家族との訣別-03
「雨宮将は、FDPという世界の事前データ削除に、どこかの勢力が動いていると知った時には、そりゃあもう大慌てでしたわ。
最初こそ自分も、マシロフとアーフェイがFDP事業を買収する前に下手な事をされるのを恐れていたのかと思っていたんですが……ありゃあ違う。
奴は、突入したリッカ氏が、FDPの攻略を最後まで出来得ると信じていたんすわ。
ゲームの事を良く知らぬ、でもリッカ氏がかつて天才ゲーマー・リッカとして、人々に愛され、その実力を認められていた事を知っていたからこそ、リッカ氏にクリア出来ぬゲームなんてないのだと、親バカ的に信じ、送り出した。
その点だけを言えば、あの雨宮将という男は、本当にリッカ氏の事を信じていて『お父さんは鼻が高い』と考えていたのでしょうな。
なのにクリア前にデータが削除されてしまえば、息子の命も含めて死んでしまう。それに大層焦っていた、という感じでしたわ」
もちろん、そうしてFDPに突入した天才ゲーマー・リッカという存在を、彼はその後も商売に利用した。
二百名の人命を助けるべく突入した英雄として宣伝し、自社の株を上げる事に躍起になっていたが、しかしそれだって、そこで息子を失ってしまえば非難轟々となり得る賭けに近い。
だが、彼は息子である雨宮律を信じた。
だからこそ、送り出したのだと言う。
「親父は……オレの事を、心配してくれていたのか……?」
「自分も、そして海藤雄一も、何だったら富山氏も、カーラ氏もエリ氏も、マリア氏だって、あの雨宮将という男を好いとりゃしません。
……でもね、そんな人に嫌われ、人の気持ちが分からぬ奴にだって、息子を愛する気持ちがあって、でもその表現の仕方も、方法も分からぬ愛情ってのも、あるもんなんすわ」
既に、FDPのデータが削除されないように、富山裕子がとある企業に働きかけ、後は律に動いて貰えれば、その事態は解決に導ける所にまでお膳立てはしてある、と裕子は言う。
「リッカ君……私は、最後に貴方のお父さんに声をかけるのは、貴方であるべきだと思う。
これからあの人がどうなるかは分からないけれど……あの人は確かに、君への愛情を持っていたのだから、その愛情に、決着をつけるべきなのよ」
裕子の言葉に、律はただ押し黙っていたけれど、それは何も考えていなかったわけではない。
「……ああ、親父との決着、付けなきゃならない」
「それがいいっすわ」
「彩斗が言ってた。親ってのは不思議なもんらしい。子供の幸せを一番に考える様になっちまって、子供が欲しかった理由とか、そんなのがどうでもよくなる程に、子供が一番になるんだってさ」
オレにはよくわからなかった、と口にした彼の言葉には、重みがある。
「母さんはオレを愛してくれていたと思う、でも親父はオレを愛してくれていたのかな、なんて考えると、親についてを語る彩斗の気持ちが、本当に分からなかったんだ。
オレって子供の事を、雨宮将って男は、本気で愛してくれていたのか……それを信じられなかったから」
「自分の言葉だけで、それを決めちゃダメっすわ。……自分であの男と相対して、それを決めて下せェ」
「ああ……分かってる」
前を向き、高速道路を走る車の行き先が見え、目を見開く。
――そこは、とある少女にとって、一番重要な場所であったから。
**
フル・ダイブ・プログレッシブという世界にログインを果たしたマリアとリリナは、降り立った場所が一番最初の街であるアルゴーラで、出入り口付近に設けられた街の象徴、噴水広場であることを確認し、装備品などを確認。
ログアウト時と同様の状態となっていて、身体の動きなども変わりが無い事を知覚。
この世界には平和が訪れたというわけではない。
ゲームの世界で、外に出れば敵がいて、ラスボスであるグランテやアバルトだって、何回だって倒す事の出来る世界。
マリアは、リリナの手を握りながら「行こ」と述べ、手を引きながらアルゴーラを出て、彩斗達の家宅があるミュージアムへ向かおうとする。
「その必要は無いよ」
アルゴーラの街から声を上げ、悠然とした態度で二者へと向けて歩み寄ってくる、彩斗の姿がそこにあった。
リッカに聞いていた通り、本来彼女を覆っていた鎧を腰から下だけまとい、上半身はインナーで覆うだけの、ラフな格好だけれど、しかし彼女にはそうした格好が非常に動きやすいのだろう。
「彩斗さん」
「君たちが来たか――私が何だかんだ強敵と認識する二者が来られては、流石に本気を出さざるを得ないかな?」
事前に構えていたリングを整え、漆黒に彩られる闇のアイコンを構えた彩斗が、しかし二者を待つようにその場で立ち尽くすが……反してマリアは、ニッコリと笑いながら、両手を上げ、リングも装着していない事をアピールする。
「彩斗、ちょっとお話しない?」
マリアの安穏とした言葉に、彩斗は少しやる気を削がれたと言わんばかりに首を傾げ「お話?」と尋ねた。
「うん、そう。……こんな方法じゃなくたっていいんじゃないか、ってお話。アタシらは、そうしたお話をしてないじゃんか」
彩斗は決して警戒は解かないが、しかし微笑みながら「そうだね」とだけ言葉にして、闇のアイコンもリングも下ろしながら、視線だけを彼女たちに合わせる。
「でも何をお話ししようと? ――君達二人は、それなりに私の理解者であったと思うのだけれどね」
「理解者……か。うん、正直アタシら二人は、アンタの事を、そしてミサトの事も、理解できると思うよ」
頷くリリナも、装着していたリングを取り外し、懐に仕舞う。
今は敵対の意志は無いと言う表明であり、彼女もまた、マリアと同じく言葉を放つ。
「私たちも、リッカ君が好きです。……正直、彩斗さんとミサトさんの間に子供が生まれて、良いなと感じた事も確かだったんです」
マリアも。
リリナも。
一人の少年に、恋をしている。
愛していると言っても良いかもしれない。
二人は同じ人を好きになり、けれどそうした志が一緒だからこそ、共に少年の心を癒す為に奮闘しようと共に戦い、共に歩んできた仲間だ。
「リッカは、アンタの事を……ううん、サヤカの事を心配してたよ」
「彼が、サヤカの事を?」
「ハイ。……私とマリアさんが、リッカ君との子供が欲しいと、少しだけ遠回しに伝えたら、彼はそれを理解しながら、でもそれに拒否したんです」