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家族との訣別-09

「律……これは、何だ……?」


「富山さん、知ってるだろ? グレイズ・コーポレーション社長秘書の、富山裕子さん。彼女、警察庁の公安で、潜入捜査してたんだってさ」


「そんな……そんな……っ」


「彼女は三鷹組ってヤクザに警戒されちゃってたから、調査庁の方にタレこんで、そっちが調べた内容だってさ」


「ちが、違うんだ、律。私は、私はただ」


「ただ、何だよ。ロシアと中国に量子化移動技術を盗ませるんだぞ? これが、もし本当にこの技術が渡ってしまったらどうなるか位、わからなかったのか?」


「それは……それは……っ」



 言葉が見つからない、というように、彼はただ口を開けつつも、しかし何も言えず、それはと繰り返し続けた。



「でも、安心してくれ親父。……少なくとも、そんな罪とかは適用されない」


「何を……?」


「米国のイントル、知ってるだろ?」



 イントルコーポレーション。カルフォルニア州に本社がある最大手半導体メーカーの名を、IT企業に属している者で知らぬ者はいないだろう。



「イントルはさ、知り合いのゲーマーで、マリア・フレデリックっていう女の子のスポンサーなんだ。オレで言う、この会社みたいな」


「イントルが……なんだ?」


「九十九が、グレイズ・コーポレーションの岩田に、イントルへFDP事業を売りつけろってアドバイスしたらしいんだ。


 岩田がマリアもFDP内にログインしている事、マシロフとアーフェイが量子化移動技術を買収しようとしていると泣き入れて、オレもさっき、挨拶に行ってきた」



 イントル日本支部に、イントル本社の代表取締役社長であるランディ・ブラウンが来日しており、彼との顔合わせ及び、最後に陳謝する事で、この話を確約させたと、律は言う。



「社長は、マリアの事、お気に入りでさ。彼女の名前と、彼女がFDPに突入した一人だって言ったら、即決してくれた」


「そんな……っ、イ、イントルが、そんな」


「親父、近いうちに調査庁の人間がここに来るだろう。だからオレは、その前にアンタと話がしたかったんだ」


「律、律、待ってくれっ、律……っ!」


「親父がオレを愛してくれていて、良かった。……オレも、親父を愛してる。母さんの事は、今でも許せないけれど、でも、たった一人の息子であるオレを愛してくれた親父を、何時までも愛してる」



 行かないでくれと、嘆く父の声を聴きながら。


律は社長室から出て、エレベーター前で待つ九十九に「行こう」と声をかける。


到着したエレベーターから、数人の男たちが社長室へと向かって行ったが、そのエレベーターに乗り、下へと降りたから、将がどうなったのか、それは分からない。



「リッカ氏」


「ちゃんと、お別れを言えたよ」


「……そうか」



 本来ならば近くのコインパーキングにでも車を停めているだろう裕子を電話で呼ぶ事も無く、九十九は律の手を握り、歩を進める。



「九十九?」


「少し、寄り道をしていこう」


「でも、彩斗達を、助けないと」


「その様子で行っても、多分やられるだけっすわ。ならマリア氏やリリナ氏、カーラ氏やエリ氏を信じ、今は気持ちを休めるべきっすわ」



 連れていかれた場所は、都内にある小さな公園。数分も歩かずに外周を全て回れてしまうような小さな、寂れた場所で、小さなブランコと鉄棒、ベンチだけはあり、九十九は近くにあった自販機のコーヒーを買い、律をベンチへ座らせた。



「愛ってのは、不思議なモンですわ」


「……そう、かもな」


「例えば雨宮将が、仮に美穂さんと結婚せず、誰とも繋がる事も無く、一人でSHOインテリジェンスを立ち上げていたら……あれほど大きな会社になったんですかね?」


「……わからない。でも、少なからずオレや、母さんに金の面だけで苦労させない為っていうのは、実感できた」


「あの男は、確かに下種野郎だったけど、でもそうして家族を想う気持ちは本物だった。リッカ氏もいつか、マリア氏やリリナ氏みたいな可愛い女の子と愛を育んで、何時か父になるのかもしれない。クッソ、妬ましいっ」


「このタイミングで空気を壊す嫉妬すなっ!」


「あ、違うんすわ、そうじゃないんすわぁ! くぅ、童貞の自分、今は押さえろ……っ!


 ……自分が言いたいのは……人ってそうやって、少しずつ色んな事に気付いて、大人になっていくもんなンすわーって事。


雨宮将が下種野郎だったって事は誰もが知ってても、彼の家族を想う気持ちが本物で、そうした本物の気持ちを知ったリッカ氏は、今日また一歩、大人になった。


でも、大人になるって事は、必ずしもいい事だけじゃない。時に悲しくて、時に切なくて……時にボロボロ泣いちゃいたい時も、あるもんすよね」



 だから今は、泣いていい。



九十九はそう言って、リッカの肩を抱いた。



「ここにいるのがカワイ子ちゃんじゃなくてホントにすんまそん。でも、自分にだったらどれだけでも情けない姿見せても構わないでしょ?」


「……っ、泣いたって……何が変わるわけじゃ……無いだろう……っ!?」


「確かに何も変わらない。でも変わらないから泣かないなんて、そういう風に涙を溜め込んでたら、きっとどれだけ泣きたくても泣けなくなる。


 泣きたい時には泣いていい。泣いて、立ち止まって、けれどその後はしっかりと前へ進む。


それが、男のカッコいい所でしょ?」



その言葉を最後に、律の目に貯め込まれていた涙は、ダムの決壊の様に溢れ、流れた。


ボロボロと溢す涙は少し塩っ辛くて、でも僅かに嗚咽を漏らすから口も入っていってしまう。


しかしそれでいいと、九十九はずっと彼の涙をスーツで受け止め続けた。


何を言う事も無く、ただ彼の嘆きを、辛さを、分かち合うかのように、ただ隣で静かに。



――富山裕子は、そんな二人の光景を、少し遠目で見据えながら。


今、彼らが買った缶コーヒーと同じ物のプルタブを開け、飲んだ。



「……塩っ辛い」



 彼女は、涙脆かった。



**



カーラ・シモネットは、グレイズ・コーポレーションの会議室を一つ借りて、スマートフォンからインターネット配信の生放送を行っていた。



「ハーイ、ニッポンのミナさん、コンニチワっ! カーラ・シモネットですヨーッ」



 手を振る彼女に合わせて、コメントが多く寄せられる。それだけ彼女のこうした配信を待ちわびていたファンが……彼女にとっての子供が多かったと言う事だ。



「ミナさんにー、キョーはちょぉーっとしたおハナシがありマス!」



 瞬間、コメント欄がざわついた。遂に結婚か、等と一瞬で流れていくものだから、カーラも上手く読み取ることが出来ず「コメガエシはゴメンナサイですネー」と苦笑しつつ、コホンと咳払い。



「……ワタシ、ジツはこのイチネン、Full Dive ProgressiveにLog inしてマシタ」



 ニコッと笑いながら放った言葉に、一部は「知ってた」とコメントする者もいたし、中には「マジでか」等と言ったコメントもあったが、それは致し方ない事でもある。


グレイズ・コーポレーションがインターネット上でカーラ救出組も含めた全ログイン者を公表していたから、知っている者もいるであろうし、調べてはいないが、話題などに上がった可能性もある。

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