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最後の戦いへ-11

 身体に残る浮遊感が少しだけ不快のような、けれどどこか心地良いような感覚と共に、オレは目を覚ました。


重たい体、FDPに突入する以前に着ていた服をまとうオレの身体に、リングはもう既に無くて。


それだけで、オレは現実に帰ってこれたんだと、実感できた。


だが、今いる場所がどこか分からない。


 横たわる身体を持ち上げると、そこは見たことのない、清潔感ある部屋の一室で、突入した時にいたグレイズ・コーポレーション本社の社長室で無い事だけは分かった。



「……やぁ、リッカ」



 重々しい声が聞こえた。


開かれた扉の先から、顎髭を蓄えた一人の男が姿を現し、瞳に涙を溜め込みながら、今オレへと笑いかけた。



「海藤……雄一」


「うん……おかえり。そして、色々とごめん」



 まだ上手く体を動かす事が出来ないから、オレは彼の手に引かれながらベッドより体を起こし、立ち上がって、彼の大きな手の感触を確かめた。



「……オレは、アンタを許さない」


「ああ、分かってる。……私は、君に二度も、母の死を味合わせてしまった。だからそれを謝りたかったから、転移先をココ……トモシビにした」



 今オレがいる場所は、地球ではなく、宇宙にある人工衛星なのだろう。


人工衛星【トモシビ】――FDPのデータが収められている、スーパーコンピューター【マザーコクーン】の存在する、これからオレ達が守らなきゃいけない場所。



「でも、アンタがツクモを、救ってくれたんだろう?」


「そうだけど、それは当たり前の事だ、私の犯した間違いによって死ぬ事になる彼を救うなんて。


 美穂さんの姿をしたFDPという電子生命を……君の第二の母を、殺していい理由にも、それに対する贖罪にもなりはしない」


「ああ、それをオレは許さない。一生、オレの心に出来た傷と、向き合って生きていけ。



 ――アンタにはまだ、救わなきゃいけない、命があるんだから」



 ブルブルと、ポケットの中で何かが震えた。


それは、長らく触っていなかったスマホの着信で、最初はマリアとかカーラかと思ったけれど、違った。


 電話に出ると、通話口から、聞き覚えのある声が。



『リッカ君!』



 新庄璃々那先輩の声。彼女も無事、ログアウト出来たようで何よりだった。



「リリナ、今はグレイズ・ホールか?」


『うん、そうなんだけど……そうなんだけど、違うの!』



 何か、焦っているように聞こえる。


オレと雄一さんが首を傾げながら「落ち着いてくれ」と言うと、彼女も僅かな沈黙と共に、声を発する。



『彩斗さんとミサトさんの姿が、どこにもいないの! RINTOさんとか、知り合いの攻略組の人はいるのに、彩斗さんとミサトさんだけ!』



 ゾワリと、オレの背筋に冷たい感覚が走った。


 得体もしれない、何かイヤな感じがする。それを確かめなければいけないと、オレは焦りながら左手首を見据える。


まだコクーンがある。


オレはスマホを雄一さんに預けながら、コクーンに向けて音声コマンドを入力。



「プログレッシブ・イン――ッ!」


「ま、待てリ」



 雄一さんの声は、最後まで聞こえなかった。


量子データに書き換えられる肉体、マザーコクーン内にあるフル・ダイブ・プログレッシブに転移され、ログアウト前の状態になったオレの姿が、今アルゴーラの噴水広場へと現れて。



 まるで、オレが来ることをわかっていたかのように、彼女が――彩斗が、そこに立ち塞がっていた。



「やぁ――リッカ」



 上半身の鎧を脱ぎ、胸元を覆うインナーと下腹部より下は鎧を着こんだ、随分とラフな格好をした彩斗が、オレへと笑いかけた。


 彼女は不敵な笑みと共に、双剣の一振りを構え、オレへと向ける。



「彩斗、なんで……なんでログアウトしない……っ!?」


「君なら分かっているんだろう?」


「一度ログアウトしよう! だって、残り日数はもう一ヶ月位しかない! 今のオレみたいに、一度ログアウトしてまたログインすれば、またそこから猶予は三百六十五日生まれるだろう!?」


「いいや、それは出来ない。


 ――私は、海藤雄一を。


 そして何より、人間という存在を、君ほどに信じる事が、出来ないんだから」



 スゥ、と息を吸った彩斗が、今「メイド!」と声をあげる。


困惑するように、しかしサポートNPCという役割故に、彼女は彩斗の呼びかけに応じ、姿を現した。


何メイドかもわからないが、しかし胸に手を当て、どうして二人が今ここにいるのか、それを理解できていないように。



『あの、どうして……どうしてログアウトしないんですか、彩斗さん』


「そういう問答は後だ。――私とリッカで決闘戦を行う。あまりアルゴーラを壊したくないから、戦闘範囲を出来るだけ大きくしてほしい」


「彩斗!」



 オレは戦いたくない、そんな理由がどこにあると、想いを乗せて彼女の名を言うと、彼女は笑みを消しながら、もう一対の刃も構え、その手には打撃のアイコンを掴んだ。



「――戦う事を選ばねば、私はただこの世界で生きる事を選ぶだけだぞ」



 チラリとこちらを窺う様にしたメイドの視線に、オレは唇を噛みながら頷き――駿足のアイコンを手に取った。


この世界は確かにログアウトが出来るようになった。


しかし、FDPが作った、死んだ後のリスポーン地点制定は恐らく出来ていないから、彩斗を殺してしまいかねない光のアイコンによる攻撃は避けねばならない。



『――合意とみなしてよろしいですね!?』



 自棄になったように放った声と共に展開される魔法陣のようなフィールド。


それは普段の小さなフィールドではなく、噴水広場全域を覆うように展開され、広々とした戦場と化した。



「プログレッシブ・オン……っ!」


「大変身」



 リングへとアイコンをかざし、変身を開始するオレと彩斗。



〈Progressive Run quickly.〉


〈Progressive Attack Exciting.〉



 プログレッシブ・スピードへと変身を遂げたオレと。


プログレッシブ・ブローへと変身を遂げた彩斗。



オレは、スピードフォーム故の高速移動を用いて彩斗の周りを駆け抜けつつ、背後から彼女の右手首に付けられたコクーンへと手を伸ばす。



コクーンのログアウトさえ押せれば、それで彼女は一度帰還できる。


時間に余裕が生まれれば、それだけで彼女の考えを説得できる猶予が生まれると、そう考えたから。



 ――しかし彼女には、そんな稚拙な考えなど、お見通しだった。



プログレッシブ・ブロー特有の、双剣に展開された追加ギミックの打撃が、今コクーンへと手を伸ばすオレの顔面を殴打し、吹き飛ばした。



続けて彩斗は双剣の一振りに駿足のアイコンを装填すると、その左手に持つ刃を素早く投擲し、オレの装甲へと叩き込む。



それだけで、オレの動きは抑制された。



「プログレッシブ・ラスト・アクション」



 右手の拳を握り締め、今強く振り込んだ彩斗の一撃が、オレの顔面スレスレを横切り、噴水広場を形作るレンガの地面に亀裂を走らせた。



「……すまない」



 彼女はただ、そう一言謝るだけして、恐怖によって動きを止めていたオレのコクーンに触れ、ログアウトを押す。


現実世界へ引き戻される寸前。


彼女は、小さくこう呟いた。



「リッカ――私を止められるものなら、止めてみせろ」

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