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王子様は孤独から彼女を救います

 次の日になっても來兎(らいと)に元気がありません。

 どうしてなのでしょう?

 來兎に元気がないよと言ってもいつもと変わらないと言うだけです。


 そんな日が何日か続きました。

 來兎から助けてもらうこともなく見返りも要求なんてありません。

 いつもと違う毎日に寂しさを感じていました。


(まゆ)ちゃん」

來花(らいか)ちゃん」


 私が一人で学校から帰って家に入ろうとする所に來花ちゃんが私を呼び手招きをしています。

 私は來花ちゃんの所へ行きます。


「お兄ちゃんと何かあった?」

「何もないと思うんだけど」

「お兄ちゃんが最近、変なの」

「変?」

「いつもイライラしてるの」

「どうしてなのかな?」

「繭ちゃん。お兄ちゃんに聞いてよ」

「私が? 一度、聞いたけど何も教えてくれなかったのよ」

「教えてくれるまでお兄ちゃんの部屋から出ないって言ったら?」

「それって効果あるの?」

「あるわよ」


 來花ちゃんはニヤリとしました。

 悪魔の顔が見えたのは私だけでしょうか?

 そして私は來兎の部屋で待つことにしました。

 何で來兎の部屋で待つのかと言いますと來花ちゃんが驚かすと言っていました。

 ドッキリみたいな感じでしょうね。


 來兎を待っている間、暇でした。

 だから來兎の机の上にある本を手に取っていました。

 ヒーローの彼女の視点で書かれた本。

 見たいけど怖くて見れない本。


 私は表紙を眺めます。

 何も気になる所はない表紙です。

 紫の花を持っている彼女の絵です。

 まだ幼いように見えます。

 花を差し出して笑っている彼女はヒーローに笑いかけているのでしょう。


 そして私は表紙を取ります。

 そこには表にはヒーロー裏には彼女が書かれていました。

 前の作品と同じですが紫色で塗られてはいません。

 背景色は白色です。


 本の真ん中を開き机に置くと彼女とヒーローは見つめ合っていません。

 何処か視線がズレています。

 何故なのでしょうか?


 私はこの謎を解くために彼女の絵の服の端を見ると柄だと思っていたものは文字でした。


『私はあなたと過ごしたこの時間が日常でした。この日常に愛は確かにありました。私はまた新しい日常を見つけるのでしょう』


 どういう意味なの?

 愛?

 日常?


『ガチャッ』


 來兎の部屋のドアが開いて來兎が帰って来ました。


「繭? 何で?」

「お邪魔してます」

「本を読んだのか?」

「内容は読んでないの。ただ表紙だけ見たの」

「意味分かった?」

「分かんない」

「そうだよ。本の内容を知らないと難しいよ」

「そうなんだ」


 やっぱり來兎は元気がないです。



「本を読む?」

「その前にちゃんと答えてほしいことがあるの」

「何?」

「最近、元気ないね」

「いつも通りだって」

「本当のことを教えてくれないなら私はこの部屋から出ないよ」


 來花ちゃんが言ったことを來兎に言います。

 來兎は顔を赤くしています。


「來兎?」

「繭が他の男に触らせるからだろう?」

「もしかして龍くんが髪を耳にかけてくれたこと?」

「そう」


 來兎が顔を赤くして照れているのがとっても可愛いです。


「私は來兎のモノだからだね」


 私はクスクス笑いながら言いました。


「そうだよ」


 來兎はふて腐れたように言いました。

 やっぱりそんな來兎も可愛いです。


「本を読んでもいい?」

「うん。傍にいるから」


 優しい來兎はやっぱり王子様です。

 そして私は本を開いて読みます。



 これはヒーローの大切な彼女のお話です。


「キャッ」


 女の子は今日も転びそうになります。

 その女の子を支える男の子はいつもハラハラドキドキしています。

 でも女の子はそんな男の子を可愛いと思っています。

 そしていつも助けてくれるので男の子にお礼として紫色の花を渡します。


 その花は女の子が偶然、山で見つけた綺麗な花でした。

 女の子はその花を家へ持って帰りプランターに入れて育てました。

 不思議なことに花はどんどん増えていきました。


 女の子はその花を惜し気もなく男の子に渡します。

 まるで自分の大切に育てた花を男の子にも大切にしてほしいかのように。


 しかしある日、二人が大きくなった頃、彼は彼女の花を受け取りませんでした。

 彼女の大切に育てた花を受け取らないということは彼は彼女を必要としていないのだと彼女は思い落ち込みました。


 それから二人はすれ違いばかりです。

 彼女が転んでも彼は助けてくれません。

 何故なら彼は彼女の隣にいることが少なくなったからです。

 彼女の膝には痛そうな傷が残っています。


 そんなある日、彼女は彼に呼び出されました。

 久し振りに会う彼の為に紫色の花を選びます。

 一番元気に咲いて、一番綺麗な色を選んで、一番大きなものを選びます。


 そんな事をしていると何処からか焦げ臭い匂いがしてきました。

 彼女は急いで部屋を出て一階へと行くとキッチンから火が出ていました。

 彼女は火を消そうと水をかけたりしますが消えません。


「花は何処だ」


 彼女の後ろから怖い顔をした魔物が現れました。

 彼女は怖かったけれど逃げません。


「花なんてないわよ」

「ここにあるって聞いたんだ」

「誰からよ」

「小さな子供が嬉しそうに言ってたんだ。いつも助けると貰えるって」


 彼女はその話を聞いた時、その子供が彼だと気付きました。

 でも彼女は彼を恨んだりはしません。

 彼のせいではないからです。

 彼女は恨むより嬉しくなりました。

 彼が花を大切にしていたことが分かったからです。


「ここには無いわ。もう全部、枯れてしまったわ。あなたなら知ってるでしょう? どうせずっと私を見張っていたのでしょう?」

「最近はずっと花を見ていないがそういうことだったのか」

「もっと早く来ていればあったのかもね」

「そうか。それならお前には要はない」


 魔物はそう言って彼女が外へ逃げられる場所を全部炎で塞ぎました。

 そして魔物は消えていきました。


「どうしよう。逃げられない。あっお花」


 彼女は自分の事よりも花を心配して二階の自分の部屋へ戻ります。

 幸い二階にはまだ炎は来ていません。

 でも煙はたくさん来ています。

 花達も心なしか元気がないような気がします。


「どうしよう。お花は生きてほしいよ。私が生きなきゃお花達が死んじゃう」


 彼女は窓に手をやりますが窓を開けることを断念しました。

 火は空気を求めて広がることを彼女は知っていました。

 ここで窓を開ければ火は確実に二階へ燃え広がります。

 彼女はどうすればいいのか考えます。


 彼にあげるはずの花だけは残したい。

 彼女は花を一輪だけ手に取ります。


「みんなごめんね」


 彼女は他の花に謝って部屋を出ようとしてドアを開けると待ってましたとばかりに煙が部屋へ入ってきました。

 彼女はその煙を吸ってしまい、咳き込みながら苦しそうに倒れました。



 彼女は夢を見ました。

 それは昔の話です。


「俺はずっと君を助けるからね」


 小さな彼は彼女に笑顔で言いました。

 そうです。

 彼は必ず助けてくれる。

 その為に彼女はまだ死んではいけないのです。



 彼女は少し目を開けて倒れた時に手から離れた紫色の花を拾い手に持ちます。

 立ち上がることさえ、もうできない彼女は胸の前に花を持ち、目を閉じて願います。

 どうか彼が来てくれますようにと。


「大丈夫か?」


 彼の声に彼女は目をうっすらと開けました。

 彼女は助けに来てくれた彼に紫色の花を差し出します。

 彼は花を受け取ってくれました。

 そして彼女はゆっくり目を閉じました。

 

 彼が彼女を抱き締めていたので彼女はすごく幸せを感じていました。

 私は幸せだよって伝えたくてそれでも体も口も動かない彼女は一粒だけ涙を流しました。

 その涙は紫色の花に落ちました。


 どうか。

 彼も幸せで過ごせますように。

 彼女はそう願って意識がなくなりました。


 彼女が目を覚ますとベッドの上でした。

 しかし彼女は目を開けているはずなのに彼女の見える世界は真っ暗です。

 そして彼女は先生という年配の男性に言われました。


「彼は亡くなったよ」

「嘘」


 彼女は涙を流しました。

 何も見えない世界で彼女は一人、孤独と戦う日々を過ごしました。

 それでも彼女が生きていけるのは、紫色の花が彼女の傍でいつも咲いているからです。

 良い香りがするから彼女には花が傍で咲いていることが分かります。

 そして何も見えない世界だからこそ、彼女の暗闇の中で見る彼はいつも彼女に笑いかけているのです。


 彼女は自分の家が立っていた所に家を建ててもらいそこに住むようになりました。

 外は危険だからだと先生に言われていました。

 だから窓から外を見ることしかできません。


 彼女に見ることはできませんが光があるということはなんとなく分かるようでした。

 彼女は危険がなくなるまで家から一歩も出ませんでした。



 そんなある日、彼女は先生の死を知りました。

 彼女は泣きました。

 お世話になった先生には何も返せてなかったことを後悔しながら。


 彼女は紫色の花を一輪手に取り庭へ投げました。

 先生へ届くように遠くへ投げたつもりです。

 しかしその紫色の花は庭でどんどん増えていきました。

 何も見えない彼女にはそんなの気付くこともできません。


 通行人は綺麗な花だねと言いながら通っていきます。

 彼女はそんな声も聞こえません。

 だって家の中にいるのですから。


 ある日、危険はなくなったと先生の息子に言われ、彼女は家から出ることが許されました。

 最初は庭を歩くことから初めました。


 目の見えない彼女には初めて歩く場所は恐怖でしかないのです。

 庭に出ると紫色の花の香りがしました。

 彼女は驚いています。

 彼女が投げた一輪の花が庭一面に咲いているなんて知らないのですから。


「えっお花がいっぱい。これだったら先生にも彼にもたくさんあげてもなくならないわね」


 彼女は笑いながら一輪だけ紫色の花を取ります。

 鼻に近づけて良い香りを確かめます。


「これなら彼にもあげられるわ。あの日のお花は煙の香りでお花の香りなんてしなかったからね」


 彼女は笑いながら嬉しそうに言っています。

 彼も先生もいないのに彼女はどうしてそれでも花をあげようとするのでしょう?

 彼女が花をあげる理由。

 それはたった一つです。

 感謝を伝えたいからなのです。


 すると彼女の耳に人の足音が聞こえました。

 遠くから走ってくる足音です。

 その足音は彼女の家の前で止まります。


「あら? 誰かお客様なの?」


 彼女がその足音の相手に言うとその相手は返事をしました。

 その声を聞いて彼女は驚いた後、会いたかったと言いました。

 相手は亡くなったはずの彼です。


 彼女は彼を見たくて仕方ありません。

 でも彼は見えません。

 彼女は彼に会えたのに顔も見えず会えたことがこんなに悲しいなんて知りませんでした。


 彼女は彼の顔が見たいと言いました。

 すると彼はおでこを彼女のおでこにつけ治すと言ったのです。

 彼女には彼にそんな力なんてないことは分かっています。

 彼が見えないはずなのに彼は今、目を閉じて願っていることは分かります。

 

 だから彼女も目を閉じて願います。

 どうか彼が幸せで過ごせますようにと。

 二人はいつの間にか手を握っていました。

 彼が彼女の花を持っている片手を優しく包みおでこに近づけます。


 二人の涙が紫色の花に落ち、混ざって風が起こりました。

 そして風が収まり目を開けるとそこにはあの日から何も変わらない二人が目の前にいました。

 二人とも驚いています。


 そして紫色だった花は白色になって二人を優しく見守っているようでした。



 そして二人は結婚をしました。

 先生のお墓に挨拶に行きます。

 彼女の手にはたくさんの白い花があります。


「先生。私を助けてくれてありがとうございます。こんな数のお花じゃ足りないくらい先生には感謝をしています。先生が幸せだったと思っていることを願いながらこのお花を差し上げます。このお花には不思議な力があるんですよね?」


 彼女はそう言ってお墓の前に花を置きましま。

 すると何日か経つと先生のお墓の周りにたくさん白い花が咲いていました。


 この花は本当に不思議な花です。

 優しい彼女の為に咲いているみたいです。

 もしかしたら花は彼女にお礼を伝えているのかもしれません。

 山の奥で綺麗に咲く花は愛情が欲しかったのかもしれません。


 彼女が愛情を注いでくれたから彼女の為にたくさん咲いて。

 彼女の為に彼が彼女を助けられるように玄関の炎を消して彼女の元へ行けるようにして。

 彼女の為に彼も彼女も死なないようにして。

 彼女の為に元の体に戻して。

 彼女の為に白い花を咲かせて。 


 彼女の為に傍でいつも咲いていたのでしょう。


 花はいつまでも彼女の傍で咲いていました。

 彼女が生涯を終わらせるまで。


 彼女がいなくなると花はまた一輪で綺麗に咲くのです。

 紫色になって誰かが愛情をくれるのを待っているのです。

 たった一人で咲きながら。


◇◇


「何、これ?」

「これは花の話だったんだよ」

「どうしてお花のお話にしたのかな?」

「それは作家の彼が死ぬことを知っていたからだと俺は思うんだ」

「死ぬことを知ってて書いた作品なの?」

「そう。最後の一文は、花がまた彼女のような人を待ちながら咲く。それは奥さんに宛てたメッセージだと思うんだ」

「自分が死んでも君はまた咲き誇れってこと?」

「そう。だから奥さんはあのメッセージを絵の中に隠したんだ」


 來兎はそう言って表紙を外しました。

 來兎は表紙を外した後、思い出したように私にニッコリ笑いました。

 また変なタイミングでその顔をするのです。


「助けた見返りは?」


 本を読む時に一緒にいてくれたからでしょう?


「今回は何なの? 表紙の中の絵のことが気になるから早く」

「おでこ」

「えっおでこ?」

「ヒーローと彼女が元に戻った時にしたおでこをつけるやつがしたい」


 そして來兎は私におでこをつけました。

 來兎の顔が近くて私は顔が赤くなります。


「ねえ、繭」

「なっ何?」

「繭は俺のお姫様だよ?」


 來兎が上目遣いで可愛いです。


「私はお姫様になる素質なんてないよ。可愛くないし」

「お姫様になるのに素質っているの? 俺がお姫様って思えばお姫様じゃないの?」


 來兎が私をお姫様だって言ってくれるの?

 なんだろう。

 私の心が軽くなっていく感じがします。

 もしかしたら王子様にお姫様だって言って欲しかったのかもしれません。


 その言葉を貰ったら私は本当にお姫様になったようです。

 私はもう、我慢なんてしなくていいのでしょうか?

 私はもう、來兎のモノになってもいいのでしょうか?


 何も言葉を返せない私に來兎はおでこを離して表紙の中の絵の話をしようとしています。

 もしかして怒ったのかな?

 私が何も言わないから。

読んで頂きありがとうございます。

次は最終話です。

最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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