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ロストアナザーワールド  作者: 洋稿史
第一章 【もう一つの世界】
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第一章10 アルカディシア「星汰の記憶」

 わけがわからないという表情を浮かべるルバート。かざきりはいつでも刀を向ける体制で警戒を続ける。ルバートは組んでいた腕を離すと、しゃがみこんで星汰と視線を合わせた。


「俺がだれだかわかるかー?」

「……わからない。僕はセルじゃない」

「確か――セイ、なんとかって言ったか?」

「青芝、星汰」


 顔に疑問を浮かべてルバートは後頭部を触る。腰を上げるとレナードに向かってお手上げの仕草をして見せた。


「見た目は完全にセル様なのよ、いいえ、存在自体がセル様で間違いないの……つまりこういうことよ。

 別の世界で生きるセル様がこの世界のセル様と入れ替わった」


 レナードの言葉に星汰以外の三人が無言で言葉を探す。


「恐らく、ギルド認証が必要な扉の開錠も、セル様の石盤もこの者には使うことができるでしょう。現に記憶干渉能力(メモリー)を宿した私の記石が反応を示したのも事実。これは個人にしか扱えぬよう特殊な加工と、私の記憶干渉能力(メモリー)によってセキュリティがかけられている石です。例えギルドの者であろうと、私とセル様以外は他人の記石を使うことはできませんのよ」


 静寂が辺りを包み込み、レナードはかざきりを手招いた。不思議そうにかざきりが傍によると、レナードが口に手を添えてそこへかざきりが耳を傾けた。微かな話声が耳元から漏れる。


「ここだけの話、セル様と瓜二つのあの方を辱めることができるのは今だけなのよ……しかし私はもうすでに警戒されておる。先ほどと同じように気絶してしまうやもしれん。そこでかざきり、あの者がセル様でないことを確かめるためにひと肌脱いでくるのだ」


「ええ⁉ なぜ私がっ」


 と、かざきりが驚いた反応で顔を耳から離すと、レナードがかざきりが後ろで束ねている髪を掴んで再び引き寄せた。


「そんなこと私にはできませんっ」

「静かに、今度王国アクルックスに会ったら、逢瀬の機会を作るという約束はちゃんと覚えていますわよ。それが無くなってもいいのかしら」


 ルバートに聞こえないようにかざきりの耳元でレナードが口を開く。先ほどとは違いかざきりが苦悶の表情を浮かべている。どことなく顔が赤い。ルバートが興味のない顔を浮かべる中、エリスがかざきりに険しい表情を浮かべる。


「かざきり、その前に、敵ではないとわかった以上、先ほどの無礼を詫びるのが先ではありませんか?」


 星汰を支えるエリスが背を向けたまま言った。


「う……申し訳ありません」

「私にではなく」

 

 借りてきた猫のように丸くなったかざきりが星汰のほうをちらりと見る。そこへレナードが再び耳打ちをした。


「レナード様」とエリスが厳しい顔つきで諫める。


「ほらっ! 行くのよ」

「うう、しかし……本当にこんな、セル様ではないことはわかりきっているではありませぬか」

 

 むず痒い足取りでかざきりが星汰に近づいてゆく。


「約束通り、フルトゥアト通り、三ツ星、貸切!」

「しっ! 聞こえます! くっ、あの店が貸切……それと引き換えならば……!」

「彼との練習だと思って」

「レナード様!」

 

 レナードの内緒話はルバートには聞こえていないようだったが、エリスが無表情で目を細めていた。その目の前でかざきりが膝を着く。


「その、先ほどは申し訳ない。だが、これもギルドを守る身として必要な行為であり――」

 

 床に向かって義と信念について語るかざきりがレナードの呼びかけで我に返る。エリスから血を拭うための布を受け取り、星汰に正面から跨がるようにして地面に膝をついた。


「失礼します」

 

 かざきりはきりっとした口調でそう言うと星汰のローブを勢いよく両手で捲った。拭いきれていないレナードの血が付いた星汰の上半身が露わになる。それを見たルバートが、「うげっ」と呟き、レナードにルバートを睨む。


「お怪我がないか確認させていただきます」

「え――」

 

 星汰は恥じらいながら露わになった上半身を隠そうとローブを引き上げようとする。しかしかざきりの手につかまれたローブは微動だにしない。どれだけ力を入れてもびくともしない。上半身にかざきりの掌が触れ、星汰がびくっと身体を震わせる。その右手を除けようと星汰が遮るも、びくともしないかざきりの掌が、けれどしなやかに、少年の身体を撫でつけ、


「レナード様、こっ、これは一体」


 驚いているのか興奮しているのかわからない様子でレナードの方へ振り返ったかざきりを、エリスとルバートが無表情で視線を送る。


「そう、こ、これはセル様であって、セル様ではないのよ!」

「は? いや、おまえら、セルだって裸体は隠すだろ、ていうかなにやってんだ」

「黙れ、殺――」

「かざきり、何をしているんですか?」

「いやっ、これはそのっ、あの……すみませんんん! 何たる背徳感、そして途方もないこの罪悪感。近いうちに天罰が下りそうだ」

 

 レナードは手のひらで口元を覆い隠し、静かに鼻から大量に血を吹き出して、目の前の光景を記憶に焼き付けんとばかりに充血した目を見開いていた。

 

 星汰の元からかざきりが離れると、レナードの元に駆け寄りしがみついた。


「こ、この反応。やはり、セル様ではない何者かでは」

「まさか本当にセル様のこんなお姿が見られるなんて、はあっ、はあっ。かざきりよくやったわ。けれど、もっとこう艶めかしく指と舌を這わせて、傷がないか確認しなければ」

 

 両手の指をくねらせて涎を垂らすレナードにエリスが立ちふさがる。


「レナードのせいで余計話がややこしくなったが――ギルドの紋章がない、記憶もない。つまり、セルではない可能性も踏まえた上で――何者かによって記憶を消されて人格を与えられたセル、そして、セルに似せられて造られたどこかの誰かっつー線が妥当か?」


禁忌の大罪(メメント・モリ)――記憶移植(メモリアルロスト)か」

 

 ルバートとかざきりの言葉にその場の空気が静まり返った。沈黙の中でエリスが口を開く。


「ですが、先ほどレナード様が妙なことを」

「そうでしてよ、あなたたち私の話を全く聞いていないじゃないかしら」

 

 エリスの視線を受けて、レナードが確信に迫る表情を浮かべた。


「古来より、迷い人なる者は存在した――時に歴史に名を刻んだ者も居たが、どの者達も古の、大地の全容を把握していない時代の、異民族が迷い込んだに過ぎなかった。

 故に、今でさえ辺境区とバベルで生を受けた者は、アルカディシアのことを何一つ知らぬ。我らもバベルの全容については未だその全容は知りえておらぬ。然るにそれは我らの知らぬ人類がどこかに存在し、それがアルカディシアに迷い込んだと言っても不思議ではなかろう」


「――アナザーワールド」

 

信じられないという顔でそう口にしたかざきりが、レナードに代わってそのまま言葉を紡ぐ。


「バベルの塔の創設者――十始祖が一人、ニゲル=ネムス=アーラは生前『私はこの世界の住人ではない、もう一つの世界から来たのだ』という言葉を残している。歴史上誰もが知りえる言葉に関して言えば、直接的な意味合いを持つのはニゲル=ネムスのその言葉のみ、しかし、古来よりバベルの塔を探索した者の中で、ニゲル=ネムスの言葉を提唱する者が現れる。それら皆、一様に言葉を変え、こう唱えた『こことは別の、もう一つの世界があった』と。

 それを目にした者、そこから戻って来た者、話は様々なものであったが、バベルの塔がもたらす無数の超常現象を前に、それらの話は幻覚や記憶障害として深く掘り下げられることもなく、今に至るまで人々の記憶からはいつしか忘れ去られていた」

 

 レナードとかざきりの話を聞いて、受け入れがたい事実に真剣な表情を浮かべるルバートが顎に手を当てたまま話を切り出した。


「二百年前の話だとしても、バベルの塔が出てきた時点で、作り話とも思えねー。それで、記憶共有(ワールドコンタクト)はしたのか?」

「規律では塔以外でのギルドメンバー以外の記憶精査を独断で行うことは、禁じられているはずだけど? まあ、触り程度には確認したけれど」

「星導者の称号を持つ者には独立した権限が与えられているんじゃなかったか?」

「ええ、それは王国に使える星婆(フェアリー)が行使できる権限ですわよ。王国は都合の悪いことに関しては私の扱いをギルドの者として扱うかしら」

 

 ルバートは特に納得する様子もなく頷いてレナードの言葉を促した。


「わたくしは星婆(フェアリー)ではなく、星導者の称号を王国より授かり、それを王国外においての非統治区域の、ギルド及びバベルでの一部独立行使を認められているに過ぎないのよ。二度と星婆(フェアリー)などと一緒にしないでもらえるかしら」

「へいへい。それで記憶は?」

「無いのよ」

「無い?」

「そう、記憶がない。(から)。本来あるはずの記憶が全く」

「レナード様それではやはりセル様ではないと?」

 

 かざきりの問にレナードは頷くことはしなかった。


「わからないわ、その可能性は十分に考えられるのだけど、何らかの記憶干渉によって記憶がない状況になっているのかもしれない。けれど、もしセル様だった場合、今まで沢山の記憶を見てきたけど、こんな風に記憶がないまま正常に人としての挙動を保っているのは初めてだわ。それに……記憶が無いならまだしも、どうやら異なる種類の記憶があるみたいなのよ。でもそれは、記憶移植(メモリアルロスト)による記憶の不完全さとは違う」

 

 レナードは星汰に立ち寄り真剣な眼差しで視線を合わせた。


「あなたのことを教えてもらえるかしら」


 星汰が伝えるべきことを整理しようとする。それを見たルバートが口を挟む。


「冷静に考えてレナードがセルの前で落ち着いていられるってことは、やっぱりセルじゃあねーってことかもなー」

「あなた少し黙っていてくれるかしら?」

「ちっ」

 レナードの言葉に合わせてかざきりが舌打ちで悪態を付いた。両者から責められたルバートがおどけて眉を上げる。


「僕はセルじゃない。目が覚めたらここに……その前のことはよく思い出せない。それに、ここは……僕の居たところと何もかも違う。夢だろうと思う」

 

 状況を見据えた星汰の言葉にレナードは驚いた――何より落ち着きつつもこちらの質問に的確な返答と言語体制に、記憶を失った者が口にする言葉ではないと推測をした。


「つまり、あなたは目に映ることについて何も知らないということかしら」

 

 レナードが肩にかかった白い羽織を前に差し出した。そこには羽と思しき複雑な刺繍が円を成して大きく描かれていた。中央で祈りを捧げる妖精が黄金に輝く紋章を前に、星汰は首を振った。


「知らない」

「この国の名は?」

「知らない。だけど、僕が居た国の名は日本」

「……記憶干渉能力(メモリー)という力は知っているかしら」

「知らない」

「バベルについては何か知っているかしら」

「バベルについては知ってる」

 

 星汰の言葉にレナードを含めその場に居合わせる全員が目を見開く。


「遥か昔の空想上の建物。実在しない」

 

 顔を曇らせた三人が息を呑んで黙り込む。ルバートは口を開こうとするもレナードと星汰のやり取りを優先させた。


「では、この世界で一番大切なモノは?」

「……命」

 

 星汰の言葉に三人が一斉に息を飲み込む。


「おいおい、どういうことだ? バベルの定義が実在しないってのは、それだけならまだしも」

「いいえ、可能性としてはあり得なくもないのよ。生まれた時からバベルの中、もしくは辺境区の先、深淵の谷の奥底で暮らしていれば……ですが、遥か昔の空想上というのは……」


 レナードの言葉にルバートは黙り込んで再び顎に手を当てて考え込んだ。


「しかしレナード様、バベルの中は王国と我らギルドが探索を行っていますし、深淵の谷にはバベルの影響を受けた激流で人の生息は不可能では」

「あくまで可能性の話よ。それに蛮族(バイキング)の占拠地は王国側も詳しい調査はできていないのが現状」

 

 かざきりの問に答えたレナードが沈黙して、束の間の静寂が周囲を包み込んだ。


「恐らく、記憶の根本を辿れば記憶はあるはずなのよ。けれどそれは危険でもあるかしら、セル様が居ない以上、私も誤魔化しきれないのよ。星婆(フェアリー)だけならまだしも……」

 

 レナードの言葉にルバートをかざきりが疑問を顔に浮かべる。


「今は状況が状況ですから、わたくしにも記憶精査を誤魔化せない相手が居ますのよ。それに迂闊に未知なる記憶を知るものを増やすのもリスクがあるかしら」

「記憶精査ってのも考えようだな。セルの記憶干渉能力(メモリー)が使える見込みがないんじゃ、先に星婆(フェアリー)の精査が入る可能性が高いってか、これだから大公、大司教、星導者、星導大十字(グランスピカ)の数々の称号を持つ英傑様は違うぜ」

 

 皮肉を含んだルバートの言葉にレナードは反応しない。代わりにかざきりが悪態を付く。


「わかりきったことを抜かすなたわけが、名だたる偉大な称号はどれも一つ有していれば王国内において有権者としての確固たる地位を築くものだ。星導大十字(グランスピカ)など、この世界でたった五人しか認められていない六ヶ国同盟における英傑の証だ。一国の戦力と同等の力を持つお方を前に、本来ならば貴様という石クズに等しい存在がこの世に存在したままであるということ自体が嘆かわしい! お前が生きていられることがレナード様の寛大なる処置なることを貴様は微塵も理解できていない!」

「そういうお前こそわかってなかっただろ、レナードが記憶共有(ワールドコンタクト)しない理由」

「ハハ……殺す」


 慣れた嘆息、二人のいつものやり取りにレナードが目を瞑って呆れ顔を浮かべた。


「とにかく、セル様かどうかもわからない以上。セル様が居ない現状では迂闊に記憶を覘くことはできないのよ。ただでさえセル様の居ない今、王国から動向を探られているんですから」

「じゃあどうするんだ?」


 エリスが胸元に手を当て星汰を見つめていた。その視線を受けて星汰もエリスの方へ視線を向ける。目が合った二人がそれを逸らすため静かに俯いた。


「こんな緊急時の為にセル様が記石に記憶干渉能力(メモリー)を吹き込んでおいてくれましたのよ!」

 

 レナードは衣服の内側の胸元から、ひし形の銀色に縁取られたイアリングを取り出した。中央には琥珀のような黄色の石が滑らかな表面のまま埋め込まれていた。細部は精工に渦のような模様が描かれおり、淵には眩いダイヤモンドの細やかな装飾が無数に散りばめられていた。


「セル様が私の為にと下さったこの記石。肩身離さず持ち歩き一秒たりともその感触の確認を怠ったことのないこの記石を使って、私の記憶干渉能力(メモリー)と共に記憶を覘かせていただきます。ああセル様、なんと偉大なお方、先のことまで見越して施してくださった至上の処置により、今こうして私は偉大なお力を自らの意志で――」

「最初からやれよ」

「ああっ!」と、昇天しそうなレナードに向かってルバートが呟いた。

「貴様ぁあああッ! レナード様に対してッ! 殺す!」

 

 かざきりが腰の短剣に手を添えて引き抜こうとする。ルバートはそれを見て相手にしていられないとばかりにため息を吐いた。


「あーもう、わかったから早くやってくれ」

「ああ、やっぱりセル様の吹き込んでくださった記憶干渉能力(メモリー)、それを使わせていただくことがとてももったいなく感じてきましたわ」

「緊急用じゃなかったのかよ……」

 

 ルバートの言葉にかざきりが短剣を引き抜いて首元に剣先を向けた。


「次喋れば確実に殺す」

 

 その眼には確実に殺意が籠っていた。かざきりの短剣を前にルバートは微動だにしない。


「だけど、一つだけ条件があるのよ」

「条件?」

 

 レナードが涎を裾で拭い、神妙な顔つきになったところで三人がレナードの言葉を待った。


記憶邂逅(リノベーション)が使えないの。セル様自身ではないから当然ではあるけれど、緊急時の記憶邂逅(リノベーション)が私では発動できないということなの。ただし、私の記憶干渉能力(メモリー)を使用すれば、覗いた対象者と私とをあるパスワードで結びつけることによって記憶邂逅(リノベーション)を可能にできるかしら」

 

 レナードの言葉に三人の顔は険しさを増した。


「セル様自身が無事で――何より、セル様が一刻も早くご無事で戻られることを信じるだけですけれど。

タイミングの悪いことに、私は明日、王国で記憶による物資の売買についての定例会があるのよ、そこで記憶を星婆(フェアリー)に調べられるんじゃないかしら。それだけならうまく誤魔化せたとしても……星霊神姫(フェアリーミリーゼ)と会うとなれば……本来ならセル様の記憶干渉能力(メモリー)を使用してからでないと」

四大星霊(アスターフェアリー)――神姫(ミリーゼ)様は……記憶を精気とし、そのお姿を頂戴すれば記憶を施しとして与えねばならない」


かざきりの言葉にレナードが頷くと、星汰の方に向き直り再び膝を付いた。


「定例会ねえ、そんなもんほったらかしちまえばいんじゃねえのか、待てよ、記憶を調べるってことは当然セルが大穴に落ちた記憶も見られるってことだよな? もしそうなら王国騎士が罪を犯したことも当然調べられるんじゃねえか?」


「調べられたところで、私の記憶の中の王国騎士が罪に咎められることはないかしら。星騎士がいる時点で既に記憶は偽造されているでしょうから」

 

 レナードの言葉にルバートが拳を握りしめて歯ぎしりをする。怒りを露わにしたのは、ルバートだけではなく、かざきりも同様だった。


「それに今回の件、王国の意図が感じられますわ。あの大穴の存在を知っていて、私とセル様を分断……いえ階層と大穴についての調査は行っていないにせよ。出来すぎとも思われるなんか別の意図があったように私には思えてならないのよ。

定例会はほったらかして構わないかしら。けれど、今ギルドの主を失った緊急事態だからこそ、セル様の戻られる場所がここである保証はないのよ。状況がわからない以上、王国の動向を探っておくのも一つの手ではないかしら。その前に迎えが来るかもしれないかしら」


「まあ、なるほどな」

「ちっ、これだから阿保は。レナード様が考えもなしに行動するわけがないだろうが」

 

 レナードが星汰の手を握ると優しく微笑んだ。金色に輝く髪が星汰の頬に触れた。


「これからあなたの記憶を覘かせてもらうけどいいかしら?」

 

 星汰は僅かに眉を寄せるも黙って頷いた。


記憶共有(ワールドコンタクト)

 

 レナードはそう言って目を瞑って額を少年と重ね合わせた。緑色の帯が頭上から地面へと多い旋回していた。十五センチ程の幅の中には模様が描かれていて、両端は色の違いから黄色と緑で層を作り上げていた。レナードの記憶共有(ワールドコンタクト)によって発生した光の帯は、二人を包み込んで旋回し、絢爛に立ち振る舞っていた。

 

 しばらくすると二人を包んで旋回していた光が途切れ、そこから細やかな光が塵となって帯が消えていった。


     ***


深い眠りの意識の底で、記憶が水底から一つ一つ拾い上げられていく。深く、幾重にも淀んだ暗闇の奥底で、塵のにも満たない、瞬きすれば見過ごしてしまうような光。

身動きの取れない身体の傍を通り過ぎて、上空へと消えていく。その一つを掴み取ろうにも、自分の掌は水中の暗闇と同化していた。それに加えて鉛のように重い腕は、何かを掴むという動作でさえ容易ではない。鉛の中に自らの身体があるのか定かではなかったが、なおも煌めく無数の底光りは星辰とも覚束ない――けれど、動かぬ手足の感覚のずれとそれによる感覚の趨勢が、まるで宇宙に取り残されたようにも思えて、自らの記憶が星々の煌びやかさに値することなど微塵もありはしないと知りながらも、瞳を閉じたはずの瞼の裏までも透けて見えたそれは、まるで星空のようだった。

 やがて水底にあったバラバラの記憶が一つ一つ拾い上げられ、手のひらに載せられる。

 真っ暗な水底で、両手に掬われたその記憶だけが、確かに碧く光っていた。

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