チュートリアル-09
マリアはアルゴーラの街を散策している。
レンガ造りの街並み、人間やエルフのような人種、そして動物に近い毛皮のような体毛を身体にまとわせる獣人もいて、まさにファンタジーの世界にやって来たのだと実感する。
だが気になっている事は、通常のゲームだと街の人間はその場で常に立ち止まって話しかけると「武器は装備しないと意味がないよ」等と決められた定型文しか言わない事が常であるものの、先ほどエルフの女性から話しかけられ「えっと、インナーで外を出歩かない方が……」と嗜まれてしまった。
「ユーイチの作ったゲームだし、一体一体にAIとか搭載してそうね」
マリアは海藤雄一と、リッカほどの接点は無い。が、彼の作るゲームは欠かさず発売日に購入し、最近発売されたRPG等はダウンロード版を予約購入して発売開始と同時に即ダウンロードして遊ぶほどに、彼のファンでもある。
そんな海藤雄一の特徴としては「キャラクター一人一人に設定や特徴を付ける事」だ。しかも、キャラクターはストーリーに関わる者だけではない。街の住民などの、本来ならばCG等使いまわしで構わないハズのキャラクターさえ一体一体作り込み、更には設定までをも緻密に練られている。
そう言った部分があるにも関わらず、新作ソフトを一年に一回のペースで公開するものだから、彼はゲームクリエイターの中でも神格化され、彼のようになりたいとクリエイターを志し、あまりに高すぎる目標故に挫折する者も少なくはない。
そんなマリアが街を散策する理由は二つある。
一つはリッカへ言ったように街の構造を理解する為。
もう一つは、先ほど女性に注意されてしまったインナーから着替える為である。
流石に年頃の女として、下着紛いなインナーを付けているだけでは恥ずかしいとして、まずは防具が売っていると思われる装備屋に訪れようとし、場所を確認していたのだ。
が、その前に。
ふと見えた建築物と建築物の隙間――つまり裏路地に、二人の男女がいた。
しかも、ただ話をしているだけとは思えない。
男性が、明らかに女性へ絡んでいる。
「ねえ、いいじゃん。どうせ一年以内で称号を全部集めきるとか出来ないんだし、残りの人生を謳歌しようよ」
「あ、う、その……こ、困ります……っ」
「他の奴らだって、結婚だったり交際だったりで残りの人生楽しもうとしてるし、オレも君の事気になってたんだよ。だからさぁ」
「いえ、その、私、他に好きな人が……っ」
女性を壁まで追い込んで、逃げられない様にしながら口説く男は、その背中に双剣を装備していた。格好も赤色のマントと鉄材に見える鎧を着込んでおり、明らかにプレイヤー側の人間だ。
そして女性の方も、白を基本色にして薄い桃色を所々に配色した可愛らしいワンピースと甲冑を合わせた防具を着込み、更にその手にはカーラと同じく身の丈程ある長い杖を装備している。プレイヤーだろう。
フル・ダイブ・プログレッシブではプレイヤー同士の交際や結婚も可能であり、今男の方は女性に対してそれを願い出ていると見た。しかし、女性側はどうやら他に想い人がいるようで。
「あー。ちょい待ちなさいよアンタ」
見ていられなくなり、マリアは頭を掻きながら近づき、男の腕を取る。ギョッとマリアを見据えた男は「な、なんだよオマエッ」と声をあげるも、しかしマリアの事をよく見て、更に表情を驚きに変貌させた。
「お前……マリアか!?」
「えーっと、アンタの顔、どっかで見た事あんのよねぇ。どこだっけ」
「忘れるなよっ! オレはリッカの後を継いでゲーマー世界に旋風を巻き起こした男・RINTOだぞ!」
「あぁ、思い出した。この間の大会で、アタシが一回戦でボッコボコにした奴」
「き、僅差での勝負だろう!?」
「1ラウンドも取れてない所かファイナルラウンドはアタシのパーフェクトだったじゃないの」
「て、ていうか何でお前がここに!? 先行プレイではいなかったろ!?」
「このアタシが、アンタら全員助けてやろうと思ってね。乗り込んでやっただけよ」
ハッと鼻で笑ったマリアは、男――RINTOに絡まれていた少女の手を握って「ほら行くよ」とだけ言う。
「ちょ、ちょっと待てよっ! 今その子とオレはお楽しみだったんだぞ!?」
「この子、他に好きな男いるって言ってたじゃんよ。ねぇ?」
「あ、え、その……はい」
「でもソイツはこのゲーム内に来てないんでしょ? だったらいいじゃん! 精いっぱい楽しめばさぁ!」
しつこい男だ、と。マリアはため息を付きながら、太もものホルスターに入れたウェポンガンを抜き放つ。
「……撃つのか?」
「必要ならね」
「プレイヤー同士のバトルは出来るけど、負けるとデメリット大有りだぜ?」
「はぁ? リッカならともかく、アンタ程度に負けると思ってんの?」
「――初期装備が生意気な事言ってんじゃねぇよッ!!」