第一章15 アルカディシア-バベルの塔 地上入門区域-「万象石」
空中に突如現れた闇の渦からセル達が放り出される。それに背を向けるようにして真下にいた騎士が振り返るも放り出されたアゲナの下敷きになった。
「なっ、きさ――まッ!」
「いたたた、って……いきなりか」
放り出されたアゲナに続いて闇の渦からクロウ影の塊が飛び出した。
「はあ? 一体どこから出てきやがったんだこいつら」
「アルデバラン、カゲニキヲツケロ」
アゲナの背後でアルデバランと呼ばれた赤い長髪の気性の争うな騎士が剣を引き抜いた。そこへクロウの影の手が伸びる。
「起きやがれ‼ ――アルデバラン!」
湾曲した剣先から炎が放出され、クロウの影を喰らうようにして炎が打ち付けられた。
「そこまでだ! 星剣を納めろ」
アゲナが地面に押さえつけた女騎士の首元へ剣を突きつけていた。
「あ? なめてんのかてめえ」
忠告を無視したアルデバランが地面を蹴った。アゲナの手前に降りてきたクロウがアルデバランの剣に切り裂かれるも、そこから現れた影の兜を纏ったセルがアルデバランの腹部に蹴りをお見舞いする。吹きとばされたアルデバランが地面に刃を突き立てて膝を着いた。
「仲間の命よりも任務を優先か」
苦言を呈したアゲナが苦笑いを浮かべるも、突如体制を崩してその場に躓く。
足元に広がってきた粘性のある水溶液を見下ろしたセルが背後を振り返る。アゲナの下敷きになっていた女騎士は跡形もなく地面に溶け出し、首をスライムのような液体に締め付けられたアゲナの背後に女騎士が現れた。
「この裏切り者がッ!」
上半身だけ人の姿に戻ったスライムがアゲナの首を締め上げる。
「クロウ!」
セルの言葉に反応したクロウの足元から炎のように影が広がる。闇の炎に包まれたアゲナが剣を振り上げ。弾かれるように仰け反る女騎士の元へアゲナが追撃しようとした瞬間――二人を分かつように地面が勢いよく隆起した。
「やれやれ」
アゲナがそれを拳で粉砕する。瞬時に地面を蹴り上げ、その場から消えたアゲナが今度はセルに襲い掛かっていたアルデバランを蹴り飛ばした。
コールサックの隆起させた岩壁にアルデバランが打ち付けられた。
「コールサック俺には援護はねえのかよ」
「ダマレ――アルファルド、無事カ」
「問題ない」
アルファルドと呼ばれた女騎士が隆起した地面の隙間からスライムのような塊から返事をする。それが噴水のように地面から盛り上がって人型を形成する。スライムの外装が地面に零れ落ちると、中からコバルトブルーの髪を短く切り揃えた華奢な女騎士が再び姿を現した。
「コールサック、争いたくはない。ここを通してくれ」
「争ソイタクナケレバ、オトナシクトウ降スルンダナ」
アゲナが両手を上げるも、アゲナの背後にある遠くの看守塔付近で兵士達が待機していた。
「相変わらずやり方が汚いな」
「黙れ! 王国を裏切ったお前が! ギルドなどという蛮族に逃げ失せた貴様が! 王国を愚弄するなッ! 驕れッ星剣! ――アルファルド!」
アルファルドの星剣の鞘から激しく水飛沫が吹き出し、アルファルドの華奢な体の回りを渦巻いていく。
「シュール……俺は」
「その名で! その名で呼ぶなあああッ‼」
アルファルドが剣を引き抜くと、水柱となった刃がアゲナの元へ槍のように放出した。それを交わしたアゲナの手前で、地面に飛び散った水柱が人型になり、入れ替わるようにしてアルファルドが現れた。
「クロウ! みんなを連れて先に行け!」
アゲナの言葉に反応したアルファルドが振り上げた剣先から乱れ打つようにして水飛沫の波紋がクロウとセルに襲いかかる。そこへ飛び出したアゲナが剣で防いだ反動で周囲に分かれた水が周囲で集束すると、そこから現れたスライムのような塊がもう一人のアルファルドを創り上げた。
アゲナの周囲へ飛翔したクロウの影のかぎ爪がアルファルドの背中を突き上げる。しかし、無表情のアルファルドの背中からは水溶液が漏れ出るのみ、構うことなく振り上げた剣先をクロウが躱す。
上空へ飛び上がった巨大な影の鳥から、半目の少年が飛び降りた。
「俺もアゲナと残るよ。セルたちはクロウと先にギルドに戻ればいい」
「任せられるか」
セルの言葉にゼロが手を上げた。その背後でアルファルドとアゲナが剣を交える。
「ここでやり合うよりも戦力を温存してた方が得策だよ。あいにく向こうで俊敏性があるのはぶっきらぼうな水のお姉さんくらいだしさ。足止めくらいはできるよ」
「審議場で待つ――ただそこにある記憶のために」
「「ただそこにある記憶のために」」と、アゲナとゼロも復唱する。クロウがその場から離脱すると出口の方へ飛行していく。
「行かせねえ!」
コールサックの星の力を使い、地面の反動で飛び出したアルデバランが獣のような瞳でクロウの元へ飛び込んで来る。
「アルデバラン!」
アルデバランの声に反応するかのように湾曲した剣から炎が噴き出した。アルデバランが剣を逆手にクロウの影めがけて突き刺した。
斜めに薙いで襲い掛かる炎の斬撃はかぎ爪の如く影を捉えたかに思えたが――雷轟が響き渡った直後、現れた白い閃光が炎を分断――アルデバラン目がけて電撃が地面を抉りながら分散した。
意識を失ったアルデバランが地面へと下降して行く。
「凄い、セル」
「絵吏、今はその名は口にするな」
本来、ここに居ないはずのセルの名を口にした絵吏をセルが咎めた。頷いた絵吏がクロウの影の中でセルの背中にしがみつく。
クロウの影が建築の施された洞窟の出口に向かって進んで行く。白い看守塔から弓矢が降り注いだ。火と氷の混じった弓矢をクロウの巻き起こした旋風が跳ね返す。立ち止まったクロウ達の前に隊列を組んだ兵士たちが大砲を向けていた。
「アクルックス様! 影が向かってきます!」
「恐れるな! 砲石隊狙いを定めよ!」
アクルックスと呼ばれた黒髪の騎士の指示を受けて、大砲を構えた数人の兵士が影へと照準を定める。
「絵吏、手のひらを翳せ。俺と同じように復唱した後、拳を握りしめて吹き飛ばすイメージを強く捻出しろ」
「え、なに?」
「東西北南、妖精の加護に三日月の剣を掲げる。万象石」
「へっ、あ、とうざいほくなんっ。妖精の加護に三日月の」
「砲撃開始!」
前列の砲撃隊が発射した九つの砲弾がクロウの旋風によって破裂――その途端に巻き起こった爆炎が辺り一面に広がった。
「――放て!」
アクルックスの合図で後列から無数の閃光が迸ると、黄色い光線が煙りの中からクロウに集中する。
「絵吏今だ!」
「剣を掲げて万象石ぃいいい!」
巨大なクロウの影を消し飛ばそうとした光線が透明の皿に受けるようにして押し留まると、風船が弾けるように跡形もなく消えた。
「なん、だと」
「ア、アクルックス様!」
若くも周りの兵士から期待の混じった声がアクルックスに注がれる。剣のガードが短いロングソードを構えると、ガードの中央に埋め込まれた碧い宝石を掲げるようにして剣先を地面へと斜めに向けた。
「星の力を与えたまえ――アクルックス――記憶干渉能力無効」
アクルックスの碧い宝石が光を放った瞬間、クロウの影の翼が消え去り、小さくなった影が地面へと落下する。影の中からセルと絵吏が姿を現すと、それを乗せた影の狼となったクロウがアクルックスに向かって駆けていく。
「セル、降参しろ!」
「雷獣石ノ軌跡」
アクルックスを援護する兵士達の元へ落雷が乱れ堕ちる。その混乱に乗じてアクルックスから軌道を逸れたクロウが回り込んで出口へと駆け出す。
「記憶干渉能力解放」
アクルックスの言葉にクロウが雄叫びをあげると、もがき苦しむように狼を形成していた影が急激に増幅して上空へと燃え上がった。
「アクルックス――記憶接続――記憶投影」
セルのイアリングから記憶接続の帯がクロウを包み込んでいく。それに押さえ込まれるようにして、クロウの燃え盛る影が小さくなっていく。そこへ振り下ろされたロングソードが地面を穿った。
絵吏を抱きかかえてクロウを蹴り飛ばしたセルが続く斬撃を交わし、身体から迸った電流が地面を伝う。その瞬間絵吏を連れたセルが消える。
「アクルックス――同調解放」
アクルックスの星剣が青白い光を帯びると、セルの雷光がアクルックスを穿つと同時にその場から消えた。
クロウの元へ瞬間移動していたセルの背後に、アクルックスがセルの放った雷光を纏った剣を振り下ろして現れた。
絵吏を突き飛ばしたセルが振り下ろされる星剣に手を翳した刹那――その瞬間凄まじい風撃がアクルックスに襲い掛かるようにして星剣を横から弾く。
「アクルックス――星剣無効!」
倒れかけたアクルックスの星剣が黄色い閃光を放ちその場を吹き荒れていた風が止む。地面から振り上げた星剣に、風と共に現れた二つの短刀が空中で押しかかった。
「破ッ――!」
アクルックスの星弾き返したかざきりが地面に着地させた右足を軸に高速で回転――放たれた回し蹴りがアクルックスを吹きとばした。
「かざきり」
「セル様、ご無事で」
「助かった。ここを離脱してギルドへ向かう。お前は奥に居るアゲナとゼロを援護してくれ!」
「御意! 詳しい事は待機しておりますレイヤードに!」
クロウが再びセルと絵吏を包み込むと洞窟の出口へと駆けていく。
出口は見えているのに長いトンネルのような暗闇が続く。開け放たれた視界には星空が広がっていた。横から吹き抜ける風がクロウの影を大きく揺らした。左右に広がる海原と、それを渡る巨大な橋がどこまでも続いていた。
「ここって」空を仰ぐ絵吏に向けてセルが答える。「アルカディシア――記憶が最も大切な世界だ」
***
兵士達が何かをせき止めるようにしてごった返す先で、複数の列車が停車していた。
「だ~か~ら~中に通せって言ってんじゃん!」
「ふざけるな! ギルドにも籍を置く貴様を通すわけにもいかぬ!」
「はあ? あんた直属の上司である精鋭隊長のあたしに喧嘩売ってんのかい?」
「くっ、それは、ですが、今は、こ、交戦するほかっ」
「ヘルミーナあれ」
ヘルミーナと呼ばれた女騎士が胸ぐらをつかんでいた兵士を突き飛ばすと、背の低い魔導士のような少女に杖で突つかれて顔を上げた。
「レイヤ~ド‼ 出航‼」
ヘルミーナが背後の列車に向かって腕を上げた。
黒い影がその場を追い越して列車へと覆い被さるようにして着地した。磨かれた黒曜石のように月光に輝く立派な列車が地面の石板に碧く光を反射されて浮かび上がる。
「あの影は一体――」
「ヘルミーナが体調が出航の合図をしたということはギルドと関係が」
「あの影を捕らえろぉおおお!」
列車の一番後ろに乗り込んだヘルミーナと魔法使いの少女の元へ、兵士たちが駆け込んでくる。
ヘルミーナに蹴り飛ばされた兵士がドミノ倒しのように倒れた。
「ヘルミーナ貴様! こんなことをしてただでは済まないぞ!」
「うるっさい! あたしは怒ってんだ! 記憶を捏造した王国にね! ゲコックス武器!」
「大破させてでも構わん! 列車を止めろ!」
進みだした列車を追いかけるようにして兵士たちが銃を構える。重厚に魔法陣のような光が広がると、そこから飛び出した炎の閃光が襲い掛かる。
「エミリー!」
「わかってる。妖精の匣」
エミリーと呼ばれた魔法使いの少女が三日月の首飾りを手に杖を振った。
エミリーの前に黄色い正方体が現れ、それを通過した兵士たちの放った炎の閃光弾が空気中で停止する。
「エミリー! 久しぶりにあれやるよ!」
背後の扉から飛び出してきた爬虫類の舌が機銃のような武器を置いた。ヘルミーナが銃口を手摺に乗せ、脇に抱え込むようにして笑みを浮かべる。慣れた手つきで銃を起動させバイポッドを降ろしていく。青い光のラインが銃器全体に広がり、内部でエネルギーを集束させるように旋回していく。
「こっちはいいよ。妖精の匣ッ」
ヘルミーナの銃口の数メートル先で黄金色の正方体が三つ、列車を遮るようにして現れた。
「オッケー! そんじゃまあ久しぶりに、ロ~ック、オン! エミリーナ砲ッ発射!」
三連射によって放たれた光線がエミリーの正方体に半分貫通して兵士たちの元へ飛んでいく。
「何か飛んで来るぞー!」
「打ち落として回避しろ!」
兵士達が先行していた正方体の一つに狙いを定めて炎の閃光弾を発射。同時に射撃を受けた正方体が爆発し、更に拡大して地面に突き刺さった。
残りの二つも同じようにして、兵士たちを囲い込んで地面に突き刺さると、ヘルミーナの光線が爆発するようにして正方体が辺り一面に拡大した。中に居た兵士たちは時が止まったかのように固まってしまう。
時を奪われた兵士達を眺めたヘルミーナが、にしししと笑って列車の中へと入り込んで行く。
***
セルの伸ばした手を掴んだ絵吏が列車の上から降りると、セルに受けとめられるようにして着地した。車両の連結部分から後方の扉を開いて中へ入り込む。
「だからさー、ほんとにセルが居たんだってー」
「見間違いじゃないの」
同じタイミングで反対側から、明るい茶髪を後ろで結った長身の騎士ヘルミーナと、変態に背の小さい銀色のショートヘアが癖毛で忙しなく飛び跳ねている魔法使いのような少女エミリーが現れた。
「セールじゃんっ! やっぱり! エミリーほら!」
「なんか服装が変だけど、本物?」
「セール~っ!」
名前を呼びながら勢いよく飛びついたヘルミーナをセルが躱す。代わりに抱きしめられた絵吏がヘルミーナに倒された。
「はあはあ、セル無事だったんだねえ~、ヘルミーナお姉さんは心配したんだよお~」
「ヘルミーナ、それセルじゃないよ」
「ほへ?」
エミリーの指摘に頬擦りしていたヘルミーナが絵吏と顔を合わせる。
「まさか、エリスに双子の姉が居たとはね……」
「そんなわけ……ていうかエリスが妹設定なんだ」
感心して頷くヘルミーナをよそに、抱きしめられたままの絵吏が瞬きをして困惑する。
「説明は後だ。まずは今の状況を説明してくれ、その後でこちらの状況を説明する。レイヤード! このまま旧街道でギルドへ向かってくれ!」
「――あいよ」
籠った声が天井の角に取り付けられた白いクリスタルから聞こえた。
「あの……ちょっと、どいてください。重いです」
「エリス、無事だったんだねえ~、ヘルミーナお姉さんは心配したんだよお~」
「いや、エリスはそもそも無事でしょ」
「――おらヘルミーナ! さっさと上に出て迎撃しろや!」
「あーもううっさいなー」
天井から発せられたレイヤードの声にヘルミーナが出口へと向かっていく。立ち上がった絵吏が腰かけた座席から窓の外を眺めると、ふと横切った飛竜を見て目を見開いた。
「エミリー詳しい状況を教えてくれ」
セルの眼差しに頷いたエミリーが星汰の連れて行かれた状況を詳細に語り始めた。
***
寝台で横になった絵吏がセルの言葉を頭の中で思い浮かべる。
――明日の正午に記憶裁判が開かれる。それまでに何としても星汰を救い出す。
窓の外は月と星明りが山並みと草原を照らしていた。果てしなくもあるそれを横目に絵吏が寝息をたてていく。
「星……汰」
眠りについた絵吏が横たわる寝台の出入り口で、セルが腕を組み、差し込む月明かりを見ていた。




