別題 八月の雪 はなし1
文章を見てもらえれば分かるように、私は恵比寿のアミューズメントメディア総合学院ノベルズ専科在籍中の能力判定はCにも達しなかった人間です。無力者です。夢は、そのときは夢で終わりました。同じような人は多いと思います。でも、空想したり、はなしを創ったりするのが好きなら、書きましょう。笑われましょう。おこられましょう。無視されましょう。そしてそれでも、書きましょう。物書きの世界の、路傍の石になったって、いーいーじゃありませんか。
入稿直前、編集室。
「先生、やはり、この表現はーちょっと」
俺が先生と呼ばれるようになって1年たった。
それまでの俺っていうのは、世間からけっこうゴミみたいに扱われていたから、曲がりなりにも職業作家となって、本当に俺を先生呼ばわりする奴らが出てくると、さすがに尻が舞い上がるような気がしたな。
だけど人間不思議なもんだな。先生先生と呼ばれていると、本当に自分が「先生」みたいに思えてくるもんだ。ち が う の に。
でも、まあ、俺も「先生」みたいな事を言い始めるわけだ。
「木村サァン、日本ってね、民!主!主!義!国家なんですよぉ~…民!主!主!義!国家なんだったらぁ~表現の自由ってね、やっぱり大事だとおもうんですよね~」ちなみに、木村、というのは編集者だ。悪友でもある。私は「先生」なので、悪友の編集者なのに、それに対する敬称が「サァン」で、こんな口調である。うーん、まあ、多少嫌味ったらしい、人にものを教えるようなけしからん態度だ。
「いえ、やはり多少は表現を穏やかに」
だが、仕事とはいえ、木村編集者も少しはひっかかっているのだ。ほんのちょっと微笑をうかべ、小さな声でぽそっとこう続けた。
「できれば、自主的に…」
続編のパワーダウン、、、Hな描写が売りなのにマイルドに、なんていう類いはよくある。クリエイター達の力量ということも無論あるが、多少売れて、認知度の上がってしまったコンテンツというのはごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ「外野」がうるさくなるものなのである。
「出る杭は打たれる」のことわざどおり、多少でも目立ってしまったもの、それも割合弱い存在というのは、他者を攻撃することが趣味だったり、生業だったりするものにとって格好の標的だ。
気持ちはわかる。人間なんてものは、自分とは異なる価値観を割合しつこいくらいに認めないものだ。俺だってそうだ。気持ち悪いものは気持ち悪いし、ムカつくものはムカつく。だからお互いさまといえばそうなんだ。
だか、「道徳」と「社会的正義」を盾に、文字通り死ぬ気で作り上げたコンテンツに、ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ手かせ足かせをはめようとする類にはやっぱり腹は立つのだ。
っおおおいっ、お前ら、どうせ8時間寝てんだろ! ぐっすり寝て起きたら作家様が徹夜で仕上げた気に入らん作品がぁ あるからとぉ、、、「知的権力」でごちゃ入れんなやぁ。
と俺はいつもいっているのである。蔭では。か げ で は。
いかがわしさ以外に、魅力要素がある作品ならいいかも知らんけど、俺の出世作なんて、アンタ、スピードと暴力とセックスとアコギしかないもんだから、そんな奴らに気を使ってたら、パワーがゼロになってしまうよ。
で、も、社会人というものは、「公刊の文章」を書く者は、そんなことに気をつかい、そんな奴等に頭をたれ、形だけでも、謙虚に、謙虚に、ひたすら謙虚に活動していかねばならぬもののようだ。
おれはそういう「社会人」になった覚えはないのに。
こう言うと「ホラ!ここ!表現の幕が薄いぞ!」などというのが口癖の、長身黒髪の細目のつり上がった若き編集長に殴られた上すぐにこんな返答が来るだろう。
「甘ったれるな!貴様は作品を公刊した以上社会人なのだ!社会的責任を考えた文章を書く義務がある!」
俺は親父にはいつもぶたれていたので情けない抗弁はしないけどな。
知ってるだろ、あのなんとかの巨塔とかいう大学病院のドロ沼を書いた作品は、発表当初は医療事故を訴えた患者が敗訴し、不正と戦ったヒューマンな医者が大学病院を首になるところで終わってんのヨ た が 抗議が来た。悪人を勝たせるな、と。
・・・勧善懲悪にすること これを「社会的責任」というらしい。
あの巨匠が悩んだ末書き足して悪党が・・・といういまの形になった。あの作家にしてそうなのだ。
と、いうことで、俺の小説を原作としたアニメが放映され、多少マスコミにとりあげられ、新聞社のインタビューを受けた翌週くらいから、俺はまるで両手首に手錠をはめて文章を書いているようになってしまっているんだ。
で、さきに話した、「表現を規制します」という「業務改善命令」の、穏やかな表現バージョン「多少は表現を穏やかに」という「編集者の助言」がでてくる、という訳だ。
ここで俺と編集者との議論が始まると思ったあなた。甘い。いくら少し人気がで始めたといっても、当然、その程度では世間や業界を動かせるテコにはならないんだ。だから俺はあっさりこう言う。こーとーにーしている。
「・・・まあ、露骨にはやらないようにしましょう、で、こちらがデチューンバージョンです。」俺も嫌みったらしく最初から「修正稿」を準備しているのだ。
テーブルの上にカタリと置かれたメモリをみて編集者は苦り切った。
「最初からそれを出してくださいよぉ。もう、時間の無駄だから」
「最初からこうかいていた。と思われたらしゃくですからねえ」
後は話が早かった。細かな表現の打ち合わせの後、ゲラを待つことになる。
ここまでが俺たちの「仕事」のはなし。
ここからは俺たち共通の「趣味の」はなしなのである。
実はな、俺たちはな、美少女フィギュアおたくだったりするのである。
今日はあるオタク人気爆発中の深夜放送魔法少女アニメに中途突如登場した「謎の」新キャラクター、まあ、新しい魔法少女なわけだが、その早くも新発売となったそのキャラクターのフィギュアをアキバで購入し、それをこれからここで開封する、という段だ。
そう。我々が小説打ち合わせを編集室でやったのはこのためだ。
こんなの一般の喫茶店では開けれんからな。
この編集部は「その筋」の作品も多数取り扱っているので、みんな強固なワクチンでも打ったかのように、「一般の方」が10分みれば変な気持ちになってくる「人形」にも耐性があるということよ。
この、フィギュア。実は発売発表が発売日一週間前 という「ゲリラ発売」だったりする。ちなみにこのキャラクターもゲリラ登場。オタク用語で言う「中の人」つまり声優さんは謎。(初登場回でのエンドロールでは、「謎の魔法少女 ?」と紹介された)話がそれるが、この、アニメ声なのに声質に鉛のような芯が入っていて、初登場回は暗めの声で喋っただけだが必殺技の名前を叫んだら間違いなく業界で○○節と呼ばれるような声の持ち主に対して、あちこちでこれ、誰? とかいって詮索が始まっているが、相当な声優通でも、正体を突き止められず、新人だったら「驚異の新人」だな
などと言われているらしい。はなし脱線おわり。
つまり、どういうことかというと、そのキャラクターがなんの予告もなく登場した放映回の翌日、フィギュア来週発売です。なんていうアナウンスが方々でなされた。オタクコミュニティはちょっとしたパニックよ。このコンテンツの関係者はよくお口にチャックを押し通せたもんだ。貯金ない奴とか、金の準備が大変だったらしい。俺は、まあ、金はある。本売れたからな。木村編集者も金はある。独身の、彼女いない歴年齢と一緒、婚活する気ない遊んでない優良勤め人…なので… あ?俺の彼女? 、…。、聞くな。
これから私の買った3個目を開封し、スカートのキャラクターなのに「あらゆる角度」から悶々と見、あ、いや、観賞し、批評しようという算段だ。
同じものを三個も買ったのか、と思う、その心が俺には理解不能だ。金あるんなら3個買って当然じゃないか。ひとつしか買わない未開封品の開封なんて、恐ろしいっ。なんだ、こんな当たり前の事の説明がいる?、、、そうか。
まず、1つ目は「保存用」。これは外箱を包んでいる薄紙もはがさない。常時摂氏二十一度、湿度四十パーセントに保たれた部屋に厳重に保管。なぜかか?オタクの作法に説明はない。
そして2つ目。これは「展示用」。これは開封する。俺より更にハードボイルドなやつは、中が見える外箱なら開封しない。透明ブリスターの外から眺めて楽しむ。やはり上には上がいる。俺の「美少女!」フィギュア道もまだまだだ。
ここからが肝心だ。本体は厳重にチェック。本体にたとえ微少なものでも傷はないか、塗装のアラはないか、組み付けば正常か、確認する。パーツの有無か?…論外だ。俺は、「状態に極度にこだわる神経質な人間」なのだ。製造過程で出てくるやむを得ないアラなどという 「メーカーの言い訳」を、俺は一切認めない。
これを公言するとネット個人売買でなにも買えなくなるので、自己紹介には商品の状態に全くこだわりありません、と書いて、まるで豊臣秀吉のような大気者を演出してはいるがな。
まあ、ネット個人売買では買ったフィギュアの何個かに一個は「俺の主観」で致命的な瑕疵を見つけ戦慄し、戦慄した心のままに出品者に「大変良い」という評価を出す。心が戦慄しているので「定型文」だがな。無論報復評価とブラックリスト入りを避けるためだ。次にその出品者から買うと良いものが買えたりするからな。一事が万事という考えのおまえ、やめた方がいいぜ。戦慄ついでにそのフィギュアは修復作業に入る。俺の所有する美少女フィギュアに俺が不満を持つことは許されない。口先モデラーなんだがな、下手くそが「執念」で手ぇ動かしてるよ。
三つ目は「愛玩用」だ。、、、、、、都合により説明を省く。どんな鈍い一般人でも察する筈だ。、、、、、、おれの名誉のためだ。
俺は、「この子」のデザインが気に入っていた。深いブルーを基調とし、所々にコントラストの強いサンドイエローをわずかに用いたミニフレアスカートツーピースのドレス。へそが見えてる。レイヤードファッション風にするために、白い二重のパニエのうちの一重目はブルーのミニスカートからはみ出ている。二重目はインナー風で「下から見たときの効果」を狙っている。トップスは半袖だがここもレイヤード風で、腕の部分は全て、アンダーシャツのような、少しだぶつかせた、下がかなり透ける黒の薄い生地でできた長袖で覆われている。折り返しのあるショートブーツも、青。ブーツも含め、基調となる青はロイヤルブルー系ではなく、ウルトラマリンというものだ。群青色とでもいうかな。木村は実はこの子の衣装ではなく、その暗めでペシミスティズムさが予想される性格が気に入ったらしく、それでこのフィギュアをひとつ(ひとつか!木村!)このキャラに「投資」する、として買ったのだが、この「青」について誉め、こう語ってくれた。
「この青、すごいっすね~。そこいらの模型用の塗料じゃないっスよ!どうやったんだろ」木村が、服飾デザインとメカデザインを得意とし、漫画も書いてる、鬼才大御所クリエイター(魔法少女とかで使われている、ああいう「ドレス」のデザインは、この方のデザインが源流といわれている)の受け売り、としながら、きれいな青の顔料の貴重性について語ってくれた。
そして足だ。
あし か こほん 喋るかな。
足は黒タイツだ。以上。
何? バカな、口が勝手に!これ以上喋ると俺の人間性がっ!
タイツだが、シアータイツ。え?ストッキング? 君ィ、言い方が上品すぎるねぇ。タ イ ツ!
薄い!肌が凄く透けてる。いわゆるティーンたちの言う「エロ透け」というやつで、この造形に、恐るべきエロティシズムを与えている。まず、15デニール。
普通、変身後スーツとか、戦闘用スーツというのは、色はともかく、もっと厚手のものを使うとおもうが、この子のはとにかく薄い!
そしてスカートの中。白い(!)「見せパンツ」(…設定のデザイナーが信じて下さい!これは見せパンツです と言っているそうだ。みんな、彼を信じよう)の上!からシアータイツを履いてるという「設定」なので、で。それ以上何も履いてない、という「設定」なので。その「光景」は「似たもの」を見たやつは、ああ、と思ってくれると思う。見てない、見たくない、という方に言っておくが、生きていくつもりがあるならな、この世に存在するものは、いずれ自分の視界に入ってくると覚悟しておいた方がいいぜ。
いつまでもディープな世界に二人ひたってはいられない。
それぞれ次の仕事がお待ちかねだ。
この「趣味」が、ゲームと比べていいのは、割合消費時間が短いことだ。ゲーム。好きだが時間喰うからな。まあ、俺がゴミになっちまったのは、ゲームに時間喰われたせいよ。
さあいきましょうかと、ふたり、立ち上がった瞬間、
編集室の空気が変わった。
例えていうならば、世界一のストライカーがピッチに現れた瞬間。演歌の、演歌というのがミソだな、その超大御所が楽屋に入って来た瞬間。
さーっ という感じよ。
木村編集者が俺のジャケットの袖をちょいと引っ張り、俺の耳元でささやいた。
「八島先生です」
この八島由起子という小説家の経歴を紹介しておく。三歳で大人の小説を読み始める。七歳の時、始めて書いた「おあそび」という小説が日本文学新人賞特別賞受賞。大人の賞だぜ 十一歳で書いた「大日本恋愛失敗記」が日本文学大賞にノミネート。まあ、落選。だが落選の知らせを聞いた受話器をコトリとテーブルにおいて低い声でつぶやいたのは、「なるほど。受賞は来年か」という文壇では語り草になっている台詞である。予言通り、ではなかったが、二年後、「八月の雪」で日本文学大賞 特選 受賞 あれあれ、特選って三十年ぶりじゃなかったっけ。ちなみになぜ二年後かというと「完璧を期すため」執筆に二年かけた、というはなしだ。
この「八月の雪」はクサすぎるほどの純愛小説だが俺はハマってしまって二十回も読んでしまった。なぜ 八月に雪かというとドラマチックに完結するラストの舞台が南半球の・・・
これ、もう五百万部は突破してるはずだ。
現在は超堅物文芸誌「鋼鉄」に、ゼロ年代以降の日本人の人面獣心ぶりを描く「不安の海」を連載中だ。今十五歳。経歴の年齢にあと十年足したって「神童」と呼ばれるよな。
評論家たちも批判も称賛も忘れ、呆然としているそうだ。
彼女の師匠であるあの国際ハイベル文学賞作家田端康家先生はこの間惜しくも亡くなられたが(なんとペンを握ったままなくなられていたそうだ。書き往生!)この弟子に謎のメモを書いている途中でなくなったらしい、その文面というのは
「由起、いける!ハタチまでにハイベル賞!だかそのためにはあとひとつやることが」というものだ
メモはここで終わっている。
この「あとひとつ」に関しては誰もわからない。知っているのは天国にいってしまった田端先生だけだ。このパーフェクトライター八島由起子にあとひとつ なんだというのだろう。
その「大先生」が、突如やってきたのだ
だがこのひと、こんな出版社とはあまり接点はないはずなんだが。なぜ、来た。
木村編集者がいつになく緊張した様子で、小声で云った「何しにきたんでしょうね」
実はこの少女文豪さん、顔見せNGの作家なのである。学校名は知らないが、小中高一貫の女子校で、学校側の要請でそうなっているらしい。そういう教育環境でよくあの作品群が書けるもんだと思うんだが。
「著者近影」もイラストである。おかっぱで、瞳を書かないツーポイント眼鏡のあの「似顔絵」は世間ではもう有名だ。日本文学大賞受賞前後は、周囲はひどく気をつかったと思う。
だから「実物」を見るのは俺はこれが始めてだ。
編集室入り口に立っているその姿を俺は見た。
そして失礼ながら吹き出しそうになった。
なんと顔があのイラストのまんまなのである。眼鏡の偏光の度合いが強く、瞳が見えないのもイラスト通りである。
首から下は学校の制服なのだろう。だが、季節は冬。部屋に入って来たんならコートくらい脱ぎゃいいのに着たまんまである。おそらく「高等部の制服」を見せたくないのだ。だから体型がわからない。少し細いみたいだが。背は女子としては高い。かな?
だか吹き出しそうになったのは一瞬。
次の一瞬で我をを忘れ、すぐ我に帰った。
そして不覚を感じたよ。
「こいつ、、、可愛い、、、死ぬ」
こんな顔が好み、というのではない。
実は俺には特技がある。マスクや眼鏡の下の「素顔」を俺は頭の中で、思い浮かべることが出来るんだ。犯罪捜査用かなんか、もうそういうテクノロジーがあるはずだ。
その、顔の、造作がな。
ライトノベルの表紙を飾るイラストレーターさんが、それも最高レベルの人気を持つイラストレーターさんが、渾身の力を込めて描く、「私の力ではこれ以上可愛いのは無理です」的な造作なんだ。あんな偏光メガネとダッサイおかっぱでそれを隠してやがる。表情も例えばアイドルとは真逆の顔つきにしていると思う。口元がもう、そうだ「作り真面目顔」だな。だから表面的には全くかわいく見えない。
この編集室の誰もこいつのかわいさに気付いてないだろうな。だか、本当に不覚だった。
俺は彼女の可愛さに一瞬とはいえ心を奪われたのである。
可愛いということについて俺、一家言あるぜ。
「可愛い」という言葉は必ずしも誉め言葉ではないと俺は思っている。
ホラ、悪玉のボスみたいな奴が、ちっぽけなヒーローが必死でチョコチョコ抵抗しているのをみて「可愛いのう」って言うときよ、明らかにヒーローをバカにして下にみてんよ。バカにしてなくても、向こうは「下」だという、意識があるんじゃないかと俺は邪推する。俺はプリティーには惹かれたくないと理屈で思ってた。惹かれる相手はリスペクトしたい。見上げたい、だから「美しいもの」に惹かれたいと理屈で思ってた。件の「謎の魔法少女」も、幼さを感じさせる中に、可愛さではなく美しさを感じさせる顔の造作だ。
だから、いつも「俺、可愛いのにあんまり興味ないね」なんていってた。
それが、今、不覚にも一瞬とはいえ「可愛さ」に心奪われたんだ。
そして「学校側の要請」で顔見せNGというその「学校側の要請」に嘘を感じた。
こいつは自分の判断で自分の「顔」を封印しているのだ。小説を書く、という一点で世に立つということだろう。可愛い美少女作家と呼ばれたくないのだ。カッコつけめ、と思われたくないから「学校」を出した、ということか。
あ れ
このコ こっちにつかつかつかつか近づいてくるぞ。
俺はともかく、若い木村編集者の、このときの恐怖は察するに余りある。まるで小さいロボットを操縦して何隻もの巨大宇宙戦艦を破壊し、その功績で二十歳で少佐になっているような(普通は大尉止まりだよ!)敵が、こっちに近づいてくるような恐怖だ。挨拶云々といった手前、俺に「に、逃げろォ」とは言えんと思うが。彼はこんな大先生を相手にするようなキャリアは木村にはまだない。まあ、キャリアは俺もない。
コイツ 俺たちの前で「びたっ」と立ち止まりやがった。
「や、八島先生、新進の剛田 武尽かさ先生です」木村編集者がまるですずめが口から飛び出るような感じて俺を紹介した。
「剛田 武司です。よろしくお願いします」
必死の新人作家を装い、直立不動でうやうやしく両手で差し出した俺の名刺を彼女はポケットに突っ込んでいた左手で無造作に受け取り、見もせずにくしゃっという感じでまたコートのポケットに手ごと突っ込んだ。
そして、袋に隠すようにしまう直前の「人形」のパッケージをまず、見た。
二秒 四秒・・
そして次にじっと僕を見た
二秒 四秒・・・そして「造り真面目顔」の一文字の口が開いた。
「そうですか。 頑張って下さい」
彼女はつかつかつかつかつかつかつかつか去っていった。
コノ ガキィ 俺に名刺を渡しやがらねぇ
あの四秒の間、俺は八島由起子の眼鏡の奥の瞳をうかがい知ることができた。
ひらがなに直せば、
「きっ」
という目だ。
「頑張ってください」とか 英語のgood luck まあ、素直なエールの言葉ではないわな。
編集室の、その一隅に、残り香のように異様な雰囲気が薫っていた。木村編集者は怯えていた。
だか、俺は落ち着いていた。
俺は気が大きい訳ではない。
実はな、あの大先生、こんな吹けばとぶような変態悪叙述駆け出し物書きの批判を、けっこう大きいコラムでトクトクと展開しとったのよ。作家の格を考えれば普通無視だわな。
だから、来るかも と思って心の準備はしてたのヨ。
こいつはな どう考えてもな 告白とかデートの誘いではないわな。
コイツはケンカ(論争)になるかも、とおれは思った。、実はな「八月の雪」を読み込んだ二十回目にな 田端先生のいう「あとひとつ」の意味が俺にはおぼろげながら見えてきた。ということよ。
俺は以降、「八月の雪」を読んでいない。
そして傲慢不遜にもケンカ「させてもらおう」と思ってしまったということよ。みじか~い作家生命を賭けちまう。
これが 俺と彼女の、愚にもつかないケンカと、そのあと、今の時点では想像すら出来なかった、少し、いや、けっこういいはなし、それも俺たちふたりだけにとってだよ、そしてさらにそのあとの大きな虚無をもたらす、俺のすべてを持っていってしまった大いなる悲劇の始まりだったりするのだ。
ああ 自己紹介。めっちゃ遅れました。俺は剛田 武司。本名で物書きやってる。あの超有名漫画の乱暴者と同姓同名さ。
まあ、ケンカを売るの真の理由。ムカついた! っおおいっ! 八島! 名刺渡しやがれ! そう、俺は「状態に極度にこだわる神経質な」、、、少女の些細な無礼に、職業生命をかけるほど内心において激怒する、小さな小さな大の男なのだ。
まだ書き込みが足りません。なのにアップしたのは。広告的な意味合いと、常に自分の足下に、ぽっかりと死の穴が空いているのが見えるからです。あらあらでも焼却処分前の脳から情報をサルベージしておけば、私か、他人か、価値を認めた者が整理するでしょう。