大人の戦い-10
振り切られる双剣の二振り。
僅かに身体を逸らした事で直撃は避けたが、その胸に斬り込まれた二撃の傷によって、背中から倒れるエリの姿に、ついカーラが視線をそちらに向けてしまった。
「エリッ!」
しかし、その隙を決してミサトは見逃す事などない。
開かれていた距離を駆け、鋭い右ストレートの一撃をカーラの顎目掛けて放つものの、しかし反射神経故の防衛反応だけでそれを受けたカーラが僅かに身体を硬直させている隙に、カーラの周囲に十二枚のプレートを即時展開、プレートより放たれる青白い光の光線を一点に集め、それを最大出力で照射する。
「プログレッシブ・ラスト・アクション」
「――ッ!!」
避け切れない、そう踏んだカーラは表情を歪めながらビームを一身に受け、弾き飛ばされた身体がエリの下へと転がっていく。
変身も解除され、既に虫の息と言っても良いカーラとエリに、荒い息を整えながら近付く彩斗。
彼女は、二人の中指から外れて地面に転がっていたリングを踏み砕き、その上で彼女たちの腕を持ち上げた。
「聞きたいのだけれど」
「……なん、ですか?」
問いに、カーラが苦しそうな声で返し、彩斗も申し訳ないと言わんばかりの表情で言う。
「まだリッカやツクモさんは来ていないのかい? FDPの事業継続に動いてくれているとの事だが」
「……は、教える筈ねぇじゃん。彩斗、アンタ自分が追われる立場だって……分かってる……!?」
強気に返したエリの言葉に、だがカーラは彩斗の問いかけに問いかけを投げる。
「……それを、知って……貴女は、どうするつもりで……?」
「何、二人とも私がそれなりに尊敬するプレイヤーだからね。……それに、今日はミサトにも戦ってもらったが、あの二人とは一対一で、私の全身全霊をかけて戦いたいのさ」
「あの二人は……そんな縛りプレイして勝てる程、甘くないよ」
「分かっているさ――けれどコレは、かつて最強プレイヤーの称号を拝命した者の性という奴でね」
ミサトが近付き、二人のコクーンを操作しようと手を伸ばすが、まだログアウトは押してこない。
カーラは彩斗の言葉に、動かされたわけではないけれど、しかしその言葉が偽りで無いと知っているから、答える事とした。
「……ツクモは既に現地入りしてます。ですが、リッカはまだです」
「ありがとう――ごめんなさい、二人とも」
「謝る位なら、最初からやるなって話だけどね」
「それは出来ないよ。今の私たちには、たとえ全世界から拒絶されようとも、成し遂げねばならぬ願いがあるからね」
ログアウトを入力、ジジ……と姿を薄れさせ、消えていく彼女たちの姿を見届けた後に、二人はメイドへと視線を向ける。
「メイド、申し訳ないがこれからは、私達が呼んだ時以外に現れないで頂きたい」
『……ええ、まぁそうですよね。ちょっと寂しいですけど』
「大丈夫です。もう一ヶ月もしない内に、私たちはこの世界の住人になるのだから、そうなったら幾らでもお話が出来ます」
ミサトの言葉には、彩斗が苦笑を浮かべつつ、彼女たちは手を繋ぎながら、宿泊するホテルへと向かっていく。
『一つだけ、聞かせて下さいっ』
返事はない。けれど聞こえている筈だと、メイドは追いかける事は無く、ただ声を張り上げて問いかける。
『アタシたちみたいに、この世界の住人になって、貴女達は決して後悔しないと言えるんですか!?
アタシには、どれだけ現実に至らない所があるかは分からないですけど、でもこの世界で暮らしていたって、どれだけでも辛い事はある筈です!
そうした全てを投げ出してでも――貴女達は母親である事を選ぶと言うのですか!?』
「ああ、選ぶさ」
「むしろ、その選択をしない私達等、私達ではありません」
声は小さかったけれど、しっかりと聞こえた。
彼女達はそうした選択をしない事が、母である自分たちにとって有り得てはならない選択なのだと、そう言い切った。
メイドには分からない。
彼女達にとっての母……というより父である、海藤雄一への愛情も何もなければ、彼女達は母として子を成す事も出来ない存在である。
――だが、かつてこの世界を救おうと立ち上がり、間違った方法ではあるけれど、危機に一人で立ち向かった、この世界そのものに芽生えた意思があった。
その意思は、母としての自分を理解し、その愛情を、この世界のNPC達に……記憶に植え付けられた偽りの子・雨宮律に愛情を注いだのだ。
FDPという生まれたての感情にも抱けた想いを、二十年以上生きてきた、感情の塊である人間……彩斗やミサトが抱かぬ筈がない。
そう納得した彼女は、ただ自身の身体データを量子化させ、その場から消えていく。
――これ以上、私たちメイドシリーズに出来る事は無いと。
そう姉妹たちに報告するために。
**
現実世界へと転送させられたカーラとエリ。
彼女達が転送された場所は、ログインを果たしたグレイズ・コーポレーション本社の社長室ではなく、見た覚えもない随分と質素な一室であった。
「? どこ、ここ」
「サァ……?」
ベッドが二つあり、それぞれ横になっていた所を起き上がり、少しだけ感じる浮遊感に僅かだが身体を揺らす。
「……あ、まさかここ」
「そう。人工衛星【トモシビ】だ。ようこそ、カーラさん、エリさん」
彼女達のいた部屋の扉を開け、入ってくる男性――海藤雄一の姿を見て、エリとカーラは鋭い視線を彼に向ける。
「まぁ……そうなるだろうね」
律はともかく、マリアやリリナは律の事以外に雄一へ敵意を向けていなかった。
九十九も彼に怒りは感じていたが、しかし九十九は自身の怒りを自制し、事態の収拾を図ったからこそ、一発腹を殴る程度で済ませた。
――だが、自分自身よりも、律やマリア、リリナ等の子供を愛するカーラや、そうした子供たちに自分のような大人になって欲しくないと願いを持ったエリにとって、何より子供を危険な事態に巻き込んだ海藤雄一という存在は、許しがたき敵でしかない。
これまでは声だけでやり取りをしていたからこそ、その怒りを直接ぶつけられる事は無かったが、今日この時ばかりは、雄一も自分の死を実感できる程の殺意に見舞われた。
「……こんな所に転移させて、何の用さ」
「エェ。ワタシたち、ソレがキになりマス」
殺気は放っているが、それ以上に会話をしようとする理性が勝ったのか、刺々しい言葉ではあるが、しかしそう問いかける彼女たち。
「ただ、FDPという世界で勝ち残った人たちに、この世界を見て貰いたかっただけさ。……そして、この技術という存在が、どうしてここまでの事態を生み出してしまったかをね」
九十九も律も、マリアもリリナも経験し、既に経験していない面々はカーラとエリだけ。
そんな彼女たちに量子化移動の体感をして貰いたい、それだけが理由で、グレイズ・コーポレーション本社ではなく、トモシビの中に転移させたのだと言う。
「まぁ、二人には殴られておくべきかと考えていたことも事実ではある」
「そ。なら――遠慮なくっ」
ゴッ、と鈍い音と共に海藤雄一の左頬を強く拳で殴りつけたエリと、そんな彼女の行動を、普段ならば止めている筈のカーラが、目を閉じて黙っている光景は、どこか違和感がある。
雄一は苦笑しつつ、よろけた身体を正し、カーラへと「殴らないのか、カーラさん」と問う。
彼女は僅かに迷いながら、しかし首を横に振った。
「アナタは、タシカにマチがいをオカしました。……デモ、ソレよりヤらなきゃイケないコト、まだありマス」
「海藤雄一、私らはアンタを絶対に許さない。――けれど、私はさっきの一撃でそれなりにスッキリしたから、もう何も言わないよ」
「ワタシは、アナタがスベてオワったアト、しっかりとアヤまちをタダし、ツミをツグなってクレることを、ネガうだけデス」
本当はもっと殴りたくて、怒鳴りたくて、堪らない筈なのに、しかしそれは今では無いと自制する。
それと同時に、彼への怒りをぶつけたいと言う思いが交差するからこそ――彼女は表情を歪ませるのだ。
「……リッカは本当に、いい大人に囲まれたな」
呟いた言葉と共に雄一は僅かに切った唇を拭った。
「すまなかった」
せめて気持ちを込めた謝罪をとした雄一の言葉に、決して二人は頷きはしないけれど。
しかし、その想いが偽りでは無いと知っているからこそ、彼にそれ以上の罵倒を浴びせることは無かった。