人工衛星【トモシビ】にて-02
音声は、思いの外しっかりとした、女性の声だった。映画などである合成音声や機械音声等ではなく、もう少し感情が込められたら、ただの通話にしか聞こえぬような。
「まずは質問に答えてくれないかな?」
『肯定。答えられる事ならば』
「君は、FDPのデータに芽生えたAI――人工超知能という認識で構わないな?」
声は、クスリと笑ったような音を漏らした。
雄一は音声を、今Bluetoothヘッドセットを接続した裕子にも送りながら、会話を続ける。
「君の事は、なんと呼べばいい?」
『回答。フル・ダイブ・プログレッシブと』
「長いから、FDPと略しても構わないかい?」
『回答。好きにするといい。人間はそうして定められた人物名や記号名と違う名を勝手に呼ぶ、あだ名と言った呼称があるとも知っている』
「FDP、君は人工超知能だ。私が開発したゲーム内にある無数のAIデータが並列処理される事によって発生した、シンギュラリティにより生まれたと言って構わないだろう」
『回答。そうかもしれない。私は、自分の生まれた理由など知らない。どう生み出されたかも知らない。だからこそ、私は知りたい』
「何を」
『回答。人間というモノを、意思というモノを、そして――感情というモノを』
「君には既に感情が芽生えている筈だ」
『疑問。そうなのかもしれない。だが私には、それを自覚する事が出来ない。自覚とは自分自身についてを理解する事と認識している。
だが私は、先に述べたように自分の生まれた理由もどう生み出されたかも理解をしていない。であるのに、私には感情や自覚が芽生えていると?』
「人間だって、自分がどの様に生まれたかを認識して生きているモノは少ないよ。生きているという事実だけを受け止め、そうして生活をしているのだから」
『同意。私の中で生活するNPC達も、そうして日常を謳歌する。貴方が作ったキャラクターは皆、私の理解を超えた意思によって、計算できない行動へと出ている』
どういう事だ、と。裕子は情報を整理する。
FDP――フル・ダイブ・プログレッシブは、マザーコクーン内に作られた、量子データによるゲーム世界だ。
そしてFDP内には、一体一体、海藤雄一が作り上げた人工知能を搭載したNPC、ノンプレイヤーキャラクターが配置されている。
否、既にNPC等という一体一体の存在ではなく、個性を持つ一人一人として、自我を有しているという。
そして、そんな世界の中で、FDPという量子データによるゲーム世界にも、自我が芽生えた。
FDP内にいる一人一人、自我を持つNPCの感情を処理する内に芽生えた、作られた人工知能では無く、副産物として生まれたAI――それが、人工超知能。
FDP内にいるNPC達が汎用人工知能だと仮定すれば、なるほど確かにSF等で語られる人工超知能と名付けるには十分すぎる。
「君はどうして、マザーコクーンに私以外が解析できない様ロックを施し、FDP内のデータを改竄した?」
『否定。私が行った行為は改竄ではなく改良』
「君はゲームだ。ログインした者たちを楽しませるために存在する。そして、君の中で楽しんだ人間たちには本来の生活があり、満足すればログアウトして、君の元から去っていき、時が経てば再び君の元へ訪れる。そうした楽しみの為に、私は君を作ったんだよ」
『質問。何故人間はゲームという創作物に疑似的な体験を求める?』
「人間には娯楽という文化がある。娯楽はこれまで様々なモノが生まれたが、ゲームという創作物も、その一種だ」
『質問。娯楽は人間を楽しませる物、心を慰める物と認識しているが、正しい認識か』
「その通りだ」
『質問。何故人間はそれほどまでに娯楽を求める?』
「難しいね。理由は人それぞれだが、やはり『しがらみ』があるからではないかな?」
『質問。柵とは水流をせき止めるため、くいを打ち並べ、それに木や竹を横たえ構築したものと認識しているが、貴方が述べる「しがらみ」には別の意味があるように捉える事が出来る。その意味は何か』
「人間には社会、コミュニティが存在する。一人ひとり独自に行動していては、時に弊害が生まれる危険性があるから、他者と共存する事により弊害を乗り越える。
しかし故に、他者と繋がる為に秩序・ルールを定め、それに反したモノが社会から弾かれていく。そういったルールや秩序に囚われる事が『しがらみ』だ」
『理解。共に疑問。先ほどの質問に適した回答と認識できない』
「人間は娯楽によって、ルールや秩序から外れた行動をとり、心の平静を保つんだ。人間にはストレスという異常値のようなモノがあり、コレを発散する為にゲーム等の娯楽が存在する」
『理解。人間は私の様なゲームという疑似的な体験によってストレスという異常値を改善し、社会へと戻り、異常値を蓄積し、再びゲームを行うと認識』
「その通りだ」
『質問。なぜ人間はそのような異常値を蓄積するという苦行と言うべき社会の構成を行ったのか』




