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ロストアナザーワールド  作者: 洋稿史
第一章 【もう一つの世界】
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第一章12 アルカディシア「記憶接続」


 ギルド出入り口の両脇で既に騎士たちが待機していた。二人は長いカーペットの上を光が差し込む出口へと向かって歩き出す。袖の内側に隠れた手首に白い光の筒が固定されている。レナードの記憶共有(ワールドコンタクト)が既に始まっていた。レナードが星汰に呼び掛ける。


 ――この世界のことについてお話ししましょうか。いくらかはの予備知識の地盤は先ほど記憶共有(ワールドコンタクト)しましたから理解するのは難しくはないと思いますけれど。


「俺の星の力(ステラ)は分かっているな、不意打ちなどという浅はかな真似はするなよ」

「ダリウェル、まずはその生意気な口調をどうにかしなし、王国までの間ずっとそうして喋られるとこっちの気が滅入りましてよ。相変わらずアホの相手をするのは疲れるかしら」

「貴様……」


 リゲルが悠然と長髪を躱したレナードを睨みつける。

一方で、シリウス・フリードと呼ばれていた女性は静かに固まったまま星汰の方を向いていた。人間離れしたような白い肌と氷のような白髪。星汰より背が高く、半目に開いた碧眼が何かを諦観していた。


 ――この先の森を抜けると町に出ます。そこから王国の兵士が駐在していて、その先をしばらく進むと城下町の端に出ます。そこにある噴水を起点としていて、そこから真っすぐに列車が通り、やがて城下町を通過すると王国の占有地が見えてきます。それらを囲う城砦が馬鹿みたいに横たわっていて、中央にある出入り口の門をくぐって中に入ると、貴族や王族たちの根城があり、王国騎士がそこで統率を図る為の宿舎があります。そこに入ってしまえば脱出するのは困難になるでしょう。中には王国騎士見習いが居て、その中には記憶干渉能力(メモリー)を有している者も居ます。門をくぐった後は覚悟を決めてください。


 重厚で鉛のような石の手錠をはめられ、日差し溢れる出口へと促される。

 外に出た星汰が燦燦と降り注ぐ日差しに目を眩ませた。視界に入り込んで来るのは見渡す限りの万緑に花壇や噴水が立ち並ぶ荘厳な庭だった。その中を闊歩する騎士立ちに連れられて星汰は覚束ない足取りで歩いていく。


 ――この世界の名はアルカディシア。悠久の果てにあるバベルと呼ばれる塔、それがこの世界において最も重要な記憶の一つです。世界の名をそのまま取ったアルカディシア王国が大陸のおよその統治をしていて、それに仕える王国騎士が領土内の安泰とバベルとその内部のダンジョンの攻略を使命としています。


 長い庭を通り過ぎ、星汰が後ろを振り返ると、果てしなく巨大なギルドの城があった。

 

 立ち止まったのを咎められた星汰が馬車に乗り込んでいく。それに続くレナードが入り込んだ後で、向かいにリゲルとシリウスが入り込んで来る。

 レナードの正面には青髪の男ダリウェルが、星汰の正面には息を呑むほど美しい相貌をしたシリウスが白髪を陽光に照らしていた。ギルドの鉄格子の門を抜けて、木々の遮る道を進んで行く。


「馬鹿なことはするなよ、記憶干渉能力(メモリー)はその手錠によって使えない。無効石と同じ性質の石が使われているからな。……何か喋ったらどうだ?」

 

 リゲルの言葉を無視してレナードが再び続ける。

 

 ――王国の統治の行き届かない辺境区にはバベルの塔があって、その力の影響を受けた者が記憶干渉能力(メモリー)と呼ばれる力を宿しているのよ。私があなたの記憶を覗いた記憶共有(ワールドコンタクト)もその一つ。それに相対する力が王国側が大幅を所有している星の結晶(スターメモリー)と呼ばれる石、それらは強大な力を持っていてそれを星の力(ステラ)と呼ぶの。この手錠は星の力(ステラ)の力には及ばないけれど、記憶干渉能力(メモリー)を相殺してしまうような様々な効力(ウィルトゥス)をもった石がバベルにはいくつも存在するの。


 ――今あなたに呼び掛けている記憶接続(ワールドコネクト)は先に発動してしまえば関係ないから安心して頂戴――星の力(ステラ)の多くが記憶干渉能力(メモリー)を有していては扱えず、記憶干渉能力(メモリー)と相性が悪いのよ。その逆もまた然りかしら。そのステラを宿す石を加工して作られた武器、それらは星剣と呼ばれ、選ばれた者しか星剣の宿す力を使いこなすことができない。星剣に選ばれた騎士は星騎士と呼ばれ、星の名にちなんだ称号が与えられる。星騎士一人とまともにやり合うには、こちらもギルドメンバー一人を同等もしくはそれ以上としてあてがわないと太刀打ちできないほど。現状では星騎士の数がギルドメンバーよりも勝っていて、その上一人で数人に匹敵するような規格外がいるからどうしようもないかしら。

 

 星汰が目の前で氷に固まったように微動だにしないシリウス・フリードを見つめる。


 ――シリウス。太陽を除けば最も明るい恒星でペテルギウスとプロキオンと共に冬の大三角形を空に位置取っている。星座はおおいぬ座。川の氾濫や冬の到来を告げる星として古代より多くの人々に信仰され、航海にも非常に重要な星として役目を果たしていた。時折、赤く輝く星でもあるが、いつも見える色は白。青星や天狼星とも呼ばれ、ドックスターや狩人と称されることもある。


 星汰の黙考が聞こえたのかレナードが顔を顰めた。それはまるで聞きなれない言語に疑問を浮かべるように。


「こちらもいくつか尋問という形で聞かなければならないことがあるが、まあいい道のりは長い、列車に乗り込んだら否が応にも口を開いてもらうぞ」

 

 リゲルはそう言うと黙り込んだ。溜息交じりのレナードが目を瞑る。木々をいくつも追い越していく。森はまだ抜けそうにない。

 

 ――この世界ではバベルにある石が大きな文明を築いているの。多種多様な特別な効力(ウィルトゥス)のある魔石や記石は、エネルギーとして動力源にもなり、それらを組み込むことによって造られた道具や武器、街に欠かせないものとして、時にはお金の代わりにそれらを代価としてやり取りが行われているのよ。その上で伝えておかなければならないこと、それは、この世界に置いて最も重要な大切な役割を担っているのが記憶だということよ。

 

「記憶?」という呼びかけにレナードが反応した。星汰からも言葉を伝達することができるらしい。レナードが視線を合わせることなく頷いた。


 ――そう。この世界において最も大切なものは記憶。例えばバベルで採れる石の中に記石というものがあって、記石にも種類や効力(ウィルトゥス)の違うものがあるのだけど、力が比較的小さなものは人々の間で多く流通しているかしら。記石は記憶を埋め込むことができる石。食べ物の記憶や景色の記憶を映してそれらをお金の代わりとして交換しています。もちろん逆の場合もありまし。武術や地図としての記憶が埋め込まれた記石をお金を支払って買うこともあるかしら。人々は記憶によって飢えを凌ぎ、幸福を手に入れる代わりに代価を支払うことで、日々の安寧を取っているのよ。


 レナードの現実離れした話に星汰は空想上で考えを巡らせる。その中に街の人々の生活がいくつもの絵となって現れる。それを鮮明に映し出そうと星汰は目を閉じた。


 記憶――確かにそれは何よりも大切なものかもしれない。今までの記憶の全てを奪われてしまえば、それは命を奪われてしまうことと等しくもある。否、それは生まれ変わるということになるのだろうか。いずれにしても、記憶のやり取りが行われるということは、物資とお金の他にもう一つの価値によって、人々の生活が潤うことは確実な気がした。けれど、一つ気になることがある。記憶によって飢えを凌ぐ? それはつまり、誰かが食べる記憶を見ることによって、空腹を紛らわすということだろうか? 或いは香りや食感、味までもが記憶として伝わるのかもしれない。いずれにせよ、それは記憶であるのだから、実際に栄養にはならないだろう。だが、同じお金を支払って、対して栄養にもならない腐りかけのパンと、豪勢な食事の記憶が入った記石どちらか選ぶとしたら、人々はどちらを選ぶだろうか? もし、同じような選択を迫られている人々がいれば、それはきっと利潤ではなく犠牲の他ない。後者を選ぶものは少なくないはずだ。例えそれが栄養にならないとしても。時には表層的な生命維持よりも、内向的な意識的前進の方が必要な場合もある。最も、それで命を落としてしまえば何の意味もなさない。


 相手の意図を汲むように、レナードは言葉を精査するように両目を瞑っていた。

 

 ――記石の他にも特殊な力を宿した石はそれぞれに名前が付けられ、武器や街を含めた王国の文明はそれらによって築かれていますわ。これから乗る列車にも浮遊石という石やエネルギー源となるいくつかの石を使って街を人と物資を載せて行き交っているの。

 

 馬車の走る音が硬質なものに変わると、木々がまばらになって視界が開けたようになった。木で組まれた家や薪がいくつも積まれた庭や小屋などが現れ、次第にそれが増えて行った。


 途中でアーチ状の看守塔のようなものを見張り兵と共に通り過ぎると、大きく円状に広がる質素な街並みが姿を現した。中央には大きな噴水があり、他にも馬車が数台留まっている。馬車が左に大きく回り込んだ際、群衆と噴水から伸びる開けた道の上に真っ黒な列車が停まっているいるのが見えた。


「降りろ」

 リゲルの声に従ったレナードに続いて、星汰も石畳の上に足を下した。


 甲冑のぶつかる無数の金属音、人々のざわめきや他の馬車と思われる動物の鳴き声。銀色の鎧がいくつもの層を成してこちらを取り囲んでいる。遠方に立ち並ぶ街角からは窓を開けてこちらを窺う人影が見えた。リゲルとシリウスを先頭に兵士たちが歩きだす。背後に密着するほど取り囲まれているので、足を踏み出さないわけにはいかない。


 シリウスは銀色の兜を再び被っていた。騎士たちを含め周囲の視線がリゲルに注がれる。


 「リゲルさまああっ!」


 時折大きな歓声が沸き上がると同時に、ざわめきが銀色の装甲の合間から聞こえてきた。兵士達の合間から、馬車や酒場と思わしき家の下に群がる人々の姿が見える。人々の容姿から裕福さはあまりは感じられない。まばらに薄汚れた衣服を纏っている者も見受けられた。


「全くっ、見世物じゃないのよ」

 

 レナードが悪態を付いて群衆に視線を向けると、背後を付き添う倍の背丈ほどある兵士が槍の柄で背名を突いた。レナードは何事も無かったように前を向いて歩を進める。


「セルだ」

 

 同じようにその名を口にして訝し気な視線を向ける人々がまばらに混じっていた。それを見極めようと気を取られた星汰の背後に鋼鉄の衝撃が加わる。


「――っ」

 

 痛みに星汰が歯を食い縛って倒れないように踏みとどまった。その背後で再び危害を加えようとした兵士の顔にレナードが現れ、炸裂した回し蹴りが兵士を吹き飛ばした。

 

 巻き添えを喰らった五人ほどの兵士が数十メートル先で気を失って停止する。突然の出来事にその場にいた人々が息を呑んで状況を飲み込もうと押し黙った。


「次セル様に触れて見よ。ここに居る者全員生きて帰さないかしら」


 異様なオーラを纏ったレナードの元に誰も近付けない。深い溜息を吐いたリゲルが歩み寄る。


「余計な手を煩わせるな。おい、丁重に扱え――こちらの兵が失礼をしたようだ。さあ大人しくついて来てくれるな? レナード」

 

 リゲルが臆することなく屈託のない笑みを浮かべる。レナードはそれに見向きもしないで普段の空気を身に纏い星汰の元へと歩み寄った。


「なぜ止めなかった?」リゲルがシリウスを睨見ながら言う「兜が邪魔だったとは言うまいな?」

「アルタイルにレナードとやりあうのは正方体(キューブ)を使用している間だけにしておけ。と言われていたので。先ほど発していた力の源はアルタイルの警告に従うべき異質なものでした」

 

 淡々とした口調にリゲルが溜息を吐いた。聞こえていた兵がぎこちない動作で聞かなかったそぶりを見せる。


「そういう話を敵の前でするお前の神経はどうなってる。星騎士の面目が立たないことがわからないか?」

「そういうダリウェルこそ時折私を叱咤するということは、星騎士が星騎士に文句を言っているという構図が周りに認知されるということをわかっていないようですが」

「文句、だと? 貴様の体裁など知ったことではないが、次お前の監督役である俺を呼び捨てにしてみろ、星

騎士の称号に値しないとしてただの候補生にしてやる」


 兵士が負傷したことと、リゲルが立ち止まったことによって周囲から不安を憂う声が漏れ始めた。代わりに罵声のような叫び声がこちらに向けられる。そうでなくとも、群がる人々から向けられる視線は決して心地よいものではない。


「リゲル様の他に星騎士は居ないのか」

「確かに、あのレナード様とセルを連れて行くのにリゲル様だけで大丈夫なのか……」

「アルタイル様を街で見かけた者が居るらしいが」

「それならなんで今居ねえんだ。見間違いじゃねえのか」


 誰かの声が群衆に広がっていく。溜息を吐いたリゲルが群衆に向き直る。


「どうやら心配をさせてしまったようだ! ちょっとしたいざこざに過ぎない!

 

 これからギルド団長セルと副団長レナードを王国まで送り届ける。だが安心して欲しい。列車には我らが星騎士の一人、そして聖導大十字(グランスピカ)の称号を持つアルタイルが待機している! 

道中でどのような危機に面しようとも、必ずや裁きの元にこの二人を送り届ける」


 リゲルの言葉に群衆が安堵を取り戻して喝采を送る。


「全く、王国の信用の為にも兜を外せ。セルを連行するのに星騎士が一人では不相応だ」。

「前に私の姿を見てその場が混乱したことがあったので、今回は特に注意しなければならないと思い」

 

 兜の下から籠る声でも特別な響きを帯びた声、それがシリウス・フリードだとわかる。合流した兵士の一人が、その声音を聞いたとたんに驚いた挙動でシリウスを見やる。


「すぐに列車に乗り込めばいい話だ」

「確かに、それもそうかもしれませんが」

「肯定をしろ、肯定を」

「いえ、やはり私は状況を示唆して、例え王国の信用に欠けようとも充分に警戒を敷いた体制で混乱を避け、速やかに列車に乗りこの場を発つことが――」

「もういい、さっさと兜を外せ」

 

 リゲルは先を歩いていたレナードに追いつくように歩き始める。残されたシリウスが兜に手をかけると、長い白髪と真っ白な肌が現れ、その美しさに周りにいる誰もが息を呑む。


 人々の喧騒が消え、兵士たちも足をまごつかせてシリウスを凝視する。当人の纏う空気は辺り一帯を凍り付かせ、それはほどなくして一瞬で砕け散った。


「シリウス・フリード……」


  誰かがその名を口にすると瞬く間に歓声が広がり、それは大きな渦となって中心に居るシリウス・フリードに向けられた。


 大歓声とも呼べる声は耳を塞ぎたくなるほど。怒号は歓喜に変わり、罵声は祝福に変わるようだった。それを取り巻く兵士たちまでもが声をを上げている。


 人々の声が波になり押し寄せる中で、シリウス・フリードは息一つ乱さずに平静を保っていた。そこに表情は無く、身に纏っている鎧すら音を立てずに歩いていく。女性の中では長身に入るため、その姿は誰の目にも捉えることができた。

 

「ふん」と鼻を鳴らしらリゲルが歩を進めていく。それを見た兵士が慌ててシリウス、レナード、星汰に歩を進めるように促していく。


 リゲルが漆黒の蒸気機関車を思わせる列車に乗り込むと、開かれた車両の前に兵士が囲むようにして並び、その道筋に沿ってレナードも車両に乗り込んだ。

 

 シリウスが直立して星汰が乗り込むのを待っている。どこを見定めているのかわからないシリウスの直立した端麗な姿に、群衆のの歓声は納まりつつあった。

 

 車両の中は四方の隅に椅子があり、左右に外が見える窓が取り付けられている。桟には表面に光沢の施された木のサイドボードのようなものが取り付けられており、中央は一人分ほどの通路が通り前後車両へ行き交う扉が奥にあった。手前にはすでにリゲルとレナードが向かい合って座っていた。星汰がレナードの通路を挟んだ隣に腰を下ろすと、間もなくしてシリウスがその向かいに腰を下ろした。

 

 列車が動き始めるしばらくの間、星汰はレナードに言われた言葉を思い返しながらこの世界についての記憶を呼び起こしていく。時間の許す限りそれを続けた。


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