先行プレイ-05
音声は、それで終了であったようだ。
しん、と静まり返る会場。
先ほどまで喚いていた観客も全員がへたたり込み、中には涙を流して家族や友人の無事を祈る者もいる。
岩田はそんな中、オレの身体を押しのけて、会場外のタクシー乗り場まで走って、乗り込み、どこかへ去ってしまう。
スクリーンに映し出された、新庄先輩。
彼女は、どこからか聞こえた声に困惑しつつも、事態の重要性を理解できていない様に、首を傾げていた。
もしかしたら、これもゲームの一環なのかと、考えているのかもしれない。
「助ける。絶対に――っ」
岩田と同じくタクシーに乗り込み、財布の中に入れていた一万円札を五枚、先んじてトレイへ投げる。
「グレイズ・コーポレーション本社に、急いでくれっ!」
「あ、はい」
走り出すタクシー。運転手に少し聞きたい事があったので、声をかける。
「フル・ダイブ・プログレッシブの件、知ってますか?」
「なんか、FMラジオの音声が急に開発者の音声に変わってびっくりしたよ。試しにカーナビのテレビも起動したら、そっちも割り込み音声みたいなので流れてて、テレビ局もパニックみたいだよ」
運転手の言う通り、先ほどの音声は日本全国に向けて発信されたらしい。
ここ数日更新がされていなかった海藤雄一のSNSにも投稿されていたり、ネット掲示板にも無差別に音声データの投稿がされていたりする。
日本中が阿鼻叫喚の状況だ。
炎上するグレイズ・コーポレーションの関連スレッド、どんどんと暴落していく株価、現在先行プレイを行っている有名人物一覧が何者かによってSNSや掲示板に投稿されると、ファンなども騒ぎ立てて、SNSのサーバーがパンク状態で重い事この上ない。
恐らく――海藤雄一が、FDPの起動が確認された時、人工衛星【トモシビ】から緊急速報信号を、総務省が管轄するJアラートのシステムや、テレビ局、ラジオ局に流し、一斉送信されるように設定されていたのだろう。
「何でここまでできたのに、止められなかったんだ……っ」
思わず呟いた言葉を運転手は聞いていなかったようだ。
グレイズ・コーポレーション本社に辿り着く。元々ホールから本社は離れていないので時間としてはすぐだ。
しかし、それはマスコミにとっても同じ事。
既にマスコミの大群がグレイズ・コーポレーション本社に押し寄せており、舌打ちと共にスマホを取り出して、一人に電話をかけた。
「親父」
『律か、今すごい騒ぎだな』
「親父からグレイズ・コーポレーションに入れるように手を回してほしい」
『やるのか、律。父さんは鼻が高い』
「ああ、やってやるよ。名前でもなんでも使えよ。そうじゃなきゃ、二百人の命が……オレがアンタより大切に想ってる人の命が、ないんだ……っ!」
電話を繋げた相手との会話は、以上だった。
マスコミのいない裏口へと回って、二分ほど待機していると、電子ロックの解除された音が聞こえたので、扉を開ける。
そこには、スーツを着込んだ女性が立っていた。
「お久しぶりです、富山さん」
「久しぶりね、雨宮君。お父様経由で連絡をくれるなんて、思ってもみなかった」
「社長は帰ってきてますか」
「ええ。――入口でマスコミに潰されて、チャーシューになってるわよ」
裏口からエレベーターに乗り込み、最上階にある社長室へと向かっている最中、富山さんはスマホのワンセグを映し、今入口でマスコミに詰め寄られている岩田を映した。揉みくちゃにされ、富山さんの言う通りチャーシューのように見えて、少々笑ってしまう。
『岩田社長は危険性があると知りながらも販売を強行したという事でよろしいのですか!?』
『現在二百名に及ぶ先行プレイヤーがゲーム内に取り残されているという事ですが、彼らの安否はどうなるんですか!?』
『答えて下さいっ! これは流石に説明責任があると思いますよ!?』
『ぞ、存じ上げませんっ! 存じ上げませんってばぁ!!』
『存じ上げませんじゃ済まないでしょ!? グレイズ・コーポレーション社長として、この責任をどうやって取られるおつもりなのですか!? 救出は!? 何か策があるというのですか!?』
当然の結果だろうと、オレも富山さんもため息をつきながら、無様に人波で煮込まれるチャーシューを眺めていると。
『そ――その点はご安心くださいっ!
我が社には、世界最高のゲーマーである【リッカ】がいます!
彼の手にかかれば、一年以内に全員を救出する事は容易い事です!!』
「富山さん、あのチャーシュー記者から殴られるに千円」
「私もそっちに千円」
「賭けが成立しない」
「当然でしょ」
案の定、記者が『あー思わず手が滑ったーっ』と録音機を持つ手を岩田の頬にめり込ませた。
「ていうかオレ、後でもう一回殴りますね」
「私は退職金貰って退職ね」