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家族との訣別-04

 それは彼が、二人を愛していなかったというワケではない。


愛しているからこそ、その愛の結晶である子供という立場に立ち、子供に業を背負わせるべきではないとしたのだ。



「サヤカはこれから、もっともっと大きくなる。でも、このFDPって世界は、何時終わりを告げられるかもわからない。


 もしかしたらすぐに削除されるように動かれちゃうかもしれない。


もしFDPのデータが削除されないように働きかけて上手くいっても、十年後二十年後にはどうなるか分からない。


サヤカはそうした終わりに、怯えながら生きなきゃいけない。


――あの、リッカママを模したFDPと同じように、死ぬ事にじゃなくて、何時か訪れる世界の終わりを、恐怖しながら待たなきゃいけなくなるかもしれないって」



リッカという少年は、サヤカという少女の事を、ただの量子生命としてではなく、一人の女の子として見ていたからこそ。


そうした命の終わりを、慈しみながらも正しく恐れた。



「私は、マリアさんは、自分達が考えなしだったって、その時気付きました。


 少し考えれば、自分たちの子供がそんな辛い現実に巻き込まれるかもしれない世界に、生み落とそうとするのが、どれだけ恐ろしい事か分かっていた筈なのに」


「ならば、そうしてサヤカの命を産み落としてしまった私とミサトは、罪人であると?」


「そうじゃねぇわよ。……アタシらは、アンタの気持ちが、そしてアンタら親の気持ちを、正しいとは考える。


 確かにその点だけ言えば、アタシとリリナは、アンタの理解者かもしれない。


 アタシらは、アンタらっていう先人がいたから、そうした過ちを犯さずに済んだけど、一歩間違えてたら、そうしていたんだ」



 彩斗とミサトは、そうした体の重なりによって、このゲーム世界に命が産み落とされる等と知らなかった。


だからこそ、彼女たちを責める事は出来ない。


だからこそ、産み落とされた命を必死に守ろうとする彩斗とミサトの気持ちが分かると言う。



「アンタは、海藤雄一も、現実の世界の人間も、信じられないっつったのよね」


「ああ」


「私たちも同じ立場になったら、きっと信じられません。……むしろ彩斗さんとミサトさんが、私たち皆を見捨てて攻略を妨害し、皆まとめてこの世界で生きていくって道を選ばなかった事を、凄い事だと思います」



 二百四名の命が、皆このFDPという世界でしか生きる事の許されない、現実世界における肉体を消滅させられた状態になった方が、彩斗とミサトにとっては有利な状況だったはずだ。


二百四名はこの世界で生きる事が出来る。


その世界を破壊してはならないと世界に叫ぶことが出来る状況であった方が、この先サヤカが生き残る可能性は上げる事が出来た筈だ。



「何で、そうしなかったのさ」


「私とミサトの業だけで、攻略組も、生活組も、皆も、生きて帰れる為の道を閉ざして良いわけがないからだよ」


「やっぱり、彩斗さんとミサトさんは立派ですよ。……リッカ君は、そうした彩斗さんの気持ちを分かっていたから、最後まで貴方達を信じ、共に戦ったんです」



 だからこそ、こうしたやり方は間違っていると、堂々と二人は、彩斗へと言い放つ。



「オジサン……海藤雄一も、人間も、信じなくたっていい。でも私たちや、リッカ君の事は、信じて欲しいんです。


 共に戦った仲間として、私たちも今、必死にサヤカちゃんを守るために、現実と、この世界で戦っています。それを、信じて欲しいんです」


「君たちは信じているし、リッカ達の事も信じている。……けれど、そうして信じたって、海藤雄一も、世界も、サヤカの事を知らぬ人々に、その考えが理解できる筈がない。


 私とミサトが肉体を無くし、この世界で永遠に暮らす事によって、サヤカの命を助ける事が……そして、生きながらえさせることが出来るのならば、現実など、切り捨てる」


「ねぇ、彩斗――アンタとミサトはさ、そうした決意を、願いを、想いを、サヤカに語ったの?」



 マリアの問いに――彩斗は、首を横に振る。



「サヤカにはまだ早い話だろうと考えているけれど、どうして?」


「遅い早い、かぁ……ねぇ、彩斗。コレ、リリナにもまだ言ってないんだけどさ」



 クスクスと笑いながら、マリアはリングを取り出した。


きっとこれから先の話をしても、彼女は決意を変えないだろうとしているからこそだろう。


リリナも、彼女が何を言いたいか理解は出来ないが――しかし、彼女を信じて、リングを構える。


 アイコンを、リリナは瞬速のアイコンを、マリアは技術のアイコンを取り出し、しかし変身はせず、ただ構えるだけ。



「アタシさ、テロで両親を亡くしてるんだ」



 リッカだけは知ってる、と言った彼女の言葉に、聞く彩斗とリリナは、何も言わない。


言えるはずがない。


そうした経験も無く、辛さを分かち合えるわけでも無い二者が、口を挟んでいい理由にもならない。



「海外出張が多いパパとママでさ、アタシその頃スクールでイジメられてたから、家に引きこもってて……家族との触れ合いだけが全てだった。


 なのに、その日に限ってさ、アタシ両親と喧嘩して……喧嘩したまま二人が乗った飛行機が、テロに巻き込まれて、撃墜されて……最後のお別れも、言えなかった」


「……そうか」


「でも、後で米軍の人に聞いたんだ。二人が乗った飛行機は、サンフランシスコに墜落しようとしてた自爆テロで、本来ならそれを止める事が出来なかったって。


 止める事が出来たのは、機内にいた人たちで……パパとママは、多くの人達を守るために、他の機内にいた人達と協力して、テロを食い止めて……その上で、撃墜されたんだって」



 それを、米軍の人間は高潔だと言って称えたのだという。


祖国を、アメリカを、守る為に君の両親は立派に戦ったのだと。



「……違うんだよ、アタシが欲しかったのは、そんな言葉なんかじゃねぇよッ! そんな称賛なんかじゃねぇよッ!


 誰かを守るとか、高潔の意思とか、そんなの関係なく、パパもママもアタシも、皆が楽しく生きていける次の日が欲しかっただけなんだよッ!


 喧嘩して、また明日も、おはようもお休みも言えなくて、最後のお別れも出来ずにパパとママが死んじゃって……アタシは、ぽっかりと穴が空いて、何もする気が起きなくなった」



 彼女の嘆きは、大切な誰かを亡くした事のある者の嘆き。


遺された者の嘆き。


そんな彼女の姿が――弱弱しく見えて、彩斗は僅かに彼女の姿と、サヤカの姿を、重ねる。



「彩斗、アタシはアンタとミサトのやりたい事自体は、間違ってないと言える。


 アンタとミサトは、自分の子供の為に、自分の命を犠牲にしようとしてる。


でもね――そうした考えを、気持ちを、サヤカに伝えずに、自分たちのエゴだけで、推し進めるなんてのは、卑怯で、ズルい事だ。


 サヤカはきっと、どんな形であれ二人が死んでしまう事を……サヤカに触れる事の出来ない肉体だったとしても、それが消えてしまう事を知ったら、悲しむと思う」



 だから、と。


マリアは叫び、リリナも、彼女の手を握り、体温同士を感じる。



「アンタとミサトは、アタシらが止めるッ!」


「貴女達二人の為なんかじゃない……遺されるサヤカちゃんの為にッ!」

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