最後の戦いへ-01
フル・ダイブ・プログレッシブの攻略を開始し、テストプレイヤー達の肉体データが消失するまでのタイムリミットは、残り三十四日。
オレ――リッカや、マリア、カーラ、エリの四人のタイムリミットは残り三十六日となり、攻略組の面々もピリピリし始めた頃だが、しかし時間はかかったが、ここまで何にも進展が無かったわけではない。
既にアルゴーラ、ミュージアム、ミルガスを、そしてミュージアムを超えた先にある大都市・ルトワーズにおける攻略と、ミルガスを超えた火山地帯の奥に位置する都市・ヴォールにも辿り着き、現在に至るまで最後のラスボスとなるプログレッシブ・アバルトとプログレッシブ・グランテの攻略を果たす為に戦力の向上を目指し、活動を続けていた。
オレは相変わらずリングを使い続けた。まぁ他の武器を使用して感覚狂うのも嫌だったし、何より思い入れがあるからって理由もある。
マリアとリリナは基本オレと共に進行を進めながら、時々リリナのライブを行い、ファンを増やす事によって彼女の【歌姫ジョブ】によって得られるステータス向上効果をさらに増していった。
カーラとエリは彩斗と共に行動し、アイコンの取得とアイテムや装備品の情報収集を行い、攻略組の面々へ情報提供及び装備品の譲渡などを行って、ある程度の安全確保に努めている。
ミサトさんは――ミュージアムに存在する、彩斗とミサトさんの自宅で、一人の子供を育てている。
彩斗とミサトさんの間に生まれた、このFDP内で生まれた新たな命と言ってもいいだろう。
用事でミュージアムを訪れる予定があったオレ、マリア、リリナの三人は、まずミサトさんの所に挨拶へ行くと、彼女は装備品などを身に着ける事無く、エプロンを着込んだお母さんスタイルで出迎えてくれた。
「リッカさん、マリアさん、リリナさん、ようこそ。さぁ、上がってください」
ミサトさんは決して無表情な人ではなかったが、しかし子供が生まれてからは笑顔が絶えない、良い笑顔を浮かべるお母さんになったと思う。
「お邪魔します」
そう言って宅内に入り、リビングへと向かう。
白いワンピースを着たボブカットの小さな女の子がオレやマリアやリリナを見るや、小さな足でトコトコと駆け寄りながら、まずはオレに抱きついた。
「リッカさん! リッカさんだ! ね、サヤカのこと、おぼえてる!?」
「忘れるわけないだろ? こんにちわ、サヤカ」
「にへ、こんにちわっ」
幼子……サヤカは、現実世界ではおおよそ五歳から七歳程度の大きさにまで成長した。
FDP内での成長度合いというべきなのだろう。まだ生まれてから九か月程度しか経っていないのに、この成長はそうとしか説明が付かない。
最初はオレに抱きついて頬をスリスリとしてくれていたサヤカは、続けてマリアとリリナにも抱きつきに行き、同様に「こんにちわっ」と元気な声で挨拶をした。
「サヤカは元気な子に育ったわねぇ」
「生まれた頃はすっごく小さい女の子だったのに、生物の神秘って凄いですねぇ」
マリアはサヤカの小さな体を抱き上げて頭を撫でながら頬ずりをして、そんなマリアの事をリリナがクスクスと微笑ましそうに見据えている。
「ね、リリナちゃん、お歌! お歌、うたって!」
「はーい、何がいいかなぁ?」
「それだったらアラタの四枚のシングル【レディースデイ】じゃないかしら。あの女の子の自分勝手な生き方を良しとするポップな歌詞に合わせてちょっとハードな曲調になっている玄人向けの名曲」
「アレをアカペラで歌うのメチャクチャきついんですけど!?」
ミサトさんが、何やらシチューのようなものを作る中、そうしてサヤカと遊ぶオレ達三人を笑顔で見ていてくれている。
「ただいま」
ドアが開けられる音と共に、彩斗の声が家中に響く。サヤカは彩斗の声が聞こえると、それまでリリナの歌に夢中だったはずが、急に立ち上がって一直線に玄関まで駆け抜け、彩斗の身体に抱きついた。
「おかえり彩斗ママーっ!」
「ただいまサヤカ。ミサトママを困らせたりしてないかい?」
「うん! 良い子だったよ、ね? ミサトママ!」
「ええ。とってもいい子だった。お帰りなさい、彩斗」
「ああ、ただいまミサト」
頭部の鎧だけを外し、リビングまでやってきた彩斗と、挨拶を交わすオレ達三人。
彩斗はミサトさんへ「サヤカと買い物に行ってきてくれ」と頼み、ミサトさんも「わかった」とサヤカの手を取って、出かける準備を開始する。
「リッカさん、すぐにおでかけからかえるから、そのあとまた遊ぼ?」
「ああ。わかったから行ってこい。気をつけてな」
「えへへ、うん、行ってきますっ」
ニコニコした笑顔で小さな手を振るサヤカに手を振り返し、見送るまでをこなした後、ソファに腰かけたオレ達四人は、まず現状の報告をする事に。
「アバルトとグランテの二体、ストーリー的にはやっぱり、一度ヴォールまで行ってからグレイフル・バルと戦い、レイドボスを十体以上倒す事が出現条件になるみたいだな」
「つまり私とリッカ、マリア、リリナ、カーラさんとエリさんの六人は、攻略クエストに挑む事が出来るという事だな。出現エリアは?」
「出現場所はアルゴーラの地下。――まぁ、ゲームの王道だな、一番最初の街近くでラスボスと戦うってのは」
ゲームのエンドコンテンツ、プログレッシブ・アバルトとプログレッシブ・グランテの二体は、最後まで攻略を進めた者が受注できる高難易度クエストとなる。
アルゴーラの街から少し離れた洞窟へと潜り、そこからアルゴーラの地下へと行くと、プログレッシブ・アバルトとプログレッシブ・グランテの二体が待ち構えている、という事だ。
「相当危険な相手だ。攻略組で参加できそうな面々は限られているな」
「下手に初見の人間を入れると、被害を招きかねないから、オレ達六人だけで行こう」
以前、プログレッシブ・アバルトとプログレッシブ・グランテの二体と相対したとき。
その時は、倒す事が出来なかった。
だが、角を一本ずつ折り、撤退させるまでに至る事が出来たのだから、今ならば倒せない敵ではない。
――それに。
「本当にFDPが、プログレッシブ・アバルトとグランテの二体討伐を該当称号にしているか分からない。だから早めに討伐を果たし、真偽を定かにする必要がある……だろう?」
読まれていたので、クスと笑いながら「そうだ」と答え、彩斗は深々と頭を下げた。
「申し訳ない。私たちの勝手で、ミサトを戦線から外す事になってしまった」
「何言ってんのさ。彩斗が参加してんのもアタシ反対なんだからね?」
「そうです! サヤカちゃんの事を考えたら、彩斗さんとミサトさんの二人とも、戦いから外れて貰った方がいいんですから」
少女二人はどうにもサヤカに愛着が湧いているようで。女の子として感じるところがあるのだろうな、とは思わなくもない。