変身の時-03
「あ、マリアさんへの回答ですけど、このゲームって【交際】と【結婚】っていうシステムがあるみたいで、女の子は皆、男の人に口説かれて、交際したり結婚したりしてました」
「交際と結婚ねぇ。何かメリットあんのぉ?」
水のグラスに入っていた氷をバリボリと噛みながら訪ねるマリア。彼女は普段から「彼氏とか結婚とかマジねーわ。どうして男にアタシの人生分けないといけないわけ?」と動画内で愚痴ってたし、あんまりそういう話題好きじゃないのかも。
……んん? じゃあ何でさっきはあんな付き合ってるのかどうかをしつこく確認してきたんだ?
「【交際】は互いに持っているアイテムや装備の交換が出来て、【結婚】だと所持品やマネーの完全共有が出来るそうです。ただのフレンドだとマネーのやり取りしか出来ないので」
「マネーのやり取りと共有って何が違うんすわぁ?」
「【結婚】は互いの合算分を自由に使う事が出来るみたいです。アイテムは一覧を開くと、結婚したプレイヤーの所持品も合わせて表示されて、交換の手間なく使用できるので、便利だって言ってました」
マネーのやり取りは通常、互いの合意を以て行わなければならないものの、結婚をしている場合は合意なく共有している分を使用できる、と。
「じゃ、じゃあ次、私……聞いて、いいかな? ふひ、ふひひ」
エリが少し遠慮気味に手を上げた。オレも次の質問を考える時間が欲しいので先輩に視線をやると、彼女も「はい」と頷いて、エリの言葉を待つ。
「今、攻略組と生活組が、別れてるって話が、あったけど……実際に、どれ位称号が、クリアできてるか、知ってる……?」
「えっと、今は攻略組が『簡単なモンスターから順番に百体ずつ倒していこう!』って話してるらしいです。どれ位クリアしてるかは、ごめんなさい」
「正しい判断っすわぁ」
エリの質問はオレも気になっていたし、先輩が返した内容にツクモが頷くのもわかる。
何故かというと、こういうゲームでは、特定のモンスターを何体倒したかもカウントされる事が多い。そして、称号が五千個なんていう数が存在するこのゲームなら、例えばさっきのミライガを百体倒すまでに五体倒す称号、十体倒す称号、十五体倒す称号……と、倒した数ずつ称号がありそうでならない、と考えるのは正しい。
そして、簡単なモンスターから処理に当たるのも定石だ。彼らがどれだけ状況を認識できているかは不明だが、難しいモンスターを多く倒すには時間と労力がどうしても必要だ。その時間を簡単なモンスターを多く倒すのに使えば、一つでも多く称号を手に入れる事が出来、生還できる確率が上がる、というわけだ。
だが問題は――
「じゃあ関連した質問です。――攻略組と生活組の比率は?」
「え、えっとぉ……多分攻略組が六割、生活組が四割、って所かな?」
「……足りない」
「そ、そうだねぇ……でも、間違ってるわけじゃないし……」
オレがボソリと呟いた言葉に、エリが頷く。
「どーいうコトデスかぁ?」
首を傾げるカーラさんの問いに、エリがオレの代わりに答えてくれる。
「ふひ、いやね、戦法としては間違いじゃ、ないの。その人たち、称号が一千個ずつ、別れてる事、知らないし。問題は――恋愛における称号と、娯楽における称号。さっき、ツクモさんが、メイドさんの名前、当ててたでしょ? アレ、他に誰か、出来ると思う?」
皆、首を横に振る。先輩は若干苦笑して「毎回誰か当ててみてって聞いてきますよね、あのメイドさん」と言った。
「あんなのが、もっとあるとしたら……それこそデバックやる気分で手当たり次第に、色んな事、やるしかない……っ」
「だからオレも考えたよ。外で裸になったりとか、そういう無茶な事も設定されてないかって」
「ま、まさかリッカ君、私にそんな野外露出プレイをさせようと……っ!? ふ、ふひ、な、なんか興奮してきた……っ!」
「違うっ!! 流石に子供もやる事を想定してるゲームで、あの海藤雄一がそんな変態じみた称号を作るとは思えないから、そこは無いと判断した。けど、そう言ったデバックに近い思考回路を持ってプレイしなきゃ、五千個のクリアは不可能だ」
この辺りは、オレよりもツクモやエリ、そしてマリアの方が得意だろう。特にエリなんかは『バグ技しか使わずゲームクリアを目指すレトロゲープレイ動画』も配信していたし、適役だと思う。
以上の事を聞いた上で、マリアが計算をする。だが、これはそほど難しい計算ではない。
「簡単に計算すると……攻略組は約百二十人。で、コイツらは主に一千個ある『狩りに関する称号』を取得する事を目指してる。
けど、五千個ある内の五個が例のエラー称号なら、割合だけで言えばその一千個の中にあるのは一個。まぁ勿論バラけるから、この中に二、三個ある事も考えられるけどね。
対して残る四千個の内、エラー称号がある割合は残る四個。これもバラける可能性はありとしても、だけど。
どっちかというと、こっちに力入れた方がいいかも。さらに言っちゃえば、残る八十人弱の生活組は、生きて帰る事を諦めてる奴もいるんでしょ? その場合、残る四万個の取得に力を注いでるとも思えないし、絶望的じゃん?」
マリアが簡単に説明をしてくれるが、その通りだ。
けれど、正直二日という短い時間で、しかもオレ達のように情報を持っていない状況で、先行プレイヤーの人たちも良く考えているとは思う。彼らを責める事は出来ない。