大人の戦い-06
「彩斗、私は貴女の事も、ミサトの事も、サヤカの事も、我が子の様に愛しています。
そして――私は我が子の為ならば、どんな手段をも用いると決めているのです」
「ならば、答えはただ一つでしょう。今は敵である私と貴女がこうして出会い、メイドもいる。これ以上ない戦いの舞台だ」
彩斗はメイドへと視線をやり、彼女もため息をつくと、声を放つ。
『――同意とみなしてよろしいですね!?』
「いいえ。同意しません」
しかし、そんな二者の期待を裏切るかのように。
カーラは笑顔で首を振り、アイコンをリングへとかざす。
〈Progressive・ON〉
「ヘンシン」
かざした氷結のアイコンを読み取り、流れ出る機械音声と共に、その両腕両足に展開されるアーマー、及び無数のプレート郡が、街中で展開するものだから、人込みの中に現れ、NPC達が困惑の声を上げる。
〈Progressive Recite Magically.〉
変身を終えたカーラが一歩一歩、NPC達の波をかき分ける様に進んでいく。
ぽかんと口を開けながら、何を彼女が何を企んでいるのかを理解しようと思考を回す彩斗だったが、利点が何も浮かばずにいる。
決闘戦は、その展開されたフィールドがプレイヤー同士の戦う場所と指定され、その中にNPCは原則侵入できないが、プレイヤー達の乱入等によって変わる事もある。
決闘戦の利点は何よりも、対人戦における視野確保の側面が大きい。NPCが自由に歩き回ったり、何よりプレイヤー達による戦いを観衆する立場になったりすると立ち止まり邪魔となる場合もあり得るからだ。
――何より、武器を用いて戦っている最中、NPCを誤って攻撃してしまう可能性もあり得てしまう。これは難点というには少し弱いが、しかし気分は良くないし、カーラもそんな事は望まないだろう。
『あ、あのカーラさん!? 変身してメチャクチャ戦う気満々なのに、決闘戦の同意はしないんですか!?』
「はい、しませんよ。でも規約には『決闘戦に同意しなければプレイヤー同士による戦闘は出来ない』等ありませんよね?」
『え、いや、そうなんですけど……っ』
性質上、規約に忠実となり得るメイドをも出し抜く程にFDP内でのルールを熟知した上で挑んだ、決闘戦ではない戦いだ。理屈も利点も、何かあるに違いないと、彩斗もリングを装着し、ひとまずは人込みから避ける様に移動をしようと考えたが。
――空中から、何か光弾のようなものが三発飛来し、リングを握る右手、そしてベルトの左右に下げてある双剣の鞘へと命中し、僅かな痛みと共に、リング、双剣の全てが人込みに弾き飛ばされていく。
「な――ッ」
そして、その瞬間にカーラが動く。
操作されるプレートが、NPC達の姿を縫うようにして移動を開始、故にスピードとしては早くはないが、しかし彩斗は現在変身もしていなければ、何より装備品も何も持っていない状態だ。
(光弾。つまりマジックウェポンによる攻撃――エリさんかッ!)
プレートに包囲されぬよう、動きを見計らいながらNPC達の身体を押しのけて、弾き飛ばされた双剣をまず一本掴もうとするも、しかしそれすら、飛来した光弾が彩斗の身体に撃ち込まれると同時に別の光弾が地を這うようにして双剣を弾き飛ばし、既に彩斗はどこに何が落ちているかを把握する事も難しくなった。
「くぅ――ッ!」
武器を用いた攻撃に関してはそほど痛みというのは感じない。リングなどを用いて変身せずに殴ったりする肉体接触や、以前彩斗がプログレッシブ・デーモンへと変身した際にマリアへ剣を刺してしまった時のように、深々と突き刺してしまった場合等は別だが、ダメージの少ないマジックウェポンによる光弾が当たった程度では、大した威力にはなり得ない。
だが全く痛みがないわけではない。地面を転がりながらNPC達に「大丈夫か」と声を掛けられながらも立ち上がって、周りの景色を観察する。
見た所、エリの姿はない。そして光弾の射程がどれほど長いか、一度もマジックウェポンを使用した事のない彩斗には分からず、ただ全方位からの攻撃を警戒するしか方法が無いと理解する。
「卑怯な……っ」
「卑怯? 何を仰っているんですか、彩斗。
言った筈です。私は我が子の為ならば、どんな手段をも用いると決めている――と」
普段の柔らかな笑顔や淑やかな口調ではなく、覚悟を決めた大人の声が、カーラの口から奏でられる。
彼女が手を振り上げた瞬間、プログレッシブ・フリーズによるプレートが上空へと舞い、人がいない空から彩斗に向けて移動を開始、そして冷気のビームを放ってくる。
そのまま立ち尽くしていたら危険だと、身を動かしながら避けていく。
幸いNPC達がいる事によって全体的な攻撃に移る事なく、あくまで彩斗だけを狙った攻撃であるからして、動き続けていれば当たる事はない。
――だが問題は、何よりもそうした行動の隙を見計らい、放たれる光弾である。
上空のビームに集中していたものだから、人込みの足元をくぐりながら駆けた光弾が、彩斗の顎を目掛けて飛来する。
寸での所でその気配に気づき、若干顎先が火傷した程度の痛みで済んだが、直撃を食らっていたら顎に攻撃を受けた際の脳震盪でダウンは必須だっただろう。
「彩斗、私は貴女を救いたい」
「はぁ、はぁ……っ」
「その為に、傷つけるつもりはありませんが、NPC達だって盾にしますし、卑怯汚い戦法だって採用します。
――大人を舐めないでください」
「舐めている、つもりはない……っ」
せめてカーラと接近すれば、少なからず四方からの攻撃は出来ないと判断した彩斗は、先ほど遠ざかった時とは別に、カーラへと接近を仕掛けるも、しかしその動きをまるで読んでいたかのように、カーラと彩斗の間を塞ぐ、プレート数枚。
ギリと歯を鳴らしながら、彩斗が苦し紛れに拳を一打、プレートへと叩き込むも、しかし変身もしていない、生身の彼女が殴りつけた所で、破壊されるわけもない。
プレートより発せられる冷気によって、拳が僅かに凍っていく。
急いで引き剥がしたものの、プレートと接触していた部分は冷気によって固まり、重くなる感覚に襲われた。