家族との訣別-10
「イマ、Full Dive Progressiveのセカイは、スッゴーイことにナッテます。
Non Player Characterがジガをモチ、ミーンナ、あのセカイで、ヒトリヒトリ、イノチをモッテるんです」
その瞬間だけは、コメントの流れが止まった気がした。
けれどそれでいい。
カーラは、自分の動画を、この配信を見てくれている子供たちには、そうして考える事を、止めて欲しくなかった。
「あのセカイは、タシカにワタシたちニンゲンにキバ、ムイちゃいました。デモデモ、あのセカイでイキるイノチはホントーのイノチで……ワタシは、あのセカイにいるNPCのコドモたちも、シアワセにしてアゲたいんデス」
もしかしたら、FDPという世界の存続は、そう長く続けることは出来ないかもしれない。
例えば人工衛星【トモシビ】を維持する事が出来なくて、廃棄などの可能性なども鑑みなければいけない。
だが、だがしかし。
「イチビョーでもナガく、あのセカイでイキるコドモタチが、シアワセにイキるコトのデキるセカイ……ワタシは、そんなセカイをツクりたい。
どんな、リョウシのイノチにだって、イキてるカギり、イキたいとネガって、シんじゃうコトをコワがって、タノシーとオモうコトをシテ、そして……オイシーゴハンをタベる!
そんなアタりマえのニチジョーを、FDPのセカイにいるNPCってユーコドモたちに、アタエてあげたいっ!」
配信を見てくれているカーラにとっての子供たちは、上手く理解できていないかもしれない。
けれど、そうした願いをカーラが唱え、十数秒の時間が経過すると――皆、一斉にその時、彼ら彼女らが投げる事の出来る投げ銭が行われた。
「……ミンナ、アリガトー。イマ、ナゲセンしてモラッたおカネ、FDPのケーゾクにツカわれるよーに、キフします」
カーラの瞳に僅かだが、流れた涙。
それを拭いながら、彼女はニッと笑い、左手首に装着していたコクーンを、見せた。
「ジツは、まだFDPのナカ、サイトとミサトってユー、コドモタチがいます。
FDPってセカイで、このままノコりツヅけたい、ってネガう、カワイーコタチです。
ワタシはこのアト、イロイロジュンビして、カノジョたちを、タスケにいきます。
もうキケンはないケド、デモデモ、ナカにイタイッてネガったコたちは、ホーチしちゃうと、あとイッカゲツもしないウチに、カラダのデータキエちゃって、ニドとゲンジツ、モドッテこれないカラ。
だからミンナ、ハハをオウエン、ヨロシクデースッ!!」
最後は、笑顔でそう言って、配信を終えた。
投げ銭の金額は、日本円で三百二十四万八千二百一円も集まった。
それだけの善意が、このお金には詰まっていて、お金に興味はそほど無いカーラでさえ、この時は涙を禁じ得なかった。
「皆……ありがとう……ありがとう……っ」
カーラが我が子と、幸せを願う者達は。
カーラの望む子供たちに、成長してくれていた。
――人間という存在は、捨てたものじゃないと。
――この世界には、まだまだこれだけの善意があるんだぞ、と。
そう信じる事が出来たのだ。
「……終わった? カーラさん」
「ンー、まだデスね」
「ん? まだって、なにすんの?」
「このアト、サッキのアーカイブをトーコーしてー、アトはチューゴクとイタリアのコトバでもホンヤクしてーってするノデ、スウジツかかりマス」
「うげぇ、大変そう」
「デモ……そうして、ゼンイ、いーっぱいウケとってれば、ソレはとってもスゴイチカラになる……そんなキがシマス」
そう言って笑うカーラの笑顔が、とてもまぶしく見えたから。
エリも苦笑しつつ、元々彼女が持っていたゲーミングノートPCを取り出して、机に置いた。
「んじゃ、さっさとやっちゃお。……私も、世界の母【カーラ】のファンなんだし、手伝うよ」
「Oh、エリーっ、アリガトウゴザイマーッス!」
そう言って抱きつき、チュッチュとエリの頬にキスをするカーラに、エリはため息をつきながら、けれど彼女の要望に全て答え、動画を次々にインターネット上にアップロードしていった。
――最終的に、カーラの下へ集められた義援金が総額億越えとなり、グレイズ・コーポレーションの人間全員が絶句していた。
世界の母が持つ強さは何とも偉大である。
**
彩斗がミュージアムにある自宅へと帰った時。
夜も更けていた事から、彩斗はそっと自宅のドアを開け、微笑みと共に出迎えてくれた愛おしい女性、ミサトと顔を合わせた。
「おかえりなさい、彩斗」
「……ああ、ただいま。ミサト」
彩斗は真っ先に、サヤカのいるであろう寝室へと向かう。
安らかに寝息を立て、笑顔で眠る彼女の頭をそっと撫でると、寝ぼけ眼を僅かに開け「さいとまま……?」と声を出す。
「起こしちゃったかな」
「ううん……おかえり、彩斗まま……」
「ただいま。……サヤカ、眠ったままでいいから、ちょっとお話をしよう」
「うん……なぁに?」
「サヤカは……例えば彩斗ママとミサトママが、違う世界の住人だって言ったら、どう思う?」
「ちがう、世界?」
「難しく考えなくていい。私とミサトママは、そこに身体を置いて、こっちの世界に来たんだ。そして、それから一年が経とうとしてる」
「? うん」
よく、理解できていないのだろう。元々サヤカは成長途上の女の子であるし、そもそもが今まで気持ちよく眠っていた所を起こされた形だ。まともに思考が回る筈もない。
だが、だからこそ彩斗は、そうしたサヤカに問うのだ。
「……私とミサトママは、あと一ヶ月以内に、そっちの世界に帰らないと、そっちの世界にいる私とミサトママは、死んじゃうんだ」
「ママとママ、死んじゃうの……?」
「こっちにいる、サヤカと一緒にいるママたちは死なないよ。だから、私とミサトママは、サヤカと一緒に居たいって思ったんだ。
もし、私とミサトママがあっちに帰っちゃったら、もうサヤカと会えなくなるかもしれない。だから、私たちはあっちに帰りたくない。でも帰らないと、あっちの世界にいる私たちは死んじゃうんだ」
「サヤカ……ママとママに、死んでほしくないよ……?」
「……そう」
「でも……会えなくなるのも、ヤだ」
「そう、か。……私とミサトも、同じ気持ちだよ。ありがとう」
「えへへ……」
「明日から、少し三人でお出かけしよう。サヤカに色んな世界を見せてあげないとね」
「おでかけ? おでかけ、リッカさんとか、みんなくる?」
「……そうだね。どこかで会えるといいね。その時は、いっぱい遊んで貰いなさい」
「うん。おやすみなさい、彩斗ママ」
「うん、おやすみサヤカ」
最後に、彼女のオデコに軽くキスをして、目を閉じた事を確認してから、毛布をかけて、部屋を出る。
寝室の前で待っていたミサトに、彩斗は声をかけた。
「マリアとリリナ君は、もうリングを破壊した。敵にはならないだろう」
「……そう。次は、誰が来るかしら」
「私相手に多勢で挑んでも勝ち目が薄いとは気付いているだろう。ならカーラさんとエリさんのコンビが、一番の強敵になるな」
「ツクモさんはどうでしょう」
「彼一人だけならば問題はないだろうが、警戒は必要だよ。
……そして、ついリングを壊さず、ただ返してしまったけれど、リッカとも、決着を付けなければならない」
そう言って笑った彩斗の、傷だらけの顔を拭って、ミサトはギュッと抱きしめる。
「私たち、本当にこれで正しいのでしょうか?」
「分からない――ミサト、君だけなら、一度ログアウトしても構わないんだよ?」
「……貴女だけに、背負わせるわけにはいかないもの」
これからまだ、戦いは続いていくけれど。
二者はただ、戦う事を止めはしないのだろう。