第三話 スキル検証Ⅱ
*
「ぶべっ!」
顔面に走った激しい衝撃で目が覚めた。
あまりの痛みに顔面を押さえてのたうち回る。
一体なにが起きたのかわからない。
ベッドから床に落ちた時の感覚によく似ているが、あの時とは比にならないぐらいに痛い。
なんというか、いつもの十倍ぐらい痛い。単純に十段ベッドから落ちたらこれぐらいの痛みになるのかもしれない。
馬鹿なことを考えながら、やっと和らいできた痛みに目を開ける。
すると自分の部屋ではなく、でかい木がそびえ立っているのが見えた。
「ホワイ……?」
一瞬、あまりに予想外の物が見えて思考がフリーズするが、直後に再起動した脳が、眠るまでの記憶を思い出す。
「ああ、そうだ。死んで森の中で復活して、異世界転生だって調子乗ってたらオオカミもどきに追いかけられたんだ」
だいぶ省略したが大体そんな感じだ。
そして追いかけてきたオオカミから逃れるために木をよじ登って、そのまま一晩明かしたのである。
「ペットボトルは……お、あった」
俺は近くに落ちていたペットボトルを拾う。昨日、木登りするのに邪魔だったので手放したのだ。
見た目に傷はない。しかし昨日飲み干したので、中身は当然ながらない。
それを理解すると途端に喉の渇きを思い出す。
「やっぱ水が必要だな……あと食料」
呟いて、今度は腹の虫が鳴る。
昨日の午後からなにも食べていないのだ。いい加減空腹具合がやばい。
だが、昨日散々オオカミもどきに追いかけられたので、このまま探しに行くのはどうにも怖い気がする。
空腹と喉の渇きを満たすことも大事だが、その前に死んでしまってはなんの意味もない。
「っと、そうだ。ステータス」
思い出して自分のステータスを見てみれば、寝る前にかけていたはずの隠匿が切れていた。
寝ている間に切れたのか、さもなくば落ちた時の衝撃で解けてしまったのだろう。
再び隠匿のスキルを使って隠密状態になり、さらにそこでMpが回復していることに気がついた。
「ちょっと無手は怖いし、テストもかねて魔装も出しておくか」
危機感は当然あるが、ちょっとだけワクワクする。
なんせ、漫画やアニメの中にしかないような特殊能力を使えるのだ。
使うのは二回目だが、一回目は実感を覚える前に消えてしまったのだからノーカンだろう。
よし、いくぞ。
俺は心の中で呟いて、いざ右腕を突き出すようにして構える。
ちなみに構え自体に深い意味はない。
なんとなくその方が格好いい気がしたからだ。
「魔装ネイキッドガントレット!」
そして叫ぶと、先日にもあった体の中でなにかが弾ける感覚が走った。ついで、そのなにかが体の外へ出ていく。
おそらくはこれがMp……魔力なのだろう。
あの時は落ち着いて観察している余裕がなかったので気付かなかったが、体がかすかに金色に発光している。ますますア〇タ―能力みたいだ。
そして体から出た光は触手のように伸びて、周囲の土に繋がる。
自分の中身が減って、代わりに土の中身が自分のなにかで満たされる感覚。
いける。そう思った瞬間、光が触れていた土が弾けた。
バシュン、と言った感じで土の割に硬質な音が響いて俺の周囲に穴が四つほど空く。
土が消滅したわけではない。目に見えないレベルで分解されたのである。そして分解された土は俺の魔力と混ざり、濃い金色の光となって俺の右手へと集まってくる。集まった土だった物は俺の右腕を二の腕から指先まで覆う。光は凝縮されて、新しい物質へと再構成されていく。
しかし構成されるのは土ではなく、黒い金属質の装甲だ。
装甲は二の腕から指先を覆っており、肩はむき出しのままだ。
なんだか中途半端なかんじだ。二の腕の辺りも覆う装甲が不自然にギザギザしているので、おそらく本来構成されるパーツの内、一部のパーツが形成されていないのだろう。
「スキルの表示も不完全とかなってたしなー」
確かステータスに、完全に構成する為の魔力が足りませんとか出てたから、間違いないだろう。
ちなみにパニッシャーとかの作成不可になっていたのも、魔力が足りなくて作れないかららしい。
全体的に魔力少なすぎじゃね、俺?
いやまあ、俺が生きてた現代日本じゃ魔力なんてものはなかったわけだから仕方ないのかもしれないけど……なんというかあまりに残念な気がする。
技を覚えても発動させるためのリソースが足りないとか、生殺しじゃないか。
まぁ、そんなことで文句を言っても仕方がない。
ないよりあった方が助かるのは間違いないし、そもそもこのスキルには既に一度命を救われているのだ。既に役に立っている以上、文句を言うべきではないだろう。
それに逆に考えればMpさえ増えれば確実にできることが増えるのだ。ならば鍛えがいがあるとも言えるのではないだろうか。
「ただしMpの鍛え方は全くわからないけどな!」
敵を倒して経験値を得れば、レベルが上がって能力値も上がるんだろうか?
でもステータスをどれだけ調べても経験値っぽい項目がないんだよなー。なら地道に魔力を使って鍛えるしかないのか?
むー、と唸りながら俺は再びステータス画面を睨む。
Mpの最大値は相変わらず十三のまま。二回ネイキッドガントレットを発動させた程度では増えたりしないようだ。残念。
「現在値は八か……。一回の発動にはMpが五ポイントいるっぽいな」
今の俺には発動コストが重い。無消費のステータスや隠匿のスキルに比べると、どうにも使い難そうだ。
「……って、隠密状態解けてるじゃん!」
ステータスを確認すると、状態が隠密から普通に戻っていた。
魔装を発動すると隠密状態が解けてしまうのだろうか。
俺はもう一度魔装を展開した状態で”隠匿”を使用してみる。するとネイキッドガントレットが一瞬分解しそうになったが、なんとか隠密状態に戻すことができた。だけど――――
「む……これは、なんかきついな」
なにがキツいと具体的には言えないけれど、なんというか、体から出ようとしている力と体の中に押し戻そうとしている力が喧嘩している感じ、とでも言えばいいだろうか。
多分、魔装と隠匿の効果が相殺しようとしているのだ。
そんなことを考えている内に、再び隠密状態が解けてしまう。
やはりこの二つは相性が悪いようだ。
考えてみれば、隠すスキルと武器を作り出す能力が相性がいいわけがない。
完全に無理、というわけでもなさそうだが、同時に使用するには練習が必要なようだ。
……とりあえず、今は隠匿だけ使っておこうかな。
魔装は数回使っただけで解除されてしまうのだ。
だったら自分から危険な行動を取らない限り、解除されない隠匿の方を優先して使った方が安全だろう。
なら早速解除……って、どうやるんだ?
んー、ん? ステータス画面からいけるわ。よし、解除できた。
そして改めて隠匿!
よし、これでとりあえずは大丈夫だろう。
昨日のことを考えるともう一つぐらい保険が欲しいところだけど、今は我慢するしかないか。
そう結論付けて、俺は移動を開始した。
数分ほど森の中を歩いた。
目の前を俺が最初に見た、角を持つ兎がピョンピョンと跳ねていく。
兎は俺に気付いていないらしい。暢気に俺の目の前を横切ると、そこらにあった草を食みだした。
……今ならこの兎、捕まえられるんじゃないだろうか?
血抜きとか、その辺りのやり方はよくわからないが、食料の確保は大事だろう。
でもどうやって捕まえよう。
下手に捕まえると昨日の時みたいにまた隠密が解けてしまいそうだけど、うーん。
どうしようか悩んでいると、俺の横を一陣の風が通り過ぎた。
ん? と思う間もなく、風は兎に襲い掛かり、その口に備えた鋭い牙が兎の柔肌に突き刺さる。
ブンブンブン、ベチャ。グチャグチャグチャ。
風だと思ったのは、我が永遠のライバルことオオカミもどきだった。そのオオカミもどきが俺の横を通り過ぎて、兎に噛みついたのだ。そして数度振り回してから地面に叩きつけて止めを刺し、動かなくなった兎を朝飯として頂きだす。
うん、なんつーか、うん。
一気に食欲がなくなりました。
やっぱり肉は止めておこう。貧弱な現代男子高校生に、野生動物を捕まえて食べるのは厳しいっす。
げんなりした気持ちで俺はその場を後にしようとオオカミもどきに背を向ける。
そしてその場を離れようとした瞬間、派手な音が背後から聞こえてきた。
「ファッ!?」
予想外の爆音にはねるようにして振り返ると、オオカミもどきの姿は消え、何故か真紅に濡れた巨大な角を持つ鹿がそこにいた。
足元には大量の鮮血とバラバラになったなにかの体。
頭がなく、四肢ももげているが、それはさっきまで兎を食べていたオオカミもどきのそれのようだった。
そして鹿は刀についた血を払う侍のように、角を振って血を飛ばす。そしてオオカミもどきの体に頭を近づけ、おもむろにその肉を食べだす。
異世界の鹿は、オオカミもどきを殺せるぐらいに戦闘能力が高い上、どうやら肉食らしい。
イッツ、アンビリーバボー。
俺の永遠のライバルが即死したぞ、おい。
異世界って、マジ異世界。わかってたけど日本の常識通用しないわ、ここ。
俺は改めてその事実を認識すると、驚きすぎて隠密が解ける前にその場を後にするのだった。
その後一時間ほど俺は森をさまよい続けた。
その間に発見したものは、オオカミ、オオカミ、オオカミ、オオカミ、兎、鹿、熊、オオカミ、鹿、オオカミ、オオカミ、オオカミ、兎、オオカミ、リス、ライオン……オオカミ多くね? っていうか、熊はわかるけどライオンってなんだよ。しかもあのライオン翼生えてたぞ。
この森って、ひょっとしてこの異世界の中でも結構危険地帯なんじゃないの?
さもなきゃ、角で大木を斬り裂く鹿とか、四本腕でその鹿と渡り合う熊とか、空から強襲するライオンとかいるのおかしくない?
それともこの世界ではこういった生物がいるのがデフォなの? だったら俺死ぬよ? 気ぃ抜いたらあっさり死ぬよ?
神様はマジでなんでこんな場所に俺を転生させたのさ?
実は俺のことを嫌ってて、遠回しな処刑を実行したって言われても頷くよ?
でも俺、そんな神様に嫌われるようなことした覚えないんだけど。まぁ、逆に好かれるようなことをした覚えもないけどさ。
そんなことを考えながら、細心の注意を払って茂みから顔を覗かせる。
そして木に生える黄色い果実を発見した。
あれは……食べ物!?
丸々とした手のひら大の果実。それは俺のよく知るレモンの姿に酷似していた。
理解した瞬間、俺は木に全力で駆け寄った。そして飛びつき、もぎって、齧る。
途端、口の中全体に広がる酸味を伴うえぐみで喉がえづく。思わず吐き出した。
「おげぇ! なんだこれ、クソマズ!」
あまりのマズさに十秒ほどののたうち回る。
マズいのに、柑橘系のいい香りなのが無性にムカつく。
さらに一分ほどゲーゲーとえずいて、それからやっと俺は顔を上げた。
たっぷりえずいたせいか、喉の渇きが増した気がする。というか、まだ喉に苦みと酸味が残っている。
水。水が欲しい。本気で欲しい。
オオカミとかライオンとか鹿とかいらないんすよ。マジで水をください。
水、水、水……って、ん?
不意に俺の耳が違和感を捉える。
木々さざめく音でもなければ、獣の鳴き声でもない音が聞こえてきた気がするのだ。
耳を澄ませる。意識を集中させる。
そして制止すること数秒。俺の耳がさらさらと流れる水の音を捉えた。
再び駆け出す。そして目の前に立ちはだかる茂みを飛び越え――――視界いっぱいに広がる川の存在を発見した。
「水だー!」
派手に動くと、森にいる危険生物に見つかるかもしれない。そんな考えなど頭から吹っ飛ぶ。
俺は川に飛び込んだ。
ザッパーン、と派手な水しぶきが上がる。
全身に水を浴び、続けて頭から水に突っ込んで水を飲む。
「あー、生き返る―……」
なんかビールを飲んだおっさんみたいな声が出てしまったが仕方がない。
喉に残っていた気持ち悪さが消えて、代わりに昨日からあった喉の渇きが癒えていく。
これほどに美味い水は、生まれて初めて飲んだ気がする。
そんな感じでたっぷり五分ほど川の中につかって水を飲んでいたが、喉の渇きが癒えて川から上がる。
そして今更ながらに思い出してステータスを見てみれば、案の定隠密状態が解けていた。
どうやら水を見つけたのが嬉しすぎて解除してしまったらしい。
いや、ひょっとしたら、さっきのクソマズ果実を食べた時に解けたのかもしれないけど。
俺は再度隠匿をかけ直して、周囲を見回す。どうやらさっきはしゃいでいる間に森にいる危険生物たちに見つかることはなかったらしい。
いくら食料や水が欲しかったかとは言え、ちょっと油断しすぎだろう。もしさっきの間にオオカミもどきに見つかっていたら、また初日のような鬼ごっこが始まってしまうのだ。
流石にあんな命がけの鬼ごっこは何度もしたくない。
そもそもこっちは現状、生活基盤も整っていないのだ。
今の安全もクソもない状態で、余計なリスクを負うのは本気で避けたいところである。
ぐー。
そんなことを考えていると、不意に腹の虫が鳴く。
水を摂取したことで体が再び空腹を思い出したらしい。やはり水だけでは腹は満たされないようだった。
「つっても食べられそうなものなんて今のところ兎ぐらいしか見つけてないんだけど」
さっきのクソマズ果実は考えない。あれは食べ物ではない。
だが兎を食べるのも非常に難易度が高そうである。
オオカミが生肉をぐちゃぐちゃ食べていた光景を思い出して、眉間に力が入った。
やっぱり肉より果実とか野菜の方がいいな。
都合よくリンゴでもなっていないかなーと思って周りを見回し、とある木を見つけて視線が止まる。
「あの木になってるのって、果実か?」
川の向こう岸に赤い木の実が成った木が一本だけ生えていた。
ザブザブザブ、と川を歩いて超えて木の下へ。木は高さは三メートルほどで、手の届く位置に果実がなっている。
俺はその内の一個を木からもぎってジッと眺める。
「……これ食べられるか?」
まさか毒があるってことはないよな?
さっきのくそマズ果実の存在を思い出して、思わず躊躇う。
さっきのがレモンなら今度のはリンゴに似ていた。
ただ俺の知る地球のリンゴと違い、果実の真ん中ほどに白い横線のような模様がある。
鼻を近づけて臭いを嗅いでみれば、かすかに甘い匂いがした。
食べられそうな気がするが、少々怖い。せめて鑑定のスキルでもあればこれが食べられるものなのかわかるのだけど……。
「ん? 鑑定?」
ふと思い出して俺はステータスを開く。
すると装備の一覧のところに「アムリタの果実」という項目が増えていた。
すかさず「アムリタの果実」をタップすると、期待通り、ヘルプ画面が表示される。
アルムタの果実:アムリタの木になる果実。食べることが可能であり、甘みと酸味を併せ持つ。熟すと甘みが増す。またわずかながらに魔力を回復させる力を持つ。
食べることが可能。その文字を見た瞬間、俺はその果実にかぶりついていた。
渋みはある。普段であれば決して旨いとは言い難い。
しかし、甘い。
甘いのだ。
丸一日ぶりの甘味は実に美味だった。
気付けば手当たり次第にアムリタの果実をもぎって、次から次に口の中に放り込んでいた。
そして果実を食べ続けて三十分後。
「ふぉっ……!? 腹が……!」
俺は唐突に走った腹の痛みに腹を抱えていた。
アムリタの果実食べ過ぎたのか、生水を飲んだのが悪かったのか、それともあのクソマズ果実に有毒成分が含まれていたのか。
なんにせよ、俺は腹に走った激痛を解放するために、全力で木陰に駆けこむのだった。
便 意 開 放
これがうちの主人公だ。
きったねー主人公だなぁ。