だ。背が少し高い気がするな。胸はいつもより少しだけ大きいか。エリス……じゃねえだろ? もしかしてお前が連れてきたっていう例の女か?」


 ――なんでわかるの! ていうかなんなのこいつ!


「絵吏だ。できれば審議場の近くまで行きたい」

「まあいい、乗りな。一人は後方の手摺だ。王国に運ぶ荷物でいっぱいなんだ」

「こいつを乗せてやってくれ、俺は外の手摺に捕まる。構わず飛ばしてくれ」

「振り落とされんなよ、途中の駅はどうする。王国様の積荷チェックは次の駅から始まってんぜ」

「無視して通過しろ、時間がない」

「ったく、後で皺寄せ浴びんの俺なんだからよー。いくら王国専属の護送車っつっても、今日は多分許可証だけじゃあ通過できねえだろうな」

「もし止められれば、意識を失われたのでそのまま連れてきたと言えばいい。俺たちは審議の警備に出なくてはならない。と」

「それも無視しろとか言うのかと思ったぜ。まあうまくやんよ。嬢ちゃん四両目だ」

 

 運転席に乗り込んだレイヤードに従って二人は列車の後方に向かう。

 

 ――記憶共有(ワールドコンタクト)はこのまま継続する。さっきの話のようにもし途中で止められるようなことがあれば気を失ったフリをするんだ。

 

 車両のドアは荷物を出し入れするのに天井に向かってオープン式になっていた。中には木箱や樽やら鉱石がぎっしりと詰まっていた。絵吏は押し込まれるようにして何とか乗り込む。セルが扉を降ろす。日差しが色褪せた深紫の列車の装甲を照らす。朝霧も無くなろうとしていた。


「おっしゃ出すぜ!」


 行き交う列車を見極めながらレールを外れていたレイヤードの列車が徐行を始める。セルは走りながら右にカーブする列車の横に張り付く。最後尾が現れるとセルはジャンプし天板に手をかけて張り付いた。

 

 レイヤードの列車は下りの列車をいくつも交わし、時には追い越しながら激走していく。減速、加速を繰り返すようにして反動を車両に余すことなく伝える。どうやら王国に届ける荷物などお構いなしのようだ。


 ――ちょ、ちょっと、これ大丈夫なの? ていうかセル居るっ?

 ――問題ない。この調子ならいくらか猶予がありそうだな。

 

 列車の背後に燃料を爆発させて前方に突き飛ばす装置でも着いているかのような動きで前方車両を飛び越える。地上に着いた時の衝撃で荷物に押し込められる絵吏が声を上げた。


 ――鎧がなかったらこの中で気絶してたわよ! 審議まであとどれくらい? 


 絵吏の問に、大きく跳ねた列車の反動で宙に浮いていたセルが体制を整える。


 ――もうすぐレーヴェだ。シュツェまで時間はある。だができるだけ余裕が欲しい。

 ――な、なに? レ、レーベ? シーツ?

 ――今がレーヴェ。次にユングフラウ、ヴァーゲ、スコルピ、シュツェだ。


 絵吏は、一、二、三、四と心の中で数える。時間の感覚はわからないが、とにかく呑気にはしていられないと焦燥に駆られた。


 列車が減速して前方の列車の背後にべた付きになる。そこへ並走してきた鷲が翼を広げ滑空しながら大地を蹴り、車両を追い越していく。その背に跨っていた海賊帽を被り片目に眼帯をした男が車掌席を覗き込んだ。


「レイ、この先でいくつもの車両が足止めを喰らっているぞ。このままではブレーキが間に合わずにぶつかる危険性がある」

「おー! サンキュードレック! 今度またいい酒持ってくぜ!」

 

 人差し指と中指を立てて振り抜いた男がマントを翻して飛び去って行く。同じようにサインを消したレイヤードが頭上の拡声器に口を当てて叫び声を上げる。


「先行車両! 並走してんじゃねえぞ! どっちか減速しろや!」

 

 街に響き渡るそれに耳を塞いだ通行人がレイヤードに罵声を浴びせていく。


「うるせーぞレイヤード! 今何時だと思ってんだ!」


 レイヤードの右側を走る列車が減速してくると、レイヤードと顔を合わせた車掌が掌を何度か翻して親指を突き立てた。


「ああ? 対向車? 知るかんなもん」

 

 レイヤード電子盤のようなボードの上に付いた右斜めに彫刻された石板を掌で押し込むと、前方の軌道が右に枝分かれして隣のレールへとカーブしていく。僅かに減速した列車がカーブすると、隣のレールに乗り上げた列車が加速してスピードを上げていく。


「レイヤード! 前から来てるぞっ!」

「わーってるよ!」

 

 前方を走っていた左レールの列車を追い越したレイヤードの数十メートル先に、一回り小さな列車が向かってくる。

 

 辺りから叫び声と前方の車掌の断末魔が聞こえてくる。それに動じることもないまま足元の中央の石板をレイヤードが押し込んだ瞬間、勢いよく飛び上がったレイヤードの列車が前方の車両を飛び越した。

 

 ――え、ちょっ、これ、きゃあああっ!

 

 飛び上がった瞬間叫び声を上げた絵吏が窓の外を恐る恐る見つめる。

空中列車のように滑空しながら元のレールに着地した列車が再び加速した。


「セルのやつやっぱうめえな。この前ヘルミーナとやった時は列車が大破しかけたからな。よし、これならもう一回行くぜ」


 レイヤードが笑いながら加速すると、前方にまた噴水が見えてきた。

 

 ――ちょっと⁉ これ大丈夫なの! 空飛んでたんですけど⁉ 

 ――ああ、問題ない。

 ――……いや絶対おかしいよねっ⁉ そもそもこんなっ、ひぃいいいやああああああっ‼

 

 先ほどよりも大きく跳ねた列車が、空高く噴き出していた水柱の中を突っ切って行った。

 その勢いで浮かび上がった絵吏と荷物が進行方向側へと押し込まれた。荷物に下敷きになった絵吏が何とか起き上がろうとする。


 ――これ…………あとどれくらいで着くのよ……。

 

 酷く消耗した声がセルの元へと届けられる。

 

 ――噴水を二つ超えれば終点だ。

 ――まさかあと二つも同じように飛ぶわけ……。

 ――いや、この先は下手に騒ぎを起こすわけにもいかない。少しは慎重になるはずだ。

 

 しばらく進むと、新たな噴水が見えた。十字路になっている右側から入り込んできた真っ黒で一際大きな列車がそのまま噴水を曲がって、王城へと進んで行く。前方の列車を追い越したレイヤードが比較的空いている噴水周りの一つに減速しながら近づいて停車した。

 

 レイヤードが騎士と話し込んでいる間、セルは絵吏に王国占有地に入り込んだ後のことについて話していた。

 

 ――俺は途中で内部に潜入して星汰を直接連れ出す。この車両は一度審議場の近くまで行くはずだ。そこでお前はルバートから貰った指輪に星汰を想い起こせ。その光の道筋を希望の光にギルドメンバーが集まる。星汰を連れ戻し、再びこの列車に戻って来る

 ――わかった。……星汰を頼んだわよ。


 再び動き出した列車が噴水を回り込んで坂道を昇っていく。両脇を流れる街並みは、隙間なく頑丈な建築物が立ち並び、華麗な服を纏った人々が多く見受けられた。

 絵吏の居る車両の後方扉が勢いよく開かれると、鎧姿のセルが扉いっぱいに体を押し込んで中へ入って来た。


「セル!」

「さすがにずっと後ろにしがみついているわけにもいかないからな。移動した荷物の隙間を縫ってきた」

 

 セルの身体に絵吏がしがみつくと、そこには何とも奇妙な体制の騎士二人の姿があった。


「そろそろ地上の最後の駅だ」


 列車が減速して徐行する。今までのポルトより二回り広い。多くの騎士が群衆を前に隊列を成していた。噴水を囲う列車の中には王国の紋章が入った漆黒の列車があった。

 黒の鎧を纏った長身の騎士がレイヤードの列車の前に立ちふさがった。車窓から一枚の紙と石のプレートを取り出したレイヤードが葉巻を吹かす。


「ほい、王国専属護送車車掌本人証明記石と緊急車両の証明書」

「それは今日は無効だ、が――レイヤードだな。お前は特別に許可が可能だ。王国の輸送車の背後に付け」

 

 石のプレートのみを受け取った騎士が、表紙のくり貫かれた黄金の装丁が施された本にはめ込んで、本の中のページを軽く捲ると、石のプレートをレイヤードに返した。


「王国の輸送車の背後? あれのことか? ありゃどう見たって星騎士の護送車じゃ――」

「口を閉じろ、星騎士を乗せていることは内密だ。あの騎士はなんだ」

 

 四両目の前で手を上げた騎士の前にセルか絵吏のどちらかが降りてくる。

それに歩み寄る騎士を引き止めようと列車から降りたレイヤードの元へ別の騎士が立ち塞がった。


「おい、貴様、所属の石板を出せ」


 ――絵吏、そのまま横になっていろ。


 セルがどこからともなく取り出したプレートを漆黒の騎士に差し出した。それを受け取った騎士が先ほどと同じようにして確認を取っていく。


「そちらの者は?」

王国騎士宿舎(フィエルテ)から街の護衛に駆り出されていた見習い兵です。持病の薬を宿舎に忘れたらしく、偶然にも起きた発作で倒れ込んでいたところをレイヤードに助けてもらいました」

 

 プレートを返して身を翻した騎士がレイヤードの元へと戻る。周囲の騎士と兜の上から顔を見合わせる。その中の一人が話し始めた。


「途中で倒れていたところを助けたとのことです。持病の薬を探すより宿舎に届けた方が早いと考え、行き先が同じゆえ同行させたとか」

 

 漆黒の騎士が本に指先で文字を書き込むと、ちぎったそれを列車に掌で貼り付ける。


「おら! てめえ俺の列車に何してんだ⁉」

「黙れ、向こうの騎士が認証を解けば消える」

 

 騎士の掌の舌で赤い光が漏れると、突き上げられた剣を象った円形の模様が列車に刻みこまれた。


「そんなことは知ってんだよ。許可なく人様の列車に細工してんじゃねえぞ」

「さっさと列車を出せ。邪魔だ」


 眉を吊り上げたレイヤードの元を離れた騎士達が、別の車両へと歩いていく。列車に乗りんだレイヤードが列車を起動させると、浮かんだ列車が噴水に向かって加速し始めた。

 噴出されていた水が消えると、レイヤーとの先に地下へと進む空洞が現れた。その中へ入り込んだ列車がスピードに乗って下降して行く。


――なんか下に行ってない?

――ああ、地上の城壁を直接通り抜けられるのは王族の限られた一部の列車だ。この先の地下ターミナルで行く先が分岐している。ほとんどが王国騎士宿舎(フィエルテ)と審議場のある方面だろう。

 

 列車は下りを終えと、採石場のような広大な駅が現れた。無数の列車が様々な積荷を積み下ろしている。忙しなく行き交う人々の間を更に列車が停発車していく。将校服のような紺色の服を来た老人が窓際から双眼鏡を覗き込んでいる灯台の傍を徐行する。その先のレールの分岐点で立ち止まった鎧を着たゴブリンが眼鏡越しにレイヤードを見上げた。


「おー行先はどこやん」

王国騎士宿舎(フィエルテ)

「よし、行けん。混んできたんよ。早く出せん」

 

 レイヤードが背後からやってきた列車にぶつからないよう急いで列車を走らせる。左のレールに乗り上げた先に上昇するトンネルが見えた。そこにある別の駅で兵士たちが搭乗しているのが見受けられる。

 

 ――絵吏、俺はここで別れる。最後に審議場付近の記憶を共有しておく。そこへ向けて記憶追跡を思い浮かべて星汰の元へ届けるんだ。

 ――うん、無事でね!

 

 列車が司令塔を通り過ぎ左のレールが光ると同時にスピードを上げた。

 

 ――ただ、そこにある記憶の為に。


 セルのその言葉を最後に記憶共有(ワールドコンタクト)は途切れた。絵吏は大きくなる鼓動と共に大きく息を吸い込んで吐いた。それでも一人になった不安と、セルの居ない孤独な緊張が鼓動を絶えず響かせる。泣きそうな顔を叩いた絵吏が暗闇の中で目を閉じた。

 

 ――大丈夫、星汰に会えばきっとわかるはず。


 絵吏はゆっくり息を吐いて、頭の中でセルから受け取った城内の記憶を確認していく。


 ――白い正方形の大きな建物。そばに塔がある。その隣が城の城壁で……あれ、門がここだから、そこから左に行って、城の向きが、んん? ええと、あ、やば、なんだか緊張して。


 絵吏は太ももを動かしてそわそわした様子を見せる。上昇しきった列車の車窓から燦爛とした強烈な日差しが入り込んできた。城壁の上を走行する列車からは、一面快晴の空と、その下で巨大に聳える城、その向こう側に広がる海が同時に目に飛び込んできた。その景色に見とれていた絵吏が、下降し始めた途端にまたを両手で押さえ込んだ。


 ――そういえばトイレに行きたかったんだ!

 

 城壁の中を進んで下降した列車が再び地上へと姿を現していく。そのままスピードを落として、右奥の噴水の方へと回り込んで停車した。

レイヤードが積荷の引き渡しに騎士達と立ち話をする。ほどなくして絵吏の車両を開けた。


「どうだ? 星汰の居場所わかりそうか?」

「うう、うん……駄目みたい。私ちょっとあの、トイレに行きたいんだけど何両目?」

「ああ、二両目と六両目だ。だけどその鎧じゃ無理だし、今積荷を降ろしてるからな……積荷が終わるまでちょっと待ってな」

「そう…………」

 

 騎士に呼ばれたレイヤードが踵を返して絵吏に手を振った。我慢のッ限界に近い絵吏が審議場へと歩を進める。

 行進隊をよそに階段に足を踏み入れようとしたところで、柱の傍で指示を出していた騎士に視線を向けられる。


「そこのお前、重装のテッセラリウスは邪魔になる」

 

 鎧の鉄版が日光に照らされぎらついている。他の騎士とは違い、鳥のくちばしのような兜を被り、腰には蔓の紋章が描かれた剣が据えられていた。


「……よ、用を足したいのだが」

「塔の方へ行け」


  自身の声が低い男の声に変わっていたことに絵吏は改めて安心する。おかげで平静を装うことができたのだ。空を見上げると、円錐のような建物があった。その奥に聳える王国騎士宿舎(フィエルテ)と審議場のちょうど間にある。


「なんでこんなに広いのよ」


 審議場を追い越し、左に曲がった二百メートル程先に、騎士の言った塔らしきものがあった。同じような格好をした鎧の兵士が二人こちらに歩いてくる。


「どうした? 交替か?」

「いや……用を足しに、あそこにあると聞いたんだが」

「なんだここにあまり慣れて居ないのか?」

「あ、ああ。いつもはバベルの方に居てな」

「なるほど、珍しいな」

「今日は厳戒態勢だから向こうからも兵士を回したんじゃないのか?」

 

 機転が利くことに絵吏は自分で賞賛したいところだったが、今はそれどころでは無かった。納得する兵士二人を前に、絵吏の目は鎧の中で研ぎ澄まされていた。


「なーにしてんのっ」

 

 兵達の両腕を広げて掴むようにして、その間から男が顔を出した。


「アッ、アークトゥルス様?」

「どうしてここにっ」

 

 アークトゥルスと呼ばれた、茶髪の髪をした男を見て、絵吏は直感的に顔を顰める。


「どうしても何もー、俺王国宿舎(フィエルテ)住んでるから当然でしょ?」

「そうではなくて、セルの記憶精査にペガ様と星婆(フェアリー)様と同行されるはずでは?」

「ああんそれね、終わったよー全然つまんなかったし、行く意味あったのかーって」

 

 絵吏が鎧の下から目を見開いて拳を握った。アークトゥルスは腕を上げて肩をすくめる様子は無邪気な印象を与える。目の前の兵士たちとは鎧の光沢具合と曲線の艶やかさが違っていた。


「ねえ、それで君たちは? 巡回? さぼって城下町に遊びに行こうよ」

「いえ、それは、今日は特に注意が必要ですので……」

「アークトゥルス様も審議の際には立ち会わなければならないのでは?」

「んーまあそうだけど、まだ正式にアークトゥルスとしての称号を与えられたわけじゃないからねー正直めんどくさいし、なんか様付けで呼ばせちゃって悪いね」


 アークトゥルスが兵士の肩を叩いた。絵吏は増々顔を顰めていく。


「そこの君も巡回?」

「は、はい。少し休憩に」

「どうやらあまり来慣れていないらしく、便所を探して居るらしいです」

「私たちはこれから傍聴券を手に入れた市民の誘導に向かわなければならず」


 アークトゥルスが屈託のない笑みを浮かべるのと同時に、絵吏が苦笑いを浮かべた。


「塔のトイレでしょ? 俺が案内しとくよ! ちょうど隠れるつもりだったし!」

「本当ですか!」

「それではお願いいたします! 我々は巡回に戻りますので!」


 兵士たちがその場から立ち去ると、絵吏はアークトゥルスと二人取り残された。アークトゥルスがくるっと一回転し歩き始めた後を絵吏が追う。

 

 アークトゥルスは世間話や上官の愚痴を言いながら絵吏の肩を愉快に叩く。絵吏はそれに必死に耐えながら我慢強く歩いていった。


「おれもついでにしよーっ」


 前髪を持ち上げたり、後ろ髪を撫でつけながら歩く姿を見て、絵吏は苛立ちから眉を顰める。


「なに? 漏れそうなのー?」

 

 絵吏は黙って頷いた。語尾を伸ばした口調が絵吏の気を余計逆立てた。


「わかるー、鎧着てるとさー、急に来た時に困るよねー」

 

 絵吏の肩をバンッと笑いながら叩くアークトゥルス。絵吏は声にならない叫びと舌打ちを押し込んだ――黙りなさいよ! と言う。心の声で。



「す、すまん」

「んー了解了解。でさ、今日の審議には君も参加するの?」

「外の護衛に」

「まあそうだよねー中には行かないかー。いやさあ、腹痛の為出れませんって伝えてもらおうと思って」


 脳天気な男を相手に、絵吏はできる限り情報を聞き出そうと逡巡するが、もはやはそれどころでは無かった。ぎこちない足取りで、まだかまだか、と絵吏は必死に行く先を見つめる。アークトゥルスの茶髪の髪が視界に入る度に、絵吏が顔を顰める。


「でさー、その時の隊長の顔がけっさくだったんだよ」

 

 笑い声を上げるアークトゥルスを横に朦朧とした絵吏の耳にはほとんど届いていない。勝手に一人で盛り上がるアークトゥルスを絵吏は睨む。そして、黙りなさい! と言う。心の声で。


「ねえ、君ってあんまり喋らないタイプ?」

 

 その問いに、絵吏はとても不機嫌な顔で頷いた。立ち止まりそうになる足を必死に前へ出す。


「ふーん、なんか俺だけ喋ってるみたいでさー、おっと、塔の中に上官が誰も居ませんように~」

 

 絵吏は気が付かない内に塔の数メートル手前まで来ていた。もう駄目だと思っても不思議な力が作用するものだと目を見開いて悶え耐えた。蠟が溶けたような塔の入り口へ歩を進めた。


「ほらっ、あと少しだからがんばってー」

 

 アークトゥルスに肩を組まれたせいで、絵吏は再び洪水を起こしそうになる。

 下唇を咬んだ絵吏が目頭に涙を浮かべた。その場に立ち止まった絵吏が塔の中を確認する。


「どうしたの?」


 構わず話を振るアークトゥルスを適当に頷いてあしらいながら、絵吏は覚悟を決めて再び歩を進めた。


 アークトゥルスが先行して奥に進んだ先を右手に曲がっていく。薄暗い廊下はそのまま真っすぐ続いていて、行き交う兵士や部屋の中へ入り込んで挨拶を交わすアークトゥルスを放って絵吏が歩を速めていった。

 

 突き当りの右の壁沿いに空洞があり、塔の反対側から入り込む日の光からタイルの床が見えた。鉄の豹が口を開けた蛇口の背面にガラスがある。大理石と思われる白と灰のいくつもの彩色の施されたタイルが広がっていた。光沢こそないものの、絵吏は想像していたよりもきちんとした大きなトイレに感動する顔つきを浮かべる。しかし、それは瞬時に尿意にかき消され、左側に三つ並ぶ身幅ぎりぎりの個室に入り込む。途中で鎧が引っかかるも、再び悶えた絵吏が扉を閉めて鍵を掛ける。兜を外して、固定具を手当たり次第に外していく。


「あれ? もしかしてあのまま入ったの⁉ よく通れたね」

 

 絵吏は錯乱する意識の中で鎧を脱ごうとするも、固定具に停められた鎧は完全に外すことができない。そこで絵吏は細かい部分は全てセルに任せて着用したことを思い出していた。


 ――嘘、鎧の脱ぎ方がわからない。

 

 ――トイレは目の前なのに! これどうやって脱ぐのよ!

 

 手当たり次第脱ごうと試みる絵吏だったが鎧はびくともしない。限界を超えた矢先、尿を足せると気が緩んだせいで、必死に押し留めようと股を締めるも、もはや逆らうことを許されない。腰回りを振り返った絵吏が肩を個室の壁に打ち付ける。


「なにやってんのー?」

 

 バタンっという衝撃音がして、アークトゥルスが個室の向こうで絵吏の様子を窺う。


「もしかして、鎧外れないの? しょうがないなー」

 

 その瞬間、ドンッと個室の扉に衝撃が加わると、個室の上にから身を乗り上げたアークツールスの顔が絵吏の瞳に映った。


「…………………………え……………」

 

 アークトゥルスの視界で、目頭に涙を溜めこんだ少女がこちらを見上げていた。


「なんで女が、お前、どうし――」


 絵吏の声にならない叫びに反応するように、その胸元で握りしめた右手首から光が放たれた。

 激しい衝撃音と共に、個室の壁が吹き飛んだ。凄まじい勢いでアークトゥルスが壁に体を打ちつけ、そのままぐったりと倒れ込むと、そのまま意識を失ってしまう。


 身に纏っていた鎧の一部が入り口付近にまとめて置いてあるのが見え、絵吏は必死でアークトゥルスを個室の中に引きずり込んで、持ち物も全て個室に放り込んだ。ボロボロに凹んだ個室の扉を元に戻すと、その場にしゃがみこんで涙を零した。


「もう、お嫁に行けない……」

 

 涙が足元の水溜りに零れ落ちると、絵吏の右手の人差し指から一筋の光が放たれた。


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