変身の時-08
おかしい。オレとマリア、そして先輩も次第に気が付いたように、周りを見渡した。
現在はアルゴーラの街から歩いて十五分ほど行った、森林地帯だ。先輩の話では「この奥にあるトンネルを抜けると次の街らしいです」との事で、それまで一体のモンスターとも遭遇していない。
「あのメイド、ミライガはアルゴーラの外で必ず見かけるって言ったよな?」
「言ったね」
「実際私も、基本はミライガを倒して、金策するんだけど……いつも、すぐに見つかるのに、今日だけは別なのかな……?」
オレとマリアは、大体の想像がついていた。
こう言うオンラインゲームで通常と違う挙動を行うゲームというのは珍しいが、しかしオープンワールドを謳い、世界観を強調するこのFDPならば、考えられる事がある。
「マズいな、装備がない」
「アタシ達はともかく、アンタは別の武器に変更した方がいいかも」
「先輩、武器の変更って」
「えっと、初期装備で選んだ物以外は、全部装備屋さんで買わないと」
恐らく、モンスターが見当たらない現象の原因はレイドモンスターの出現によるものだろう。
そうでなければ急にモンスターの生息源が変化する理由もない。
レイドボスが近くにいるのならば、今はマズい。何せオレは有効な武器を持っていない。
だが、レイドボスは突発的に登場する事の多い存在だ。この機会を逃してしまうと、称号獲得に影響を及ぼす可能性も否定できない。
「ッ!」
「来ちゃった――ッ!」
そんな中、オレとマリアが、その敵を捕らえた。
ズシン、ズシン、と。足音を強く奏でながら、森の向こう側から木々をなぎ倒しながら歩んでくる、一体の大型モンスターが目についた。
それは、全長が大体二十メートル程はあろう、恐竜にも似たモンスターだ。
全身を紺色の鱗で包んだ二足歩行。その屈強な二足と、前足だろう二足は逆に爪だけが肥大化している。
顔にはエラに似た呼吸器官、そしてギョロリと睨む眼力が、先輩の脚をガクガクと震わせ、そんな彼女をオレが抱きとめると、ギュッとオレの袖を握る。
モンスターは咆哮。すると暴風が口から放たれ、オレ達の身体が若干浮く事になるも、しかしマリアとオレはその場で踏ん張って、モンスターを視界から逃さない。
『N.0020 Cランク〔【狂食竜】ラーディングを発見する〕』
【狂食竜】ラーディング。それがこのモンスターの名前らしい。
ラーディングは強く地面を蹴りつけ、空へ舞うと、そのまま勢いよくオレ達の下へ跳びかかってくる。
先輩の身体を抱き寄せたまま急いでその場から跳んだオレ。
反対方向へ跳んだマリアが、ラーディングの攻撃を避け切った事を確認するとスライドを引っ張り、安全装置を解除した上でトリガーを素早く二回引いた。
発砲。銃声と共に発射された銃弾がラーディングの腹部へ命中するも、しかし僅かに傷をつけるだけで、痛みを与えている様子はない。
「チッ!」
レイドボスは複数人で戦う事を想定したモンスターだ。その分HP等も高めに設定されているだろう。
それを知っているからこそ、マリアは率先して攻撃しているものの――しかし、このままでは手が足りなくなる。
ラーディングが、咆哮と共にエラから空気を集めだす。そしてガチリと歯を鳴らすと同時に口から僅かに炎が漏れ出した姿を見て、先輩が焦りと共に動き始める。
「マリアさんっ」
マリアの前に飛び出して、杖を振った先輩。するとメニュー画面が表示された直後に画面をタップし、三番目に表示された【バリアマウント】を入力し、透明の鎧をマリアと自身に付与した上、状態異常を封じた。
そして、彼女の判断は正しかった。
ラーディングが首を一瞬だけ上ずらせると、そのまま顔を下すと同時に口から吐き出したのは、火球――ブレスと言っていいだろう。
マリアは先輩を抱きかかえてその場から退避するも、足元に着弾した結果強く吹き飛ばされた上、飛び散った火の粉が二人を焼こうとする。
しかし、予め二人をまとっていたバリアマウントの結果、衣服や肌に火傷する事なく、ダメージも少なそうだ。
「ッ、リッカ! アンタは戻ってツクモ達に連絡してっ! レイドボスがどん位の頻度で現れるかわかんないんだから、討伐成功した方がいいっ!」
「でも」
「今のアンタは役立たずッ! リリナはこのまま借りとくから、アンタは急いで街に」
と、オレ達の会話へ割って入るラーディング。巨大な爪を振り下ろしただけの、しかしだからこそ質量のある暴力が、二人を襲う。
「マリア、先輩っ!」
声をあげ、無事を確認しようとした所で――二人を抱きかかえ、爪から逃れる一人の女性が、そこにいる事を確認した。
眼鏡をかけた、サイドテールの女性だ。顔立ちは大人びていて、スラっとした体形が美貌を掻き立てている。
「無事です? お二人とも」
「誰だかわかんないけど、正直助かったよ」
女性の腕からすぐに逃れたマリアが、目の前にまで迫るラーディングの眼球に目掛けて数発、弾丸を放つ。
僅かに体をのけ反らせたラーディングに、先輩と女性の手を引いて逃れた三人。
そしてさらに、もう一人の乱入者が――空から現れた。
上空から振り下ろされる、二振りの刃。
それはラーディングの太い首を抉るようにしたが、しかし堅牢な筋繊維に弾かれ、致命傷を与える事が出来ず、チッと舌打ちを溢した後に、綺麗な動きで着地。
「君は」
双剣使いは、全身を軽鎧で纏って、その性別を知る事の出来ない謎の人物だった。
バイザーを上げてオレの事を確認しても、バイザーの奥にも尚目隠しのような布がまかれ、その目を視る事も出来ない。
しかし、その目隠しをした人物に、見覚えがある。
「アンタ――もしかして彩斗か?」
「そういう君は、リッカで構わないかな?」
声も中性的で、男性か女性かを判別する事が出来ない。
だが、この人物――彩斗はそういう人物なのだ。
決して自分の素性を明かさない、謎の存在。
オレとマリアがゲームの世界に入る前、伝説としてゲーム世界に名を遺した、謎の存在・彩斗。