変身の時-09
オレと彩斗の間に割って入るように、ラーディングが咆哮を上げた。
今自身へ深手を負わせた彩斗を狙い、ブンと振るった腕を彩斗は避けるも、オレはその風圧だけで後ろへ飛ばされ、彩斗はオレの手を取り、そのまま駆ける。
再び振るわれた腕。オレを突き飛ばした後に双剣を引き抜き、爪と剣によるぶつかり合いが、衝撃を一帯へ放出する。
頭を打ったオレが、よろめきながらも立ち上がると、彩斗が再びオレの前に立ち、守るようにしてくれる。
「話は後だ。君も戦線に参加出来るか?」
武器は、と確認をする彩斗に、指へ装着したリングを見せると、彩斗も残念そうに息を吐く。
「使い方は?」
「わからない」
「私もまだ解析途中だ。ここならばアルゴーラが近い。戦線に参加できるプレイヤーを呼んできて欲しいのだが」
「走っても、十分はかかる」
「――なら、コレをあげよう。使いなさい」
彩斗は、まずオレとフレンド登録を完了させ、その上でポーチから一つの白い宝石――否、白のアイコンを取り出したサイト。
『アイテムを受領しますか?』という表示が出され、条件反射で『Yes』を押したオレ。
「そのアイコンは所持しているだけでも移動速度が5%上昇する。装備出来れば20%上昇するがな」
受領し、オレの持つポーチへ自動的に移動したアイコンを、握る。
――しかし、その瞬間。
頭の中で、何か映像のような物が、流れた。
情報の放流とでもいえばいいのだろうか。。
記憶の奥底に眠っていた、オレの過去が――かつて海藤雄一と共に、このゲームを開発する前の彼と話したことを、思い出していく。
「――そう、か」
「何をしている、リッカ」
彩斗が、早くしろと言わんばかりにオレの名を呼ぶ。
だが、その前に――オレは、戦わなければならない。
ラーディングの前に立つと、グルルと呻く巨体が、オレを捉える。
逃げろ、と叫ぶマリア。
リッカ君、と叫ぶ先輩。
死ぬ気か、と焦る謎の女性。
しかし彩斗だけは、オレの行動に頷いたのだ。
「そうか、君はリングの使い方を、海藤雄一から聞いていたのだな」
「違う」
「ほう」
「聞いていたんじゃない――オレが決めたんだ」
彩斗から受領し、その手に握るアイコンを――右手の中指に装着したリングへ掲げる。
〈Progressive・ON〉
どこからか流れる機械音声と共に、オレは白のアイコンを空高く放り投げると、オレは投げたアイコンに掲げるように右手を伸ばし、叫ぶ。
「――変身っ!!」
アイコンは形を変えていく。溶けていくようにしたそれは、オレの全身を包んでいく。
両足、腰、背中、胸、両腕、首、そして最後に顔と頭全部を覆う、一枚の鎧のように展開された白いアーマー。
〈Progressive Run Quickly.〉
装甲と装甲の繋目からブシュゥと水蒸気のようなものが溢れると、オレはブンと右手を振るってスナップを切る。
「リッカ、その姿は」
予想外、と言わんばかりに言葉を選んでいる彩斗へ、オレは口を開く。
言葉は装甲内にこもりこそするが――しかし、外部音声出力によって、他者へしっかりと、音は届く事だろう。
『これは――プログレッシブ・スピード。【俊敏のアイコン】をまとった者の名だ』
地面を蹴るオレの姿を、捉えた者はいなかった。
オレが疾く駆けた先はラーディングの足元。腹部に向けて短くアッパーを入れ込んだオレは、ラーディングの足を蹴りつけていく。
一秒間の間に、二十三発の蹴りを一斉に叩き込まれ、ダメージは少ないものの、よろけるラーディング。
そして彩斗とマリアは、その隙を見逃さない。
彩斗はオレの隣へと駆け、オレが蹴りつけるラーディングの脚部へと潜り、執拗に蹴り続けていた足へ、一本の刃で肉を切ると、もう一本で靭帯を切り裂き、立てぬようにする。
そして、足が一本不能になるという事は、動きを制限する事と同じ。
先輩は謎の女性に手を引かれてラーディングの後ろへと回り込む。女性が「皆にバフをかけますよ」と指示すると「ばふ……?」と首を傾げる先輩。女性は慣れたように「味方の強化です」とだけ言い直すと、コクンと頷いて、杖を振るう。
オレ、サイト、マリアの三人が、全身にみなぎる力を感じた。
マリアが地面を蹴ると空へ舞い、ラーディングの背中に降りるまでの間、高速でトリガーを引き続けていく。
放たれていく九発の弾丸は、彼女の正確な射撃故に全てが同じ着弾点にあり、最初こそただ弾かれていただけの弾丸が、今貫通し、ラーディングに悲鳴を上げさせた。
そしてラーディングの背中へ着地すると共に、先ほどの着弾点へ向けて強く拳を突き付けたマリアの攻撃が、どうやら大ダメージだったようで、強く体を震わせて暴れた。
「やっぱりっ!」
結果に歓喜するマリア。彩斗は彼女を見て「気付いたか」と頷いた。
「ウェポンガンで撃たれた箇所は防御力ダウンの蓄積デバフが掛かる。流石天才ゲーマー【マリア】だな」
彩斗はオレへ「行けるか?」とだけ声をかけてくる。オレも『当然』とだけ言葉にすると、地面を蹴って先ほどマリアが付けた銃痕の場所へと跳び、腕を振り上げた。
『プログレッシブ――ラスト・アクションッ!!』
叫びと共に、リングが一瞬だけ、光る。
腕部に光のようなモノが集束していくのが感覚で分かる。
そして、光は熱となり、熱はパワーとなって、振り下ろした拳にパワーが宿り、内包した威力を以て、ラーディングの銃痕へ、叩き込む――!!
絶叫と共に、ラーディングはその肉体を四散させ、散っていく。
そして残骸を残す事無く――複数の宝箱がドロップし、オレ達五人の頭上に表示されるメニューには『congratulations!』の表記と、獲得称号の表記が。
『N.0021 Cランク〔【狂食竜】ラーディングを一体討伐する〕』