先行プレイ-01
「雨宮君、少し良いかな?」
オレ――雨宮律は、宮戸高等学校の文化部校舎二階にある文芸部室にて、タブレットで読んでいた電子書籍から視線を外し、少々困り顔を浮かべていた文芸部の部長であり先輩の、新庄璃々那先輩に視線をやる。
新庄先輩は、長い黒髪を三つ編みで結った女性である。前髪は目元を隠し、さらに奥にはフレームの大きな黒縁眼鏡があり、顔は分かりづらい。一度素顔を見たことがあるが、かなりの美人だったと記憶している。
「何です、先輩」
「えっと、雨宮君って、ゲームって、好き?」
「人並みには」
「コレ、良かったら、参加しない?」
彼女が一枚のチケットをオレに見せてくる。その内容に、オレは少々驚いてしまったが、無理はない。
それは、今年の冬に全世界での発売が決定した、最新型オンラインアクションゲーム【フル・ダイブ・プログレッシブ】の開発完了披露会及び先行プレイ招待状だったからだ。
「どうしたんです、これ」
先行プレイ招待状は、開発を行っているグレイズ・コーポレーションと繋がりが深いゲーマーやネット配信者等に配られているモノとネットに出ていたが。
「開発者の一人が、先日失踪した海藤雄一さんって言うんだけど、私の遠い親戚なの。家族枠って奴、かな?」
「そう、なんですか。だから」
「でも、私ゲームって、ほとんどやらないから。パソコンに入ってるソリティアとか、マインスイーパ位」
「そりゃ、そういうのとは違いますね」
この人にアクションがー、とか大多数参加型がー、とか言っても首を傾げて「?」マークを浮かべそうなのが目に見えて分かっているので黙っておく。
「だから、代わりにどうかな、って。先行プレイ招待状は一枚しかないけど、披露会のチケットは二枚あるから、私が同行して、雨宮君がゲームしてる所、見てるだけでいいかなぁ、って」
「ありがたいお話ですが……オンラインゲーってあんまり好きじゃないんですよ」
これは若干嘘を混ぜている。オフラインを最近では嗜んでいる、という意味だ。後一人で完結するソシャゲも適当に。
「うぅ、そっかぁ……でもなぁ、私がやった所で……」
「やってみたらどうです? FDP……ああ、フル・ダイブ・プログレッシブの略ですけど、オープンワールドで、しかも自由度が高いゲームらしいから、案外楽しくて新しい趣味になるかも」
「そ――そう、かな?」
「それに、親戚のオジサンが作ったゲームなら、新庄先輩にプレイしてほしいって、海藤さんも思ってるハズですよ。あの人、ずっと子供が真に楽しめるゲームを作りたいって言っていたし」
「? 雨宮君、海藤さんのこと知ってるの?」
「いや、失踪する前から有名ですよあの人。一度でもゲームに触れた事ある奴なら、名前は誰だって知ってる」
海藤雄一は、家庭用ゲーム機が世に出回る頃からクリエイターとして活動を続けてきた、現在のゲーム市場を作り上げた最大の功労者と言ってもよい。
有名IPに多く関わったばかりか、とあるゲームでは「残りの開発期間は一年かかる」とプログラマー二十人に言われた結果「なら私一人でやる」と残る開発を半年で終わらせたばかりか、あまりの革新的プログラム技術によって、現在も解析ができていない二十年前に発売されたゲームもある位だ。
プログラムの解析をされる事を嫌う結果、作ったデータを自社スタッフですら閲覧できないブラックボックス化する事を指摘されるものの、彼が手掛ける場所には一度もバグが見つかった事は無く、ネット上では「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」とスラングが飛び交うレベルの伝説を残している。
だが、この海藤雄一は――先日謎の失踪を遂げ、姿をくらましている。
グレイズ・コーポレーションの代表取締役社長である岩田岩治も理由を不明としており、現在も安否が気遣われている人物だ。
「ひょっとしたらゲームの名前を売る為に失踪してる可能性もあるし、もしそうなら会場に姿現すんじゃないんですか? そうだったら一発ビンタしてやってください」
「そっか……うん。見つけたらビンタ、いいね。それに、新しい趣味も、いいかも」
先輩は何時も文芸部室で本を読んでばかりで、趣味という趣味を持ってないとしていた女性だ。
それに今回は特に大きくストーリーの無いオンラインアクションゲームだが、中にはストーリーに特化したゲームもあるし、本が好きな先輩ならハマるゲームもあるかもしれないから、ゲームという存在に触れてみる事は悪い事では無いだろう。
「なら、次の日曜日、空いてるかな? 良かったら、私がゲームする所、見てて。もし面白かったら、その後色々ゲームのオススメ、教えて欲しいな」
「いいですよ。予定、開けておきます」
と言っても本日が金曜日なので明後日だ。せっかく先輩とデートに行くんだから、少しは準備期間を設けたかったが、仕方ない。
「じゃあ、私は今日、これで」
「本、読んでかないんですか?」
「うん。日曜日の準備、しなきゃね」
クスッと笑った先輩の表情は、正直口元しか見えなかったけど、それでも綺麗な笑みだと分かる位には、彼女の表情を見た記憶が鮮明に残ってて、オレもつい口元がニヤけてしまった事は、バレてない事を祈ろう。