王子様は本から彼女を救います
今日は來兎の部屋へ行き、作家さんの奥さんの話を聞きます。
少し怖いけど私は來兎の家へ向かいます。
隣なのですぐです。
インターホンを鳴らすとすぐにドアが開きます。
「繭ちゃ~ん」
いきなり來花ちゃんが抱きついてきました。
「來花ちゃん。おはよう」
「おはよう。繭ちゃん」
昨日の出迎え方と全然違います。
來花ちゃんはケンカして仲直りをした後の気まずい雰囲気を消してくれそうですね。
「來花。繭は俺のだって言ってるだろう?」
來兎がそう言って呆れた顔をしています。
しかし私は來兎のモノではありません。
「私は來兎のモノじゃないって言ったでしょう?」
「お兄ちゃん繭ちゃんにフラれた」
來花ちゃんは笑いながら來兎を指差しています。
「來花ちゃん。お兄ちゃんをそんなにいじめちゃダメよ」
私も來兎をいじめたくなり、お兄ちゃんって初めて呼んでみました。
「繭。お前は俺をお兄ちゃんなんて呼ぶなよ」
「いいじゃん。お兄ちゃん。今日は繭ちゃんはお兄ちゃんの妹よ」
來花ちゃんはニコニコ笑顔で言っています。
こんな笑顔を見るのは久し振りでもっと見たくなりました。
「何でそうなるんだよ」
來兎は困った顔で言っています。
いつも私をバカにするお返しよ。
「ねえ、繭ちゃん。私の部屋に来てよ。繭ちゃんの好きな猫ちゃんのぬいぐるみが増えたんだよ」
「本当? 行きたい。お兄ちゃん言ってもいい?」
私は來兎をお兄ちゃんと呼んで言いました。
「気が済んだら俺の部屋に来いよ」
來兎は少し顔を赤くして言いました。
「やったぁ。來花ちゃん行こう」
「うん」
そして私と來花ちゃんは來花ちゃんの部屋で猫のぬいぐるみをたくさん触って、たくさん抱き締めて、たくさん顔に、もふもふしました。
「繭ちゃん」
「ん? 何?」
「ありがとう」
來花ちゃんは可愛い笑顔で言いました。
やっぱり整った綺麗な顔の笑顔は反則です。
「來花ちゃん。何か悩みとかあったら何でも言ってね。お姉さんが何でも解決しちゃうよ」
「繭ちゃんはまず自分の事でしょう?」
「私?」
「そうだよ。繭ちゃんはお……」
「來花。友達来てるけど?」
來花ちゃんの言葉を遮って來兎がドアの向こうから言ってきました。
「あっそうだった。ごめん繭ちゃん。友達と遊ぶ約束してたの」
「行ってきていいよ」
「うん」
來花ちゃんは部屋を飛び出して行きました。
來花ちゃんの話の続きが気になるけど來花ちゃんの嬉しそうな笑顔をみたらまた今度聞こうと思いました。
「それじゃぁ繭。俺の部屋で昨日の話の続きをしようか?」
「うん」
そして私達は來兎の部屋に入ります。
いつもの猫のクッションで、もふもふをして來兎を見るとやっぱり私が満足するのを待っていました。
「昨日の続きだと作家の奥さんの話だよな?」
「そうだよ」
「彼女は今は一人なんだよ」
「えっどうして?」
「作家の旦那さんは今年、亡くなったんだ」
「えっ」
「彼が亡くなったことはすぐにニュースになったし、俺達世代のあのヒーローが好きな人達は悲しんでいたんだ」
「私、知らない」
「繭は彼を知らなかったからね」
今は知っています。
優しい心を持った作家さん。
奥さんの絵を見れば分かります。
奥さんを大事にしていた作家さん。
「繭? 大丈夫か?」
私は泣きそうな顔なんだと思います。
來兎が心配しています。
「まだ話はあるんだよ。聞くか?」
「うん」
來兎は少し考えた後、話をしてくれました。
「彼が亡くなったことによってまたヒーローの本が売れたんだ」
「だから本屋さんにたくさん並んでいたのね」
「そう。その本が売れることに嬉しいのか悲しいのか分からないのが奥さんの彼女なんだ」
「売れることは嬉しいでしょう?」
「売れる理由は何だったか覚えてるか?」
「作家さんが亡くなった……から」
「そう。彼女にとっては世界で一番愛している相手を失ったことを実感させるんだよ」
「今の奥さんは大丈夫なの?」
「俺は大丈夫なんだと思ってる」
彼は私が抱き締めている返そうと思って持ってきた本を見ながら言っています。
「どうして來兎はそこまで奥さんのことを知ってるの?」
「だってその本が最後じゃないからね」
「えっでも二人は幸せになったじゃない?」
「うん。でも最後の話があるんだ。そこに奥さんの思いが書いてあったんだ」
「奥さんが書いた本なの?」
「違うよ。彼がヒーローの彼女の視点で書いている作品だよ」
「彼女の視点もあるの?」
「あるよ。その本は彼が亡くなって新作として出されたんだ」
「えっ奥さんはそれでよかったの?」
「その答えについては彼女があとがきで書いてたよ」
「教えて」
少しだけ聞くのは怖いです。
奥さんの悲痛の叫びだったらと思うと。
それでも私は聞きたいです。
奥さんの思いを知って新作を読もうと思ったからです。
「彼女はこの作品が最後と書いていたんだ。彼が書いた作品に絵を描くことが彼女の日常だったんだ」
「日常がなくなるってどうなるのかな?」
「そのことはあとがきでは書いてなかったよ」
「でも……」
「でも何?」
「何でもない」
「じゃあ言わないでよね」
「ねえ、繭」
「何?」
「俺達の日常って何だと思う?」
「そんなこと考えたことないよ」
「そうだよな。俺もそうだよ」
「あとがきは他には何が書いてあったの?」
「彼女の彼への思いだよ。愛に溢れた言葉。俺はそれを読んだ時、彼女はまだ彼の死を乗り越えていないんだと思ったよ。でも違ったんだ。彼女の絵はちゃんと俺達、読者に伝えてくれていたんだこの作品を愛してくれてありがとうって。彼に愛してくれてありがとうって」
來兎の言葉は私の心に響きました。
そんな私は涙で視界が歪むくらい目に涙を溜めていました。
でも泣くのは我慢します。
「彼女と彼の最後の作品を読む?」
「分からないよ。奥さんの苦しみが作品を読むと分かるんでしょう?」
「大丈夫だよ。ハッピーエンドだから」
來兎はニッコリ笑いました。
えっここで?
だって助けてもらった覚えはないわよ?
すると彼は私の頬に触れてきました。
親指でいつの間にか流れていた涙を拭いました。
「繭。聞いて。本は物語で出来てるんだよ。現実じゃないんだ。だから繭は大丈夫。繭はハッピーエンドだから」
來兎は本の物語から抜け出せない私を助けてくれたのでしょう。
だから言うのです。
「助けた見返りは?」
「何をすればいいの?」
「笑って」
「無理だよ」
「いいよ。無理でもいいから笑って」
「來兎の言ってること、意味分かんないよ」
そう私は言って何故か笑ってしまいました。
「それでいいよ。良くできました」
來兎はそう言って私の頭を撫でてくれました。
來兎の大きな手。
來兎の優しさが手から伝わって私の心を温かくしてくれます。
「まだ本は怖くて読めないけど読めるようになったらその時は傍にいてくれる?」
「うん」
來兎は綺麗で整った顔で私に笑いかけてくれました。
そんな來兎の顔は王子様にしか見えませんでした。
もう私の心は戻れなくなっているのかもしれません。
來兎のお姫様になりたいと心から願い出していました。
こんな弱くて何もできない私がお姫様になんてなれる訳がないのに。
読んで頂きありがとうございます。
あと少しで最終話です。
最後までお付き合い頂けたら幸いです。