第八話 VSガーゴイル
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ステータスを開き、”魔装生成”スキルの詳細欄を開く。
そして新たに追加された加工記録――スキルの分解能力を応用して今まで作った物の履歴だ――という項目をタップし、ここ数日かけて作った物の履歴を読み込んで、木を目的のパーツに切り出し、パズルのように組み上げていく。
そうして完成したのがこちら。
シールドボウから着想を得て作り上げた、巨大なクロスボウ――攻城兵器のバリスタだ。
弓の部分だけでも身の丈ほどある。正直に言って、完成品は俺よりも重く、とても持ち運びできるようなものではない。
俺が二週間かけて作り上げた現状、最大射程と最大級の火力を併せ持つ最強兵器。そして対アーマードゴリラ用に用意した切り札である。
「さて、準備も終わったし、腹ごしらえといこう」
準備で幾らかMpを消費してしまったので、隠匿を使って遺跡の中にあったアムリタの果実を取ってきて食べる。食べて少し休んだら、いよいよ本番だ。
パン、と軽く自分の頬を叩いて気合を入れる。
準備万端……かはわからない。
そもそも前は一方的にやられただけなので、アーマードゴリラがどれだけ強いのかわかっていないのだ。
だからどれだけのものを準備すれば、あのゴリラに勝てるのかわからない。
ただ、今準備できる中では最大限の努力はした。これ以上の物を用意しようとしたら、一年かけてもできるか怪しい。
もちろん、体やらスキルやらはまだまだ鍛える余地がありそうだが、前途の理由でどれだけ鍛えても不安は残る。勝率はあまり変わらない。
ならば今挑むのが、ベストではないにせよ、ベターではあるだろう。
俺は早速、バリスタをアーマードゴリラに向け、用意して置いた杭を設置。巻き上げ機で発射位置に固定する。そして発射。
太矢はゴリラの頭上を通り過ぎ、後ろの柱に激突した。
「うん、いや、まあ。最初から当てられるとか思ってないし」
シールドボウは練習してそこそこに当てられるようにはなったけど、流石にバリスタはあまり練習ができていない。
だからこれは仕方のないことで、俺の腕が悪いわけじゃないのだ。
咳払いをしてとりあえず第二射。
さっきよりもわずかに下に向けてバリスタを撃つ。失敗。手前に落ちた。
そして第三射。
今度は命中し、ゴリラの首から上が吹っ飛んだ。ただし狙ったのとは逆のゴリラの頭だった。
「よっし!」
だが当たったことには違いない。俺はガッツポーズを取る。
直後、それまで静寂を守っていたゴリラの彫像たちが動き出した。
どうやら何者かが神殿に入ろうとする以外にも、攻撃されたら動き出すらしい。
やはり遠距離から一方的に攻撃し続けることはできないようだ。
残念な話だが、しかし十分予想の範囲内。
動き出したゴリラの数は二。攻撃を受けていない方も動き出した。そして遺跡の外にいる俺の方に向かって一直線に駆けてくる。
俺は魔装生成のスキルを使って右腕に装甲を構築しながら、無傷のゴリラの前方に穴を掘って足止めした。
これでゴリラたちの足並みは不揃いとなり、頭を失った個体が先にやってくるだろう。
あるいは前回のように遺跡と森の境で引き返してくれれば助かるが――やはりそんな都合のいい話はないようだった。
アーマードゴリラは境界を越えて森へと踏み込み、そして俺に殴りかかろうとする。
だがそうして一歩前に出た瞬間、地面が崩れて大穴が開き、そこにゴリラが落下した。
俺があらかじめ、地面の下だけをスキルでくりぬいて置いたのである。つまりは落とし穴だ。深さは多分十メートルほど。直ぐには這い出ては来れないはずだ。
ゴリラが落下するのと同時に、俺は地面を殴って跳躍した。
普通に跳躍するより、こうした方が高く飛べるのだ。
ネイキッドガントレットに魔力を込め、落下の勢いも利用して、穴にはまったアーマードゴリラに拳を叩きつける。
拳は石でできたゴリラの体を叩き壊し、還付なきなまでにただの瓦礫へと作り替えた。
一体目を破壊。動かなくなったゴリラだった物をしり目に、俺は地面を殴りつけて跳躍する。
そうして地上に復帰したところで、もう一体の無事なアーマードゴリラが目の前に現れた。
着地してすぐにゴリラの拳が俺めがけて振りぬかれる。俺もとっさに右の拳を突き出した。
巨大な拳と小さな拳が激突する。
威力は五分。故に量の拳は反発する磁石のように弾き合い、互いを大きく吹き飛ばした。
いや、大きく飛んだのは俺だけ。そもそもの重さが違う。大きく姿勢を崩した俺と異なり、ゴリラは拳を弾かれただけですかさず逆の拳を叩き込んでくる。
「ヤッバ!」
避けられない。そう判断した俺は瞬時にスキルを使って足元に穴をあける。重力に引かれて俺の体が穴に落ち、頭が胸の位置にまで下がる。そしてその頭上を拳が通り過ぎていった。
チリリ、とかすかに髪が焼けるような感触――掠ったぞ、おい!
だがなんとか避けられた。なら今度はこっちの番――とはいかなかった。
アーマードゴリラが一歩前に出る。それだけで、俺は逃げ場を失った。
横に跳んでも後ろに跳んでも無駄だ。ゴリラの大きさは目測で二メートルを超えている上、腕の長さが身長に対して長い。とっさに逃げたところで十分相手の射程だろう。
右拳で殴るのも駄目だ。
さっき打ち合ったゴリラの腕はほとんど傷がない。
もう一体を破壊することができたのはあらかじめバリスタで頭を破壊し、その破壊されたところに落下の勢いも利用した打撃を加えることができたからだ。
ならばできることは一つしかない。
俺は意を決するとゴリラの胸に飛びついた。丁度人間で言えば胃がある辺り、要は腹を右腕が掴む。
幸い表面は彫像らしく装飾が施されていて掴みやすい。ネイキッドガントレットの力で握力も増している今の俺ならしがみつくのは不可能ではなかった。
抱きつかれるような形になって、ゴリラが俺を振り落とそうとするが、俺は右腕の力だけでそれを防ぐ。
ゴリラも振り落とすのは不可能と察したのだろう。左腕で俺を掴もうとするが、遅い。
その頃にはすでにこっちの準備は整っていた。
俺の右腕の装甲に明らかな異物が再構築されている。
それは簡潔に説明するなら砲に入った杭のようだった。
杭の大きさは俺の腕ほどもあり、当然、その先端は鋭く尖っている。
その異物に俺は魔力を注ぐ。それこそ残っていた魔力のほとんどを杭とそれを包む砲に流し込む。それこそガントレットを維持するための魔力すら注ぎ込みそうな勢いで魔力を流し込み、そこでやっとその異物が反応した。
キュイィィィィィィィィン!
耳が痛くなるような甲高い音が鳴り響き、異物が淡い光を放つ。そして次の瞬間、装填されていた杭が消えた。同時にアーマードゴリラの胸に大穴が開く。
パニッシャー。
原理はよくわからないが、大量の魔力を消費することで装填された杭を撃ちだし、超強力な攻撃を繰り出す追加の魔装だ。
その威力は俺が作り上げたバリスタと同等、あるいはそれ以上の威力を持つ。
そんなパニッシャーの一撃に、アーマーゴリラは破壊され、動きを停止――しなかった。
「は?」
胸に大穴が開いたにもかかわらずアーマードゴリラは動き続け、左腕で俺の体を掴んだ。
瞬間、全身を激痛が走った。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
骨が軋み、肉が潰され、俺は思わず声を上げた。
なんでコイツ動き続けてるんだよ!?
もう一体は胴体を破壊したらぶっ壊れたってのに!
放せとばかりに体を握る手を叩くが、ゴリラは当然俺を離さない。逆にますます力を込めて俺を握り潰そうとしてくる。
胸の内を熱いものがこみあげてくる。思わず吐き出してみればそれは血だった。
ま、マズい。マジでこのままだと殺される。早くどうにかしないと……!
つーか、そもそもなんで胸に大穴開けてコイツは生きてるんだ!?
いや、そもそも生きてはいないのかもしれないけど、それでも胸に大穴が開いた状態でそうして動けるっていうんだよ! 左腕なんて胸に穴が開いてるせいで、ほとんど胴体に繋がってない――ん?
そこまで考えたところで、俺はゴリラの胸の穴にあるものを発見する。
それは血のように赤く輝く石。胸の中心に位置し、まるで生きているかのように明滅している。
コイツか……!
コイツがこのゴリラの動かしてる心臓部か!?
確証なんてない。
ほとんどただの直感で、俺はその赤く輝く石を蹴りつけた。
石はどうやらほぼ外れかけていたようで、それだけであっさりとゴリラの胸からすっぽ抜け、背後にあった土の上に硬質な音を響かせながら落ちる。
直後、ゴリラの動きが止まり、俺を握っていた手もピタリと制止した。
「た、助かった……ゲフッ」
再び吐血。
あ、駄目だこれ。加わる力増えなくなっただけで、俺の体が締め付けられてるのは変わらないわ。
「へ、ヘルプミー!」
思わずそう叫ぶが、当然ながらそれに答えてくれる優しい人間はこの場にはいないのだった。
「あー、死ぬかと思った」
五分後。俺はアーマードゴリラの手からなんとか逃げ出して地面に倒れ込んでいた。
いや、本当にあれは危なかった。
魔装生成のスキルで手の表面を分解することで隙間を作って脱出したけど、もう三分遅ければリアルに死んでた気がする。なんせ下半身とか感覚が大分なくなってきてたからな。
マジでギリギリだったんじゃないだろうか。
っていうか、
「魔装生成の分解が効くんだったら、始めからあれで分解すればここまで苦しむこともなかったんじゃ……?」
い、いやいやいや。流石にそんな簡単に攻略できるはずがない。
なんせガーゴイルだぞ?
とある死にゲーだったら初見殺しでバンバンこっちを殺してきたような連中だ。そんな簡単に攻略できるはずがない。
ないよね?
……これ以上考えるのは止めておこう。精神衛生上よろしくない気がする。
とりあえず隠匿をかけて再び敷地内へ。ペルチの実を回収してきて食べる。
正直に言うと食べるのも割と辛いが、一つ食べて少し休んだら少し楽になってきた。
今更ながらステータスで確認してみれば、Hpは残り五ポイント……あ、今六になった。
どうやらマジで結構ギリギリの状態だったらしい。
ペルチの実がなかったら、ひょっとしたら死んでたかもな。
ハッハッハ。
……うん、割と笑えねえわ。
とりあえず今日のところは拠点に戻って休むとしよう。
ひょっとしたらあのゴリラみたいな防衛機構が、遺跡の中にもあるかもしれないし。
HpもMpもない状態でまた戦闘になるのは避けたい。
一応ペルチの実とアムリタの実をかじって寝てればすぐに治るだろう。
この先を探索したい欲求はあるが、それも命あっての物種だ。流石に死にかけの状態で探索はできない。
そんな訳で、今日のところはそれら果実と、あとゴリラの胸にあった赤い石――今はもう輝いてない――を回収して、俺はその場を後にするのだった。
そして翌々日。完全回復した俺は再び遺跡にやってきていた。
ひょっとしたら日を跨いだらゴリラの彫像が復活しているのでは、と思ったが、そんなことはなかった。
安堵しながら、しかし同時に他に何か仕掛けがあるのではないかと思いながら彫像があった台座の間を抜け、俺は神殿に到着する。
そして半壊していてほとんどが機能しない罠が待つ通路を抜け、俺は二時間ほどかけて一際豪奢な扉の前に到着した。
「……なんか思ったより拍子抜けだったな」
表にアーマードゴリラがいたからもっと手こずるかと思っていたが、蓋を開けてみればアーマードゴリラが一番の障害だった件。
いや、まあ本来は壁から発射される矢とか、乗った瞬間に抜ける床とか、閉じ込められて毒ガスが噴き出してくる部屋とかあったっぽいけど、どれも壊れて機能しなかったり、機能しても半分ぐらいしか機能しなかったのだ。おかげでほとんど脅威にならなかった。
でもまともに機能していたら十回ぐらい死んでそうな気はする。
それだけ厳重に守られた先にある豪奢な扉。これは確実になにかあるだろう。
これでなにもなかったら詐欺ってもんだ!
俺はドキドキしながら扉に手をかける。しかし、
「ぐぬぬぬぬぬ……! あ、開かない……!」
まぁ、見るからに十メートルぐらいある扉が二枚あるもんな。片方だけでも重さは軽くトンあるんじゃないか、これ?
流石にそんなもの、まともに開けられる気がしない。
「ひょっとしたら鍵もかかってるのかもな……」
でもここに来るまでにここの鍵っぽいものは見当たらなかった。
どうしよう?
うーん……とりあえず殴ってみるか。
大体こういう扉は壊れないのがお約束だが、試してみても悪くはないだろう。
俺はネイキッドガントレットとパニッシャーを作り出し、右腕を扉の前に突き出した。
「パニッシャー、シュート!」
やっぱ必殺技は叫ばないとな。
掛け声と共に杭を射出。すると扉はあっさりと破壊された。
「ぬおっ!?」
崩れ落ちてきた扉の残骸を、俺は慌てて後ろに跳んで避ける。
まさかマジで壊れるとは思わなかった。
って言うか、不壊の魔術的なものとかかかってないの? それともかかっていたけど、他の罠みたいに経年劣化で消えてしまったのかもしれない。
まぁ、なんにせよ、これで邪魔な扉はなくなった。
俺は扉が破壊された際に、生じた砂埃が収まるのを待ってから部屋の中に侵入する。
そしてその部屋の中にあったものを見て、思わず目を丸くした。
部屋の中にあったものは二つ。
一つは台座。そしてもう一つはその台座の上に浮かぶ、非常に大きな、淡い光を放つ巨大な宝石……いや、正確にはもう二つ。
それは宝石の中に閉じ込められた、よく似た姿の二人の小さな女の子だった。
一応、補足。
<魔装生成>で稼働中のガーゴイルを分解することはできません。
<魔装生成>で物質の分解、再構成をするには、分解する物質を自身の魔力で満たす必要がある。ガーゴイルは駆動に特殊な魔術を使用しているため、その構成物質は他の魔力で満ちており、<魔装生成>を発動させるための条件を満たせないため、不可能である。
そしてやっとヒロインが出てきたよ……。