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先行プレイ-07

一時間ほどの時間の後、リムジンは小さなアパート前で止まった。


すぐに階段を駆けのぼり、204号室の呼び鈴を連打する。



『こ――この連打はまさかぁ!?』



 野太い男の声と、ドタドタドタと駆け寄る足音が聞こえて、オレは思わずニヤリと笑ってしまう。


開け放たれた扉。そこにいた人物は、百九十近い身長とガッチリとしたマッチョ体系をした屈強な男だった。


しかし――格好は全裸で、富山さんが見ていないかどうかを確認したら、彼女は男の股間をガン見の末、侮蔑の表情を浮かべた。



「侮蔑の視線にムクムク不可避」


「九十九、全裸待機中だったのか?」


「いえ、まさにエロゲで抜こうとしていたタイミングだったンゴ」


「なんか、ゴメン」


「ええんやで」



 明らかに「殺し屋やってます」みたいな外観の奴から繰り出される言葉遣い、そして全裸の格好に納得してしまうのは見慣れているからだろう。


彼は九十九任三郎。年齢は確か三十四歳。独身。童貞。


ネットコラム記者だが、重度のオタクでそっち方面の記事を主に執筆している。


そのツルツルとした頭の中にある脳が記憶する美少女アニメ、ゲーム、エロゲーの知識は、全世界にいるオタクの脳を一つにまとめたと言ってもおかしくない尋常ならざる容量を誇っており、記者でありながらも持ち前の知識を活用したラジオパーソナリティとしての出演やテレビ出演すら経験している。



「それで――ゲームの世界から引退したリッカ氏が、この九十九任三郎に如何なご用件で?」


「九十九に、頼みがあるんだ」


「富山氏がいるという事は……FDPの問題って事かぁ、壊れるなぁ」


「称号を全て取得できる、先鋭を集めてる」


「でも、出来んかったら死ぬんでしょ? いかんでしょ」


「無理は承知だ。だけど」


「だがそれがいい」



 オレの手を掴んだ九十九。オレは「いいのか?」とだけ問うた。



「まぁ私もコラムとはいえ記者の端くれでね。こんな問題が起こっている中、知らぬ存ぜぬという事はできんのですよ」


「助かる。本当に」


「あっ大丈夫っす……」


「所で、いい加減に服を着ろ……」


「富山氏の視線によってムクムクムクッ、としておりましてな」



 そろそろ富山さんが警察を呼びそうだったので、後日また連絡するとだけ言い残し、九十九の所から立ち去る事にした。



**



次に向かう場所は車だと五時間以上有する必要があるので、東京駅まで出向いた後に新幹線に乗り込む。


降り立った場所は名古屋駅。地下鉄に乗って名古屋駅から三十分ほどで辿り着く住宅街多めの街につき、その後バスに乗って、小さな一軒家に辿り着く。


 呼び鈴を押す。するとカメラ付きのインターホンが取られて、女性の声が聞こえた。



『ふひ……ふひッ!? も、もしか、して……リ、リッカ、君……?』


「そうだよ。中に入れておくれ、ハニィ」



 寒気がする。メッチャ寒気がする。けどコイツと話す時にはこう言うキザなセリフ言うって罰ゲームを三年前に決めちゃったしなぁ……。


再びドタドタと足音が聞こえる。九十九の時より軽い音だ。


ドアが開けられ、中から女性が現れる。


灰色のロングヘアを整える事ないボサボサの髪。ブルーライトカット眼鏡を首にかけ、その眼鏡が乗る胸は大きいものの、しかしお腹も若干出てる。所謂ぽっちゃり系だ。


顔立ち自体は悪くなく、多分痩せれば人気が出るタイプ。痩せなくても好きな人は好きだと思う。


そんな彼女も――九十九よりはマシか。シャツ一枚とパンティという随分ズボラな格好で現れたのだ。



「ふひぃっ!? ほ、ホントにリッカ君だ……っ!! ふひひ、こ、これは夢じゃなくて、現実……!? はーっ、無理。死ぬ」


「死なないでおくれ。君とは生きたまま会いたいんだから」


「そのキザな喋り方強要して約三年かぁ……そうやって嫌々言ってる感じも、ホント初心で尊い、待って、可愛くて死ぬ (語彙力)」



 三年前、とあるネット配信の動画で、レトロの対戦ゲーやって、勝った方が言う事聞くって約束した結果、見事に負けてしまったのだ。


スーファミのコントローラーに慣れてなかったせいとはいえ、負けてしまった事は事実なので、その時からこの喋り方を強要されている。


 彼女の名前は松本絵里。現在の年齢は確か二十八歳。彼氏無し。処女と言っていた。ネットでの配信名は【エリチリ】


世界中のありとあらゆる娯楽文化に精通しており、ローカルゲームやレトロゲーム、ボードゲーム等も網羅している他、世界中の歌手やアイドルにも手を出している。


それらの紹介動画を一日に一回以上配信し、再生回数は累計数億件以上。


 その収入と、たまにローカルゲーの大会などに出場して優勝し、賞金も生活費に充てているという。


 更に株式やFX等で運用して、既に資産は数億を超えていると自称していた。


当時リッカとして活動していたオレのファンでもあって、その縁で一度動画配信を一緒にやった事もある。



「それで、ハニィにお願いがあるんだ」


「ふひひ、な、なんでも言って……っ! お姉さん、貢ぐよ? いくら? 百万? 千万? 億!?」


「い、いや。お金じゃないんだ。オレが君に求めているのは、君自身なんだから」


「律君実はノリノリじゃない?」



 富山さんにツッコまれたがノリノリじゃない。マジで言葉を選びまくってる。



「フル・ダイブ・プログレッシブ――何が起こっているか、知っているだろう?」


「うん、知ってる。お姉さん、あれ買う気満々だった……ひたすら釣りする気だったのに……っ」



 彼女の言う釣りは恐らく男を釣って「m9 (^Д^)プギャー」する方だと思うが、そこは無視しよう。



「一緒に、FDPをプレイしてほしいんだ」


「………………え、マジで言ってる? お姉さん、考え直して欲しいなぁ……アレ、クリアできず一年経つと死んじゃうんでしょ? リッカ君にはそんな危ない橋、渡って欲しくないの……」



 流石に九十九のようにすぐに返答してくれるとは思わなかった。


それはそうだろう。


彼女も海藤雄一があれだけメッセージを残した意味を理解している事だろう。


あれは冗談でもなんでもなく、本当に一年以内に該当する称号データを取得できなければ、死んでしまう恐ろしいゲームなのだと。


だからこそ、彼女は本気でオレの事を止めると、信じていた。


 オレと富山さんを家の中に招き入れ、綺麗なリビングの椅子に座らせ、モンスター○ナジーを出してくれた。お茶じゃない所がこの人らしい。



「オレの友達が、FDP内にいる」


「女の子……?」


「ああ」


「そっかぁ……そうだよね、リッカ君も、もう高校生だもんねぇ……彼女の一人や二人は、いるよねぇ、そりゃ……推しに彼女いた……しんどい……」



 どんよりとした空気が流れるが、しかし彼女の言葉に「いいや」と口を挟む。



「彼女じゃないよ、友達さ。でも、友達を見捨てるオレなんて――君はキライだろう?」


「……あ、そうかも……そうだね、お姉さん、王子様なリッカ君、好き……ふひ、ふひひ、好き、あー、待って妄想捗って死ぬ、尊い……っ」



 せっかく座らせてくれたが、今一度立ち上がって、彼女の手を引き、壁まで誘導して立たせ――壁ドンをする。



「お願いだ。止めないでくれ」


「ふひぃいッ!! ま、マジ壁ドン……っ!?」



 ドンドンドンと賃貸なら絶対隣の部屋から「うるせーっ!!」と聞こえてきそうな程壁を叩きまくりながら、何とか精神を安定させつつも、彼女の耳元で囁き続ける。



「君はオレが守るよ。だから、君もFDPで、皆を守るヒロインになって欲しいんだ」


「ひ、ヒロイン、アタシが……ヒロイン……あ、駄目だコレ……脳が幸せ過ぎて死ぬ……っ」


「駄目かな……?」



 彼女のあごをクイッと引いて、笑みを見せる。すると彼女の口元から若干涎が垂れた他、足をガクガクとさせている光景は、何だが懐かしく感じられた。



「い、いいよ……お姉さん、リッカ君の為に、命張っちゃうよ……っ! ど、どうせ詰んでる日本でこれ以上生きたって、幸せなんかないもんね……っ」



 彼女は確か新卒で入社した会社がガチのブラック企業で、その時から「マジで世界滅びろ」とか言ってたらしいしなぁ……。



その後、オレだけ先に家を出て新鮮な空気を吸いながら吐き気を堪えていると、富山さんが松本さんの家から出てきて、明後日グレイズ・コーポレーションの本社に来て貰うようにスケジュールを組んだそうだ。



「大丈夫? 律君」


「吐きそう……」


「ねぇ、試しに私にもキザな王子様口調で話してみてよ」


「勘弁してください……」



 若干Sっ気のある富山さんのからかいを受けつつも、オレ達は来たルートを辿り、東京駅まで戻った後、グレイズ・コーポレーション本社にある仮眠室で、一日を過ごした。

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