社長室にて-01
富山裕子は、今彼女の前で椅子に座る岩田岩治が冷や汗を流しながら、三人ほどが来賓席に腰かけ、書類に目を通しながら事務的に発する言葉を聞き、さらに滝の様な汗を流していく姿を(煮込みチャーシュー)と思いながら、耳を傾けている。
「我々としてもグレイズ・コーポレーションへの支援は今後も継続して行っていきたい所はありますが、現状では難しいというのが現実です。貴方の説明では、通信機器を用いた革新的ゲーム技術の発展は、今後の量子力学における技術発展貢献という事でしたね」
「え、ええ。FDPは人間を量子データに変換し、量子コンピュータ上に形成したゲームエリアへそのデータを送り込むことによって、疑似的な第二の人生を追体験できるゲームです。今回はハンティングアクションを主題としましたが、内容によっては牧歌的なゲームも、現実では体験しえないアレコレを主題とする事も出来ますし、ゲームだけではなく、この技術を様々な分野に発展させる事も可能です。そして現に、FDPというゲームでそれは成せているでしょう?」
「しかし安全性が損なわれては話が違います。既に内部リークかはわかりませんが、経済産業省と総務省がFDP開発にあたって支援を行っていたという事も国民へ伝わってしまっている。……いや、それは別に構わないのですがね。ただ反感情が高まっている中、我々が続けて支援を行っていく事は難しい」
「ですが、FDPは人工衛星【トモシビ】による管理・運営にて成り立っています。そしてこの【トモシビ】は、様々な企業へ技術提供を行って、現在は通信インフラの一部を担っています。経済産業省の方々から支援が断ち切られる事は、その通信インフラの整備等に大きく影響を及ぼす可能性が」
「勿論今後も人道的立場から支援は継続します。ただ、今後の発展は難しいと判断し、最低限【トモシビ】の管理に影響が出ない範囲での支援となるでしょう」
「そ、それでは何か問題があった場合に即時対応が難しくなります。現在の管理体制を見直さなければならない」
「FDPの管理運営を行うだけであれば、この程度で十分と我々で判断をさせて頂いた結果です。ご了承ください」
岩治の顔色がさらに悪くなった。裕子はため息をつきながら、彼の前に三枚の書類を放り、続けて来賓用ソファにかけて頂いている三名にも、同様の書類を手渡した。
「これは?」
一人が目を通す事無く説明を要求した。裕子は気付かれないように溜めた息を吐き、求められた説明を果たす。
「現在、資金援助のお声をかけて頂いている外資企業の一覧です。既に三百社程が手を上げており、一番私が有力候補としてお話をさせて頂いているのが、ロシアの国営IT企業【マシロフ】と中国国営IT企業【アーフェイ】です」
「それは」
「しかし今回のFDPプロジェクトは、日本のIT技術と量子力学の複合における最先端技術を今後違う分野等に発展・貢献させる為に計画し、あなた方経済産業省と総務省の支援を頂いてこそ実現したものです。ですからお話自体は保留とさせて頂いた上で、検討を進めています」
「君、それが何を意味しているのか、分かっているのか?」
「そ、そうだよ富山君、落ち着きたまえっ」
「分かっています。つまりは『日本と言う国で支援を頂けない場合、国外へ独占技術を持って逃げ、そっちで資金探りしてもいいのだぞ』という脅しですが、何か」
裕子の言葉に、その場にいた全員があんぐりと口を開けて絶句した。
「弊社は、ただのゲーム会社です。しかしゲームとは直接関係の繋がらないIT分野や通信インフラ等も同時に手がけ、この国の技術発展にも大きく貢献してきた会社だと自負しております。現に一部半導体事業や3G、4G、果ては5Gや6Gの開発においても、殆ど国営と言ってしまっていい通信事業各社の方々とご協力もさせて頂いております。そして、トモシビはその通信インフラを支える基盤と言っても過言ではありません」
「それは」
「我々は何も、そう無茶な事を言っているわけではありませんよ。トモシビの管理運営を縮小しない範囲で今後も援助を頂ければ、それだけ人命救助にも繋がると言っているのです。
我々としてはこの日本で、あなた方と、太く長いお付き合いを所望しておりますが、もしそちらがそうでなければ、残念な事に国外へ支援を求める他ありません。何せ二百五名という人命が掛かっています。弊社としては、この人命救助に手段は選んでいられない状況ですから」
「いや、そこは例えば、日本国内の別企業へ支援を求めるなり、あるのではないかと」
「日本国内では現状グレイズ・コーポレーションへ支援する事は、人殺し企業と罵られても仕方ありませんからね。どこも我々の持つ技術より、自分の保身に走ってしまいます。勿論人道的ご支援は頂いておりますが、大きくご支援を頂ける会社は、やはり今後得られる技術を目的とした外資となってしまいます」
出せる手は出した。裕子は一歩下がり、あとは岩治に任せる事にした。
「う、ウチの秘書が失礼を申しましたが、しかし現に、海外より様々なご支援の申し入れが後を絶たない状況です。人間の量子データ変換は、それだけ革新的な技術です。我々としても、この技術を日本国内から発信し、この国の発展に貢献したい。……如何でしょう?」
男たちは押し黙った後、適当なおべんちゃらだけを残して去っていく。ひとまず現状維持で落ち着く事が出来、二人は息を吐いて安堵する。
「……富山君、本当にゴメン、ありがとう」
「問題ありません。この問題が片付いたら私、退職しますし」
「でも片付くまではいてくれるんだよね?」
「片付かないと、夜も寝られませんから」
のんびりとはしていられない。用意した物資をトモシビへ運送する手筈となっているシャトルへの同乗しなければ、次の打ち上げまで一週間はかかってしまう。
荷物をまとめた裕子は、岩治に挨拶をすることなく、社長室から飛び出した。