陰謀捜査-01
自分、九十九任三郎はかつて、トートル通信というインターネットコラムを主体とするネット記事を運営する会社の記者だった。
一応現在においても席は残っているが、しかし基本としてはフリーのネットコラムを主体としていて、殆ど形骸化していると言っても過言じゃない。
時々自分のコラムと他トートル通信が配信する記事を連携させて共同企画を組む事があるだけで、それも数年に一度あるかどうかという頻度に落ち着いている。
で、自分がこのトートル通信に属して基本書いていたコラムは、左翼思想のネット記事だ。
まず一つ先に断っておくと、自分は一応中立立場による政権の見方をしているつもりだ。
「つもり」と付け足したのは、自分も人間なので個人的に接して好みの政治家だったり、自分の考えに近い政策を打ち出す政権というのは贔屓目に見てしまう可能性は勿論多分にあり得るからだ。それを自覚していないだけで。
だが、そうした中立な立場であると考えている自分が、どうして左翼思想なコラムを書いていたかというと、簡単な話だ。
会社に逆らえなかったのだ。
トートル通信社の有するネットコラムは毎日更新制の有料コラム記事と、無料コラムにネット広告を打ち出す形で利益を出している会社だ。単純に言えば閲覧数が多くなればなるほど金になる。
そして、こうした記事の中で一番有料コラムに金を出してくれるか、というのは、残念な事に政権批判、もしくは単純な政治記事である。
だから、右翼左翼中立、異なる意見のコラムを三人に書かせ、右翼思想の方はこのコラムを、左翼思想の方はこのコラムを、中立思想の方はこのコラムを、と言ったように、そう言った人々が「喜びそうな内容を記事にする」方式を取る事で、金をせびっていたと言っても違いはない。
自分は別に書きたくて左翼思想記事を書いていたわけじゃなくて、あくまで「左翼記事担当」となったから、そうなっただけだ。
炎上も上等だった。だって炎上すれば閲覧数も上がり、またこちらを乏しめる・炎上させる目的で有料コラムを購入してくれる人もいたからだ。
そうした活動を続けていくと、段々と自分が嫌いになっていった。
お金の為に他者を乏しめ、他人に批判され、しかしその批判さえも金となるから辞める事も出来なかった。
その時自分は無趣味だった事もあり、より生きる事が楽しくなくなった。
そんな時だった。
鵜飼という民社党の議員がセクハラをしたという疑惑があった際、当時彼は脇が甘く、左翼思想家の良い標的だったこともあり、彼を徹底取材しろという業務命令が下った。
これは右左翼中立を担当する三人が別々に捜査し、左翼担当である自分が叩き、右翼担当が庇い、中立担当が盛り上げるという連係プレーで三人のコラムを購買させる作戦だったのだが、途中から実施が難しくなる。
珍しいことではないが、彼にはヤクザの後ろ盾があったのだ。
――棟老会三鷹組。
所謂、政治家や官僚の周りをうろつく存在をガードする用心棒としての役割や、時に社会的に実行不能な命令を下すのに必要な存在として、鵜飼は彼ら三鷹組を飼っていたのだ。
遠山円次郎と関係を持つようになったのは、この頃だ。つまり――鵜飼の周りを嗅ぎまわっていた自分たち三人は、彼に捕まり、拉致されたのだ。
自分たちも流石に命が惜しい。
コラム記事を書いていた自分以外の人間は陰キャと陰キャで、しかも見た目でさえヒョロガリだった。自分も陰キャでしたが、しかし体格と厳つい顔だけはヤクザにも負けなかったので、虚勢を張って彼に交渉したのだ。
「提案がある」
「断る。テメェらマスメディアの口車には乗らねぇ」
まず初手でこう言われてしまいましたが、何とか虚勢を張って声を張り上げるんすわ。
「自分たちが鵜飼の監視記事を書き、それによって疑惑の解消を世間に訴える」
「おい、誰が発言していいっつった?」
「いいから聞けよ。俺らだって死にてぇわけじゃねぇけどよ、こう易々と捕まってタダで済む程、俺らは馬鹿じゃねぇ」
「あ?」
この時遠山円次郎はもんのスッゴイ怖い顔してたんすけど、自分も睨み返す事で、何とか相手に「じゃあまぁ、言ってみろ」と返答させる事に成功。
「いいか、まず俺らがマスメディアの一端だって事は分かってんだろ?」
「まぁな」
「俺らは既に有料コラムで『次は鵜飼議員の徹底取材をします』と明記しちまってんだ。そんな俺らのコラムが急に更新停止したら、そんだけヤバい案件で、鵜飼も怪しいって丸分かりだろうが」
「……まぁ、確かにな」
煙草を吸っていた円次郎が口に蓄えた顎髭を擦りながらそう言うので、自分も頷きながら続けた。
「俺らも……というより、ウチの新聞社はそれを分かってて書いてんだよ。そんでもって、ウチはただ閲覧数だけ稼いで金さえ貰えりゃそれで万々歳なんだ。つまり」
「自分らヤクザ者と、目的は一緒って事か」
「その通り。目的はただ入ってくる金であって、鵜飼をどうする、というのが目的じゃない。だから別に鵜飼の疑惑が晴れようが、俺らにとっては右翼記事と中立記事が儲かる。左翼記事は儲からねぇかもしれねぇが、右翼と中立が儲かるだけで会社は潤う。鵜飼を庇ってもお釣が来るんだ」
「だがテメェ等がそう書くと誰が約束できる?」
「だから、ここで今書いて、更新予定にする。偽造の行動予定をな。んで、鵜飼にはその通り行動だけして貰えりゃあ、それで疑惑は晴れる。もし鵜飼に有利な証拠とかがあれば前面にそれを押し出す。んで、それを右左翼中立共に煽るように書いてバズらせて、民衆に周知、そうすりゃ情勢の悪くなった左翼思想は押し黙るって寸法さ」
「ふむ……」
考え始めたという事は交渉のテーブルにしっかりと付いたと言う事だ。今まではメリットデメリット双方を織り交ぜたトークをしたが、ここからはメリットを押し出したトークをすればいい。
「悪い話じゃないと思うんだよ。もし書いた内容を変更した動きがありゃ、その変更した奴をドラム缶に詰め込んで沈めてくれりゃあいいさ。そんな命知らずはいねぇ。なぁ?」
右翼中立を担当する陰キャ二人も、黙りながら、しかしコクコクコクと連続して頷く。もうボロボロ泣いて、さっきまで小便を漏らしそうにしていた二人だ。
「……二つ、疑問があるんだが」
「ああ」
「オメェ等を信用して、自分らに何の得がある?」
「少なくとも鵜飼にデカい顔が出来る。どこまで民衆に浸透するかどうかは別として、今後国会で追及されても、鵜飼は一つの参考記事として俺らの記事を使えるんだ。
しかもそれをやらせたのが三鷹組って言うのが分かれば、アイツは今後も重宝してくれるだろうよ。情報操作もお手の物っていうヤクザはイマドキ貴重だ」
「二つ目。鵜飼の行動予定が少しでもズレればどうする?」
「付きまとうのが俺らじゃなけりゃいいだけの事だろ? お前さんら三鷹組が逐一行動を俺らに報告してくれりゃ、それに合わせて記事を変更し、その変更内容を事前にメールで送る。それで事が済むだろ?」
「それをやるって保障は?」
「俺らも命が惜しいっつってんだろ。命を惜しまない記者だったら、こんな見苦しい命乞いしねぇよ」
真っすぐ彼を見て言った言葉が気に入ったのか。
円次郎は自分の肩を叩きながら「交渉成立だ」と頷いた。
「オメェさん、名前は」
「九十九任三郎」
「その恐怖を隠しつつも真っすぐ、こちらも自分らも顔を立てる根性、気に入ったよ。今度一緒に酒でも飲もう」
「あ、自分、下戸」
「そのナリで?」
「そうなんすわぁ……」
そんなこんなあり、自分たちは交渉通りに事を進めて何とか命を救われた。
後で聞いた話だが、この話は当初三鷹組でも賛否があったそうだが、円次郎の一声があり、俺らに手を出す事を禁じたそうだ。
組長も「鵜飼にデカい顔が出来るのはいい事だ」と高く評価していたようで、その頃から自分と円次郎は度々会っていた。
――そしてなんと、無趣味だった自分に「好きなアニメがあんだよ」とオススメし、自分をアニメ・ゲーム沼に引きずり込んだのが、この遠山円次郎なのである。