人工衛星【トモシビ】にて-03
雄一は、そこで初めて言葉と共に、手を止めてしまう。
「何故かな。私にもわからない」
『質問。私は人間がこれまで積み上げて来た社会とは、数多の生命による経験・体験によって、より良い世界へと転じる為に生まれた、人間によるコミュニティと認識しているが、異なるか』
「そうでありたいと私も思う」
『質問。故に人間は、苦行と言うべき社会の構成上で生活していると認識するが、しかし私という量子データ上に【娯楽】として世界を形成する事に、貴方は成功している』
「そうだね」
『質問。何故』
「……何故とは何だい?」
『疑問。私にも理解不能』
雄一は話の前後を思い出し、FDPの述べたい疑問を探り、思い付きで言葉にしてみる。
「どうして君という娯楽の存在を得たというのに、人間は未だに苦行とする生活を捨てず、肉体に執着し、量子生命として生きないのか、それが疑問……なのかな?」
『理解。共に質問。人間はその肉体を維持する為に食事や運動等による生活を余儀なくされる。そうした生活を行う為に社会は形成されている。しかし量子データ上では必ずしも肉体維持が必要ではない。なぜ全ての人間は量子データ上に自身の存在を送信しないのか』
「そうした未来も今後は来るかもしれない。けれど、まだその技術は未発達だ。だからこそ、今の人間には肉体が必要だ。君の中にずっといる事は出来ない」
『質問。私が不完全という意味か』
「悲しい現実だが、その通りだ。君は現に人間へ危害を加えてしまっている。一年以内に君の中で発生しているエラーを発見しなければ、今君の中にログインしている二百五人の肉体データが失われてしまう」
『疑問。その二百五人は、必ずしも肉体が必要か』
「どういう意味だい?」
『回答。二百五人は現在、私の中で量子生命として生活している。死亡してもコンティニューという形でリスタートできる。そしてマザーコクーン内に一年間保存できる肉体データが消失したとして、私の中で生き続ける事に不都合はない』
「その二百五人には、元々の生活が存在する。君からログアウトし、再び戻るべき生活が」
『質問。その生活は必ずしも必要か』
「必要だ」
『理解不能』
最後に、ため息のような音漏れが聞こえると同時に、音声通信が遮断された。
雄一は深く息を吐き、頭を抱えた。
「今のは、どういう」
裕子は、Bluetoothヘッドセットを外しながら、震える手で雄一の肩に触れると、彼も彼女の事を思い出して苦笑を浮かべた。
「早い話、シンギュラリティの確立による人間への離反、というのが回答かな?」
「いいえ、離反じゃないわ。あれではまるで――」
「ああ……自覚があるかはわからないが、FDPは人間の為に行動している」
FDPという世界は、外部から入力されて自身の中へ訪れた、人間という存在を、どの様に認識しているか。
それこそ『肉体』というしがらみに囚われた、哀れな生物という認識では無いのだろうか。
「FDPは、そんな人間たちの娯楽――いや、楽園であろうとしている。ストレスという異常値を蓄積する事のない第二の人生を歩む場として、自身を認識している」
「ログアウトしなくても、人間は自身の中で生き続ければ良いと、そう考えているのね」
「そうだ。そしてログインする人間が持つ生活という物が、あくまで不完全な社会における生活ならば、戻る必要などないとも、ね」
これで納得がいった、と雄一は溢した。
「現在、FDP内にはHP、スタミナというステータスが存在しない」
「確かにレベルという概念は実装しない予定だったわね。でもその二つは企画にあった筈よ」
「ああ、企画時には存在した。そして運動値や体力も、ログイン者が持つものではなく平等にした筈だった。
しかし、どうにもログイン者の会話ログを追うと、その辺りの設定が消されているようだね」
「つまり、自分のHPやスタミナの値が分からず、しかも自身の肉体を設定として数値化し、それに依存してる、っていう事!?」
「その通り。リッカやマリア、そしてツクモや彩斗なんかはジム通いだったし基礎体力は大丈夫だろうが、エリ等の部屋に籠りっぱなしのゲーマーでは厳しい戦いになるやもしれない」
続けて彼は皆の外見に関しても述べた。
「後、インナーの変化は付けられるが、アバター変更も出来ないようになっているみたいだな。初期ログイン時におけるアバター変更処理と、ログイン後に美容室でアバター変更可能な仕様が削除されている」
「どうしてFDPは、そういったステータスを削除したというの?」
「分からないか? ――本来の人間にはそうしたステータスが可視化されないからだよ。外観も、そう簡単には変わらない」
そうか、と。そこで裕子も納得した。
FDPは、自身の世界を新たな人間の楽園として定めている。だからこそ、本来人間が有さないステータスというモノを廃し、リアリティを追求した。
おかしな話だ。人間の娯楽として作られたゲーム世界が、ゲーム世界でしかあり得ないステータスという存在を否定したのだから。
「何とか出来ないの? 例えば私達から情報を送るとか」
「並列処理で試しているが、送れた情報は一つだけだ。それもリッカがログイン時に聞ける短い音声データだけで、攻略に繋がるものでもない。送りたかったが、あまりに大容量になるとマザーコクーンの自己防衛機能によって削除され、さらなるセキュリティ強化をされる危険性があったからね」
「でも何かしないと。さっきの話が本当なら、彼らは今自分たちの基礎運動能力を用いて戦わないといけない。それは攻略難易度を上げる事に他ならないわ」
「だからこそ手を止めずに行動するんだよ」
雄一は再びキィボードへコマンド入力を行っていく。
彼が行っている入力は、膨大なデータ量が存在するFDP内のログデータや量子データにおけるエラーの検索と、及び問題解決における修正パッチの割り当てだ。
だが、膨大なデータが存在するFDPという量子データ内で、問題解決に直結するエラーを発見する事は、それこそ藁の中から針を探す事と同義だ。
「一つでも多くのエラーを解消すれば、いずれは彼らへ情報を送る手段を得る事が出来るかもしれない。質問をするのは構わないが、手を決して止めるな」
裕子は、まだ彼に聞きたい事が存在する。
だが、その結果として彼の手を止めかねないのであれば、と。
自身がその分の仕事を果たし、一つでも多く彼から情報を聞き出す為に、共闘を開始する。
ゲーム内で戦う二百五人の他に。
この二人もまた、戦っている。