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愛するという事-08

 リッカは、彼女達と同じ想いを抱いた母によって育てられた。


母は、その命を終えるまで、リッカの母であろうとしたし、彼はそうした母の事を尊敬し、今でも愛している。


父は、その在り方は不器用だったし、仕出かしてしまった事も、決して良い事ではなく、言うなれば罪を犯してしまった。けれどその根幹には『家族を養う、金の面で苦労をかけない』という願いがあって、今ではそうした願い自体が褒め称えられるべきであると思うし、父を愛しても良いと思える。


サヤカは、生まれた時から死ぬまで、これから彩斗とミサトという二人の母に支えられる事だろう。


彩斗とミサトは、現実で子供を作る事が出来ぬ女性同士の恋人であったからこそ、その苦労や悩みの分を上乗せした愛情を、サヤカへと注ぐことだろう。


否、既に注いでいる。


その愛情を、これから先もずっと、愛おしい娘に注ぐのだ。



 ――それが、素敵な事で無くて、何が素敵だと言うのだ?



「……でも、オレはそれでも、あの二人……彩斗を止めなきゃならない」


「それはどうして?」



 リリナの問いは、決して純粋な質問ではない。


それは、彼の心に問うているのだ。


その問いは、リッカのこれからを決める事であるから――そこに、リッカとしても嘘偽りは許されず、彼もこれから放つ言葉が、心の底より湧き出た、彼の想いである事を知っている。



「オレは――このFDPって世界に来た事で、本当に自分がゲームを好きだって理解できたんだ。


 母さんの為にってゲーマーになったあの時の想いも、決して嘘ではないけれど、でもそれだけじゃなくて、ただゲームが好きだから、これから先の未来をゲームと共に生きていく事を選べるようになった。


そうしたゲームで、失われていい命なんかない。


例えこの世界で永遠に生き続ける事が出来る命なんだとしても、現実における彼女たちが消えてしまうんだ。そんなの、許せる筈がない」


「じゃあ、リッカはこれから先、どうしたい?」



 マリアの問いも、リリナの問いと同じく、彼女から湧き出る質問ではない。


リッカの心に問い、リッカの心から出た答えを求めている。



「オレは戦う。彩斗やミサトさんの為や、サヤカって言う女の子の為じゃなくて、オレはオレの為に、オレが大好きなこのゲームによって、誰にも本来一つしかない命が、殺されないように」



 彼はこれまでに多くの事態に直面し、悩み、時に涙し、時に傷ついて、先に進んできた。


けれど、ここから先は、もう傷つく必要なんかなくて、彩斗やミサトを助ける為に、リッカという少年が一人で、その責任を負う必要も無い。


責任は大人が……海藤雄一や、九十九任三郎や、カーラ・シモネットや、松本絵里が、背負ってくれた。


そして、これまでの中で、共にいて、共に戦い、共に歩んでくれた、最愛の少女達が、隣にいてくれた。



それだけで、リッカはどれだけでも戦える。



「明日から、オレは彩斗とミサトさん、サヤカを探すけれど、でも、一人で大丈夫だ。……一人がいい」


「アタシらはいらない?」


「いらないってワケじゃないよ。……ただ、彩斗と決着をつけるなら、オレはオレ一人だけの力で勝ちたい。



 マリアとリリナって二人が、オレの事を見ていてくれたら、それはオレ一人だけの力じゃないからさ」



「でも、彩斗さんはミサトさんと一緒に戦うんじゃないかな?」


「いいや、それは無いよ――彩斗もきっと、オレと同じ想いの筈さ」


 

**



八月二十七日 彩斗とミサトの肉体データ消滅まで、残り十日。



その日、彩斗とミサト、そしてツクモと手を繋ぐサヤカの面々は、世界樹の森を進行していた。


 木々生い茂る森林の獣道を歩みながらサヤカはツクモの手を引きつつ、綺麗な花を見つけると無邪気に近付き、ツクモがその度に「サヤカちゃん、危ないですぞぉ」と警告する。



「ツクモさんみてみてっ、このお花すっごくかわいいっ」



 小さな両足で駆け寄った花を、決してもぐ事なく、指で示すだけの彼女は、恐らくそうした花にも命があると知っているから、無闇にちぎる事は無いのだろう。



「ほー、この花は凄く綺麗ですなぁ。実はこうしたお花は、虫さんがタネを運んでくれるって知ってますかな?」


「そうなの?」


「そうそう。虫さんはお花のミツを吸うんですが、その吸ったミツと一緒に花粉を運んでくれるんですわぁ」


「へぇーっ! じゃあ、サヤカも子どもがほしい時は、虫さんにおねがいするの?」


「ンーッ! そこの説明はもうちょぉおおおおっとサヤカちゃんが大人になってからですなぁっ!」


「ふふふ、ツクモさんへんな声ーっ」



 キャハハと笑うサヤカと、そんな彼女と共に歩むツクモは随分と仲良くなった。周りを警戒しつつ、微笑ましく見据える彩斗と、そんな彩斗へと肩を並べながら「いいのですか」と声をかけるミサトは、常に武器を抜ける様に準備している。



「いいとは何がだい」


「幾つかありますが、まずはツクモさんの出す、リッカさんの情報をあてにする事です」


「現状は問題無いと思うよ。ツクモさんの出す情報が誤りではないか、ツクモさんからメイドに問わせて確認もしているしね」



 ツクモは現在、リッカへと彩斗とミサトの情報を流しつつ、リッカの現在位置等を彩斗やミサトへと流す、二重スパイとしての役割を果たしている。


これによって双方は、双方の情報を得る事に成功しているが、しかし難点がある。


それは、リッカが恐らくツクモの出す情報が、そうした二重スパイの取り決めによって起こっている事だと理解している事。


故にリッカは、そうした自分の現在位置情報を隠匿する方法に、何かしら策を講じる可能性がある。ミサトはそれを危惧しているのだと言う。


しかし、この点において彩斗は、問題無いと言う。


それは、メイドシリーズの持つプレイヤーの現在位置情報把握機能と、ツクモの出す情報の二つを利用する事によって買えている安心だ。


ツクモの出すリッカの現在位置情報を聞くたびに、彩斗はメイドをツクモに呼び出させ、ツクモに「リッカの現在位置情報を教えてくれ」と頼む。


ツクモとリッカはフレンド登録をされているので、メイドはツクモの問いに答える義務があり、ツクモの情報と差異が無いか、在ったとしても少々であるかをその場で確認できる、という手法である。


しかもこうした手段は、彩斗とミサトにだけ有効な手段である。


例えばリッカが同様の方法を行おうとしても、この情報は確実性のあるものではなく、ある程度疑ってかからなければならない。


なぜなら「ツクモの出す現在位置情報とメイドの出す現在位置情報が、彩斗とミサトによって偽装されたものか、リッカには判断がつかない」からである。


偽装方法はいくつか存在する。例えばツクモを特定場所に軟禁し、その軟禁場所の情報をコクーンから送信させる事。そしてメイドはツクモの軟禁されている場所を現在位置として教えねばならぬ。こうした状況を作り出せば彩斗とミサトは現在位置の偽装が可能であるし、そうした可能性が低いとしても、リッカはその可能性を鑑みて行動しなければならない。


接敵していない現在は、そうした状況を利用した頭脳戦で、そして有利な状況を作り出しているのは彩斗とミサトなのだ。

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