大人の戦い-04
グレイズ・コーポレーション本社の裏口から、富山裕子の持ち得るカードキィで入り込んだ律、マリア、璃々那、裕子の四人は、社長室に岩田岩治しかいない状況を見据え、既にカーラや絵里、九十九という面々が行動を開始した事を知る。
『リッカか』
常に接続されているのか、社長室内のスピーカーと接続されたスマートフォンからの音声を聞き、律は声をかけた。
「雄一さん、オレもそろそろ向かおうと思うんだけど」
『ちょっと待って欲しい。少しだけお話がしたい』
「お話?」
『ああ。だが君は一度経験しているし、どちらかと言えばマリアと、璃々那ちゃんに見せてあげたいんだ』
首を傾げるマリアと璃々那だが、今一度FDPにログインする為、装着していた左手首のコクーンが僅かに振動している事実に気付き、触れる。
『外部転送モードを起動した。コクーンの画面に触れてくれるかい?』
コクーンの画面に表示された外部転送モードという表記に、三人が触れた、次の瞬間だった。
突如彼らを襲う浮遊感、目の前が白く真っ新なものだから、つい目を閉じてしまい、何が起こったか確認する為に、目を開く。
そしてそれは、確かに律は既に知り得ている。
「オジサンっ」
「やぁ、璃々那ちゃん。直に会うのは久しぶりだね。君が高校入学で都内に出るとした時以来か」
既にそこはグレイズ・コーポレーション本社の社長室では無かった。
いつの間にか、そう、ほんの一秒目を閉じていた一瞬の内に、律、マリア、璃々那の三人は、地上から成層圏を抜け、宇宙空間にあるべき人工衛星【トモシビ】へと訪れていたのだ。
その管理センターと思しき場所、並べられたスーパーコンピュータ【マザーコクーン】と接続したモニターを見据え、キィボード入力する手を止めぬ一人の男が、海藤雄一だ。
『久しぶりね、海藤雄一』
『ああ。マリアも元気そうでよかったよ』
マリアに対して英語で返答した雄一は、キィを叩きながら『ここから先は英語で話そう』と提案する。
『璃々那ちゃんは、英語もそれなりに話せたよね?』
『……日常英語位ですけど』
『十分だ。難しければリッカに翻訳してもらうといい』
『んで、何の用? 確かにアンタのバックアップは欲しい所だけど……というかココ、トモシビよね? どうやって連れて来たのさ』
『フル・ダイブ・プログレッシブという世界への転送と同様の技術だよ。君達の肉体を量子レベルにまで分解して量子データ化し、移転場所に通信転送を行う。そこで肉体を再構築する事により、量子によるテレポーテーションを実現する。
――コレが、マシロフやアーフェイという組織が、いや。ありとあらゆる組織が欲しがった、私の持っている技術だ』
海藤雄一という男が作り上げた、フル・ダイブ・プログレッシブという世界における問題点、その内の一つ。
現代技術を優に超える新たな移動手段、通信手段の確立、それを決して他事業に転用する事なく、彼はフル・ダイブ・プログレッシブというゲームにおいてのみ、それを利用してきた。
しかし、体感時間数秒も掛からずにこうして転移が行われた律やマリア、璃々那という三人は、それが如何に優れた技術であるのか、それを実感する。
『この技術は今後、様々な分野において活躍が期待できる程のポテンシャルを有している。物流に関してもそうだが、この技術を用いれば通信手段の確立している地球国家並び、各人工衛星程度の距離であればいくらでも転送が可能となる。
九十九さんや富山君、そして各省庁のお偉いさんや、リッカの父である雨宮将、マシロフやアーフェイといった組織までもが、この技術の利便性と共に危険性も認識していた』
『それを、子供のオレ達に伝えて、何が言いたいんだ?』
『ただ、知っておいて欲しいだけさ。
今回の事で、私は世界に多大なる影響を与えた。与えてしまった』
ゲームに利用される技術など、本来であれば大した日の目も見ずに、ただその分野だけで発展していく事がせいぜいであったはずだが、しかし海藤雄一の開発した量子化移動技術は、人類の進化にも、退化にも貢献し得る技術だった。
『私がこの技術を確立した理由はあくまで娯楽の為であったけれど、娯楽だけに留まる事の許されない新技術は、これから九十九さんの手回しでFDP事業を買い取ったイントルを中心に、米国の経済基盤にも影響を与えるだろう』
大袈裟な話ではない。イントルだって、見栄や酔狂でFDP事業の買収を行った筈はない。
無論、ロシアと中国にこうした技術を独占される危険性を鑑みた、政治的な判断が無かったと言えば嘘になろうが、しかしそうした事とは別に、自社が今後発展し得る技術の確保に動いたとみて間違いは無いだろう。
『リッカ、マリア、璃々那ちゃん。これから君たちは、彩斗とミサトさんを救出に向かうだろう。既に九十九さんやエリさん、カーラさんも向かって、それぞれが行動を開始している。
でも、一つだけ覚えておいて欲しい。何故、彼ら大人が、同じく大人である彩斗やミサトさんを助けに行くのか』
『助けるのは当たり前の事じゃないですか』
『いいや、違うよ。当たり前じゃない。彩斗とミサトさんは、FDPという世界でこれから生き続ける事を望んだ。自ら、望んでしまったんだ。
私の作り上げたFDPという世界の起こした過ちを知り、その事態を解決し、生きて帰る事が出来る道を選ばず、リッカや、マリアと璃々那ちゃんの声にも首を横に振って、拒絶した。
……その責任が私にあるという事は重々承知しているが、彼女たちは生きて帰る事の出来る方法を拒絶したんだ。故に、本来であればその救出を君たちがする理由はない』
私がする必要がある、と。
彼は自身の左手に装着したコクーンを見せたが、しかし苦笑と共に、それを下した。
『まぁ実際、私にそんな力量は無い。デバック用データがあって武器やアイテムが自由に使える状態でも、彩斗やミサトさんという優秀なプレイヤーに敵う事が出来るかと言われたら、否と答えるだろう』
海藤雄一は、あくまでゲーマーではない。ゲームクリエイターだ。故に最低限のゲーム知識や技術こそ持ち得ているが、しかし彩斗やミサト、リッカやマリアのように戦える程の実力を有しているわけではない。
むしろ、本人の肉体から抽出されるステータスを基にする現在のFDP内では、クリエイターであり運動など殆ど行ってこなかった雄一では、これまでゲームというゲームを行ってこなかった璃々那の方が、若さ故に動けることも想像に難くない。
『九十九さんやエリさん、カーラさんは、そうした「自分たちが必ず動く責任はない」と知りつつ、それでも彼女たちの救出に向かっている。何故だか分かるか?』
雄一の問いに、三人は答える事が出来ない。
――ただ、助けたいという願いだけで、三人が戦っているわけではないのだろうか。
『あの三人は、ただ大人だからという理由だけで、戦いに向かったんだよ。
同じ大人である私、海藤雄一が仕出かした不始末と、彩斗やミサトさんという二人の大人が仕出かした、帰りたくないという大人らしからぬ駄々に、同じ大人であるからこそ否を突きつけるんだ。
大人は、そうした他人の不始末によって、時に迷惑を被る時がある。でもそれを出来るのが自分たちだけだと知っているから、彼らは戦う。
君達子供に、同じ大人が仕出かした不始末を、決して背負わせない為に』