新庄璃々那-01
宮戸高等学校は、創立から八十年近い歴史を持つ高等学校で、部活動よりも学業へ力を入れ、進学率が全体の九十三パーセントを占める。
雨宮律は、一年生の秋頃に、この学校へと転入してきた。
元々は実家近くの東洋高校に通っていたのだが、父親の元から離れて一人暮らしを開始し、それに伴い学校も遠くなってしまった為、転校したのだ。
第一印象としては、面倒の無い学校だと思った。
周りは既にコミュニティが出来上がっているし、学業に力を入れている関係から生徒たちも皆勤勉で、転入性である律の事など気にするものはそういない。
居たとしても適当に相手をするだけで事が済むから、当たり障りのない会話をするだけの一日を繰り返す。
だが担任は、少々面倒な人だと後々分かる。
「雨宮はあまり他人とコミュニケーションを取るのが得意ではないのか?」
担任・湯道正則は五十代の男性教諭で、如何にもな過干渉教師と言った感じだった。
律は廊下に呼び出され、いきなり問われた言葉の真意を考えるにも億劫で「ええ、まぁ」とだけ答えると、正則は「いかんな、いかん」と首を振った。
「これから大学、就職と人生は長く続いていく。それなのに人付き合いを苦手としていてはいかんな」
「そうですか」
「部活に入るといい。ウチの学校は部活動自体に力を入れているわけではないが、それでも何かへ打ち込む事は良い事だし、友達もきっとできる」
正則としては、生徒の事を想っての発言だろうが、しかし面倒ではあると悩む律。「考えておきます」とだけ返答し、次の授業が始まるからとその場を離れた律は、授業が終わった後に部活動説明が書かれた学校説明パンフレットを熟読した。
運動部は絶対にNOだ。運動自体が嫌いなわけではないが、なるべく一人の時間が欲しい。
となると文化系だな――と適当に眺めていると、一人の女子部員が『文芸部』と書かれたフリップボードを持ちながら、新たな部員がやってくる事をまるで望んでいないかのような写真に目が引いた。
特に、この女子部員が良い。陰の者と言う感じが非常に好感触だった。
昼休みの時間を使って、部室まで赴く。
文化部校舎二階にある文芸部室。ドアをノックして、返事が無かったのでドアノブに手をかけてみると、鍵がかかっている様子はなかった。
開けてみる。
そこには、教室で使われる机と椅子が三つと、部屋の三分の一を占領する本棚が。
本棚には、多種多様なジャンルの本があった。
分厚いハードカバーからライトノベルまでを揃えた本の品々を見ていると、先ほど律が閉めたドアが再び開かれ、少女が見慣れぬ存在にギョッと驚き、声をあげた。
「え、あ、その……だ、誰……ですか?」
「あ、ごめんなさい」
まず、一言謝罪をする律。彼は持ってきていたパンフレットを持って、部活動に興味があるという事を話すと、少女は俯きながらも話を聞いて、頷いたのだ。
「そ、そうですか……その……えっと」
律は、目の前の少女を、事前に考えていた通り、陰の者だと確信した。
まずは外観。その黒髪をただ下しているだけで、髪飾りも何もなければ、まとめもしない。
前髪は目元まで下ろされて、目はほとんど見えない。
秋頃で少し涼しくなってきたとはいえ、まだ残暑の残る中で長袖とカーディガンを羽織って、身体の線を出さないようにしているところも非常にいい。
さらには、そのハキハキとしない声。
一言一言が小さいのに、女性特有の高さがあるので、聞き取りづらい訳でもないというのも、また良いと考える。
聞き取れないと、何度も聞き返す事になるのが面倒なのだ。
「体験入部、出来ないかなって」
「あ、はい、その……ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
女生徒は、律からそそくさと離れ、一番遠い椅子に腰かけ、持ってきていたハードカバーを読み始める。
だが、律は特に本を持ってきていないので、女生徒に「本をお借りしてもいいですか?」とだけ聞くと、彼女もコクリと頷いてくれた。
そこから、会話という会話は無かった。
しかし、それでよかった。
沈黙が、苦痛ではない時間。
ただ、紙の本をめくっていく感覚だけが二者の間にはあり、昼休みが終わる五分前の予鈴を聞き、そこで二人が久しぶりに動く。
「ありがとうございました」
「あ、いえ……」
借りていた本を戻し、椅子を戻しておく。
女生徒が教室へと戻る前に、一言だけ言っておかなければと、彼女の背へ語り掛けた。
「オレ、雨宮律です。入部、真面目に検討します。今日の放課後も、来ていいですか?」
女生徒は、律へと振り返って、僅かに見える瞳で律を見据えると――頷き、自己紹介をしてくれた。
「私は……新庄、璃々那です。一応、文芸部の部長も、やらされてます」
後に、律は彼女の事を尊敬し、崇める事になる。
――それは、過去の話ではあるけれど。




