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ロストアナザーワールド  作者: 洋稿史
第一章 【もう一つの世界】
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第一章14 アルカディシア-バベル87階層-「記憶門塔」

 辺り一帯が崩れ落ちそうなほど振動する中で、緋色の髪をした長身の騎士が大穴の前で仁王立ちしていた。中央から現れた赤い光の帯が、アゲナの警戒心を駆り立てる。


 大穴の底から雪崩のような音が聞こえ、赤い光の帯を取り囲むようにして蠢く闇が大穴から天井の岩壁まで勢いよく突き出された。その闇の柱の中央、赤い柱の中で抱きしめあった二人の人影が騎士の目に映った。


「クロウ! 中央の赤い柱の中だ!」

 

 騎士の影から実体を得た黒い影が勢いよく飛び出すと、大鳥を模したそれが大穴から勢いよく突き上げる闇の柱をかぎ爪で射止める。その足は瞬く間に獰猛な四肢になると、翼の生えた狼の姿をした影が、闇の壁を無理矢理こじ開けた。


「セルだ!」

 

 騎士の呼び声にクロウと呼ばれた影の猛禽類のような瞳が光を失う。代わりに巨大化した狼のような頭部が闇の牙を生やし、赤い柱を横からかみ砕くようにして食いちぎった。

 

 影の体積を大穴の中心に残したクロウが、闇の柱の中に取り残されると、騎士が二本の指先を時計回りに回転させる。


「|星の力(ステラ)解放インクリーズステラ――ケンタウロス」

 

 騎士の指先が時計回りに回転すると同時に大穴から流れ出る闇の柱が中央で分断され、その隙間から影の塊が飛び出した。


「クロウ! ナイスだ!」

 クロウが騎士の足元に着地して二人を地面に横たわらせた。クロウはそのまま地面の中へと潜り込んでいく。意識がないままの二人にアゲナが顔を近付ける。


「息はあるようだな。もう一人は――……エリス?」


 石息を取り戻したセルが目を見開く。


「――っ、アゲナか」

「おい、無茶するな」

 

 起き上がろうとするセルの背中にアゲナと呼ばれた騎士が手を添える。酷い顔色のセルが辛辣な顔をしたまま口を開こうとする。


「俺と瓜二つの少年を見なかったか?」

「いや、見てない」

「ノワールは居るか」

「居ない。普段の緊急時でも見かけないだろう」

「今すぐノワールを見つけ出してくれ、俺と瓜二つの少年がバベルに迷い込んでいるかもしれない。記憶が危ない」

「悪いが俺たちもノワールを探してる。セルが穴にのまれたってレナードから聞いて、ここを守るためにノワールと待機してたんだが、ここの入り方だけ教えてどこかに消えた。朧月の姉さんが俺らが居なくなっても大丈夫なように結界を張ってくれたんだが、このままギルドに戻らないわけにもいかないから待ちぼうけしてたところだ」


 セルが傍らで渦を巻く闇に視線を向ける。闇は徐々に立ち上り上半身だけ黒い毛並みの獣が現れた。


「クロウが無事なら何とかなる……ルバートと連絡を」

「それなら問題ない、さっきゼロと記憶追跡のラインを引いてきた。ゼロの記憶連鎖(バブルスランバー)が破裂してここまで届けてくれる。問題はバベルから抜け出すことだな」

 

 セルは大穴の傍で眠り込んでいる白髪の少年からアゲナの方へ視線を戻す。


「ノワールの話によるとバベルの出口で星騎士の連中が出口を塞いでるらしい。少なくとも顔が割れてる星騎士が四人、コールッサック、アルファルド、アルデバラン、アクルックス」

「…………厄介だな」


 セルが意識の戻らない絵吏の頬に触れる。


「ああ、だがコールサックはレナードが手負いにしてるはずだ。アクルックス以外はなんてことない。だけど俺のケンタウロスが停滞期に入っちまってる。持っていくだけ荷物になるくらいに。ここを出るにはクロウの記憶干渉能力(メモリー)が必要になるが、道中でクロウの記憶を消費し過ぎるわけにもいかないだろ。途中でクロウがもたなくなる」


 絵吏の額にセルが手を置くと、絵吏の眉が僅かに動いた。


「それなら問題ない。ノワールの記憶干渉能力(メモリー)が記石の何に入っている。最後のストックだが特異石があればここから抜け出すのは無理でも出口までは行けるだろう」

「さすが団長。どうやってノワールに記憶干渉能力(メモリー)を吹き込ませたんだ?」

「その話は後だ。それよりも、来るぞルバートの記憶追跡だ――記憶接続(ワールドコネクト)

 


 大穴の反対側から振動が近づいてくる。何かかが破裂する音が壁の向こうで聞こえると、壁の隙間から細い黄色の線がこちらに伸びてくる。

 エメラルドグリーンの光を帯びた記憶追跡(エネミーコード)の線が眠っている少年の傍にあるシャボン玉へと突き刺さった。幼い少年の身体に覆い被さるようにして弾けたシャボン玉が線の光を広げるようにして少年の元へと消える。


「ゼロ、記憶共有(ワールドコンタクト)は問題なさそうか」

 

 ゼロと呼ばれた少年が立ちあがって目を擦る。だるそうに欠伸を一つすると目を開けた。


「今すぐ――ここを出て――ギルドに向かった方が、よさそうだね。セル――とレナードが王国に連れていかれたってさ。しかも――記憶裁判に容疑がかけられて、記憶が危ないって」

「記憶裁判?」

 

 声を大きくしたアゲナの傍でセルも同じように目を見開いた。


「セルが探してる瓜二つの少年がさ、セルとして連れていかれたんじゃないの」

「レナードがそう言ってたのか?」

 

 アゲナの問にゼロが手のひらを上に挙げて口を開く、


「いいや、だけどセルの話を聞いた限りそう仮定するのが自然じゃないかな。その少年がどうしてギルドに居たのかはわからないけどね」

「ゼロ、何度も言ってるけど、 緊急時にはちゃんと起きて話を聞けっていつも言ってる」

「アゲナよしてよ、記憶干渉能力(メモリー)のせいで眠いんだ、ひと眠りするから、それじゃ」

「おまえ、どんだけ寝るんだ」


 セルが鋭い視線をアゲナへと向ける。


「まずいな。アゲナ特異石を、今すぐここを出る」

「今すぐって、エリス……は大丈夫なのか? 意識ないままノワールのゲートに入って無事な保証はないんじゃ?」

 

 セルが瞳を閉じた少女の顔を覗き込む。


「エリスではない」

「エリス、じゃ……ない? どう見たって……だけど、本当ならエリスはレナード達と一緒にギルドに居るからな……」

「そういうことだ」


 僅かに目を細めたセルの視線は絵吏から離れることは無かった。


     ***


「気が付いたか」


 横たわっている絵吏が目を開けると、碧の双眸を向ける少年が立っていた。


「星………汰」

「無理に立ち上がろうとするな、記憶が混乱しているかもしれない」

 

 地面に敷かれたマントの上に、上着を枕変わりにした絵吏が仰向けになっていた。

 セルは絵吏を挟むようにして立っているアゲナに視線を向ける。


 薄暗い洞窟のような空間は剥き出しの岩壁が露わになっていて、どこからか届く淡いブルーの光源によって人の姿は目に捉えることができた。


「しかし、エリスにそっくりだ」

 

 全身銀色の鎧を装着した男が顎を触りながら目を見開いていた。明るい緋色の髪がセルの頭一つ分高い位置から絵吏を見下ろしていた。ぎらついた瞳は今でこそ無邪気に見開いているが、それは獣を連想させる眼だった。


「まあでも、ギルドの紋章もないんじゃ、セルの言う通りエリスじゃないんだろう」

「絵吏、目を覚ましたばかりで悪いが、今すぐここを発つ。アゲナ、ゼロを起こして来てくれ。それから特異石を」

「あいよ」

 

 アゲナがどこからともなく取り出した石をセルに放り投げる。片手に収まりきらないほどのアメジストのような、その歪な石の内部で闇が蠢いている。


「セ、ル……?」

「絵吏、記憶の方は大丈夫か、無理そうならそのまま横になっていろ」

「うん、大丈夫」と目を細めながら立ち上がろうとする絵吏にセルが手を貸す。立ち上がった絵吏がセルの方を見てからアゲナの後姿を見て何度か瞬きをした。


「ここって」


 驚きを隠せない絵吏の視界には巨大な大穴が口を開けて横たわっていた。そのすぐ近くでセルと同じ白髪の幼い少年のゼロが目を閉じて眠っている。アゲナがしゃがみこんでゼロに声をかける。


「バベル八十七階層、あそこの大穴から俺はお前たちの居る世界に迷い込んだ。そして今、俺たちの世界アルカディシアに戻ってきた。あくまで仮設に過ぎないが」


 絵吏は黙り込んだまま黒い大穴を覗いていた。目前でないにせよ、迂闊に近付けない程の異質な暗闇が絵吏の身体を硬直させる。


「絵吏、動けそうか? 星汰の行方が分かった」


 セルの言葉に絵吏はあっという間に我に返った。目を見開いてセルの両肩を掴む。


「星汰はどこに居るのっ!」

「星汰はギルドに居た。今はギルドメンバーのレナードと一緒に居る可能性が高い。今からギルドに戻ってそれを確認する」

「ギルドに、居た。って?」

 

 絵吏の問にセルは息を吸い込む。それからまだ眠ったままの少年を抱え込んだアゲナと目を合わせた。

 セルが星汰の行方についてわかっていることを絵吏に話した。


「星汰があなた達のギルドに居て、セルと間違われて王国騎士に連れて行かれたのはわかった。それで星汰は無事なの?」

 

 絵吏の問にセルは答えない。アゲナが間に割って入る。


「無事だろう、けど記憶裁判ってのが行われる。それで有罪になったら……無事じゃ済まない」

「だけど、それって、そもそも王国騎士が仕組んだことなんじゃないの?」

 

 絵吏の言葉にアゲナが驚いてセルに視線を向けた・


記憶共有(ワールドコンタクト)している際に記憶邂逅(リノベーション)が発動した。ここで起きたことも知っている」

「なるほど」とアゲナが頭の後ろで手を組んだ。


「記憶裁判での容疑の内容は恐らくこの階層で起こったことだろう。だが、王国が仕組んだことだと決めつけるのはまだ早い。それでも王国がこちらに罪を被せることは変わらない」


 セルの言葉に辺りが重い空気に包まれる。寝ぼけ眼を片手でこすったゼロが口を開いた。


「王国は記憶を覗いた後でセルを有罪にするだろうね。その前に星汰を救出しないと」

「有罪って、そんなの記憶を覗いたって星汰は記憶がないのに」

「甘いな。王国なら記憶改変を使ってでもセルに罪を償わせようとする。それが無理でも王国とギルドの対立は今に始まったことじゃない。こんな機会滅多ないし、裁判がどうであれ、王国はセルを簡単に解放するはずがない」


 アゲナの言葉に絵吏が両の拳を握りしめ黙り込む。


「それにしても王国もよく踏み切ったよ。ギルドが完全に分断されて疲弊してるところを捉えに来るなんて……消耗してるかざきり、ルバート、レナードは充分に抗戦できる状態じゃないし、確か向こうでバベル攻略に居なかったのは、アルタイル、リゲル、ジェラルクローか。アズガイル星騎士団長とベガは王国占有地に常駐してるだろうから」

「レナードが連れて行かれたのも無理はない。それよりも、今はギルドに戻るのが最優先だ」

 

 セルの言葉に同意したアゲナがゼロを抱き上えげ、俯いたままの絵吏の元へセルが歩み寄る。


「不安にさせてすまない。大丈夫だ。星汰は必ず救い出す」


 セルの言葉に絵吏は力強く頷いた。その様子を横目で見ていたアゲナとゼロが驚いて目を合わせる。


「初めて見たよ。セルが女の子に優しくするところ」

「ゼロ、その発言は色々まずい気がするんだが……」


 特異石を手にしたセルを先頭に絵吏とアゲナが背後に並ぶ。闇の影となり地面に溶け込んでいたクロウがセルの元で再び半獣半影の姿を現す。


「クロウ、俺の顔がわからないように記憶干渉能力(メモリー)で覆ってくれ。各自視界が開けた瞬間から速やかに迎撃を。出口に最も近い地殻変動の起きないポイントは敵に抑えられているだろう」

 

 ゼロが真顔のままアゲナの肩で親指を立てる。それに微笑んだ絵吏の右手首をセルが胸元の高さまで持ち上げる。


「絵吏、この先何があるかわからない。その時はこの腕輪がお前を守ってくれる」


 重なり合う二つの銀色のリングの中央で、菱形の石が埋め込まれていた。


「ありがとう」

 

 セルがアメジスト色の巨大な宝石を掌に載せる。宝石の中で閉じ込められた蠢く闇が蛇のように乱れながら渦を巻いていた。イアリングに触れたセルが目を瞑る。


記憶共有(ワールドコンタクト)――記憶門塔(イラスティックゲート)

 

 イアリングがヴァイオレットの光を弾くように放つと、イアリングから臙脂の炎が特異石に燃え移った。それは宝石の中へと燃え移り、中で蠢いていた闇に燃え移る。


 特異石が閃光を放つと四つに分かれた光が大きく後方へと波打っていく。何もなかった空間に黒い点が現れると次第に渦を巻いて大きくなる。特異石から放たれる反動の風圧がセル達を吹きとばそうとするほどに増し、目の前に現れた黒い影が一気に広がると、特異石の反応が消える、同時にそれが姿を現した。


 目の前には巨大な漆黒の門がこちらを見下ろしていた。門の内側には両扉が付いており、門の淵を模る歪な装飾には、無数の人の肉体のような彫刻が無数に埋め込まれている。


「記石に吹き込むために抽象的にする必要があったのかもしれない」


 セルが門へと歩み寄る。扉の中央に手をかざし、目を瞑る。


「ノワールの記憶干渉能力(メモリー)か」とアゲナが目を眇める。

「我、ここに入る者、一切の希望を捨てる者」

 

 セルの言葉に反応するかのように扉の中央が溶け出した。内側から闇が手招くよう伸びると扉の奥へと入り込んでいった。


「なんだそれ」

「ノワールの記憶干渉能力(メモリー)の発動に必要な言葉だ」

 

 アゲナがセルの背後へ歩み寄る。絵吏は未だ踏み出す気配はない。それを見たセルが視線を送る。それを受け取った絵吏がセルに歩み寄った。


「俺から離れるな」

 

 言葉を駆けられた絵吏がセルの腕を掴む。セルが特異石を掲げると闇がゆっくりと渦を巻いて四人の前に現れた。

 

 セルとアゲナが慣れた様子で歩み寄る。四人が扉を潜るようにして闇の中へと潜り込んでいく。闇で姿が見えなくなると、しばらくして内側から扉が閉まり、門が闇に溶けて地中に溶解して無くなった。

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