大人の戦い-02
雨宮律と新庄璃々那は、夏休みで生徒数の少ない宮戸高等学校に訪れ、今後の学業予定に関してを話し合い、今終了して職員室を後にした。
どうやらFDP突入後から璃々那の事はグレイズ・コーポレーション他、警察の方からも報告があり、また璃々那の場合は茨城の実家から両親が訪れた事から休学手続きが踏まれていたらしい。
現状はFDPに関する諸問題も解決していない故、何時頃学業復帰が出来るか分からない関係上、休学手続きの解除は予定が分かり次第行うという事で決着を見た。
これからはグレイズ・コーポレーションの富山裕子が事前に根回しをしていた結果か、概ね特に問題なく行えた。
律も璃々那も、そして宮戸高等学校の校門前で立ちながら待つマリアも、この一週間近くはマスコミ対応や、FDP事業をグレイズ・コーポレーションからイントルに売却するという宣伝等で忙しかった事もあり、彩斗に撃退されてからはFDPにログインできていない。
『お待たせマリア』
『お待たせしました』
『ニッポンのハイスクールって面倒なのねぇ。まぁアタシもアメリカのハイスクール事情なんか知らねぇけどさ』
FDP内ではないので、マリアには日本語が通じない。故に律も璃々那も英語でマリアに話しかけるし、マリアの英語も聞き取りやすい為、日常会話程度の英会話しか出来ぬ璃々那も聞きやすい。
『オレはこの後一回グレイズ・コーポレーションに行くけど、二人はどうする?』
『アタシも行くよ。何にせよ現状分かれば、リングが無いアタシらでも他になんか役立てる事があるかもしれないしね』
『私もマリアさんに賛成です』
『じゃあ行くか』
宮戸高等学校は狭い道しかない山道に位置する学校故、タクシーなども通らないし、送ってくれた裕子も一度街へと降りてしまっている。呼び出してという事も出来るが、自分たちで街へと降りて行った方が面倒は無いだろうと歩き出す。
『そう言えばユーコって、ニッポンのポリスだったんだって?』
『そう。公安って言って、テロの未然防止とかを行う部署の人間。富山さんの場合はサイバー犯罪対策が主な仕事らしいから、FDP関連の問題は放っておけなかったって事だな』
『あの、じゃあリッカ君のお父さんは』
『親父が捕まったのは公安調査庁の方。色々罪には問われるだろうけど、ただそこまで重たいものにはならないそうだな』
元々今回の問題には複雑な事情が絡んでいる。
まずはFDPという存在の危険性を気付きながらも、事前に危険性を叫ぶ事なく、被害を出してしまった海藤雄一。
マシロフとアーフェイに量子通信技術を流そうとし、人工衛星【トモシビ】のデータ改ざんを組織ぐるみで行った、雨宮将やSHOインテリジェンス。
そうした三社に量子通信技術を渡してなるものかと、二百五名の命諸共FDPのデータを攻略前に削除しようと企んだアメリカ国防総省、日本外務省と、知らずにとはいえ、それに利用された形となった日本のマスメディア。
これらの実態は、ほとんど世間に公表されることは無かった。
海藤雄一に関しては現在もFDP内に取り残されている彩斗とミサトの救出を、警察の監視下で行っていると報道されているが、実際の所は彼を監視している人間はいないも同然だ。
マシロフとアーフェイ、そしてSHOインテリジェンスに関しては、報道など一切されていない。
これは、三社が握っている「外務省やアメリカ国防総省がFDPの事前データ削除に移ろうとしていた」事実を公表されると困った事になるからこそ、下手に突っつかずにしているという現状がある。
――何より、そうしたFDPの事前データ削除を妨害し、マスコミを利用した事によって人命を救ったのは、雨宮将である。
故に彼を強く批判する事は出来ぬと、あらゆる機関が彼の扱いに困っている……という状況らしい。
『そう言えばマリアは、イントルの社長と話したって?』
『うん。ニッポンに来てたから、礼と挨拶にちょっとね。結構心配させちゃったみたいで、顔見せたら喜んでくれたよ』
イントルは元々e-sportsプロゲーマーであるマリアの公式スポンサーだ。社長はマリアのファンで、そしてリッカとマリアの仲を応援する人物でもあるという。
そしてイントルは、最終的にグレイズ・コーポレーションからFDP事業を買い取り、サービスの継続に尽力してくれるという。
『でもその時、リッカにもいろいろ条件付けたって聞いたけど?』
『ん――まぁ、オレもイントル所属のゲーマーになるって条件』
『え、リッカ君プロゲーマー復帰するの?』
『元々、考えてた事だからな』
一応律はまだ高校生の身分であるからして、当分はインターネットや大会などに出場し、イントルはスポンサーとして金を出すに留めるが、最終的に律をイントルジャパンの社員として迎え入れ、ゲーム配信部門所属にさせる事を目論んでいるという。
『リリナはこれからどうすんの? アンタ確か、現実じゃ実年齢十八になってんでしょ?』
『え、えへへ。体は十七の時そのままなんだけどなぁ』
元々三年生だった事もあり、元々彼女の同級生だった生徒は皆卒業してしまっている。璃々那は復学して進学するかは悩んでいるというが、しかし何分、約一年のブランクがある状態だ。勉学にこれからついていけるかも分からない。
『私は、少し浪人でもして悩もうかなぁ、と思う』
『んじゃ、もうリッカと結婚しちゃえば?』
『ファッ!?』
『マリアさんいきなり何言いだすの!?』
『だ、だって就職も進学も困ってるんでしょ? リッカは数年でイントルジャパンに入社するんだろうし、今の段階でもお金に困っちゃいないでしょ? なら結婚しちゃえばいいのにって思ったんだけど……そんな大声上げて驚く?』
『マリアさんはどうするの!?』
『アタシ? アタシもリッカと結婚するよ』
「ねぇリッカ君、マリアさんって現実と虚構の分別が付かないタイプの人じゃないよね!?」
「オレも今スゲェびっくりしてる!」
その会話だけはつい、英語で無く日本語で行ってしまう。
『なに言ってんのかわかんないけどさ、アタシなんかは別に、役所に婚姻の届け出してー、みたいなのはしなくていいかなぁ、って思ってるだけだって。
FDP内みたいに、アタシとリリナとリッカの三人で暮らしちゃえばいいだけじゃん。それ法律で禁止されてる?』
どうやら現実と虚構の区別はつくらしい、とホッと息を吐いた璃々那と律だが、しかし続いて別の問題が発生。
『アレ、どうだったっけ。確か重婚って罪になるんじゃなかったかなぁ……』
『いや、届出を出さない事実婚の場合は罰則が無かった筈。配偶者がある状態で別の配偶者を設けて届出を出す重婚は罪だったと……て違うッ!』
問題はそこじゃないとした律に、マリアが少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、そっと律の手に触れる。
『ダメなん?』
『……ん、いや、別に、ダメじゃないけどさ』
普段強気の彼女が、少し弱弱しそうにそう尋ねる姿が何だか新鮮で、つい視線を逸らしながら否定しきれずにいると、璃々那が反対の手を握りながら『ダメではないですけど』と律の身体を引っ張った。
『でもリッカ君は、そういうどっちとも付き合う、みたいなのはイヤなんだよね……?』
頷き、しかし自分自身決めかねている事に後ろめたさがあるのだとする律に、マリアと璃々那はそのまま、手を繋いだ状態でクスクスと笑う。
『いいんじゃね? アタシら、そういうアンタだから好きなんだもん』
『はい。……リッカ君はそのままでいいんだよ。そうして、どっちか決めなきゃと悩みながら、答えが出たらそうすればいい。
……でも、その時までは私も、マリアさんも、どっちも愛してくれたら、私たちは嬉しいよ』
そう言って笑う彼女たちに、何時までも甘えていられるわけではないけれど。
『……分かった。精いっぱい悩んでやるよ』
けれど、今この時位は、そうして甘え、二人の温もりを手から感じる程度の事は、許されてもいいだろうと。
律も同じ笑顔を、浮かべるのである。