陰謀捜査-08
「ただ……進展があったようで何よりです」
「円次郎氏が自分を騙したという事も考えられるので、そこは注意が必要ですな」
「彼に九十九さんを騙す利点があるように思えませんが」
「ほぼ無いと思いますぞ。けど考えとかなきゃイザって時には動けないので。なんで今後、円次郎氏と色々話さないといけないかもなんで、通話は許してくださいまし」
「はぁ……わかりました。上と同僚には話を通しておきます」
「アザッス!」
富山氏も、円次郎氏の持つ情報自体は好ましいと考えているのだろう。そして三鷹組と下手な接触をしない事が出来るのならばそれで良いのだとも。
「しかし驚きましたね。例の三社が買収の為に、ゲームクリアを望んでいるとは」
「むしろゲームクリアを望んでいない勢力であれば単純な悪役として調べる事が出来たんですがな」
「ただ一縷の希望は繋がったと考える事が出来ますね。正直三社を相手に出来得る事は限られるように感じますが、本当に外務省がゲームデータ削除を目論んでいるなら、それを止めるのは容易な気もします」
「そうですかな。むしろそう言った公権力だからこそ、面倒な気もしますわ」
実際、例えばSHOが今回の件で動いていた場合、そっちはある意味簡単だった。彼らがデータ削除に動いていた場合、どうしたって方法は各省庁に願い出なければならないわけで、そうした会談記録等の証拠は各省庁に残っている筈だ。
だが、基本動いているのが公権力の場合、特に企業との会談をする必要が無い。強いて言えば議事録の作成義務などはあるかもしれないが、その辺は幾らでも隠蔽可能だ。(まぁ三社が動いていた場合も隠蔽の可能性はあるが)
「ならば裏を取りながら、社長と今後の買収先について協議をします。遠山円次郎が仮に嘘をついているとしてもついていないとしても、どちらにせよマシロフとアーフェイ、SHOの三社に買わせるわけにはいきませんし」
「ではFDPのデータ削除に関してはこっちにお任せを。――あと、買収先の候補なんすけど、自分から一社、オススメなところが」
一枚の紙を車のグローブボックスに入れ込み、後で見て下さいとだけ願い出る。
「今後、この会社の社名は口に出さない事。少なからず影響力のある会社だからこそ、雨宮将やマシロフとアーフェイに知られると面倒だ」
車がSHOインテリジェンス本社へと着く。車を降りて、富山氏には先にグレイズ・コーポレーションへと戻ってもらう。
自分は先日もお会いした受付のお姉さんにアポイントがあるとだけ伝えると、またビクビクしながら受付を行ってくれた。そろそろへこむ。
雨宮将のデスクがある社長室をノックし『どうぞ』と声が上がった事を確認しつつ、入室。
「先日に続き、何度も申し訳ありません」
「いえ、私も九十九さんとお話したい事がありましたから」
雨宮将が笑みを浮かべながら自分を応対し、先日と同じように秘書を下げる。
ソファに腰かけたまま自分はスマホを取り出し、画面を将へと見せ、彼を沈黙させた。
『貴方もスマホを取り出し、画面のみでやり取りをしましょう』
彼の表情が僅かに引き締めスマホを取り出そうとしたが、しかし小さな画面では入力し辛いと考えたためか、デスクからミニノートパソコンを取り出し、キィボードに文章を入力していき、入力した画面をこちらに向ける。
『それはまた何故でしょうか?』
当然の疑問だろうが、しかしこうして応じているという事は、ある程度察してはいる。
『自分はどこかの勢力に狙われている可能性があります。実際昨日の帰り道、ヤクザに襲われました。顔見知りだった為、事なきを得ましたが』
少々、驚いた顔の将だが、彼の表情は果たして演技であるのか、それとも本当に自分が襲われた事に驚いているのか、どちらだろう。
いや、もしかしたら富山氏を狙うよう命令をしたはずが、自分まで襲われているから驚いたという線も考えられる。
『まず考えたくはないのですが、雨宮社長の差し金、というわけではありませんね?』
『否定します。確かに自分も潔癖な社長というわけではありませんが』
『正直ですね』
『九十九さんを相手にしている状況で下手に嘘をつくと、後でバレた時が怖いですからね』
『かしこまりました、信じます。ですがそうした私の行動他、盗聴の危険性があります。もし言葉にするとしたら、他愛もない世間話だけにしましょう』
頷いた事を確認。将は少しだけ皺寄せた表情を崩して笑みを浮かべ「そういえばお茶も用意していないな」と、コーヒーメーカーにカップを二つ乗せた。
「しかし連日取材とは、九十九さんも忙しそうですね」
「何分ここ最近は仕事をサボっていましたから、こうして取材のカンを取り戻さないと、いざ怖ーい政治家辺りを取材した時にね」
「もう左翼先導記事は書かないので?」
「アレ、儲かりますが自分のストレスも儲かりますからね」
「世知辛い世の中だ」
互いに目は笑っていない。相手の腹を探る気満々で、それを互いに気付いているからこそ、なれば相手を引き入れる算段を探っている。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
自分は、事前に入力していた文章を彼へと見せる。
『ひとまずこの場では律君の取材という体にします』
『了解しました』
「仕事をしながらで申し訳ありませんね」
盗聴されていた場合、何故キィタッチ音が聞こえるのかの言い訳を用意する将に「いえいえ」とだけ返答。
「では取材を始めていきます。あ、昨日と同じように録音回しますね」
『伺いたいのは、先日お話したFDPのゲームデータを事前削除させる噂についてです』
「はいどうぞ。それにしても今回は律の取材だなんて、九十九さんは普段律の取材をする場合、私に声をかけない人だと思っていたのですが」
よしよし、上手く乗ってくれている。自分も入力する文章と口に出す言葉がごっちゃごちゃにならないよう気を付けなければ。
『自分としても律君がFDP内にいる状況で、FDPのデータが削除されてしまうのは避けたい。何か知り得ている事があれば教えて頂きたいのですが』
「では現在FDPへとテストプレイヤー救出に出向いている雨宮律君……かつて天才ゲーマー・リッカと呼ばれた彼ですが、幼少期はどんなお子さんでしたか?」
「そうですね、基本子育ては妻に任せていましたが、大人しい子でした。自発的に行動するような子ではなかった、という印象ですね」
『先日はお話出来ませんでしたが、そのお話は本当に初耳なんです。出来れば情報の出所を教えて頂きたいのですが』
『本来ならば守秘義務があるのでお答えは難しいのですが、お話ししましょう。自分は以前から海藤雄一とコンタクトを取る事が出来た人物の一人です。彼から依頼され、こうしてFDPの事前データ削除に動く者を特定する役目だったわけです』
ここまで、自分は嘘はついていない。しかし嘘ではないが真実ではない言葉を、口にはせずに文章にする事で、それが本当か否かを彼に悟らせないようにしている。
人とは不思議なもので、言葉にすると嘘か真か判断できる直観力に優れる人物も、いざ文章にすると全く人の真意を判断できぬ者がいる。
所謂文章から読み取る力が鍛えられているかというもので、自分なりの解釈だが雨宮将はこの力が『殆ど培われていない』ように思っている。
実際、彼は自分のスマホと表情を見据え、嘘か真かの判断をしかねている様子だった。
だが、内容もこちらの言い分も決して間違いではないから、文章ではなく口にして言えとも言えず、随分焦っているようにも思える。