人工衛星【トモシビ】にて-01
人工衛星【トモシビ】は、グレイズ・コーポレーションを代表に二十七の企業が参入して打ち上げられた通信衛星の一種である。
マイクロ波による無線通信の送受信設備と共に、観測衛星や気象衛星の補助としても利用されており、その中心部にはグレイズ・コーポレーションが開発を行ったスーパーコンピュータ【マザーコクーン】が存在、全てのデータを一括管理し、処理も並行して行われている。
トモシビ内は簡易的な宇宙ステーションとしても稼働しており、衛星内で活動を行う作業員達の安全や生活を保障する為の設備も整っている。
海藤雄一は、トモシビの管理施設に入り浸っていた。
管理施設は、重力処理やエアー管理による酸素供給が行われており、彼は宇宙服のヘルメットと腕部分を取り外したノースリーブ状態で、マザーコクーンとケーブル接続を行ったPCでコマンド入力を行っている。
もう数日、シャワーも浴びていない。髪の毛はボサボサと荒れ、ヒゲも伸びている。
そんな彼の下へ、大型デスクトップPCを持って管理施設に入室した女性。
彼女もヘルメットを脱ぐと、そのまま海藤雄一の下へと行き、彼へ声をかける。
「海藤さん」
「富山君か。早かったね」
「貴方を殴りたかったので。お急ぎ便を使ったわ」
「ネット通販みたいな言い方はよしてくれ」
「それに、むしろ私ならば見つけると言わんばかりだったじゃない。問題が露見した日から数えて三日後に打ち上げる補給機を手配しているのだから」
「相当に隠した物資補給路だったが、やはり君にはバレたか」
クク、と苦笑を漏らす雄一だが、しかし手は決して止めない。
そして、富山と呼ばれた女性――グレイズ・コーポレーションの社長秘書を務める富山裕子も、彼が手を止めぬ理由が分かるからこそ、今は殴らずに管理施設内の電源と、持ち込んだデスクトップPCを接続し、モニターを次に運んで映像出力、マザーコクーンと接続を行った。
「こっちの方が使い慣れているし、処理も早いでしょう?」
「助かる」
キリの良い所で、雄一が使用するPCでのコマンド入力を止める。
彼女が用意したデスクトップPCと接続したキィボードに自身の管理パスコードを入力した彼は、先ほどまで行っていたコマンド入力を再開する。
「しかし、君の分まで物資は無いぞ。今後どうするつもりだ?」
「私を見くびらないで頂戴。もう定期的な物資補給路の確保を行っているわ。貴方が手配した補給路が随分と手早く動いているから、そこに上乗せするだけよ」
「……私がどこから支援を受けているかも、君は知っているのかい?」
「総務省と経済産業省、後は公安が絡んでいる事は突き止めたわ」
「本当に君は恐ろしいな。正直ゲーム会社の社長秘書にしておくには惜しい人材だ。――いや、もしかしたら」
「何?」
「いや、なんでも」
先ほどまで雄一が使用していたPCは、裕子が受け持った。
雄一から作業工程表を受け取った彼女は即座にコマンドプロトコルを起動し、マザーコクーンへの命令入力へと入る。
「作業しながら確認してもいいかしら」
「どこを? 説明する所が多すぎて、理路整然とした説明をする事は難しい」
「ではまず、現状を理解しているかしら?」
「リッカ、マリア、ツクモ、カーラ、エリの五人がFDPにログインを行い、定期的に出現するようにセットしていたレイドボスとの戦闘を終えた。現在はアルゴーラ内で合流した璃々那ちゃんと共に攻略組へ追い付き、攻略組のトップである彩斗との情報整理の真っ最中……こんな所かな」
「内部の状況をしっかり理解しているのね。私だって追えていないのに」
「ログデータで追える。けど」
「どうせログデータもロックが掛かってて、貴方じゃないと解読できないんでしょう?」
「ご明察。後で解析ツールをあげるよ。君だけ特別だ」
「どうしてそんな難儀なロックを?」
「誤解を一つ解こう。私だって管理体制の問題から、私が触れる場所以外のデータをブラックボックス化等しない」
「ではなぜ」
「マザーコクーンが隠している。いや、私のデータロック方式を真似して、自らにロックをかけているんだ」
思わず、裕子も手を止めてしまう。しかし雄一が「手を止めないでくれ」と指示した事により、手を再び動かす。
「まずはそこから話そう。私はFDPというゲームの作成が終わった後、最終試験としてゲーム内にログインした」
「ログインを?」
「そうだ。しかし、ログイン直後にゲームから弾き出された。最初はログイン時の処理にエラーが発生しているのかと疑ったが、ログデータを参照したら、すぐに分かった」
「マザーコクーンは、貴方のログインを禁止していた。垢banのように」
「そうだ。そしてデータを追うにつれて、私以外のログイン者へログアウト権限を与えない処理になっている事も知った。あの時は肝が冷えたよ」
「ねぇ、一ついいかしら」
「ああ、分かってる。――なぜそもそもマザーコクーンがそんな処理を行っているのか、だろう?」
「ええ。まるでマザーコクーンが、私達人間に対して、悪意を抱いているかのよう」
「マザーコクーンは、ただのスパコンだよ。人間やAIの入力した情報をただ処理するだけさ。けれど、問題はそれだ」
そこで雄一は押し黙り、今入力を終えたコマンドをマザーコクーン内に送信した。
リアルタイムでの音声通話が成される。
しかしそれは、人間との通話ではない。
雄一はBluetoothヘッドセットとデスクトップPCを接続し、声を吹きかけた。
「ハロー。私は海藤雄一だ。君の親だね」
『ハロー。私はフル・ダイブ・プログレッシブ。この世界そのものだ』