第一話 ありきたりな転生特典
*
樹の幹を背もたれに座り込んで、俺は考える。
さてはて、俺は異世界転生した。
こっちの世界に持ってこれたものは学生服と自分の体。そしてスマホと最後に持っていたと思しき学生カバンだ。
カバンの中身は教科書、ノート、筆箱。あとは暇潰しのために持ち歩いていた漫画本に飲みかけのペットボトル。
昼食はいつも購買のパンで済ませていたので弁当はない。
スマホは転生した為なのかよくわからないが、電源が入らなかった。電池が切れたのかもしれない。
案の定、大して役に立ちそうなものはない。
特に今は森の中。紙と鉛筆があったところで大した役には立たないだろう。
「……ああ、あとこれもあったな」
ふと思い出して胸ポケットに入っていたそれを俺は取り出す。
手のひらサイズの、学生手帳。
なんとなく開いてみれば、そこには眠たげな顔をした、黒髪黒瞳の少年の写真が張り付いていた。
やや目つきの悪い、癖毛の少年。そしてその横には榊希良の文字。
言うまでもなく、写真に写っている少年は俺で、横にある名前が俺の名前だ。
気軽に希良様と呼んでくれ。
なんとなく決め顔でそんなことを考えていたが、角の生えた兎が目の前を横切り現実に引き戻される。
あ、はい。現実逃避してる場合じゃないっすね。
俺は現代日本に生きる(生きていた、だろうか)軟弱な男子高校生。そして今いるのはなんだかよくわからない森の中。ようは知識も技術もない素人が、サバイバルに放り込まれた状況だ。
ついさっき、適当に高い木に登って確かめたが、どうやらこの辺り一帯は森しかないらしい。
運よく美少女エルフなどが通りかかってくれて、俺を拾ってくれればワンチャン生きていけるかもしれないが、肝心の美少女エルフの姿も見当たらない。
このままではまず間違いなく俺は野垂れ死ぬだろう。
なにせサバイバルなどやったことなどない。精々が小学校の頃家族でキャンプに行ったのと、中学時代に林間学校に行った程度しかない。
そのどちらも衣食住が保証されていたのだ。衣ぐらいしかまともな物がない今の状況とはまるで違う。
だが可能性は残っている。
なにせ俺の身に起きたものは異世界転生。ならばお決まりのアレもあるはず。
チートスキル。
それがあればきっとこの今の危機的状況を乗り越えられるに違いない。
問題は俺が何のスキルを持っているかと言うことだ。
それを確かめるには――俺は一瞬だけ考えて、右手を正面に突き出す。
「ステータスオープン」
よくある自分のステータスを表示するための合言葉。それに呼応するように、目の前にゲームでよく見るようなステータス画面が表示され――ん?
「スキル結合につきシステムを再構築中……? なんだこれ?」
目の前にはゲーム画面のようなウィンドウが出てきたが、そこに表示されていたのはよくわからない文字列だった。
いや、文字は読めるが、内容の意味がわからない。
スキル結合? スキルって結合するの? なにと?
よくわからないが、とりあえず今はステータスを見ることは叶わないらしい。
だが文面をそのまま信用するなら、しばらくすればステータスを見られると言うことだ。
なら焦ることはないだろう。
自分がどんなスキルを持っているのかすぐわからないのは残念だが、ここで慌てても仕方ない。それにステータスがわからなくてもチートスキルは扱えるかもしれない。
俺は立ち上がって尻についた土を払うと、一度深呼吸して手を伸ばす。
「エターナルフォースブリザード! エクスプロージョン! 限界突破! トランスフォーム! ファイナルフュージョン! サイクロン! ジョーカー! オラに元気を分けてくれ! 天昇竜閃! スマイルチャージ! 大地の呼吸! 唸れ、俺の個性――――」
およそ五分。思いつく限り技っぽいものを叫んでみたが、なんの成果も上がらなかった。
どうやら俺の持ってるスキルは、なにかしらを叫んで発動するタイプではないらしい。
……いや、それがわかっただけも十分な成果だな!
俺は額にかいた汗を拭うようにして、再びステータス画面(仮)を開いてみる。
まだシステム構築中だった。
「……とりあえず、なにか食べられそうなものでも探そう」
このままじっとしていても仕方ない。
それに俺の持っている(と思われる)スキルで食料調達できるかはわからない。ならとりあえずボーっとして謎のシステム構築完了を待つより、食材を探し回っていた方が有意義だろう。
……まぁ、異世界だからなにが食べられるのか、全くわからないんだけど。
そんなことを考えながら、カバンを持って歩き出し、しかし不意になにか妙な音が聞こえてきて足を止めた。
「ん?」
なんだろう、と思って音のした方に顔を向ける。直後、目の前にあった茂みが大きく揺れた。そして茂みをかき分けるようにして黒い塊が三つ連続して飛び出した。
「ガウッ!」
「うわっ!」
反射的にカバンを盾のように差し出すと黒い塊がそれにぶつかってきた。
予想外の衝撃に数歩後ろに下がり、そこで手に持つカバンが軽くなっていることに気が付く。
見てみれば、カバンは下半分が噛みちぎられたようになくなっていた。
さて、ここで問題です。野生動物がはびこる森の中で、無防備に技名を叫びまくっていたらどうなるでしょう。
答えは簡単。
野生の肉食動物に見つかって襲われる、だ。
グチャグチャグチャ。
じっとりとした咀嚼音が聞こえてくる。前を向くと、そこには案の定三匹の獣がいた。
黒い、オオカミのような獣。ただ俺の知っているオオカミと違って、その尾は二本あり、瞳は三つ存在している。
そして三匹の内、真ん中にいる一匹が噛みちぎったカバンを咀嚼していた。
咀嚼しながらも、オオカミもどきの瞳はこっちを完全に捉えている。両脇にいるもう二匹も同様だ。
――ヤバい。
本能でわかる。あれは獲物を見る目だ。
そしてその獲物とは、誰であろう俺自身である。
一応、体は軽く鍛えているので、獣から見ればおいしく見えるのかもしれない。
なんて冗談を言っている場合じゃない。ひとつ大きく息をすると、俺は一目散に逃げ出した。
だが二足歩行の人間が四足歩行の獣に速度で敵うわけがない。
あっという間に追いつかれて、オオカミもどきが俺に襲い掛かる。
たまたま足が木の根っこに引っかかって転びかける。そのおかげで頭を狙ってきたオオカミもどきの攻撃が外れた。
つーか、今尻掠めたぞ! 尻が割れた!
死の恐怖に目じりに涙が浮かぶ。しかしその程度では、オオカミもどきたちは当然ながら諦めてくれない。
やはりこの状況をどうにかするにはアレしかない。
スキル、スキル、スキル!
走りながら、さっき発動しなかったそれが発動するよう、必死に念じる。
野生の獣と言うだけで手に余るというのに、それが三体。ただの一般高校生が敵う相手じゃない。
それこそ武器。あるいは特殊能力的なものでもなければ相手にならない。
「スキルカモーン! お願いプリーズ、助けてくださーい! スキル様ー!」
必死になって全力で叫ぶ。するとその甲斐あってか、自分の中でなにかが発動した気配があった。自分の中でなにかが弾けて、外に出ていく感覚。
どうやら窮地に追い込まれてやっとスキルが発動したらしい。らしいが、
「なんも変わんねー!」
追いかけてくるオオカミもどきの様子は変わらない。俺の様子も、なにも変わらなかった。
不発!? この状況で!?
神様は一体なんのスキルを与えてくれたのか知らないが、使い方もわからなければ、窮地に不発に終わるようなスキルを与えるの止めて欲しい。
っていうか、本当に俺ってスキル持ってるの!?
実はさっきのは気のせいで、なんの力もないんじゃないだろうな!
だとしたらマジで一発神様殴らせろ!
とりあえず拳が壊れる勢いで一発思い切りぶん殴ってや――――あ、やばい。
カツン、と再び木の根っこに足が引っかかる。
さっきはかろうじて体勢を立て直せたが、神様に怒りの矛先を向けていたせいか、今度は立て直すことができずに転んでしまう。
そのまま地面を転がる勢いで滑っていき、完全に止まったところでオオカミの顔面が迫っているのが見えた。
「うわ!?」
反射的に右腕でガードする。
しかしそれは無駄な行為だろう。
仮に右腕で防げたとしても、防いだ右腕が無事で済まない。そして怪我を負えば、追いかけっこも長くは続けられない。
三匹のオオカミもどきに全身を噛みつかれて、ついさっき引き裂かれたカバンのようになるだろう。
なんで交通事故に遭って死んだ直後に、オオカミもどきに食い殺されるなんてひどい目に合わなければいけないのだろうか。
彼女もできないまま二回も連続で死ぬなんて不幸すぎる。
俺はただ子供を助けようとしただけなのに、随分と酷い話じゃないか。
それとも実は俺が助けようとした子供は、実は大罪人で、助けようとしたこと自体が間違いだったとでもいうのだろうか。
俺は半分諦めの境地で死を受け入れようとして、そこで違和感に気が付いた。
時間がゆっくりと進む。
人は死にゆく瞬間、時間感覚が遅くなるというが、それだろうか。だが俺の感じた違和感とはそれではない。
気付けば、いつの間にか右腕を金色の光が覆っていた。
それが具体的になんなのかはわからない。
だがそれがさっき俺が発動したスキルによるものだと何故か理解することができた。
そして次の瞬間、光は装甲となって右腕を覆った。直前にまで迫っていたオオカミもどきの牙を防ぐ。
「こんのぉ!」
叫んで右腕をオオカミもどきごと地面に叩きつける。叩きつけられたオオカミは情けない声を上げて地面の上を転がっていった。
これで助かった――わけでは無い。
オオカミもどきはそもそも三匹。一匹退けたところでもう二匹残っている。そして俺は倒れてすぐには動けない。
つまり二匹同時に襲い掛かられては対処できない。
そしてオオカミもどきたちはそんな俺の思考を読んだように、二匹同時に襲い掛かってきた。
倒れているから逃げることはできない。
装甲があるのは右腕だけなので、二匹同時は防げない。
ならどうすればいいのか。
考えている暇はない。だから直後に俺が取った行動は考えての行動ではなかった。
地面を殴る。そしてその反動で、俺は空中へと吹っ飛んだ。
どうやらこの右腕の装甲は、右腕の力を上げる効果もあるらしい。普通に両足で跳ぶよりも高い距離を跳躍していた。下では俺を見失ったオオカミもどきたちが衝突していた。
そしてそこめがけて、俺の体が落下していく。
当たり前だ。真上に跳んだだけでは元の位置に落ちるのが道理である。
どうする。どうすれば逃げられる――いや、違う。
逃げるんじゃない。戦うんだ。
草食動物も肉食動物に牙を向け、抗うことで自身を襲うことは決して容易いことではないと思わせる。
だから倒せなくてもいい。自分を襲うことがどれだけ危険かと言うことを教えてやればそれでいいのだ。
上昇が止まり、オオカミもどきたちが待ち構える地面に落下する。
だけどそのまま落下なんかしてやらない。
握る拳に力を込めて、振りかぶる。
さっきはとっさの事で力を込められなかったので、今度は意識して力を込める。
ギリギリギリ、と右手を覆う装甲が悲鳴のような音を立てる。そしてそれをかき消すように、俺は喉から声をほとばしらせた。
「どぉりぃやぁぁぁぁ!」
落下の恐怖を消すために。
オオカミもどきたちへの恐怖を消すために。
そして自身を奮い起こすために。
地面が迫る。
激突する寸前、全力を込めた拳を前方に突き出した。
オオカミもどきたちには避けられて当たらない。
それでも構わない。ありったけの力を込めて地面を殴りつけ――次の瞬間、殴りつけた地面が爆発した。
オオカミもどきたちが吹き飛び、砂埃が立ち込める。
そして砂埃が晴れた後に、周りを囲むようにオオカミもどきたちはまだそこにいた。
やはり直撃させられなかったのが、失敗だったのだろうか。
俺は歯噛みしながら、しかしそれでも最後の抵抗としてオオカミもどきたちを睨みつける。
すると睨まれたオオカミもどきが怯んだように後ずさり、そのまま森の中へと消えていった。残る二匹も最初に逃げた一匹を追って姿を消す。
「……助かった、のか?」
オオカミもどきたちの姿が見えなくなって数十秒後、俺はそう呟いて、全身を脱力させるのだった。
シェ〇ブリットはこの世で一番格好いいアル〇―能力だと思っています。
もしもどうしても殴り殺されなきゃいけないんだったら、とりあえずシェ〇ブリットバースト辺りで、一発で頭を砕いて欲しいですね。