先行プレイ-06
社長室に辿り着き、ロックを解除した富山さんが、オレを出迎えてくれる。
彼女は予め用意していた資料を机の上に置いてくれていて、目線で「これでしょう?」と示した。
頷き、全ての資料に目を通していく。
だが正直、事前情報であった内容だらけだ。読み進めながらも、オレは富山さんに聞いてみる。
「開発データ、やっぱブラックボックス化してるんですか?」
「ご名答。まぁされていなくても解析は無理だったでしょうね」
「同感」
と、そんな会話を交わしている内に、エレベーターが最上階につき、満身創痍と言った様子の岩田がフラフラと社長室に訪れた。
「あ……律君、来てくれたんだね……っ」
「アンタの為じゃない。というか一発殴るぞ」
柔らかそうなお腹にフックを食らわせ、ドゥフと呻いた岩田。
そんな彼に向けて、富山さんが駆け付け、まずは「大丈夫ですか社長」と声をかけた。
「と、富山君……私の味方は、秘書である君だけだ……っ」
「いえ、私辞めますよ? 退職金は満額お願いしますね」
「そんなー……」
「自業自得です」
資料に目を通し終える。
新たに分かった事は一つだけ。しかしこれは思ったより重要な情報だったので、噛みしめ、考える。
「それで、雨宮君。何か突破口はありそう?」
「そうだな――称号データは全部で五千個あり、その内エラーが起こっている称号は五つ。これは覆らないと考えられる。
けれど海藤雄一が言っていたように、一人で五千個の称号全てを手に入れる必要が無いなら、全ユーザーが虱潰しに称号を手に入れていけば、その内エラーが起こっている五個を取得する事は可能だ」
そして、五千個ある称号データは、それぞれ大まかな分野で一千個ずつ設定がされているという。
「狩りにおける称号」
「食材における称号」
「採集における称号」
「恋愛における称号」
「娯楽における称号」
これらが区分けされているという事が分かれば、予めその知識を有した者がゲームに参加すれば、称号取得はそこまで難しい事では無いと思われる。
だが――
「このままじゃ無理だ」
「えぇ!?」
「雨宮君の力を持ってしても、という事?」
「その通りだ。オレ一人で五千個全てを一年以内に獲得する事は出来ないし、今プレイしている先行プレイヤー達は、オレが知る限りゲーム知識において特出したモノを持っている人物が少ない。
つまり、一年なんて短い期間じゃ、手に入れても通常プレイを行って手に入れられる称号だけ、という事だ」
勿論、通常プレイを行って手に入れた称号が、たまたま五個のエラー称号だったという可能性もある。絶対に無理だと言い切る事も出来ないが、しかし何時だって最悪の状況を鑑みるべきだ。
最悪、それは――最高難易度に設定されている称号が、エラー称号であるという状況だ。
「そ、そんな事を言わず、助けてくれ……っ」
オレの足をぎゅぅ、と掴み、みっともなく喚く岩田。
「き、君なら出来る! だって君は――
海藤もその実力を認めた、天才ゲーマー【リッカ】だろう!?」
岩田の言葉に、オレはため息を溢すと同時に、彼の腕を振りほどく。
「そう。オレは天才ゲーマー【リッカ】だ。それは認めよう。
でも、オレの得意とするゲームはアクション、シューティング、格ゲー、しかもオフラインゲーだ。
それらの分野で全ての称号を全て見つけだせ、という事なら自信はあるが――FDPはオンラインゲーの上、この『食材における称号』やら『恋愛における称号』やらを、一年以内に見つけ出す自信はない」
「そ、そんなぁっ!!」
だが、と。
オレの言葉は続き、富山さんに視線を送る。
彼女はハッと何かに気が付いたようにスマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始める。
「……え? え?」
「つまり、オレ一人では自信がない、というだけだ。
その道のプロフェッショナルについてという事なら、知っている」
富山さんがメモを取りながら通話をしていたが、すぐに電話を切り、オレへ笑みを浮かべた。
「マリアとカーラを日本へ呼び出す事には成功。カーラは明日。マリアは二日かかるみたいだけれど」
「上出来だよ、流石富山さん。じゃあ今日中に日本組の説得に行こう」
「車の用意もしてあるわ。距離から言って、まずは世田谷のお喋りスラングクソハゲの方?」
「そうだな、九十九の力も借りたい」
「じゃあその次は名古屋って事でいいのかしら」
「その通り、考える事は一緒だな。結婚を考えるレベルだ」
「貴方ほどの資産ならアリね……」
「十も年下の子供相手に真剣になるなよ……」
「八よッ!!」
「マジですみません」
そんな会話をしつつ、オレと富山さんは再び一階までエレベーターで降りた後に、裏口に回されていた社長専用のリムジンに乗る。
走り出す高級車の座り心地を楽しむ暇もなく、持ってきていたゲーム仕様書に目を通しつつ、到着を待つ。