大人の戦い-05
八月十五日 彩斗とミサトの肉体データ消滅まで、残り二十二日。
彩斗とミサト、そして彼女たちの娘であり、NPCである筈のサヤカは、大都市ルトワーズと呼ばれる都市へと降り立っていた。
ルトワーズは恐らくフル・ダイブ・プログレッシブという世界の中では最も栄える都市だ。
その広さもさることながら、NPCの人通りも多く、非常に視認性が悪い状態だが、むしろ彩斗やミサトという逃亡者からしたら、そうした人通りの多さというのは非常に好ましい。
近代的な街並みによって、ビルにも似た建造物が立ち並んだ結果、そうした身を隠す場としても最適な大都市、そのホテルにサヤカとミサトの両名を置いた状態で、彩斗は街を散策する。
とは言っても、既に何度か訪れている場所であるからして、散策自体に意味は無い。
どちらかと言えば――何時自分たちに襲い掛かる襲撃があるか分からないから、娘であるサヤカに少しでも心配をかけさせないようにする、という配慮があっての事だ。
「メイド、ここ一週間、レイドボスの出現を確認していないのだが」
『恐らくですけど、海藤雄一の管理権限でワールドのどこかには必ず出没する設定のレイドボスを、一時的に供給停止してるんじゃないですかね? サービス中ならともかく、現状はレイドボスの出現というのは、お二方の死亡リスクがありますから』
どのメイドかの判断は彩斗につかなかったが、しかしそうした言葉によって彼女も身を歩みながら思考を回す。
「であれば、ルトワーズに滞在を続ける事の利点も難点もあるな」
『どういうことです?』
「メイド、確認するよ。私とミサトは現在、互いの婚姻システム以外のフレンドを解除した。これによる利点は『他メンバーからの通信が来ない』事もそうだが、何より『フレンドメンバーじゃない者の位置情報などを君たちが言い触らせない』というのが大きいと思うのだが、これは確かだな?」
『はい。彩斗さん達がリッカさん達の居場所を知る事が出来ないデメリットも同時に生まれますが、向こうはアルゴーラから探す側、彩斗さん達はどうあれ隠れる側になります。アタシらメイドシリーズは、そうした個人情報管理の観点から、フレンドユーザー以外の情報を原則発信できません』
「そうした中、例えばアルゴーラやミュージアムと比べても、ルトワーズという大都市は非常に人の数が多い。私たちがこの街にいると知っても、見つけ出すのは困難かもしれない。
問題としては、都市部に侵攻するレイドボスによって、サヤカの安全確保が難しくなる可能性だったが、海藤雄一が私たちの完全を鑑み、レイドボス出現の設定を停止していると言う事なら、その安全性に関しては、ルトワーズ以上は無いだろうな」
小型モンスターなどの襲撃に関する防備も高く、レイドボスの出現がない状況、それならば警戒すべきはリッカ達、彩斗達を救出に来る者たちだけという事だ。
――そして移動時間、移動に必要な体力、それらを総合して考えれば、ログイン時のスタート地点から離れていて、辿り着くまでに世界樹と呼ばれる際なんかンダンジョンを超える必要があるルトワーズは、非常に強固な防衛線と言えよう。
「……まぁ、そう上手くは行かないと思っていたのだがね」
既に日は落ち、夜に差し掛かった時の事。
人込みに紛れ、一人の女性が彩斗と、そして彼女の隣を歩くメイドに向け、歩を進めていた。
「カーラさん、一人かい?」
「ええ。彩斗――貴女を止めに来ました」
カーラ・シモネット。彩斗の知る限り、リッカという天才ゲーマーに勝利できる才能を持ち得る、数少ない天才。
その女性が、氷結のアイコンを持ちながら彩斗と距離を開けて足を止め、真っすぐな瞳で見据える。
「よく、私がここにいると分かったね」
「はい。メイドさんのおかげです」
「……何?」
「今隣にいるカンド・メイドさん。彼女の位置をウンド・メイドさんに確認しましたから」
「メイド、どういう事だ」
彩斗の隣で、彼女と決して視線を合わせようとしないメイド――カンド・メイドへと舌打ちをして、彩斗は「謀ったという事か」と毒づいた。
「メイドを責めないでください。そうした方法を思いついたのは私です」
「そうした方法とは? こうして実際に接敵しているんだ、その方法位教えてくれたっていいだろう?」
「簡単です。現在海藤雄一に、量子状態化していない、稼働中のメイドさんを一覧にして貰い、その中でルトワーズにいるメイドさんを調べて貰いました。
それが、カンド・メイドさん。そして、メイドシリーズの居場所を知るのは、別に規約違反でもなんでもありませんから、位置データをコクーンに入力してもらい、その場所にまで来た、というだけの事です」
左手首に装着されたコクーンの画面を見せてくるカーラ。その画面は確かに彩斗の場所ではなく、カンド・メイドの居場所を示しており、サポートNPCの場所を知るなんてことは、どんなプレイヤーにも与えられた権利だ。
「なるほど、考えたね。メイドは私たちに率先して敵対行為は取らないけれど、しかし完全なる味方というワケではない。確かに盲点だが、そこを鑑みておく必要があったわけだ。反省だな」
「彩斗、ログアウトをして下さい。一度現実へと戻るのです」
「サヤカを置いて、現実などに帰る事が出来るか。貴女ならば分かるでしょう? 世界の母、カーラ・シモネット」
「ええ。私もきっと、貴女と同じ立場になれば、どんな手段を用いても、我が子を守るために戦う事でしょう。
愛おしい我が子以上に、大切な存在なんてない。そしてそれを守るために、理屈なんていらない。大人とはそういう生き物だと、私は知っています」
「ならば私の答えも分かる筈だ」
「もう貴女が死ぬ必要は無いと言ったのです。既にFDP事業はグレイズ・コーポレーションから、イントルに買収されることが決定しています。ツクモとリッカが根回しをして、マシロフとアーフェイに狙われていたこの世界の事業終了をせき止めたのですから」
「いいや、不完全なんですよ。……確かに私は、リッカ達や貴女達を信じてはいるけれどね、しかしイントルだってただ信じるわけにはいかない。
イントルも慈善事業では無いだろう。結局、海藤雄一の開発した量子化通信技術を欲しただけの事。利益を生まないFDPというゲームを何時までも飼い慣らしてくれるとは限らない」
「彩斗……っ」
彼女の言う通り、答えなど分かっている。
彼女はもう、この世界で生まれた命を守るために、自分の命を投げ出す覚悟を決めている。
例え、彼女も信用するリッカや、カーラのような仲間が呼び掛けても、そのバックにある存在を信じないから、彼女たちの言葉に頷く事も無い。




