璃々那アラタ-08
翌日の早朝。
先輩とマリアがステージに立つ本番まで四時間後に迫る残り時間の中、オレは一人でミュージアムの街を歩いていた。
朝日もまだ見えない、薄暗く肌寒い街を歩みながら、ずっと考え事をしていた。
――オレは、ファンと言う存在を、見ていなかった。
RINTOというファンがいた。勿論彼以外にも沢山のコメントやフォローをしてくれていたファンがいた筈だ。
けれど、オレが動画を上げ続け、大会に出場していた理由は、彼らの為じゃなくて、オレの事を見てくれている、母さんだけに集約していた。
それが誤りであったかと聞かれれば、オレは否と答えるけれど……それでも、オレは多くのファンを、裏切った。
マリアも、泣かせてしまった。
それが誤りじゃなかったとしても、正しかったのかと問われれば、答えあぐねてしまう。
「……またステージに立とうとする先輩や、今も誰かの目に留まるRINTOが、羨ましいな」
「そう? アタシは、ファンに見向きもしなかったアンタも、悪か無いと思ってたわよ。……ま、アタシと決着付けずにプロゲーマーを辞めたアンタには、今でも殺意モリモリだけどね」
何時の間にか、オレの隣にマリアがいて、オレと共に歩いていた。
「先輩は?」
「あの子は昨日の緊張で今もぐっすり。アタシは……何だかなぁ、ちょっとモヤモヤしちゃって」
「何にモヤモヤしてるってんだ?」
「アタシがなりたかったのは、ホントにアイドルだったのかな?
璃々那アラタみたいになりたかったのか、それともアタシだけしかなれない存在になりたかったのか……それがわからなくなっちゃった」
「そんなの、誰にだって分かるものじゃないだろ?
自分の事は自分が一番よく知ってる、なんて言うけど、あんなの嘘だ。
何時だって自分を信じる事が出来る強い奴もいれば、自分を信じる事の出来ない、弱い奴だっている」
「アタシらは、弱いのかな?」
「さぁな。……少なくとも、先輩は強いよ」
「アタシらの中で、一番弱い子だと思うけど」
「いや――誰かの言葉をしっかりと受け止めて、自分の弱さに向き合う事の出来る、強い人だ」
オレはそれを出来ていたか、分からない。
けれど、今なら一つだけ言う事が出来る。
「マリアも、先輩も、RINTOも、ツクモもエリもカーラさんも、オレの事をしっかりと見てくれていて、オレの人生をこれまで彩ってくれた、大切な人たちだ。
かつていたファン達に報いる事が出来てるかなんてわからないけど……でも、少なくともオレと共にいてくれた人たちの期待には、応えたい。
今は、母さんの為だけじゃなくて――みんなの為に、天才ゲーマー・リッカとして、頑張ろうと思えた」
「……ちょっとカッコいいじゃん」
「そうか?」
「うん。アメコミヒーローみたいに悲しみを背負って前を向く。アタシ、まぁまぁキライじゃないし――きっとリリナも、そんなアンタを好きでいてくれてるハズよ」
「あの人は、これから多くのファンに囲まれる。オレなんかを好きになってくれる筈が無い」
「鈍感。……ま、そんなアンタも良いんじゃない?」
マリアはクスクスと笑いながら、オレの隣にずっといてくれた。
そんな時だ。
『――急にごめんなさい、お二人ともっ』
突如、メイドが普段の何を考えているかわからない笑顔じゃなくて、相当に焦って様子で、目の前に現れた。
「ほ、ホントに急ね。何よ突然」
『ゴメンナサイ。アタシ達も、何がどうなっているのか、ちゃんと把握できているわけじゃないんですけど』
慌てて言葉が詰まらないように、メイドが一度深呼吸。本来はサポートAIのはずなのに、こうした挙動を見せるって事は、本当に感情を芽生えさせたんだなと感じる事が出来る。
『――突如、レイドボスが四体出現。このミュージアムに向け、一斉に進行を開始しました』
ゾワリと、何か寒気の様な物が背中を通る感覚がした。
彼女の言葉が、いまいち理解できていなかったオレとマリアは、彼女の言葉に続きがある事を願い、待つ。
そしてメイドも、落ち着いて一から事態の説明を開始。
『十分前、アルゴーラからミュージアムを繋ぐ壁付近に【狂食竜】ラーディング、【刃滅竜】ゲルトール、【岩石獣】ガルトルス、【炎迅獣】バールクスの同時出現を検出しました。
レイドボスは同一エリアに一体以上の出現がしないようにされているので、コレは本来あり得ない挙動です』
「何か、そのあり得ない挙動に心当たりはあるか?」
『……ゴメンナサイ、禁則事項です。ゲーム運営に関わる機密になりますので』
「そんな事言ってる場合じゃないっしょ!? アンタ、このゲームを正常に運営する事が目的って言ってたじゃん!
アタシらだってその為にこのゲームへ乗り込んだんだし、ちったぁ協力しなさいよ!?」
『本当にごめんなさい。アタシ達メイドシリーズも、システムに抗ってはいるんです。けど、話そうにもシステムの都合上、話す事が出来ないんです』