新庄璃々那-10
三星彩斗は、ミュージアムを超えた先にある牧草地の集落より、馬車を買い付けた。
理由は二つ。
一つは馬車などの移動手段を用いる事で得られる称号などがあるのではないかという確認の為。
そして、それは正しかった。『馬車を利用する』と『馬車で5㎞以上移動する』の二つが解放されたので、今後も利用できれば利用し、距離を稼ぐつもりもあった。
もう一つは移動手段として優秀だったため。
馬車を利用すれば、整地された道も、多少の段差や山道であってもある程度移動は容易くなるからだ。
現に集落よりミュージアムへと戻るのに、大した時間はかからなかった。
結果、彼女はミュージアムへと辿り着き、戦友と言うべきリッカから送られてきた、リング取得に関するメッセージを見た時には、既に行動できるほどに体力も問題が無い状況となっていた。
「ガスラ砂漠には、夜には到着できるか」
「途中でアルゴーラへと立ち寄る事も出来ますが」
「いや、時間が惜しい。夜にガスラ砂漠へ行き、そのバスラ農村とやらでリッカ達と合流できればいいが、彼らには彼らの行動もある」
ミュージアムとアルゴーラは、丁度大陸の中心に存在する、南北を分ける壁によって遮られており、この壁を超えるにはトンネルを通過する必要がある。
トンネルは馬車が通る事は出来ないので、ミュージアムからは徒歩で行くしかない。
二人は徒歩でミュージアムからガスラ砂漠へと半日かけて移動し、結果としてガスラ砂漠の岩石場に辿り着いたのは、彼女の言うように夜も更けて、砂漠には冷たい風が吹き込んでいる時間だった。
岩場を歩きながら、彼女は一体のモンスターを発見する。
屈強な鎧にも似た、装甲を取り付けた大型モンスター【装甲獣】レアルドス。
既にリッカはそれと戦い、勝利を収めている筈だ。
「メイド、居るのだろう?」
『はいはーいっ! アタシが誰だが分かります?』
「少なくともオンド・メイドではないね」
『ですです! アタシはインド・メイド! ちなみにインドはそれ程好きでも嫌いでもありません!』
レアルドスとの距離は、そほど離れてはいない。
その巨体が走れば、およそ十秒ほどで接近される距離。
しかし、まだ見つかってはいない。
ならば、まだ聞く事が出来るハズだ。
「このイベント――リングを無しに奴と勝負して、勝つことは可能かい?」
『一応可能ですけどぉ、リングの追加システムを仮定してバランス調整をしておりますので、分は結構悪い事になりますですよ?』
「いや――そんな事は無い。ミサト、手を出さないでくれ」
双剣を引き抜く。
刃同士を擦り合わせ、抜き離れた刃と共に、彩斗が地面を、強く蹴る。
高く跳んだ身体。その動きを見つけたレアルドス。
ブシュッ、と水蒸気を吹かしたその装甲獣へ向けて、高所へと昇った彩斗が、飛び降りながら、刃を振るう。
振り込まれる拳。迎撃するは、人間の持つ二振りの刃。
しかし、彩斗は決して、負ける気はない。
彼女が持つ双剣は、ミュージアムにて最高額で販売されていた『ミッシング・リンク』と呼ばれる装備だ。
攻撃力などのステータスはともかくとして、赤と銀の彩色がされた一振りずつの刃に、それぞれ四つもアイコンを装備する事が出来る。
彩斗は駿足のアイコンと灼熱のアイコンを装備した赤色の剣と、治癒のアイコンと氷結のアイコンを装備した銀色の剣を用いてレアルドスの拳を押し返し、さらに身体を捻らせ、その二振りをレアルドスの首部と腹部へと斬り込ませる。
ただ流石、装甲獣という名は伊達ではない。
切れたのは、装甲の表面だけ。キキキキと耳に残る嫌な音が響いただけで、有効打となっている感じはない。
――だが、それがどうした。
「私はかつて最強を拝命した者だ。最強を背負う者には、それなりの矜持がある」
氷結のアイコンを外し、代わりに【打撃のアイコン】を装填。
レアルドスが身体より発する熱は灼熱のアイコンによる効果で打ち消しながら、駿足のアイコンを用いて移動速度を底上げ、彼女は振られるレアルドスの拳や蹴りを避けながら、その背後を取り、双剣の柄を振り下ろし、その装甲を歪ませる。
「正攻法だけが、攻略法とは限らないんだ」
彼女は、ペロリと舌なめずりをして、口元に垂れて来た汗を、舐め取る。
そして咆哮と共に襲い掛かるレアルドスの動きを見据えつつ、それでも頑なに、リングのある宝箱へは、行かない。
そんな彼女の姿を、宝箱までたどり着き、リングとアイコン二種類を手に取ったミサトが見届けている。
『……ホントに手助けも何にもしないんですかぁ?』
「ええ。必要ないもの」
『ホントバケモノですねぇ彩斗。……それに、ミサトさんも。貴女、ゲームの実力だけで言えば、彩斗よりも高いでしょう?』
「ただ、運動不足気味でね。このFDPで活躍できるかは不明だわ」
『期待してますよぉ? あなた方とリッカ達には』
――月夜に、レアルドスを斬る音だけが、響いた。




